表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/39

36話

 業を煮やしたエルドラが、魔力探査の短縮詠唱(スペル)を放つ。

「アド・エステラ、エステバイーナ……!」

 胸の前へと腕を回し、自身を抱き寄せるようにしてから身を開くと、全身から

無数の小さな球体魔力が発散された。

 魔力まりょくたんとは、自身の魔力を広域放射し、反射情報から敵の位置を探り出す探知魔法の一種である。

 結論から言うと、魔力探査は完全に失敗した。

 (ゼロ)魔力状態のおうの身体は、全方位へと拡散放棄された魔力を反射せず、そのほとんどを体内へと吸収して、疲労回復の効果を高める。

(こいつはいや……。あとちょっとで、一回くらいは魔法が使える!)

 しかし、(あん)()の笑みはすぐに緊張へと変わった。

 エルドラの足裏が石畳へと触れた瞬間、魔王の位置が特定される。

「そこか!」

「くそっ。結局、どうなってるんだ?」

 魔王は慌てて横に半回転し、石畳を()退()けるようにして立ち上がる。

 全力疾走を始めると、風を切って前後する手刀(しゅとう)から、白く細かい石英(せきえい)の粒が()がれ落ちた。

 傾斜の(ゆる)い屋根の上、両目を深く閉じたくらが、脳内記憶の整理に努める。

 現在と過去。

 左右同時に再生される映像が、おう発見直前の(あし)(さば)きに拡大して自動停止する。

「どうやらエルドラは、足下から極小魔力を伝導させて、同じ素材の上にいる敵を感知している模様です」

 だとすると、逃げる距離に意味はない。

 (あせ)る魔王がバランスを保って走りながら、首を動かし振り返る。

 脚を肩幅に広げてまっすぐに立つエルドラが、両手を向かい合わせにして魔力を練った。

「追い詰めろ、ゴルドランス!」

 詠唱のあと、両手を払って魔力球体を地面に落とすと、石畳が大きくうねって

寄り集まり、石の(だい)(じゃ)を形成する。

 ()()う石蛇は速度に欠ける。

 しかし、縦横自在に追尾を重ね、背中の(きり)で魔王を(しつ)(よう)に狙う。

 (きり)一本につき、長い(トゲ)数本すうほん枝分かれした()むべき形状。

 その一本にでも貫かれたが最期、確実に命はない。

(このままでは、体力を奪われるだけだ……)

 覚悟を決めた魔王は、()()()()()をワキワキさせて、リュンの胸に触れた感触を脳内で再現する。

「3……、2……、1……。おどりゃあぁぁ!!」

 石蛇が真下に来るのを計算し、道端の荷車を(あし)()かりにして大きくジャンプ。

 身体を宙に舞い躍らせて、奇妙な波形(なみがた)にくねらせた。

 するどい石錐(せきすい)が跳躍した魔王へと延びるが、肉の裂ける音は続かない。

一体(いったい)なんですか、あの変態的なポーズは……」

 魔王の()った気持ち悪い波形(ウェーブ)姿勢が、大小だいしょう全ての(きり)から回避を実現。

 その代わりに、常軌(じょうき)(いっ)した骨格変動を初めて目にした冥箒が、強い脱力感を(もよお)した。

 牧草地帯の広場では、追跡対象を見失った石蛇(いしへび)が、存在意義をなくしてバラバラと崩壊する。

「ふう、危なかった……」

 草の上へと着地した魔王は、食堂北部と解体小屋のあいだへ駆け込み、壁際に身を寄せて、大きな平石(ひらいし)の上で立ち止まった。

 エルドラの探知法の弱点は、踏み台を利用されること。

 同じ足場上の踏み台だけは把握できても、そのまた上に乗っかっている物体までは分からない。

 その好例が、(かめ)の中の村長である。

「こうなったら曲がり角を利用して、不意討ちで関節かんせつを叩き斬るしかない」

 体内魔力の残量は、さっきの回避運動に消費して(カラ)である。

 魔王は剣を握りしめつつ呼吸を整えて、エルドラが来るのをジッと待った。

 しかし、エルドラは動かない。

 魔王に執着する戦士の瞳に、知性の光がギラリと光る。

「待てよ……。そうか、読めたぞ! 貴様ら、なんらかの方法で(ヤツ)を手助けしているな!」

 エルドラが片手をげる動作に合わせて、空中に浮かび上がった周囲の石が、

一斉に細かく振動する。

 食堂屋根に、くらの警告が(するど)く走った。

総員(そういん)散開!!」

 田衛文とくらは南北方向へと即座に分散し、リュンは東側の斜面へと(のが)れ、身体が小さいニルスは、道具袋を盾にして身を固める。

「まずは貴様らから、血祭りにしてくれるー!」

()めろー!」

 (たま)らず魔王が、食堂の角から路上へ飛び出す。

 視界の端に突如(とつじょ)として映り込む魔王の姿。

 エルドラは一瞬、地上と空のどちらを攻撃すべきか迷ったが、本来の目的をすぐに思い出して、左前方の敵へと狙いを定める。

()()めたぞ、魔王!」

 無数の魔弾が、標的を目掛けて降り注ぐ。

 魔王は(きびす)を返して再び退避を試みるが、確実に間に合わない。

「くっそぉぉぉう!!」

 (つぶて)の嵐が背中に突き刺さるのを予感して、魔王は反射的に目を閉じた。

――痛みがない……。音も、衝撃すらも感じない。

 これが『死ぬ』という事なのか?

 魔王が(あきら)めの境地から、深く息を吐く。

 しかし、肉体はいつもと同じ活動を求め、(はい)が自然と空気を求めて膨張する。

 おかしい。

 何もかもが、普段と同じ反応()()()

 魔王はゆっくりと(まぶた)を開けて振り返ると、視界を(さえぎ)る人影が、苦悶の形相で

血を吐いた。

「うっ、ごぶぅ……」

 魔王を(かば)った村長の身体が、右膝から(なな)めに崩れ落ちる。


「ジイさーん!!!!」


 苦痛に痙攣する村長の身体を、魔王が片膝(かたひざ)立ちに抱きとめた。

 手放した剣が足下を跳ね、傷口から流れ出る血が(やいば)を染める。

 血は桃色と()(まが)う紅色。

 石弾は内臓にまで達していた。

「ジイさん……。ジイさん! なんだって、こんな事を……」

 治療する者もなく、その時間すらも許されない。

 死の恐怖が意識を切り裂く中、村長のひとみは不思議な程に澄んでいた。

「ぐっ……。ま、おうよ……」

 長年の経験も、残酷な現実の前では(なん)の役にも立たない。

 魔王はこんな時、自分がどうするべきかも分からずに、周囲へ必死に(たす)けを求めた。

「ジイさん、(しゃべ)っちゃダメだ……。みんな、みんな来てくれよ! ジイさんが!!」

 魔王が止めるのも聞かず、村長は命の炎を(けず)りながらも語り紡ぐ。

(わし)は、多くの罪を犯した。圧政に屈し、強要に従い、誘拐の隠蔽(いんぺい)まで……。邪教にも手を染めた」

 自嘲じちょう気味ぎみに笑おうとして、しかし……、それをするだけの力は残されておらず、村長はヒクヒクと口端(こうたん)を震わせた。

「そんな(わし)に女神アルメリアは……。やはり、何もしては()れなんだ……。この魂、すでに闇に()ちたも同然なのじゃからな。ぐうぅぅ……!!」

 魔王はなみだを溜めて首を振り、村長の後悔を否定する。

「それはアンタの所為(せい)じゃない。全部、こんな時代がいけないのさ! アルメリアなんて(ヤツ)も居ないに決まってる。みんな……、みーんな(うそ)なんだ! ジイさんは悪くない!!」

「フフフフフ……」

 ボンヤリと開いた村長の(まなこ)に、神の祝福は映らない。

 ボロボロとなみだこぼす魔王の顔と、星が(きら)めく真っ暗な空だけが、村長を見詰め返していた。

「そうか、()()らんか。ならば(わし)は、魔王(おぬし)に祈ろう……。()()よ、戦えぃ。戦って、あの達を守ってくれ……」

 魔王と村長の(てのひら)が重なり合い、その手から力石(りきせき)が2個、魔王へ(たく)される。

 その時、彼の手は震えていなかった。

 幼子(おさなご)の震えに似た全身の痙攣は完全に収まっている。

 別離(わかれ)瞬間(とき)が近付いていた。

「「村長さん!」」

 屋上から、リュンとニルスが駆け付ける。

 いつの間にか、田衛文と冥箒が道具袋を(たずさ)えて、魔王のそばに寄り添っていた。

「リュン、ニルス……。お前達にも苦労を掛けた。(わし)の親代わりも、重荷になっただけじゃったな……」

――こんな事になるのなら、どうしてもっと信頼してあげられなかったのか。

 リュンは悔しげに唇を噛み、涙を(こら)えて告白する。

「好いんです……。私、村長さんがどんな(おも)いで接してくれてたのか、本当は全部……、分かってました。分かってたけど、それを失うのが恐かった!!」

「村長さん、死んじゃ(イヤ)だ!」

 ニルスが村長の手を(にぎ)る。

 (にぎ)る強さは(おも)いの強さに等しい。

 しかし、どれだけ強く(にぎ)り締めようと、その魂、繋ぎ止めること(かな)わなかった。

「フフフフ……。()(わい)い子達……。(わし)()(わい)い、()(ども)(たち)……」

 老齢(ろうれい)(しぼ)む手が、ニルスの両手から滑り落ちた。


「「()()()()()()!!」」


 もう、その言葉も届かない。

 行き場をなくした愛情が、(きずな)を求めて広場を彷徨(さまよ)う……。

 項垂れる5人を前にして、エルドラは構えをとらずに悠然(ゆうぜん)と佇む。

 だがそれは、情に(ほだ)されたからではない。

 彼は戦士にして、破滅教の忠実なる(しもべ)

 死と苦痛の念を引き出すために、村長がことれる瞬間を待っていたのだ。

「まさか、村長(そやつ)が近くに(ひそ)んでいるとは思わなかった……。しかし魔王よ、これで分かっただろう。これが()()だ」

 破滅を信奉していながら、心の何処(どこ)かで人間同士の争いを憎んでいる。

 そうした複雑な感情の片鱗(へんりん)が、平坦(フラット)に強調された一言に表れていた。

 エルドラは両手を前へと左右に広げて、(おごそ)かに訴える。

「世界は、緊張とぞうに満ちている。これ以上、多くの者が傷付けあい、そして死ぬのだ。それを最小限に食い止めるには、メリカ様の統治が必要なのだ。時代はメリカ様を欲し、貴様は、この世界の全てから拒絶されている。ならばせめて、()安寧(あんねい)のため、メリカ様の(かて)となるのだ、魔王!」

「それは違います!!」

 リュンは激情げきじょうに駆られて立ち上がり、思いの丈をエルドラにぶつける。

「世界では、今も多くの人が亡くなってるかも知れない。憎み合ってるかも知れない! でも、誰もがきらっているだなんて嘘です!」

 リュンは自身の胸に手を当てて、(うそ)(いつわ)りのない想いを告白する。

「だって私は、魔王(かれ)のことを必要としてるのだから……」

 失意に固まる魔王の手を、リュンはしっかりと握り締めた。

 その手から、両親の形見が(たく)される。

「魔王さん、戦って……。たとえそれが、どんな残酷な結末であっても、私達は、貴方(あなた)のことを信じます」

 フェリオスが ― 幼馴染みの親友が、同じような事を言っていた。

『お前が同胞(フォルト)に未来を示してくれるってんなら、俺達はいつだって、納得して死ねるんだ……』

 死んではならない。

 ()()()誰も失ってはならないから、あの戦いを()めたのだ!!

魔王(おじちゃん)……」

 地面に両膝(りょうひざ)をつき、肩を上下に震わせるニルスが、()()らした目を魔王へと向けた。

「村長さんの(かたき)を……、おじいちゃんの(かたき)を討って!」

 右手に重なる力石(りきせき)とペンダント。

 魔王の(のう)()では、かつての同胞の声援が蘇り、田衛文と冥箒の期待が、逆境に(あらが)う闘志を燃やす。

 魔王はそれら全てを(しま)い込み、右手に剣を、左手に力石(りきせき)一つを残して立ち上がる。

「みんな……、()がっててくれ!」

 4人は魔王の強い()(はく)に押されて、村長の亡骸(なきがら)と共に、食堂の壁際へと後退した。

(おも)(しろ)い……」

 エルドラは興味ぶかく目を細める。

 腕組みとともに発せられた一言からは、絶対優位の慢心まんしんと、好敵手への(かす)かな敬意が含まれていた。

「魔王よ。貴様はそんな状態で、まだ戦えるというのか?」

 誰も守れぬ()(りき)な魔王を、戦士エルドラは(あわ)れんだ。

 血塗ちぬられた剣は役に立たず、魔法も使えず、戦いの腕はからっきし。

 王者の風格は(はる)か前のこと。

 服は汚れて(どろ)まみれ。身体は細かな()(きず)まみれ……。

 だがしかし、それでも彼は、二十年前(あのとき)のように退()いたりはしない!


 人の意思と魔術の導きに従い、この戦いに終止符を打たんとする。

 (ゆえ)にこそ彼は王、魔王なのだ!


(そうだ……。みんながくれた、この勇気。このおもいだけは嘘じゃない!!)

 魔法の王は叫ぶ。

「エルドラ……。お前は力石(りきせき)を破壊して、放出魔力を吸収したな!」

「その通り、よく分かったな……。しかし、それがどうしたと言うのだ?」

 直後、ザスッと、剣が地面に突き刺さる音。

 魔王は右手を自由にすると、左手の力石(りきせき)を前へと(かざ)す。

 握る片手に力を込めると、掌中の力石(りきせき)に無数の(ひび)()れが走った。

「なら、こうは思わないか。お前にそれが出来るんなら、僕にも同じことが出来るんじゃないかってね!」

 復讐心を殺意に変えて、魔王が力石(りきせき)を握り潰した!

 すると、掌から吹き出した(あお)い火の粉が周囲を(あで)やかに舞い、膨大な可視魔力が魔王を包む。

「まさか……。まさかそんな……」

 エルドラは無意識に(あと)退(ずさ)り、身体の前へと残した両手を、身震いに任せて大きくいだ。

()()ん!! ()()に、私と同じ芸当が出来るはずはない!」

 魔王は背筋をまるめて腰を落とし、(にぎ)(こぶし)に力を込めると、(きん)(せん)()が引き締まった肩と太腿ふとももから放電魔力が放たれた。

「戦えるかだって? だったら今度は、僕から()いてやる……」

 魔王は準魔法(じゅんまほう)魔力活性(まりょくかっせい)を行使。

 吸収した全ての魔力を、自身の身体強化へと回す。


(あお)き魔力が闘気となって(みなぎ)る時、魔王の(うち)に眠る潜在能力が呼び覚まされる!】


 腕を振り、外套(マント)がはためく。

 変わらぬ背丈に素朴ながお

 しかし、(あお)い火の粉が(はな)()(さま)こそ、彼の本来()るべき姿である。

「エルドラ、この()()に挑めるか!!」

「黙れぇい。この、生きた化石がぁ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ