表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/39

33話

 ()(ぞろ)いに()()かれた細長い通路には、闇ゴケの途切れた(くら)がりを()うように、今にも消えかけの魔導灯が、行く手をボンヤリと照らしている。

 子供と老人の足では大きく距離を(かせ)ぐのは難しく、後発組こうはつぐみの魔王とリュンは、走り始めて二分と()からず、先行せんこうする三人に追い着いた。

 魔王が、(ほら)(あな)の中心近くを走るニルスを左から()()して先頭へ抜けると、後ろで村長達を護衛していた田衛文が、魔王のすぐ横に並んだ。

時々(ときどき)、通路の(はし)に作業機械トカを見掛けるし、()()ってやっぱり自然洞窟じゃなくて、人口ダンジョンになってるみたい」

(なら、地上の何処(どこ)かに続いてるんだろうか……)

 声も出さずにそんな期待を(いだ)いていると、(うし)ろから轟々(ごうごう)と激しい燃焼音が近付いてくる。

(いったい(なん)だ……?)

 振り返ると、大きな壷に(またが)ったくら()が、バックファイアの残照(ざんしょう)を残して急速接近していた。

「ども……♪」

 長い黒髪を(なび)かせながらも、(すず)しげな表情でVサインを送るくら()

 やがて彼女は、魔王に並んで速度を合わせると、正面奥に(ふた)(また)の分かれ道を見付けて、右目の魔眼に意識を集める。

「すぐ(さき)(とお)りを右へ……。そちらの方が、靴跡が較的かくてき新しいようです」

 冥箒が、相手の疑問を(さき)(まわ)りして助言を(ほどこ)すが、ひ(よわ)身体(からだ)で重力に逆らう魔王には、口を開けて返すだけの余力(よりょく)はない。

(正しい道を推測してるのか……。分析が趣味って言うのは、どうやら口だけじゃないみたいだぞ)

 考えてるあいだにも、疲労が(もも)に蓄積して表情がキツくなってきた。

 と()()で、魔王の左に並ぶ田衛文が、くら()の飛行パターンを気に掛けた。

「アレ? いつもの(ほうき)じゃないんだ」

「こちらは高度専門です」

 そう言いながら、肩の上へと突き出た(ほうき)()を、右手でペシペシとぞんざいに叩いてみせる。

「では早速ですが、(さき)(ほど)の補足説明と移りましょう」

「ホント~に早速だね。……で、(さき)(ほど)の補足説明って、なんの(ハナシ)?」

 田衛文が()(さん)(くさ)く目を細めると、対するくら()も『ノリが悪いなぁ……』といった表情で、(ふところ)から一枚の葉書(ハガキ)を取り出した。

「え~。PN(ペンネーム)・魔王第四世さんからのお便(たよ)りです。最近、僕は霊珠(れいじゅ)を手に入れましたが、()()だか全然パワーアップしてません。どうしてなんでしょうか? くら()お姉さん、教えて下さい……」

 くら()は、ラジオパーソナリティーの(ひか)()な情感タップリに読み終えると、(なに)(ごと)もなかったように、葉書をそそくさと(ふところ)へと戻した。

「ん~っと……。確か、魔力活性(まりょくかっせい)と魔力ナンタラが出来るようになった、トカ言ってたヤツだよね?」

 田衛文の問いかけに、くら()がコクンと(なめ)らかに(うなず)く。

「そうですね。魔力粒子(まりょくりゅうし)励起状態(れいきじょうたい)にするのが魔力活性(まりょくかっせい)。早い話が、自身の魔力強化くらいは可能になったという(わけ)です」

「じゃあ、あとは呪文自体を思い出すダケ!? やったじゃん、魔王♪」

 パァ……と明るい表情で(なな)(した)へと振り向くが、ぜーはー、ぜーはー、と見るからにペースを落とす魔王を見て、田衛文は表情筋ひょうじょうきんを不規則に揺らす。

「……ッテ、その(わり)には、ナンカ(すご)く、息が切れてるんですけど……」

「そりゃあ、まぁ……。魔力を使い果たした(わけ)ですから、身体能力の強化もできません。ちなみに、日々(ひび)の魔力回復量も、相変わらず(すずめ)(なみだ)程度です」

「ソレじゃ、コレまでと(ぜん)(ぜん)変わらないじゃない!!」

 田衛門が空中くうちゅうで手足を振って抗議すると、くら()が、コホン……と(せき)(ばら)いを入れる。

「そこで今すぐ役立つのが、魔力移譲(まりょくいじょう)という現象です。能力強化に失敗した代わりでしょうか……。特殊な条件で結ばれたパートナー同士、魔力を()()うことが出来るようです」

 特殊な条件で結ばれるとは、魔王と田衛文の(あいだ)で交わされる、リンク通信のことを()している。

(そいつは()(こと)を聞いたぞ……。さっそく田衛文にお願いしてみよう!)

「田衛文……」

 魔王はすぐに(うる)んだ(ひとみ)で相棒を見つめるが、田衛文は冷たい空気で顔を(そむ)けた。

「ヤダ! そんな(コト)したら体内魔力が減少して、ボクの方が()()()()になっちゃうもん!」

(クスン、釣れないよぅ……)

 涙ながらに落ち込むが、それ以上は要求しない。

 精霊である彼女にとって、体内魔力は命そのものなのだ。

 ()れと言われて簡単に渡せるほど、たりなものではない。

 ()むなく魔王は激しい(いき)(づか)いのまま、(じん)(こう)(どう)(けつ)の狭い道を疾走する。

 それからおよそ20秒ほど、くら()は魔導灯が(まば)らになった正面の闇に、天井から()()がった二本のロープを発見した。

「突き当たりに縄梯子(なわばしご)が見えました。皆さん、あと少しです」

 精霊2人の(うし)ろに続いて魔王が梯子(はしご)に到着し、安全確認のため、(こう)(ぞく)を待たずに登ってみる。

 梯子(はしご)(つく)りは、予想していたよりも頑丈だ。

 体重を掛けるたびに、わされた縄が引き絞られて、『ギュッ、ギュッ……』と乾いた音を立てる。

 (あし)()(まる)()も登りやすいように上面が(なら)されていて、(カビ)()えている様子もない。

 使い込まれているだけでなく、(ひん)(ぱん)に交換されている(なに)よりの証拠だ。

「頂上が見えた!」

 右手を伸ばして天井板を()退()けると、四角い(フタ)(なん)なく開いて、空気の(あつ)がヒュオオ……と抜けた。

 登り詰めた先は、見覚えのない(しょ)(さい)へと繋がっていた。

「ゲホッ、ゲホッ……。なんだか見たことない部屋だなぁ。いったい()()は、どの(へん)なんだ?」

 机の下からモゾモゾと()()た魔王が、舞い上がった(ホコリ)()せて軽く()()む。

 ややあって、その問いに(いち)(はや)く答えたのは、新入りの冥箒であった。

 彼女は(かべ)(ぎわ)の本棚を見て、背表紙(せびょうし)がいずれも、歴史・異端・宗教に(るい)する内容だと判断する。

 そのくせ、アルメリア教の教典(きょうてん)だけは、そこからスッポリ抜け落ちていた。

「どうやら()()は、教会のようですね。宗教めいた本が(たく)(さん)並んでいます」

「「教会(キョウカイ)~?」」

 魔王と田衛文の声が(かさ)なる。

 城から近い教会と言えば、ンストゥル(きん)(こう)では一つに絞られていた。

 魔王は、6人全員が(しょ)(さい)に上がったのを確認すると、机下の縄梯子(なわばしご)を地下通路へと迷わず落とした。

「コレ、なんて事をするんじゃ。下には、逃げ遅れた者が大勢()るのじゃぞ!」

 (とが)める声は(せつ)(じつ)そのものだが、魔王は首を横に振って返す。

(いや)、ジイさん。確かに人はいるけど、その中で一番最初に()がってくるのは誰だと思う?」

「それは……」

 ()(よど)む村長に代わって、(かたわ)らのリュンが固い声で呟いた。

「地下の構造をよく知るエルドラですね」

「多分ね……。あいつは、霊珠を持ってる僕達を狙ってるんだ。(ほか)にも出口と(つな)がっていそうな道が(いく)つかあったし、出来るだけ、時間を(かせ)いどいた方が良いと思う」

 書斎扉の(うち)(かぎ)を開けて部屋を出る。

 屋内はすっかり片付いていて、普通の聖堂らしい(よそお)いに戻ってはいるが、()()りや装飾の配置からして、場所の判断がようについた。

「やっぱり()()、森の中の教会ダヨ……」

 田衛文が(あっ)()に取られた様子で呟き、視線を右から左へと移した。

 (たが)(ちが)いに配列させたいしみの外観とは(こと)なり、内部は一枚岩を綺麗に(みが)いてあるかのように(せっ)(こう)が塗られていて、壁の表面に、神殿を連想させる多角形の柱彫刻(はしらちょうこく)のほか、樹木や花のレリーフが彫られていた。

 教会内と書斎を()めつ(すが)めつして、村長が納得に(のど)(ふる)わせる。

「ここの(かぎ)はエルドラが管理しておったが、まさか城に(つな)がっていたとは……。彼奴(あやつ)め、普段は地下道から出入りしとったんじゃな」

 冷たい石床をスタスタと鳴らして扉前から離れると、その(うし)ろから、ニルスとリュンが書斎を出て、祭壇前さいだんまえの長椅子へと腰を下ろした。

 2人分の荷重(かじゅう)を受けて、耳障りに(きし)む椅子の繋ぎ目。

 カシュリとかわいた音が鳴って、マッチの(りん)()(とも)る。

 教会の(あるじ)たるエルドラが操作しなければ、魔導灯は()かないようだ。

 村長が慣れた手付きで(ろう)(そく)(だい)に明かりを作ると、(だれ)とは()しに、今後の方針を語り始めた。

 ――()(みつ)な計画を()るだけの時間はない。

 村長指揮の下、村人全員でビストゥスを()てる。

 亡命先は、南の隣国・ルサン。途中、()(みん)()りを()けるためにも、(いく)つかの商隊(キャラバン)に分かれて、南東部の森林地帯を抜ける必要がある。

 進行速度を(かせ)ぐため、動物たちは連れて行けない。

 家畜のほとんどは、はなつしかないだろう。

 主な方針はそれで間違いないが、()(ねん)()(こう)が一つだけあった。

「じゃが、リュンとニルスは……」

 村長が(にが)()った顔で呟くと、リュンは(かす)かに肩を震わせる。

 彼女のたおやかな腕の中、話の中身を理解できず、不思議そうにあねを見上げるニルスの仕種が、一層(あわ)れに思えてならない。

 2人は、フェルメンティアとエル・グラドの双方そうほうから狙われてるのだ。

 両国を相手にしては、道中、2人の素性(すじょう)を隠し通せるとは思えない。

 6人の思考を()()るように、北の空から、ゴオオォォン……と(にぶ)(えん)(らい)(とどろ)く。

 窓辺では、夜の闇をボンヤリと見つめていたくらの感覚器が、(どん)(てん)がそう長くない事を告げていた。

「どうやら少し、雨が降っていたようですね……」

 その声に誰も答えない。

 沈黙が(あた)りを支配する中、リュンの(そう)(ぼう)が戸惑いに揺れた。

 このままりに別れたら、もう2度と、(かれ)()と顔を合わせる事もないだろう。

「あの、こんな時に()くのも(ヘン)なんですけど……」

 リュンは口を閉ざして短く(うつむ)き、やがて勇気を()(しぼ)って顔を上げる。


「二十年前の戦い……。魔王さんはどうして、先史文明人(わたしたち)に降伏する気になったんですか?」


 魔王は瞬時に(いき)()まり、教壇(きょうだん)の上へと腰を落として()(ほう)()れる。

 見知らぬ森へと()()びてから20年、本当ならば、ずっと前に直面するべきだった質問を、しゅぞくである彼女の口から、ようやくにして突き付けられた。

(僕は、なんて卑怯(ひきょう)なんだろう……)

 責める心の裏側で、同種族(フォルト)の誰にも知られる事のない、自身が魔王であるが(ため)の苦悩が渦巻いていた。

「種族や個人差にもよるけれど、フォルトは(だい)(たい)、200歳から300歳くらいまで生きる……。僕の()()()()()ともなると、千年以上も()(つづ)ける事例まであったんだ」

 村長が驚いた様子で口を(はさ)む。

「なんと……。それでは()(ぬし)、この()にずっと生き続けてきたのではなかったのか!」

 魔王は声に出すことなく、フッ……と冷たい笑みを放った。

「そんなの、アルメリア教が()()する幻想さ。言い伝えによると、僕の(そく)()で4代目。いつの頃からか、(だい)()わりが()される(たび)に、魔王の称号と大陸の覇権を()けて、フォルト統一戦が行われるようになったのさ」

 幼馴染みの牛頭(ぎゅうとう)フェリオスと、(ひな)の時から大切に育てた怪鳥かいちょうラムドが共に戦い、魔王領から北上して、鳥人族(ちょうじんぞく)のアッカーファを(さん)()(まね)いた。

 その()蛙人族(けいじんぞく)の不倒ガープを罠に掛け、最後は、平原の勇者と名高い(しん)(そう)エスタロンとの一騎打ちを()て、サンセベリア大陸は、(たい)(りく)(かん)(せん)(そう)直前の勢力図へと至る。

 その”一つ一つの出来事”のいずれもが、一人のフォルトが体験する日常を(ゆう)()えていた。

()して魔王ともなれば、五百年から(せん)(ねん)(のち)の未来までをも考える。生き方そのものが、(ほか)の種族とは、どうしても違うんだ」

 フォルトとは、(ひと)()りし(のち)に大陸に(しょう)じた新人類である。

 従ってサンセベリア大陸は、事実上、フォルトのものだ。

 (さき)(たい)(せん)で降伏を選んだ(あと)であっても、その論点は変わらない。

 ただ、そうした(けい)()はどうあれ、大陸には(すで)に2つの人類が衝突し、(たが)いに生活を始めている。

 フォルトはいずれ、先祖の土地を取り返そうとするだろう。

 だが先史文明人は、自分達の生活をうばわれたと思うに違いない。

 ()った()られたの対立が続くだけで、(たが)いの理想は()(らい)(えい)(ごう)、満たされる事はない。

 ならばいっそ軍事的にではなく、文化的に(たが)いを取り込んでしまえば良い。

 争いがなくなれば、世界はいずれ、生活文化や知識によって(ゆる)やかに調和していくだろう。

 それは恐らく、戦争を続ける選択の未来も一緒だ。

 相手の戦術や思考を学び、技術を盗んでは、生活習慣の()(ところ)だけを取り込んでゆく。

 つまりは、2つの文明が(あらそ)いながらも(ゆる)やかに平均化されるか、戦いを()めて(すみ)やかに交流を始めるか。

 魔王にとって世界の()(よう)は、その2つに1つかの違いでしかなかったのだ。

「だから魔王城での決戦の時、戦うことを()めてしまったんですね……」

 リュンが無意識に放った(あい)(づち)が、魔王の後悔を(ふか)(えぐ)る。

「ああ、そうさ……。けど、そいつは僕の間違いだったんだ!」

 激情げきじょうが魔王の(ひざ)をバシンと叩く。

 衝動的しょうどうてきに打ち付けた両手が、(ひざ)(すそ)からスルリと(こぼ)れた。

「みんなと話し合うべきだった。それで何かが間違ってても、みんなと分かち合うべきだったんだ……」

 現実は、それとは全くの逆だ。

 誰か一人の決断が(みん)(ぞく)(ぜん)(たい)の将来を決め、その代償(だいしょう)に、決断とは()(えん)の誰かが、選択によって(しょう)じた負担を背負う。

 その(さき)に、サンセベリア大陸の現状(いま)がある。


「誰もが願う未来を選んだつもりが、誰も望まない世界になってしまった! そのことを、僕はこの村に来て、初めて知ったんだ……」


 ビストゥスを訪れたその日、魔王は略奪(りゃくだつ)と暴行の現場を()()たりにした。

 しかし、これは(なに)もリュン達が住んでいる地域だけの事ではない。

 これが、この世界で起きている日常なのだ。

(だからあの時、魔王さんは、村を出て行こうとする私を()()めてくれたんですね……)

 自分と魔王は、本能的にどこか似ている。

 (いびつ)な人間性であればこそ、二つの記号がピタリとうまく(かさ)なり()うのだ。

 ――これ以上(しゃべ)れば、(なに)かがきっと(うそ)になる。

 リュンは魔王の(しん)(おう)()れたことで、それ以上、言葉にするのを躊躇(ためら)った。

 静寂が周囲にゆっくりと(ちん)殿(でん)する。

 灯火から立ち昇る()(いと)牛脂(ぎゅうし)(ほの)かな香りが、ささくれ立った神経を落ち着かせた。

「魔王……。あなたは結局、どうしたいんですか?」

 無機質ながらも、相手の()()(ため)そうとする強い意志。

 魔王は、(りん)とした声を聞いて振り向いた。

 窓辺のくらは無表情に近い。

 しかし、超然(ちょうぜん)としている彼女の瞳は、多くの(もの)(ごと)()()い、そして(つら)(こと)にジッと()えてきた……そんな深い目をしていた。

 魔王はその(まな)()しに、冥箒の気持ちが、ほんの少しだけ分かったような気がした。

 彼女は、自身の得意とする力のせいで、見たくもない残酷な現実を見せられ続けていたのだ。

 ()に、(こころ)に、(あたま)の中に焼き付けられた記憶とは、そう簡単にれるものではない。

 このままだと、リュンとニルスはどうなってしまうのか。

 そんな(ふう)に誰かが()(せい)になる道を、たとえ想像の中だとしても、彼女はもう、()(くわ)えたくなどなかったのだ。

(なにより僕は、()()に来るまでの(あいだ)、どうするべきか何度も口にしてたじゃないか。そう……。フェルメンティアから逃げた時だって、おんなじ気持ちをしていたんだ!)

 拳が震えて覚悟が決まる。

 二十年の時を()(きざ)まれた(ぐん)(ぞう)(げき)数々(かずかず)が、魔王に新たな未来を選択させる。


「エルドラを……。今、この村で倒すしかない!」


 5人の注目が、魔王のもとへと一斉に集まる。

 驚き、()(ぜん)、戸惑い。

 分けても村長の動揺は(もっと)も激しく、魔王から右に離れた(なが)()()の前、教壇(きょうだん)の上から勢いよく腰を浮かせた。

「そんなの自殺行為じゃ! 本気の彼奴(あやつ)は恐ろしく()(ごわ)い。(そう)(ばん)、奴と()()うことになろうとも、それは(わし)らだけで充分じゃ。()()(もの)()(ぬし)らが、無茶することはない……。第一だいいち、リュンとニルスを狙う(やから)は、国内にも大勢()る」

 初めこそ慎重(しんちょう)に、説明の終わりは(さと)すような調子で述べると、村長は(おも)()めた表情を足下へと落とした。

 祭壇を挟んだ反対側、魔王は固い決意で、村長の横顔を見上げる。

「いいや。リュンとニルスの事を確信してるのは、エルドラとオズボーンの2人だけだ。(しゅ)()良くエルドラを倒したあと、村人全員でリュン達の素性(すじょう)を誤魔化せばいい。オズボーン1人の証言だけじゃ、国中の兵士を動かせっこないからね」

 エルドラを排除できれば、2人は確かに安全だろう。

 しかし、この計画には穴があるのだ。

 村長から見て(なな)(みぎ)、長椅子の端でリュンの唇が(こころ)(ぼそ)く震えた。

「でも……。私達、今まで魔王さんを(だま)してきたのに、命まで(すく)ってもらったんです。私も村長さんと同じで、これ以上、皆さんを危険な目に()わせたくなんか……」

 言葉の途中、魔王は(おだ)やかな()みで首を振り、リュンがそれ以上、口にするのをさえぎった。

()いんだよ、リュン」

 遠回しの拒絶と、苦々(にがにが)しい声の響き。

 彼女は(すで)に知っている。エルドラを倒すという事は、重犯罪者の一族よりも重い、国王殺しの()(めい)を魔王が着ることを。

「まぁ、アイツの狙いが(れい)(じゅ)(だっ)(かん)で、そのうえ、僕自身がお尋ね者だからって

理由もあるけど……」

 魔王は(おど)けた空気で口を(つぐ)み、今度は真剣な様子で、その場にいる全ての仲間に決意を語る。

「これがもし運命うんめいだというのなら、僕は、この運命に(あらが)ってみたい。()()ならそれが、僕の『意志』なんだから」

「魔王さん……」

 リュンは両目に(ねつ)(るい)()め、尊敬を込めてその名を呼んだ。

 ニルスの肩へと回した腕が、重力に引かれてハラリと落ちる。

 するとニルスは、一度だけあねかおを心配そうに見上げてから、『とてとてとて……』と頼りない足取りで魔王へと近付き、ピンと伸びて(こわ)()っている魔王の手を、両手でキュッと優しく包んだ。

「おじちゃん、負けないでね」

 (つぶ)らな瞳が(かす)かに(うる)む。

 (とし)で言えば11歳。

 しかし、栄養不足の体付きは、7歳(ななつ)8歳(やっつ)にしか見えない。

 魔王は(ひざ)(くず)して身体を寄せると、右手で彼の小さな頭を、自分の首元にそっと抱き寄せた。

「ああ、(もち)(ろん)だよ」

 魔王が(ささや)(かえ)した直後、ひっそりとした聖堂の空気に、突然、(かん)(だか)い声が走る。

()ったり(まえ)デショ!!」

「うわわっと!」

 魔王は、(こえ)(はじ)けた左耳を押さえながら、迷惑そうな顔を隣りへ向ける。

「田衛文、いきなり耳元で怒鳴らないでくれよ。ビックリしたじゃないか」

「だって、ずっと黙って聞いてたケド、許せなかったんだもん! みんなはボク達のこと、()()(もの)だって言うケドね、今じゃもう、立派なビストゥスの一員なんだから!」

 ()(こと)を言った自覚から、エッヘンと(ほこ)らしげに胸を張る田衛文。

 彼女の言葉が胸を強く打ち、村長が清らかな笑みを2人に向ける。

「うむ、そうじゃったな……。ならば魔王よ、一つだけ言っておく事がある」

 魔王が、相手の()()(しん)な呼びかけに振り向くと、村長は(しん)(みょう)な面持ちで忠告を始めた。

「戦う(さい)にヤツが姿を消すという話、憶えておるか?」

 救出作戦の前に村長が()らした、エルドラの特殊能力のことだ。

 魔王は首の動きに()(まど)いを乗せながらも、村長の問いに軽く(うなず)いた。

「うん。そのこと自体には(はん)(しん)(はん)()だけど、一応、憶えてるよ」

「それなのじゃが、ごく一瞬ではあるが、ヤツの全身がハッキリと見える瞬間が

何度かあった。今にして思えば、それは攻撃の直前だったと思う。ヤツと(たい)()する時は、必ずその点に注意するのじゃぞ」

 ()(りょ)()んだ(おごそ)かな表情と、落ち着きを払った低い声。

 相手の緊張が(でん)(せん)したのか、魔王の返事が、思いがけず()(だい)()かったものとなる。

「分かった。(きも)(めい)じておくよ」

 2人の会話が()()れると、最後は自分の番だと知って、冥箒は(おのれ)の意思を明らかにする。

「そうですか……。まぁ、私もこのけんには興味がありますし、異存はありません。それにしても……」

 浮かぶだけなら、(ほうき)がなくても出来るのだろう。

 冥箒はやおら、5人の(そば)へと近付いて、(せん)(こく)の言葉に(かん)(がい)ぶかく(つな)げる。

(あらが)いたい、ですか……。()いですね、それ。『運命』を凌駕(りょうが)する存在(もの)。それが『意志』であって欲しいと私も願います」

 投げやりな(こと)()(づか)いの中にも、彼女が()める(ほの)かな情熱が(うかが)える。

――もう迷ったりはしない。

 仲間の想いを()()った魔王は、その場でスッと立ち上がり、ニルスの頭を(てい)(ねい)()でた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ