33話
不揃いに刳り抜かれた細長い通路には、闇ゴケの途切れた暗がりを縫うように、今にも消えかけの魔導灯が、行く手をボンヤリと照らしている。
子供と老人の足では大きく距離を稼ぐのは難しく、後発組の魔王とリュンは、走り始めて二分と経からず、先行する三人に追い着いた。
魔王が、洞穴の中心近くを走るニルスを左から追い越して先頭へ抜けると、後ろで村長達を護衛していた田衛文が、魔王のすぐ横に並んだ。
「時々、通路の端に作業機械トカを見掛けるし、此処ってやっぱり自然洞窟じゃなくて、人口ダンジョンになってるみたい」
(なら、地上の何処かに続いてるんだろうか……)
声も出さずにそんな期待を抱いていると、後ろから轟々と激しい燃焼音が近付いてくる。
(いったい何だ……?)
振り返ると、大きな壷に跨った冥箒が、バックファイアの残照を残して急速接近していた。
「ども……♪」
長い黒髪を靡かせながらも、涼しげな表情でVサインを送る冥箒。
やがて彼女は、魔王に並んで速度を合わせると、正面奥に二股の分かれ道を見付けて、右目の魔眼に意識を集める。
「すぐ先の通りを右へ……。そちらの方が、靴跡が比較的新しいようです」
冥箒が、相手の疑問を先回りして助言を施すが、ひ弱な身体で重力に逆らう魔王には、口を開けて返すだけの余力はない。
(正しい道を推測してるのか……。分析が趣味って言うのは、どうやら口だけじゃないみたいだぞ)
考えてる間にも、疲労が腿に蓄積して表情がキツくなってきた。
と此処で、魔王の左に並ぶ田衛文が、冥箒の飛行パターンを気に掛けた。
「アレ? いつもの箒じゃないんだ」
「こちらは高度専門です」
そう言いながら、肩の上へと突き出た箒の柄を、右手でペシペシとぞんざいに叩いてみせる。
「では早速ですが、先程の補足説明と移りましょう」
「ホント~に早速だね。……で、先程の補足説明って、なんの話?」
田衛文が胡散臭く目を細めると、対する冥箒も『ノリが悪いなぁ……』といった表情で、懐から一枚の葉書を取り出した。
「え~。PN・魔王第四世さんからのお便りです。最近、僕は霊珠を手に入れましたが、何故だか全然パワーアップしてません。どうしてなんでしょうか? 冥箒お姉さん、教えて下さい……」
冥箒は、ラジオパーソナリティーの控え目な情感タップリに読み終えると、何事もなかったように、葉書をそそくさと懐へと戻した。
「ん~っと……。確か、魔力活性と魔力ナンタラが出来るようになった、トカ言ってたヤツだよね?」
田衛文の問いかけに、冥箒がコクンと滑らかに頷く。
「そうですね。魔力粒子を励起状態にするのが魔力活性。早い話が、自身の魔力強化くらいは可能になったという訳です」
「じゃあ、あとは呪文自体を思い出すダケ!? やったじゃん、魔王♪」
パァ……と明るい表情で斜め下へと振り向くが、ぜーはー、ぜーはー、と見るからにペースを落とす魔王を見て、田衛文は表情筋を不規則に揺らす。
「……ッテ、その割には、ナンカ凄く、息が切れてるんですけど……」
「そりゃあ、まぁ……。魔力を使い果たした訳ですから、身体能力の強化もできません。ちなみに、日々の魔力回復量も、相変わらず雀の涙程度です」
「ソレじゃ、コレまでと全然変わらないじゃない!!」
田衛門が空中で手足を振って抗議すると、冥箒が、コホン……と咳払いを入れる。
「そこで今すぐ役立つのが、魔力移譲という現象です。能力強化に失敗した代わりでしょうか……。特殊な条件で結ばれたパートナー同士、魔力を分け合うことが出来るようです」
特殊な条件で結ばれるとは、魔王と田衛文の間で交わされる、リンク通信のことを指している。
(そいつは良い事を聞いたぞ……。さっそく田衛文にお願いしてみよう!)
「田衛文……」
魔王はすぐに潤んだ瞳で相棒を見つめるが、田衛文は冷たい空気で顔を背けた。
「ヤダ! そんな事したら体内魔力が減少して、ボクの方がヘロヘロになっちゃうもん!」
(クスン、釣れないよぅ……)
涙ながらに落ち込むが、それ以上は要求しない。
精霊である彼女にとって、体内魔力は命そのものなのだ。
呉れと言われて簡単に渡せるほど、在り来たりなものではない。
已むなく魔王は激しい息遣いのまま、人口洞穴の狭い道を疾走する。
それからおよそ20秒ほど、冥箒は魔導灯が疎らになった正面の闇に、天井から垂れ下がった二本のロープを発見した。
「突き当たりに縄梯子が見えました。皆さん、あと少しです」
精霊2人の後ろに続いて魔王が梯子に到着し、安全確認のため、後続を待たずに登ってみる。
梯子の造りは、予想していたよりも頑丈だ。
体重を掛けるたびに、縒り合わされた縄が引き絞られて、『ギュッ、ギュッ……』と乾いた音を立てる。
足場丸太も登りやすいように上面が均されていて、黴が生えている様子もない。
使い込まれているだけでなく、頻繁に交換されている何よりの証拠だ。
「頂上が見えた!」
右手を伸ばして天井板を押し退けると、四角い蓋は難なく開いて、空気の圧がヒュオオ……と抜けた。
登り詰めた先は、見覚えのない書斎へと繋がっていた。
「ゲホッ、ゲホッ……。なんだか見たことない部屋だなぁ。いったい此処は、どの辺なんだ?」
机の下からモゾモゾと這い出た魔王が、舞い上がった埃に噎せて軽く咳き込む。
ややあって、その問いに逸早く答えたのは、新入りの冥箒であった。
彼女は壁際の本棚を見て、背表紙がいずれも、歴史・異端・宗教に類する内容だと判断する。
そのくせ、アルメリア教の教典だけは、そこからスッポリ抜け落ちていた。
「どうやら此処は、教会のようですね。宗教めいた本が沢山並んでいます」
「「教会~?」」
魔王と田衛文の声が重なる。
城から近い教会と言えば、ンストゥル近郊では一つに絞られていた。
魔王は、6人全員が書斎に上がったのを確認すると、机下の縄梯子を地下通路へと迷わず落とした。
「コレ、なんて事をするんじゃ。下には、逃げ遅れた者が大勢居るのじゃぞ!」
咎める声は切実そのものだが、魔王は首を横に振って返す。
「否、ジイさん。確かに人はいるけど、その中で一番最初に上がってくるのは誰だと思う?」
「それは……」
言い淀む村長に代わって、傍らのリュンが固い声で呟いた。
「地下の構造をよく知るエルドラですね」
「多分ね……。あいつは、霊珠を持ってる僕達を狙ってるんだ。他にも出口と繋がっていそうな道が幾つかあったし、出来るだけ、時間を稼いどいた方が良いと思う」
書斎扉の内鍵を開けて部屋を出る。
屋内はすっかり片付いていて、普通の聖堂らしい装いに戻ってはいるが、間取りや装飾の配置からして、場所の判断が容易についた。
「やっぱり此処、森の中の教会ダヨ……」
田衛文が呆気に取られた様子で呟き、視線を右から左へと移した。
互い違いに配列させた石積みの外観とは異なり、内部は一枚岩を綺麗に磨いてあるかのように石膏が塗られていて、壁の表面に、神殿を連想させる多角形の柱彫刻のほか、樹木や花のレリーフが彫られていた。
教会内と書斎を矯めつ眇めつして、村長が納得に喉を震わせる。
「ここの鍵はエルドラが管理しておったが、まさか城に繋がっていたとは……。彼奴め、普段は地下道から出入りしとったんじゃな」
冷たい石床をスタスタと鳴らして扉前から離れると、その後ろから、ニルスとリュンが書斎を出て、祭壇前の長椅子へと腰を下ろした。
2人分の荷重を受けて、耳障りに軋む椅子の繋ぎ目。
カシュリと乾いた音が鳴って、マッチの燐に灯が点る。
教会の主たるエルドラが操作しなければ、魔導灯は点かないようだ。
村長が慣れた手付きで蝋燭台に明かりを作ると、誰とは無しに、今後の方針を語り始めた。
――緻密な計画を練るだけの時間はない。
村長指揮の下、村人全員でビストゥスを棄てる。
亡命先は、南の隣国・ルサン。途中、流民狩りを避けるためにも、幾つかの商隊に分かれて、南東部の森林地帯を抜ける必要がある。
進行速度を稼ぐため、動物たちは連れて行けない。
家畜のほとんどは、野に放つしかないだろう。
主な方針はそれで間違いないが、懸念事項が一つだけあった。
「じゃが、リュンとニルスは……」
村長が苦り切った顔で呟くと、リュンは微かに肩を震わせる。
彼女のたおやかな腕の中、話の中身を理解できず、不思議そうに姉を見上げるニルスの仕種が、一層哀れに思えてならない。
2人は、フェルメンティアとエル・グラドの双方から狙われてるのだ。
両国を相手にしては、道中、2人の素性を隠し通せるとは思えない。
6人の思考を断ち切るように、北の空から、ゴオオォォン……と鈍い遠雷が轟く。
窓辺では、夜の闇をボンヤリと見つめていた冥箒の感覚器が、曇天がそう長くない事を告げていた。
「どうやら少し、雨が降っていたようですね……」
その声に誰も答えない。
沈黙が辺りを支配する中、リュンの相貌が戸惑いに揺れた。
このまま散り散りに別れたら、もう2度と、彼等と顔を合わせる事もないだろう。
「あの、こんな時に訊くのも変なんですけど……」
リュンは口を閉ざして短く俯き、やがて勇気を振り絞って顔を上げる。
「二十年前の戦い……。魔王さんはどうして、先史文明人に降伏する気になったんですか?」
魔王は瞬時に息が詰まり、教壇の上へと腰を落として途方に暮れる。
見知らぬ森へと落ち延びてから20年、本当ならば、ずっと前に直面するべきだった質問を、他種族である彼女の口から、ようやくにして突き付けられた。
(僕は、なんて卑怯なんだろう……)
責める心の裏側で、同種族の誰にも知られる事のない、自身が魔王であるが為の苦悩が渦巻いていた。
「種族や個人差にもよるけれど、フォルトは大体、200歳から300歳くらいまで生きる……。僕のひい爺さんともなると、千年以上も生き続ける事例まであったんだ」
村長が驚いた様子で口を挟む。
「なんと……。それでは御主、この世にずっと生き続けてきたのではなかったのか!」
魔王は声に出すことなく、フッ……と冷たい笑みを放った。
「そんなの、アルメリア教が流布する幻想さ。言い伝えによると、僕の即位で4代目。いつの頃からか、代替わりが成される度に、魔王の称号と大陸の覇権を賭けて、フォルト統一戦が行われるようになったのさ」
幼馴染みの牛頭フェリオスと、雛の時から大切に育てた怪鳥ラムドが共に戦い、魔王領から北上して、鳥人族のアッカーファを傘下に招いた。
その後、蛙人族の不倒ガープを罠に掛け、最後は、平原の勇者と名高い神槍エスタロンとの一騎打ちを経て、サンセベリア大陸は、大陸間戦争直前の勢力図へと至る。
その”一つ一つの出来事”のいずれもが、一人のフォルトが体験する日常を優に超えていた。
「況して魔王ともなれば、五百年から千年後の未来までをも考える。生き方そのものが、他の種族とは、どうしても違うんだ」
フォルトとは、人去りし後に大陸に生じた新人類である。
従ってサンセベリア大陸は、事実上、フォルトのものだ。
先の大戦で降伏を選んだ後であっても、その論点は変わらない。
ただ、そうした経緯はどうあれ、大陸には既に2つの人類が衝突し、互いに生活を始めている。
フォルトはいずれ、先祖の土地を取り返そうとするだろう。
だが先史文明人は、自分達の生活を奪われたと思うに違いない。
奪った盗られたの対立が続くだけで、互いの理想は未来永劫、満たされる事はない。
ならばいっそ軍事的にではなく、文化的に互いを取り込んでしまえば良い。
争いがなくなれば、世界はいずれ、生活文化や知識によって緩やかに調和していくだろう。
それは恐らく、戦争を続ける選択の未来も一緒だ。
相手の戦術や思考を学び、技術を盗んでは、生活習慣の良い所だけを取り込んでゆく。
つまりは、2つの文明が争いながらも緩やかに平均化されるか、戦いを止めて速やかに交流を始めるか。
魔王にとって世界の在り様は、その2つに1つかの違いでしかなかったのだ。
「だから魔王城での決戦の時、戦うことを止めてしまったんですね……」
リュンが無意識に放った相槌が、魔王の後悔を深く抉る。
「ああ、そうさ……。けど、そいつは僕の間違いだったんだ!」
激情が魔王の膝をバシンと叩く。
衝動的に打ち付けた両手が、膝裾からスルリと零れた。
「みんなと話し合うべきだった。それで何かが間違ってても、みんなと分かち合うべきだったんだ……」
現実は、それとは全くの逆だ。
誰か一人の決断が民族全体の将来を決め、その代償に、決断とは無縁の誰かが、選択によって生じた負担を背負う。
その先に、サンセベリア大陸の現状がある。
「誰もが願う未来を選んだつもりが、誰も望まない世界になってしまった! そのことを、僕はこの村に来て、初めて知ったんだ……」
ビストゥスを訪れたその日、魔王は略奪と暴行の現場を目の当たりにした。
しかし、これは何もリュン達が住んでいる地域だけの事ではない。
これが、この世界で起きている日常なのだ。
(だからあの時、魔王さんは、村を出て行こうとする私を引き止めてくれたんですね……)
自分と魔王は、本能的にどこか似ている。
歪な人間性であればこそ、二つの記号がピタリとうまく重なり合うのだ。
――これ以上喋れば、何かがきっと嘘になる。
リュンは魔王の心奥に触れたことで、それ以上、言葉にするのを躊躇った。
静寂が周囲にゆっくりと沈殿する。
灯火から立ち昇る縒り糸と牛脂の仄かな香りが、ささくれ立った神経を落ち着かせた。
「魔王……。あなたは結局、どうしたいんですか?」
無機質ながらも、相手の意図を試そうとする強い意志。
魔王は、凛とした声を聞いて振り向いた。
窓辺の冥箒は無表情に近い。
しかし、超然としている彼女の瞳は、多くの物事と出会い、そして辛い事にジッと耐えてきた……そんな深い目をしていた。
魔王はその眼差しに、冥箒の気持ちが、ほんの少しだけ分かったような気がした。
彼女は、自身の得意とする力のせいで、見たくもない残酷な現実を見せられ続けていたのだ。
眼に、心に、頭の中に焼き付けられた記憶とは、そう簡単に消し去れるものではない。
このままだと、リュンとニルスはどうなってしまうのか。
そんな風に誰かが犠牲になる道を、たとえ想像の中だとしても、彼女はもう、付け加えたくなどなかったのだ。
(なにより僕は、此処に来るまでの間、どうするべきか何度も口にしてたじゃないか。そう……。フェルメンティアから逃げた時だって、おんなじ気持ちをしていたんだ!)
拳が震えて覚悟が決まる。
二十年の時を経て刻まれた群像劇の数々が、魔王に新たな未来を選択させる。
「エルドラを……。今、この村で倒すしかない!」
5人の注目が、魔王の許へと一斉に集まる。
驚き、唖然、戸惑い。
分けても村長の動揺は最も激しく、魔王から右に離れた長椅子の前、教壇の上から勢いよく腰を浮かせた。
「そんなの自殺行為じゃ! 本気の彼奴は恐ろしく手強い。早晩、奴と殺り合うことになろうとも、それは儂らだけで充分じゃ。余所者の御主らが、無茶することはない……。第一、リュンとニルスを狙う輩は、国内にも大勢居る」
初めこそ慎重に、説明の終わりは諭すような調子で述べると、村長は思い詰めた表情を足下へと落とした。
祭壇を挟んだ反対側、魔王は固い決意で、村長の横顔を見上げる。
「いいや。リュンとニルスの事を確信してるのは、エルドラとオズボーンの2人だけだ。首尾良くエルドラを倒したあと、村人全員でリュン達の素性を誤魔化せばいい。オズボーン1人の証言だけじゃ、国中の兵士を動かせっこないからね」
エルドラを排除できれば、2人は確かに安全だろう。
しかし、この計画には穴があるのだ。
村長から見て斜め右、長椅子の端でリュンの唇が心細く震えた。
「でも……。私達、今まで魔王さんを騙してきたのに、命まで救ってもらったんです。私も村長さんと同じで、これ以上、皆さんを危険な目に遭わせたくなんか……」
言葉の途中、魔王は穏やかな笑みで首を振り、リュンがそれ以上、口にするのを遮った。
「好いんだよ、リュン」
遠回しの拒絶と、苦々しい声の響き。
彼女は既に知っている。エルドラを倒すという事は、重犯罪者の一族よりも重い、国王殺しの汚名を魔王が着ることを。
「まぁ、アイツの狙いが霊珠の奪還で、そのうえ、僕自身がお尋ね者だからって
理由もあるけど……」
魔王は戯けた空気で口を噤み、今度は真剣な様子で、その場にいる全ての仲間に決意を語る。
「これがもし運命だというのなら、僕は、この運命に抗ってみたい。何故ならそれが、僕の『意志』なんだから」
「魔王さん……」
リュンは両目に熱涙を溜め、尊敬を込めてその名を呼んだ。
ニルスの肩へと回した腕が、重力に引かれてハラリと落ちる。
するとニルスは、一度だけ姉の顔を心配そうに見上げてから、『とてとてとて……』と頼りない足取りで魔王へと近付き、ピンと伸びて強張っている魔王の手を、両手でキュッと優しく包んだ。
「おじちゃん、負けないでね」
円らな瞳が微かに潤む。
歳で言えば11歳。
しかし、栄養不足の体付きは、7歳か8歳にしか見えない。
魔王は膝を崩して身体を寄せると、右手で彼の小さな頭を、自分の首元にそっと抱き寄せた。
「ああ、勿論だよ」
魔王が囁き返した直後、ひっそりとした聖堂の空気に、突然、甲高い声が走る。
「当ったり前デショ!!」
「うわわっと!」
魔王は、声が弾けた左耳を押さえながら、迷惑そうな顔を隣りへ向ける。
「田衛文、いきなり耳元で怒鳴らないでくれよ。ビックリしたじゃないか」
「だって、ずっと黙って聞いてたケド、許せなかったんだもん! みんなはボク達のこと、余所者だって言うケドね、今じゃもう、立派なビストゥスの一員なんだから!」
良い事を言った自覚から、エッヘンと誇らしげに胸を張る田衛文。
彼女の言葉が胸を強く打ち、村長が清らかな笑みを2人に向ける。
「うむ、そうじゃったな……。ならば魔王よ、一つだけ言っておく事がある」
魔王が、相手の意味深な呼びかけに振り向くと、村長は神妙な面持ちで忠告を始めた。
「戦う際にヤツが姿を消すという話、憶えておるか?」
救出作戦の前に村長が漏らした、エルドラの特殊能力のことだ。
魔王は首の動きに戸惑いを乗せながらも、村長の問いに軽く頷いた。
「うん。そのこと自体には半信半疑だけど、一応、憶えてるよ」
「それなのじゃが、ごく一瞬ではあるが、ヤツの全身がハッキリと見える瞬間が
何度かあった。今にして思えば、それは攻撃の直前だったと思う。ヤツと対峙する時は、必ずその点に注意するのじゃぞ」
思慮に富んだ厳かな表情と、落ち着きを払った低い声。
相手の緊張が伝染したのか、魔王の返事が、思いがけず時代掛かったものとなる。
「分かった。肝に銘じておくよ」
2人の会話が途切れると、最後は自分の番だと知って、冥箒は己の意思を明らかにする。
「そうですか……。まぁ、私もこの件には興味がありますし、異存はありません。それにしても……」
浮かぶだけなら、箒がなくても出来るのだろう。
冥箒はやおら、5人の傍へと近付いて、先刻の言葉に感慨ぶかく繋げる。
「抗いたい、ですか……。良いですね、それ。『運命』を凌駕する存在。それが『意志』であって欲しいと私も願います」
投げやりな言葉遣いの中にも、彼女が秘める仄かな情熱が窺える。
――もう迷ったりはしない。
仲間の想いを背負った魔王は、その場でスッと立ち上がり、ニルスの頭を丁寧に撫でた。




