38話
装核の保有魔力は凄まじく、天に向かって、光の柱を長く……、永く、延ばしゆく。
これならば、国境付近の村々にも見えていることだろう。
夜空を見上げるリュンはまた、こう思う。
――この光が、せめて亡き両親にも届いていますように……。
視線を周囲に戻すと、冥箒が辺りに飛び散った岩鎧の欠片をせっせと集めては、壷の中へと放り込んでいる。
ニルスは魔王の右脇に、田衛文は彼の左腕に飛び付き、無邪気にはしゃいでいる姿が目に映った。
リュンはまた、天上を目指す光の柱を見上げ、涙を堪えて立ち尽くす。
しばらくして、魔王がリュンの方を向いて微笑んだ。
「全部…………、終わったよ」
得た物など何もない。
彼の言うとおり、何かが終わりを迎えただけなのだから。
それでもリュンは、喜びを胸に抱いて祈りを捧げる。
――今は亡き両親へ。私は2人に、一片の伝説を贈ります。
腕力も頭脳も、魔法の力だって心許ない。
それでも、勇気と機転を存分に利かせ、困難へと果敢に挑んでゆく私の運命。
「その人の名は、魔王です……」
2人が命を賭けて導いた、あの魔王です……と。
リュンの祈りに応えるように、一筋の流星が天に瞬いた。
戦いを終え、疲れ切った身体を横たえる。
その隣り、壁際の化粧机には鏡こそ付いてはいないが、戦時を彩る武具や装飾品が並んでいる。
主武装の剣とマントは横に立て掛け、卓上には非常用のダガーナイフと採光筒。
採光筒とは、リュンが森で手にした烈管と同じく、近年開発された魔導具で、太陽光を長時間かけて充填する小型照明のことである。
そして、そうした便利な道具の中に、新たな戦利品が一つ加わっていた。
地の装核。
流石は耐久性を司る魔核だけあって、装核破壊の魔導衝撃を受けても壊れる事はなかった。
魔王は一度だけ魔術道具に視線を向けてから、静かに目を閉じる。
瞼の裏の暗闇と共に、眠気がゆっくりと押し寄せてきた……。
それから、どれだけ時間が経ったことだろう。
魔王は、室内に奇妙な気配を感じて目が醒めた。
――まるで、誰かに見られてるような感覚だ。
睡眠時間が短いせいか、身体が重くて思考はまとまらない。
吐き気にも似た微睡みを抑えつつ、何気なく部屋の中央に注目する。
(……居た)
移住初日の前夜、エルドラとの戦いを予言するように現れた幻影女性が、食卓前で魔王の覚醒を待っていた。
幻影は膝から下の像がボヤけていて、浮かんでいるようにも見える。
微かな呼吸の動きに合わせて、ローブを羽織った肩の輪郭が上下に小さく動いた。
「おねーさんも暇だね……。もう疲れちゃったし、話は来世にしてくれない?」
皮肉が思わず口を突いて出る。
しかし、例によって幻影の女は、魔王の小言を無感情に聞き流した。
「魔王……。平穏から呼び覚まされた貴方は、図らずしも強敵を打ち破り、一時の安らぎを得ました。しかし、これは単なる始まりに過ぎません」
今度は何かのオープニングみたいだ。
魔王は冷めた心境で、枕元へと頭を戻す。
「うんうん、そ~だね。これを機に、僕は幸せな生活を送っちゃうぞ」
勿論、リュンとね……と心の中で付け足して、魔王はそのまま無視を決め込む。
適当にあしらわれたにも関わらず、白い粒子の語り部は、託宣めいた独り言を、一語一語、余韻を保って言い聞かせる。
「あなたを求める声は未だ少なく、反対に……憎しみ、拒む者は大陸中に大勢います。あなたがこの村に居られる時間も、恐らく、そう長くはありません……。何故なら貴方は、魔王だからです」
「うんうん、心して置くよ♪」
返す筈のない言葉に、突如として明確な意思が交わされる。
「ええ、心して下さい」
――まさかっ!!
魔王は驚き、慌ててベッドから跳ね起きる。
喉の奥から激しい動悸が込み上げて、心臓が今にも口から飛び出てしまいそうだった。
「今、僕の声が聞こえたの!?」
幻影の女は、魔王へ柔和に微笑み返す。
「ええ、聞こえていますよ。今までも、そしてこれからも……」
返事も敢えなく、まるで魔王の理解に合わせるように、女性の立体映像が歪み始めた。
「待ってよ……。君は一体、何者なんだい? どうしてこんな、いつも急に……」
「私は語り、指し示すことしか出来ません。たとえその未来が、あなたにとって辛く険しい道程であっても……」
「ねえ、僕の質問に答えてよ」
映像は一層不安定となり、時折、人の形が白い砂嵐に取って代わる。
「選びなさい、あなたの進むべき道を……」
「ねえってば……」
「そして待っています。あなたが破滅を乗り越えた先で……」
それを最後に、幻影の女性は掻き消えた。
魔王は乱れた寝間着を整えもせず、青ざめた顔で寝台の正面に立ち尽くす。
「いったい、今のは何だったんだろう……」
話す内容と出てくる人間は以前と似ていたが、唯一違う点がある。
今回初めて、相手からの反応があったことだ。
――なんだか胸騒ぎがする……。
相手が初めて返事をしたのは、ひょっとすると、それだけ深刻な事態が待っているからなのか。
(これ以上、何があるって言うんだ……?)
少し考えて、魔王はすぐに心当たりに気が付いた。
「そうだ……。村の外では、まだ戦いが続いてるんだ」
心配そうに独りごちると、田衛文が片目をゴシゴシ擦って、不機嫌な声を上げた。
「も~う……。ウルサイよ、魔王」
「おっ、ちょうど好い所に起きてきた」
魔王はヒョイと首を伸ばして、寝台で眠る田衛文に声を掛ける。
「ねえ、田衛文。今さ、部屋の中に誰か居なかった?」
「えぇ~、誰かぁ……?」
田衛文は寝ぼけ眼で身を起こし、左から右へと緩慢な動作で室内を一瞥する。
「居ないヨ、そんなの……。ソレより、もう遅いから静かにしてよネ……」
くあぁ……と欠伸の息を吸い込んで、また元のように手足を丸めて、魔王の枕元へと横たわる田衛文。
そもそも一体いつの間に、そんな所に潜り込んだのだろうか。
立て板窓の反対側、部屋角にある筆記机に目を向けると、猫用ベッドに改造を施した無人の寝床が置かれていた。
「じゃなくて、え~っと……」
口で説明すると面倒臭いので、思考共有を使って見たままの光景を転写すると、田衛文が『ガバッ!』と勢いよく布団を捲って起き上がった。
「ナニ、今のオンナ! あんなのが、さっき居たの!?」
「おぉ~。良いリアクションするねぇ、田衛文」
(って言うか、前回もこの手を使えば良かったかも……)
苦笑いの魔王は過去の自分を思い返して、カクンと斜めに首が傾く。
「まぁ、とにかくそういう事。田衛文に会う前から、ちょくちょく現れる幽霊みたいなヤツなんだけど、まったく正体が掴めないんだ。田衛文には心当たりがないかい?」
魔王が気楽に尋ねると、田衛文は枕を抱えて激しく身震いする。
「ユ、ユウレイ!? し、死、知……知らないよ、そんな奴! ウウン、知りたくもナイ!!」
「えっ? そんなに怯えることかな……。田衛文だって精霊なんだし、死霊系のモンスターだと思えば、どうって事ないじゃない?」
『ガタガタ、ガタガタ……。ピクッ!』
「おっ、実は平気だったとか?」
『ブルブルブルブル……』(← 高速振動、再開)
「う~ん、やっぱり駄目かぁ……」
魔王が渋い顔で固まると、田衛文は恐怖心から、無責任なことを口走る。
「さ……さっきの奴って、なんか幻術っぽいし……。冥箒なら、なんか知ってるんじゃない?」
『まぁ、ちょこっとでしたら……』
冥箒がいきなり、ベッドの上でヒョコっと身を起こした。
「ヌぁああア!! いきなり近くに出ないでヨ。ビックリしたじゃない!」
冥 箒 布布布………… 床 床
枕 布布布………… 魔王
田衛文 布布布………… 床 床
「2人の位置関係こそ、僕にはビックリだぞ」
「そうですか?」
冥箒は魔王にしれっと返すと、着衣を整えて、ベッドの上へと正座をかます。
「まぁ、確かに今のは幻術の類ですね。ただし、此処からかなり遠距離の通信魔法です。中継地点で妨害でも掛けられてるのか、通信元は私でも掴めませんでした」
「ふぅん、そうなんだぁ……」
魔王は反射的に気のない声で応答し、言葉の中身を反芻して、俄かに取り乱す。
「って、冥箒は今の幻影に気付いてたの?」
「そりゃあ気付きますよ。部屋の中で、あんな映像が誰かに喋りかけてるんですから」
平然とした口調の裏に、不機嫌さが混じっている。
自分の特技を、軽く見積もられたように感じたからだ。
「攻撃魔法でもなければ、妄想の産物とかでもないって事か……」
魔王は誰にでもなく呟くと、顎を支えた思案のポーズで暫し固まる。
やがて、何かを感得したように物静かな態度で思考を打ち切り、水飲み場へと足を向ける。
出入り口のすぐ近く、流し台横の甕に木のコップを直付けして、中に溜めた井戸水を一掬い、口へと運ぶ。
ポタポタと流れ落ちるコップの雫。
足下が濡れるのを気に掛けない様子から、何等かの固い決意が窺えた。
田衛文が魔王を気遣ってベッドを離れる。
流し台正面のテーブルセット。
その左右一脚ずつ置かれたちょうど中間部分で、田衛文が宙に留まる。
冥箒はその左、椅子の背凭れ部分に腰を掛けた。
お尻の肉が沈み込んでいないのは、飛行能力で荷重を制し、身体のバランスを
保っているからである。
「村を…………出る積もりですか?」
冥箒が躊躇いがちに尋ねると、魔王は流し台にコップを置いて振り返り、それに頷く。
軍事衝突は避けられなかったが、戦争の長期化を防ぐ手立てはある。
「敵国であるグローネシアから、大義名分を奪ってやるのさ」
今度は田衛文が、魔王の言葉が意味するものを理解して、言葉少なく尋ねる。
「ケド、なんにも言わずに出て行くの?」
暗に、リュンとニルスの事を指しているのだ。
魔王は、その2人に別れを切り出す情景を想像して、皮肉な笑みを零した。
「下手に止められても、決心が鈍るだけだからね」
降参気味に、鼻からフスゥゥ……と息を抜く。
実際には、それが魔王の精一杯の強がりだと知って、田衛文は笑顔で慰めた。
「そうだネ……♪」
声の温もりが静寂に溶けてゆく。
ややあって、冥箒が椅子の背凭れから腰を上げた。
「では、村人への書き置きは、私が準備しておきましょう」
いつも通りの仏頂面に、やるせなさが隠れている。
冥箒が筆記机へと向かい、田衛文がせかせかと旅支度を始める。
魔王はその間、移動日程を計算しながら、窓の立て板を外へと傾けた。
「国境付近のグルモーニアで、一泊ぐらいはするべきかな……」
外の景色に目を細めると、魔王の脳裡にほんの一瞬、未練の記憶が鮮やかに過ぎる。
空は、いつか見た夕焼けとは逆に、新たな一日の始まりに白んでいた。




