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37話

「黙れぇい。この、生きた化石があぁ!」


 外へと膨らむ咆吼が恐怖心を跳(は)ね除(の)けるが、音圧の弱まりに連れて、不安の闇が一挙(いっきょ)に押し寄せてきた。

 焦燥感(しょうそうかん)に追い着かれるより先に、エルドラが疾走。

 全体重を乗せた剛拳が、魔王目掛(めが)けて肉薄する。

「でぇりゃあああぁ!」

 魔王は、前へと踏み出した左脚を軸に回転。

 上体を倒して拳を躱(かわ)しつつ、中段蹴りで相手の胸板を踏み抜く。

「ブゥエアアァ!!」

 自身の勢いを逆用された痛烈な一撃に、エルドラの巨体が大きく後(うし)ろへ跳ね飛ばされた。

 相手の身体が離れた隙(すき)に、魔王は反対向きの左回りに振り向きざま、地面に刺さった血塗(ちぬ)りの剣を右手で豪快に引き抜く。

 空中へと振り払われた剣先(けんさき)の土が、ザバッと血(ち)飛沫(しぶき)に似た音を立てて地面を叩いた。

 肩幅に脚を開(ひら)いて息を吐き、人差し指と中指の2本を刃(やいば)の根元から切っ先へと走らせると、それまで銀色だった刀身が、蒼い蛍光色を帯びていった。

「魔王さんの剣が、光ってる……?」

 リュンの乾いた呟きに、すぐ横の田衛文が、発光現象の仕組みを語る。

「アレが、魔法で物を燃やす原理の応用ダヨ。燃えるだけの魔力がないなら、髪(かみ)の毛(け)や血液トカ、とにかく色んな道具を使って魔力を与えれば良いんだ」

 言うなれば、人工の魔剣。

 本来ならば、剣の材質や意匠によって術者のイメージが反発されるが、装飾に乏しい素朴な剣ならば、あらゆる魔法の加護を抵抗なく受け容れるのだ。

 背中を地面へと打ち付けたエルドラが、息を乱して立ち上がる。

 魔王は鋭い視線で柄(つか)の残り半分 ― 右手の後(うし)ろにもう片方の手も添えると、

毅(き)然(ぜん)とした態度で宣言する。

「破滅教(はめつきょう)が死と苦痛を望むのなら、僕がこの剣で、お前に死をくれてやる」

「小賢しい……。斬れるというなら、近寄らせぬまでだ!」

 エルドラが両手に魔力を込めて印(いん)を結ぶと、足下の小石が、空中に雲のような群(む)れを形成し、掌の動きに合わせて、右へ左へと自由に移動する。

 さらには礫(つぶて)の一つ一つが高速で振動しているため、接触すれば重傷は避(さ)けられない。

「こいつが村長(ジイさん)を襲った技だな。思ってたよりもや(・)や(・)こ(・)し(・)そ(・)う(・)だ……」

「今度は貴様を蜂(ハチ)の巣(す)にしてやる!」

 エルドラが手首を捻(ひね)って腕を伸ばすと、礫(つぶて)の雲が、別角度からの時(じ)間(かん)差(さ)攻撃を仕掛けてくる。

(来たぞ。前後両面(ぜんごりょうめん)からの挟み撃ちだ!)

 魔王は正面の礫群(れきぐん)へと魔刀剣を振り、気合いと共(とも)に魔力を解放させる。

 礫(つぶて)の群れは魔導衝撃に当たり、力(りき)場(ば)を失って地面へと落ちた。

(次は後(うし)ろっ!)

 振り返り、ドーナツ型の石群(せきぐん)に通過可能な空隙(くうげき)を見付けて、輪を潜(くぐ)るようにして伸身(しんしん)で跳躍。

 すると程なく、こちらの礫嵐(つぶてあらし)も自身の役目を終えて、力(ちから)なく重力に引かれた。

 魔(ま)刀(とう)剣(けん)は魔力を外へと放出するたび、再充填する必要がある。

 前後両面の回避に成功した魔王は、自身の傷口に触(ふ)れて、腕に滲(にじ)む血を剣へと塗り込み、魔刀剣を再生させてエルドラに猛然と斬りかかった。

「うああああぁぁあ!!」

 対するエルドラは礫(つぶて)の制御を已(や)むなく中断して、後方(こうほう)高くへと跳躍する。

「くそっ、斯(か)くなる上は!」

 エルドラの巨体が、着地に合わせて地中に沈み込んだ。

 下方からの絶対安全圏より、一方的に攻撃を仕掛ける気である。

「無駄だ。デモンズイヤー、全開(ぜんかい)っ!」

 ビストゥス初日で編(あ)み出(だ)した無駄技が、左後方からの接近音を感知する。

「くたばれぇぇえ!」

「あまーい!!!」

 出現に合わせて立ち位置を調整し、相手が飛び出してくる勢いを利用した居合(いあ)い斬(ぎ)りを放つ。

 エルドラの手刀(しゅとう)が皮膚を軽く裂き、魔王の頬(ほほ)に真一文字の朱(しゅ)が引かれる。

 すれ違いに、魔王の魔刀剣がエルドラの身鎧(しんがい)表面を深く断ち、目視可能な裂け目を刻んだ。

「ぐぬうぅぅ、なんという奴だ。よもや、地面からの敵にも対応できるとは……」

 苦しげに唸(うな)ったあと、エルドラは落ち着いた様子で、腹部に走る傷口を掌(てのひら)でポンと叩いてみせる。

「しかし! 如何(いか)に貴様の魔剣と言えども、我(わ)が装甲を完全に断ち切ることは出来ないようだな」

 エルドラの言うように、一対一の回避中心では、どうしたって決め手に欠ける。

 そのうえ、初めのうちに蓄積(ちくせき)した疲労が、いつになって効いてくるか分からない。

 魔王が短く逡巡していると、仲間達の活気付いた声が横から近付く。


「ナ~ニ、ソレだけで充分だよ♪」

「これより支援に移ります……」


 引き締まった手足がフワリと揺れて、田衛文の身体が、魔王の頭上左(ずじょうひだり)で静止する。

 ワンテンポ遅れて、箒(ほうき)に跨(またが)った冥箒が反対側へと並んだ。

「助かるよ、2人共。あいつを倒すのを手伝ってくれるかい?」

 魔王が喜色満面(きしょくまんめん)に呼び掛けると、田衛文は身体を揺すってウンと頷く。

「今(イマ)の攻撃で姿を消せなくなったんなら、ボクだって、心置きなく戦えるからネ♪」

 弾けるような笑みと晴(は)れやかな声からして、よほど鬱憤(うっぷん)が溜まっていたのだろう。

 さっそく田衛文が、脇の下へと肘(ひじ)を引いて戦闘準備を始めるが、その勢いを遮(さえぎ)る形で、冥(くら)箒(き)が田衛門に協力を求めた。

「とは言え、あの遠隔攻撃は厄介です。私に少し考えがありますので、田衛文は暫(しばら)くのあいだ、ヤツの気を惹(ひ)いてて下さい」

 涼しい顔とぞ(・)ん(・)ざ(・)い(・)な呼び掛けが、田衛文の癪(しゃく)に障(さわ)った。

「ムゥ~……。ようやく反撃って時に、なんでそんな地味(じみ)ぃ~な役回りしなくちゃイケナイの!?」

(あれあれ、困ったぞ? 早速、チームワークが乱れてら……)

 軽く眉を寄せた魔王は、此処(ここ)20年で最上級の微笑みを相棒へと向ける。

「僕からも頼むよ、田衛文……」(キラキラ)

「ガンバっちゃう、愛(アイ)を込めて☆」

 田衛文がビュイーンと白い軌跡を残して、敵味方の中間地点へと超特急で飛び出した。

 ちなみに彼女の脳内では、魔王の顔が、当社(とうしゃ)比(ひ)5倍の超絶イケメンに補正されている。

(おぉ、凄(すご)い勢いで飛んでった……。頑(がん)張(ば)れ~)

 観戦モードと化した魔王の視界、エルドラを中心とした円周上を田衛文が飛び回り、精霊言語の方言(ほうげん)混じりで魔(ま)導(どう)詩(し)を紡ぐ。


「そう清(さや)か、此(こ)ん土地(つち)は、巡(めぐ)り行(ゆ)くぅ、瑞(みず)気(き)のもとに……」


 周辺魔法による環境の変化が始まった。

 田衛文の声とは思えない高音域の歌声が、大地と水を滔々(とうとう)と讃(たた)える。

 民族音楽の進行と共(とも)に付近一帯の漂流魔力が沈静化を始め、その副作用から、

気温がグングンと下がってゆく。

「完全詠唱か! 完成する前に打ち落としてくれる」

 脅威を感じたエルドラが、田衛文に礫(つぶて)の雲を差し向ける。

 しかし、これは大きな誤りだった。

 雨上がりの地中から掘り出された石は、表面に僅(わず)かな湿気を帯びている。

 それが高速で振動するために、隣り同士で氷結を起こしたのだ。

 巨大な氷塊(ひょうかい)となった礫(つぶて)の群れは、運動速度が急激に落ちている。

「見付けました……。念動魔力の制御核(せいぎょかく)、頂きます!」

 壷(つぼ)を小脇に抱えた冥箒が、箒(ほうき)に乗って氷塊の輪(わ)を潜(くぐ)り抜ける。

 すると、力を失った礫群(れきぐん)は弧を描いて地面に落下し、反対に、魔力を吸収した

冥箒の壷(つぼ)は、内側から不気味な光を放った。

「よぅし、今度はこっちの番だ!」

 魔王が、柄(つか)の握りに力を込めて前へと駆け出す。

「くっ、礫(つぶて)嵐(あらし)を封じられたか!」

 エルドラはバックステップで距離をとり、着地と同時に地中へ逃(のが)れようとするが、石の具(ぐ)足(そく)は地面に溶けることなく、足下を深く抉(えぐ)るだけで停止した。

「バカな!! 地面が凍(こお)って掘り進めんだと!?」

 エルドラは、辛(かろ)うじて掘り起こした土から巨岩(きょがん)の剣(つるぎ)を精製する。

 魔王の魔(ま)刀剣(とうけん)とエルドラの硬岩剣(こうがんけん)が交錯した。

 袈裟(けさ)斬りで挑む魔王を、反対向きの剣閃でエルドラが打ち合わせる。

 魔王は敵の守りを全身のバネで押し上げ、振り上げた刀身を左向(ひだりむ)きへと手首を返して、剣先(けんさき)を横に払う。

 胴払いが成立する直前、エルドラが瞬間的に前へと出て、柄(つか)を握る魔王の両手を掌打(しょうだ)で制した。

 左・右と順に足(あし)を下(さ)げ、魔王の兜割(かぶとわ)り。

 エルドラが、振り下ろされる魔(ま)刀剣(とうけん)を剣(つるぎ)で受け止め、手首を捻(ひね)って、魔王の剣先(けんさき)を体側面に受け流す。

 わずかに退(ひ)いてエルドラの突き。

 ただし、攻撃を受け流された時点で、相手の行動は予測済みである。

 魔王は膝(ひざ)を曲げて身を低く倒し、肩の布地を裂(さ)かれる程度に被害を抑える。

 魔王が屈伸(くっしん)運動を乗せた膂力(りょりょく)で剣を振り上げた。

「てええぇぇい!!」

「ぬうっ!」

 エルドラは巨岩(きょがん)の剣(つるぎ)を即座に引き戻し、低い体勢からの強引な斬り上げを阻(はば)む。

『ガグン!!』

 魔刀剣の魔力が、硬岩剣の結合魔力を寸断。

 エルドラの剣は元の土塊(つちくれ)へと帰り、魔刀剣は金属刃(きんぞくやいば)の原型を留めて光を失う。

 バランスを崩したエルドラは、上体が仰(の)け反(ぞ)る勢いを利用して後転し、再び後方(こうほう)高くへと跳躍する。

「見事な腕だ。ならば、我(わ)が奥義をその身で味わえ!!」

 エルドラが落下の勢いを乗せて、堅(かた)い地面を強引に踏み抜く。

「そら、もう一度!」

 ガズンと荒々(あらあら)しい音が鳴り、凍て付く地面にクモの巣状の罅(ひび)割(わ)れが走る。

「魔王。アイツ、ムリヤリ掘り進める気だよ!」

 田衛文の言うように、エルドラの周(まわ)りでは、足下の地面が擂(す)り鉢(ばち)状の隆起を見せていた。

「コレでどうだ!」

 三度目の掘削(くっさく)で、大量の土砂が空高く噴(ふ)き上がった。

「地よ、我(わ)が盾(たて)となれぃ!」

 掛け声と同時に、エルドラの周囲に分厚い土砂の防壁(ぼうへき)が築かれる。

「エストラ・ド・バラ、ユクサルネビア……」

 内側から漏(も)れる耳慣れない詠唱を聴(き)いて、冥箒が表情を歪(ゆが)める。

「まずいですね……。短縮詠唱(スペル)を重ね掛けして、一気に決着(ケリ)を付ける積もりのようです」

「ソンナ……。詠唱ナシで技が使えるのに、ソレが力(ちから)を溜めたりなんてしたら、

一瞬で終わりダヨ!」

 試しに魔王が岩壁に一撃(いちげき)入れてみるも、乾いた音を立てて剣が弾かれた。

 さらには表面に刻んだ損傷部分が、見(み)る見(み)るうちに、内側からの土砂で塞(ふさ)がってゆく。

「うあっ!! いくら魔刀剣(コイツ)でも歯が立たない……」

「一度に強力な打撃を与えて、一気に粉砕する必要がありますね」

 だが、魔王と田衛文が得意とするのは専(もっぱ)ら対人戦闘ばかりで、破壊工作の分野においては全(まった)くの素人である。


「おじちゃん。それならさっき、こんな物を見付けたよ」


 食堂(しょくどう)壁際で戦局を見守っていたニルスが、袋の中へと手を伸ばす。

「そいつは、城の中から取ってきた爆弾か!」

「確かにそれなら、あの分厚い壁にも穴を空けられそうですね」

 冥箒が効果を保証すると、田衛文がすぐさまサポートに動く。

「みんな、チョット待ってて。すぐに火を取ってくるから」

 早口に告げたあと、食堂(しょくどう)入り口へと猛スピードで突っ込んでゆく田衛文。

 村人の一斉避難は隣国(りんごく)への亡命を意図していたため、初めから鍵(かぎ)は開けられていた。

「では、彼女が戻って来るまでの間(あいだ)、私も準備するとしますか。そぅれ、パッパッと……」

 冥箒が徐(おもむ)ろに壷(つぼ)の中へと手を突っ込み、空中に発光粒子(はっこうりゅうし)を散布する。

 魔王は爆心地となるエルドラから距離を保ち、意識を空へと集中させると、空に燦(きら)めく霞(かすみ)のような粒子から濃密な魔力を感じた。

「そうか……。冥(くら)箒(き)の得意な術式は、媒体法(ばいたいほう)か」

 媒体法(ばいたいほう)とは、固有魔力を封じた物質を消費する、非詠唱型の術式のこと。

 事前の準備が必要で、魔法属性の途中変更も不可能だが、利用の際は即(そく)時(じ)実行(じっこう)可能なうえに、短縮詠唱のような魔力損失がない点が強みである。

 程なく、田衛文が火元の調達を終えて戻ってきた。

 彼女は手にした蝋燭(ろうそく)台(だい)をリュンに預け、ニルスから爆弾を受け取って待機する。

 あとは、魔王の号令一つで連携が始まる。

「冥(くら)箒(き)・田(でん)衛(え)文(もん)・僕の順で行こう。2人とも、タイミングを合わせてくれ!」

「リョ~カイ。冥(くら)箒(き)は爆風の制御、お願いね♪」

 冥箒が無言でコクリと頷き、両手で宙に印(いん)を刻む。

「闇より生まれし虚幻(きょげん)の輝き。混沌よ、在(あ)れ……」

 キーワードに反応して幻術が発動。

 自身を象(かたど)った6つの幻影が、石壁(いしかべ)の周囲で等間隔に浮遊し六芒星(へキサグラム)を構成する。

 障壁が完成するのと同時に、田衛文が爆弾の導火線に着火(ちゃっか)。

 すぐに高度を上げて、両手を頭上に大きく振りかぶる。

「トドケ~!」

 宙を斜めに滑る爆弾が、エルドラを守る石壁へ見事に命中。

 弾着(だんちゃく)と同時に爆風が大きく縦(たて)に膨れ上がり、積み重なった全ての防壁(ぼうへき)を粉砕する。

 障壁の罅(ひび)割(わ)れと開口(かいこう)部(ぶ)から漏れ出す濛々(もうもう)たる土煙。

 視界が晴れるのを待たず、魔王が敵の詠唱位置へと駆け寄って、大きく一閃。

 魔刀剣が、エルドラの胴体を大きく抉(えぐ)り取る筈(はず)だった……。

「魔王、ヤッタの!?」

 不意を突かれた表情で、魔王が小刻みに首を振る。

「ダメだ。全(まった)く手応えがない!」

 咄(とっ)嗟(さ)に冥箒が、手を鉤爪(かぎづめ)状に曲げて宙を薙ぐ。

「ふうぅンっ!!」

 そよ風が土煙(つちけむり)を吹き消して、無人の岩場を露(あら)わにした。

「地下です!」

 反射的に魔王が振り返る。

 冥箒の不安は的中し、エルドラは3人の視界の外で、詠唱の時間を稼(かせ)いでいた。

「現(げん)・壌(じょう)・號(ごう)・儡(らい)……」

 詠唱の余(よ)韻(いん)に静寂が重なる。

 恐らく次の攻撃こそ、回避不能な最後の一手だ。

 魔王は剣を捨てて、早口に説明する。

「一(いち)か八(ばち)かだ。ヤツを攻撃する!」

 魔王はリュンから授(さず)かった装核を右手でしっかりと握り、装甲が剥(は)がれた相手の左腹部を狙ってダッシュする。

「田衛文、今こそ魔力移譲(まりょくいじょう)を!」

 田衛文は迷わない。

 冥(くら)箒(き)の指示で両手の指を互(たが)い違(ちが)いに組み合わせると、心を込めて祈(いの)りを捧げた。

(魔王、ゼッタイに負けないで……)

 無垢(むく)なる願いが思考共有(リンク)を伝わり、魔王に勇気と活力を与える。

(行ける……。この一撃で全(すべ)てを終わりにしてやるぞ、エルドラ!!)

 より速く、より強く、魔王の身体が夜(よる)の闇(やみ)を疾駆する。

 しかし、魔王に先(せん)じてエルドラの奥義が完成した。

 両者のあいだを取り囲むように、地表に幾(いく)つもの石板が出現する。


「グハハハハハハ……。大地の棺(ひつぎ)に抱(いだ)かれて眠れ、エスト・ヴァン・アース!!!!」


 両サイドの石板が中央へと集結し、前後左右のあらゆる角度から魔(ま)王(おう)を押し潰す。

「魔王さん……」

「おじちゃん、そんなぁ……」

 リュンとニルスが絶望に立ち尽くす。

 2人の目には、このまま全てが終わってしまうかに見えた。

 しかし、強敵エルドラの顔に張り付くのは、歓喜の笑みではなく苦(く)悶(もん)の形相(ぎょうそう)であった。

「むっ、ぐぐぐググ……」

 エルドラは魔力を集中し、内部の獲物を圧縮しようと奮闘するも、石棺(せっかん)は一定のサイズを保ったままピクリとも動かない。

 それはつまり、内外の圧力が拮抗(きっこう)している事を示す。

(どんな暴(ぼう)威(い)にも怯(ひる)まない力を……)

(ドンナ苦(く)難(なん)をも乗(の)り越(こ)える魂を……)

 魔王と田衛文。

 2人の鼓(こ)動(どう)が熱を帯び、やがてピタリと心音(しんおん)が重なる。


「今、僕に!」

「今、彼(カレ)に!」


 卵殻(らんかく)を破るような音を立てて、石棺(せっかん)の表面に無数の亀(き)裂(れつ)が走った。

 裂け目から放たれる幾条(いくじょう)もの魔力光(まりょくこう)が、エルドラの心に恐怖(きょうふ)の二文字を刻み込む。

「この、この……」

 大地を震わす鈍(にぶ)い振動を放ち、石棺(せっかん)が勢いよく弾け飛んだ!

『バケモノがあああぁぁぁ!!!』

 視界が開けると同時に、風を裂き、闇を貫いて魔(ま)王(おう)が駆ける。

「てやっ、せやっ、ぬぅわあぁぁ!!」

 絶叫するエルドラが石弾(せきだん)を連発するも、魔王は決して止まらない。

 石礫(いしつぶて)が皮膚を裂き、腕を伝う血が装核を濡(ぬ)らそうとも、

 走(はし)る。

 駛(はし)る!

 奔(はし)る!!


「ねえぇぇりゃああぁぁ!!!」


 魔王は魔力を剛力(ごうりき)に変えて、エルドラの脇腹に拳(こぶし)を叩き込む。

「カハッ……」

 神経を冒(おか)す疼痛(とうつう)に、エルドラの口から呼気が漏れた。

 掌中の装核(そうかく)が打撃の撃力(インパクト)で前後に潰れ、流線型の中心軸に歪(ひず)みが生じる。

 エルドラは、全身が痛みに硬直して動けない。

 その隙(すき)に魔王は、黒ずんだ肉塊(にくかい)を、手首を曲げた掌底(しょうてい)で抉(えぐ)り、罅(ひび)割(わ)れた退魔の

装核を敵の体内へと捻(ね)じ込(こ)む。

 両手が完全に自由になると、相手の肩を掴(つか)んで軽く跳躍、胸板(むないた)に強烈な両足蹴りを叩き込んだ。

「あがぉあぁぁぁ……!」

 エルドラは、肩の装甲板を強引に引(ひ)き剥(は)がされてヨロヨロと後退し、左膝(ひだりひざ)を地面について蹲(うずくま)る。

 対する魔王は、飛び蹴りの反動を利用して後方(こうほう)高くへと蜻蛉(とんぼ)返(がえ)り。

 振り落とされた血が荒(あ)れ地(ち)の上を点々(てんてん)と染め、爪先は月輪(げつりん)をなぞる。

「グウゥゥ……。ガハッ!」

 エルドラは強引に立ち上がろうとして失敗し、再び地面に膝をつく。

 魔王が無事に着地を決めると、覇気を宿した冥箒の表情が輝(かがや)きを増した。

「敵・味方の状態差を確認……。絶好の機会です」

「よし、来(き)た。田衛文、冥箒。エルドラに集団詠唱を仕掛けるぞ!」

「待ってマシタ♪ 戦闘用のボクの魔力、この一撃に全て賭(か)ける!」

 田衛文の意気込みが、猛スピードで飛び行く空(そら)に星の瞬(またた)きを映し出した。

 その対極、冥(くら)箒(き)が魔王の左前方へと展開し、エルドラを中心とした、魔王・田衛文・冥箒による三方陣(さんぽうじん)を形成する。

 第一声(だいいっせい)、冥(くら)箒(き)の詠唱が漂流魔力を励起させる。

「三方(さんぽう)より、空(くう)を通(つう)じて汝(なんじ)に祈(いの)る」

 魔王とエルドラを結ぶ血の点線が、茫洋(ぼうよう)とした光を放つ。

 漂流魔力が血液を、血中魔力が魔(ま)王(おう)と装核を繋いだことで、即席の魔力(まりょく)通信線を構築したのだ。

 冥(くら)箒(き)の詠唱に続けて、魔王の宣言が、装核に所有権を主張する。

「我(わ)が血、我(わ)が力を以(もっ)て、其(そ)(装核)の覚醒を望む!」

 魔王の体内魔力が魔(ま)導(どう)線(せん)を通過し、装核に乳白色の輝きが点(とも)った。

 最後に田衛文の言霊(ことだま)が、装核の機能を解放する。

「汝(ナンジ)、退(たい)魔(ま)の装核。何者(なにもの)をも受(う)け容(い)れぬ気高きモノ!」

 3つの頂点から結界魔術の境界が延び、魔方陣の内部で対流(たいりゅう)する魔力が激しく

共鳴する。


              「応(こた)えよ、

               大地に遍(あまね)く

               魔導の結晶!」


     「応(こた)えて、               「応(こた)えなさい、

      大地に遍く               大地に転がる

      マドーの結晶!」            魔導の塊!」


 三人詠唱・装核陣(そうかくじん)が完成した。

 装核は、エルドラの体内魔力を臨界点(りんかいてん)まで吸い上げ、余剰分を外部へと吐き出し続ける。

 肉体維持の魔力を急激に奪われたエルドラは、思うように身動きが取れない。

「なんだコレは! 静まれ……。えぇい、静まれ!」

 エルドラは装核を制御しようと必死に藻掻(もが)くが、無駄な努力である。

 気力・体力を大幅に失ったうえ、魔力を操作する技術(スキル) ― 魔力操技(まりょくそうぎ)を心臓部の装核へと分散させているのだ。

 魔王に田(でん)衛(え)文(もん)と冥(くら)箒(き)のサポートが付いている以上、エルドラに主導権(しゅどうけん)争いの勝ち目はない。

「エルドラ……。どちらが本当に、この世(よ)に必要とされてるのか教えてやる」

 魔王はそう言うと、胸元のポケットを開いて、最後の一つとなった力石(りきせき)を取り出す。

「この力石(いし)一つじゃない。お前の力を奪い続けてるその装核にも、みんなの想(おも)いが込められてるんだ!」

「黙(だま)れぇい! 認めん……。認めんぞ! こんな結末、世界は決して認めたりはしない。この世が真(しん)に求めているのは貴様ではない! 我ら、破滅教(はめつきょう)の理想なのだ!!」

「いいや、そいつは違うね。この世界に本当に必要とされてるのは、神でも魔王でもない。現在(いま)を生きる、一人一人の大切な意志なんだ!!」

 魔王は右手を大きく振りかぶり、上半身をグルリと横に一回転させた勢いを利用して、力石(りきせき)を全力で投げ放つ。

 力石(りきせき)が宙を閃く僅(わず)かな時間、五人の胸に様々(さまざま)な想(おも)いが去来する。

 重税に憂(うれ)う日々。

 運命に翻弄(ほんろう)される深い哀(かな)しみ。

 洗脳の犠(ぎ)牲(せい)となった者達の無(む)念(ねん)。

 そして、苦難に抗(あらが)おうとする者達の力強(ちからづよ)き意志。

 それら万感の思いを乗せて、力石(りきせき)は退(たい)魔(ま)の装核へと衝突する。


『ピシッ! ピキピキピキッ……』


 破裂した力石(りきせき)が魔力を解放。

 内外から加わる魔導圧力(まどうあつりょく)が硬度限界を上回り、退(たい)魔(ま)の装核(そうかく)が砕け散る。


「ぬおおおおぉぉぉぁぁぁぁ!!!」


 エルドラの絶叫を追いかけて、爆発の轟音(ごうおん)と光がビストゥスを劈(つんざ)く。

 装核の暴発魔力が天を貫き、エルドラの肉体は天地に四散した。

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