32話
場内の空気が、霊珠を目掛けて吹き集まる。
それとは対称的に、霊珠からは自然界には有り得ない、黒い光の輪を断続的に放ち、遺跡内部を奇怪に振動させる。
不意に風が止んだ。
すると今度は、黒い光輪が場内から集まり、宙に一抱えの球体を作る。
やがて、暗黒球体の殻が上からゆっくりと消失し、内部をさらけ出して行く。
球体から現れたのは、夢に出てきた、冥箒と名乗る不思議な少女。
改めて見ると、小さな壺を背負い、竹箒を肩に掛けた積載過剰な全体像は偉くシュールだ。
巫女装束を着た黒髪の精霊が、五人とエルドラ達のあいだに着地。
ペコリとお辞儀をしてから、抑揚に乏しい口調で自己紹介を始める。
「どうも、冥箒です。特技は幻術で、趣味は、人間観察と状況分析を少々……」
沈黙を伝う澄んだ声と、周囲を皮肉るみたいな眠たげな目付き。
音を失った祭壇周辺、少女の思い掛けない出現に唖然とする者達の表情からは、『コイツ誰だ?』と、心の声が聞こえてきそうだ。
開口一番、冥箒は、周囲からの反応を期待していたが、やがてすぐに、自身の説明が足りなかったのを自覚して、特徴的なエピソードを付け足す。
「尊敬する人物は………………ペレストロ烏賊」
「「誰だ!?」」
今度は本当に聞こえてきた。
ペレストロ烏賊。興奮時には墨ではなくて炭の方を勢いよく吐き出すという、
海洋生物では革命的且つ、割とポピュラーな頭足類だが、少女特有のマイペースな雰囲気もあって、大方の反応はハテナ(?)としたものだ。
冥箒は、敵味方・双方の疑問を敢えて無視して、自身の後方で呆然と立ち尽くす同族を発見する。
「ムムッ……。そこに見えるは、私の救援を受け取っておきながら、斯程にも役に立たなかった田衛文ではありませんか。久し振りですね……。千年? いえ、一万ね……」
何年経とうと、変わりもしないこの口調……。
田衛文は、自分の頭をワシャワシャと掻き乱して、不満の抗議を叩き付ける。
「ンガー!! 選りにも選って、面倒臭いヤツ、出てキター!」
「他人の台詞をカットしといて、何気に失礼ですね。ホラ、ヨーシヨシ。ハイ、ナーゴナゴ……」
「フーッ!!」
どちらが優位に立っているかは一目瞭然。
実際の所、精霊間に上下の差はほとんどないのだが、何事にも体当たりで感情的な田衛文と、他人の頭をナデナデおちょくる冥箒とでは相性が悪いのだ。
(どうしよう。どうやら二人は精霊仲間みたいだけど、出てきて早々、田衛文を猫扱い。あんな娘を制御するなんて、僕には絶対ムリだよ……)
魔王がお引き取り願おうかと迷ってる内に、冥箒はその場でクルリと振り返って、エルドラをまっすぐに指差した。
ピンと背筋を伸ばして空中を回転する様は、無造作と言うよりも、気配がまるで読み取れない。
唯一、能面みたいに淡々としている表情からは、対象を小馬鹿にする意図が辛うじて感じられた。
「皆さん、気を付けて下さい。あの男、真性の変態ですから……」
異常者なのは百も承知だが、出会い頭に淀みなく変質者扱いするのは如何なものか。
「なんだと……。私のどこが変態なのだ!!」
当然のごとく激昂したエルドラの額には、極太の血管が幾重にも浮き出ている。
「この期に及んで白々しいですね。これを見ても、まだそんな事が言えますか?」
『ピラッ』(← バラ撒かれる謎のスケッチ)
いつの間に用意した物か、村長は、宙を舞う紙面へと反射的に手を伸ばして、クワッ! と目を見開く。
「コレは……。エルドラがこれまで遣ってきた悪辣シーンの数々じゃ!!」
他にも、エルドラ・縛られたリュンを見て、ニヤリとするバージョン。
さらには、ニルスの頬に触れている絵柄。
ついでに何故か、オズボーンの鼻ほじりバージョンまである。
内容が少しばかり牽強付会なこともあり、田衛文が苦笑いでフォローを入れる。
「受け取りかた次第だケド、確かに変なプレイに見える光景ダネ……」
場の空気に完全に取り残されたニルスが、一枚のスケッチを手にして、姉に問いかける。
「お姉ちゃん、コレってなぁに?」
「そんなの見ちゃ駄目よ!」
リュンは険しい声で注意してから、エルドラを指差して早口に告げる。
「それと……。その絵に描いてあるあの人の事も、もう見ちゃ駄目よ」
その声に釣られて、魔王が思わず通路より先の祭壇に目を向けるが、法衣を着込んだエルドラなんて、見ていてあまり愉快なものではないので、ササッとすぐに視線を逸らした。
(なんて言われようなんだ。ちょっと同情しちゃうよ……)
なんとなくだが、日頃の自分と役回りが似ている気がする。
魔王がそんな風に共感していると、目の前に、色鉛筆で描かれた特別絵柄のスケッチが迷い込む。
「あれれ? これは……」
なんと、リュンの胸元破れシーンじゃないか!
これは絶対、家宝として保存しとかなきゃ……。
(ゴソゴソ……)
魔王の不審行動を、ニルスが目敏く発見する。
「今、おじちゃんが何かを隠したよ?」
「あの人の事も、もう見ちゃ駄目よ!」
(ううん、大丈夫。バレてない、バレてない……)
沢山の画用紙を相手に、空中を掻き混ぜるようにしてスケッチを集めるエルドラ達。
すると冥箒は、王としての威厳を護ろうと必死に格闘する彼等へ向けて、決定的な事実を告げる。
「あっ、言っておきますが……。私が解放されたことで、皆さんの洗脳は徐々に解けてきてますから」
「なんだと!? せっかく施した幻術が消えた……?」
オズボーンが慌てて周囲を見回す。
信者らが戸惑いに動きを止めていたのは、冥箒の奇行が原因ではない。
後方と言わず側方と言わず、至る所で黒ローブとダンサーが混乱にどよめき、頭痛にこめかみを押さえている。
その場の全員が正気に戻れば、圧倒的な戦力差だ。
まともに生きて帰れない不安から、親衛隊が恐る恐るに身を寄せ合う。
その先頭で、失意に青ざめたエルドラが、ズサリ……と膝から崩れ落ちた。
「バカな……。私の忠実な僕たちが……」
「う~ん。実に、良い気味だぞ」
(それにしても、霊珠から召喚されて、すぐにコレかぁ……。冥箒ってば、田衛文よりよっぽど頼りになるよ)
にやけた顔で和んでいると、田衛文が邪念をすぐにキャッチして、鋭い目付きを魔王へ向ける。
「ムッ……。今、ボクの悪口を考えてたデショ!」
(まずい……。僕の命も風前の灯火だ)
リンク越しに火花を散らす二人の耳に、冥箒の不吉な呟きが迷い込む。
「まぁ、霊珠を取り返せたら、全て元通りになりますけどね……」
「ぬうぅ……。私はやるぞ! すべては、メリカ様の理想を叶えるためだ」
エルドラの士気が『これでもか!』と言うほどに上昇した!
「やっぱりこの娘は駄目だぁ! 田衛文、君だけが頼りだよ」
魔王は惨めな顔で縋りつくが、当の田衛文は『プイッ!』と外方を向いて不貞腐れ中……。完全に自業自得である。
(もうこうなったら、自分しか頼りになりそうもないや……)
視線を前に戻すと、一仕事終えた感じの冥箒が、空中をしずしずと歩み寄るかのように接近してくる。
「冥箒、今すぐ僕にも幻術を使えるようにしてくれよ。それを使って、これまでアイツらがやってきた事を証明してやるんだ」
魔王が切羽詰まった空気でせがむと、冥箒はキョトンとした目で返す。
「ムリです」(キッパリ)
自分すら頼りになりませんか!?
「なんでだよぅ! 霊珠の力を解放した御蔭で、僕はパワーアップしてる筈だろう?」
拳を揺すりながらムキになって詰め寄ると、
「ふむぅ……」
と、冥箒は不思議そうに首を傾げ、素朴な声で説明する。
「どうも、魔王の体内で何かが邪魔してるのか、効果がイマイチのようですね……」
「そんなぁ……。それじゃ、もしかして今の僕の能力って……」
「ええ……。お察しのように、次の通りです」
と、冥箒の前振りに続いて、情け容赦ない独白が脳裡に流れる。
【魔王は、冥箒を仲間にした】
【準魔法・《魔力活性》を思い出した】
【特殊能力・田衛文との《魔力移譲》を憶えた】
【魔力不足での霊珠解放の代償として、魔力上限が大幅に下がった!】
(結局、さらに弱くなってんじゃん、僕…………)
吸うぅ……。せーの、
「何故だー!!!!」
魔王は両手を地面について分かりやすく嘆いてから、うつ伏せに倒れて、手足をバタバタと振り上げる。
「もう嫌だぁぁ! 動きたくない。何もしたくなんかないよ~う!!」
現代人の引き籠もりでも、ここまで愚図ったりはしないだろう。
しかも何を思ったか、魔王は急にムクリと立ち上がり、悟りきった顔でサッパリと一言。
「よし、死のう!」
「救出の今で、なに言ってるんですか。正気に戻って下さい!」
リュンがギュッと目を瞑って懸命に慰めるが、魔王のハートは修復不可能だ。
そんな彼に田衛文とニルスは…………、冥箒をペタペタと触って遊び始めた。
(なんで現実逃避してんのさ。もっと僕を構って!!)
本当は、ちょっぴり寂しかっただけである。
しかし、そんな心の声は聞き入れられず、武装した兵士50人が、祭壇を包囲する輪をジリジリと狭める。
「フフフフフフ……。結局は、私のために霊珠を解放してくれたようなものではないか」
「その意気です、エルドラ様。総員、私に続けぃ!」
ハハッ、と一糸乱れぬ肯定を口にして、エルドラ一味が、魔王一行を祭壇奥へと追い詰める。
すると不意に魔王が、道具袋の中から機械弓を取り出して立ち上がる。
「来るなー! 来るんじゃねえ……。それ以上、一歩でも近付いたら、この矢を入り口に仕掛けた爆弾に当てるぞー!!」
今の魔王のテンションは、追い詰められたテロリストのソレと全く同じであった。
「フン。ハッタリも大概にするんだな。そんな事をしたら、貴様らも生き埋めではないか!」
オズボーンからの親切な説得にも、魔王は一切耳を貸そうとしない。
「うるせ~い。みんな殺して、僕も死ぬんだー!!」
なんかもう、痴情の縺れみたいだ!
「おじちゃん、ヤケになんかならないでよ」
「そうだぁ! 此処には関係ない人とか、一杯いるんだからネ!」
「考え直すのじゃ……。まだ他に道はある」
すると魔王は、仲間からの猛烈な苦情を受けて、突然、語気を緩めてニコリと笑い……、
「大丈夫だって。今のは、脱出するための単なる脅しだよぅ……。お・ど・アアッ!!」
『ピョイ~ン♪』
つい力んでしまった魔王に、リュンが青ざめた笑みで指摘する。
「飛んでっちゃってますけど…………」
…………でも大丈夫。
僕の脳裡に浮かぶのは、エルドラを狙った時のノーコン振りだい!
「ハッハッハッ! 気にしない、気にしない。どうせ命中する訳が……」
「いえ、あの軌道は……」
爽やか笑顔の弁解を遮り、冥箒の五十二ある解析技の一つが、魔王の放った矢の軌道を完全に解析。
その結果……、
「直撃です」
ドオオオォォォン!!
爆破シーンを背景に、彫りを深めた仲間達の胸像画が奇妙に重なる。
「(笑)」 (← 魔王)
『ゲシン!!』
田衛文の稲妻キックが、魔王の肩甲骨を全力で打った。
「(笑)じゃないデショ。どうすんの、コレ!」
田衛文が示す先では、入り口と天井の一部が崩壊する阿鼻叫喚の図が広がっていた。
当然、爆破地点の入り口は完全に塞がり、衝撃に弱い土塊はボロボロと剥離して、直下の広場へと雨あられに落下する。
洗脳から解けた群衆は、突然、頭上から降り注ぐ砂礫に恐怖するが、脆い組成の天井部分は、破片が小さく軽い物ばかりなので、今のところ、怪我人はいても死者はない。
押し合い圧し合いで傷付いてる人の方が多いくらいだ。
巫女装束の袂から双眼鏡を取り出した冥箒が、被害状況を冷静に観察する。
「どうやら、放っておいても良さそうですね。爆発がごく小規模な御蔭で、誰一人、生き埋めになる心配はなさそうです」
いっそ詰まらなさそうな口振りだが、それを知らない者達の動揺たるや凄まじい。
さらには正気に戻りつつある事が、広場の混乱に拍車を掛けているのだ。
「うわああぁぁ……。嫌だ、死にたくねぇぇ!!」
「お……終わりなのだ。ボクチンの人生は、ココで完全にゲームオーバーなのだ」
幾つもの悲鳴と奇行が錯綜する中、元凶の魔王が、いの一番に正気に戻って仲間に呼びかける。
「みんな。今のうちに此処から抜け出そう!」
「その方が賢明ですね。では早速、私は独自の逃走手段でも用意しますか……」
魔王の意見に同意するなり、冥箒はその場に壷を下ろしては、片手を中に突っ込んでグルグルと掻き回す。
彼女に続けて、田衛文がピョンと小さく跳び上がって、魔王の提案に威勢よく応えた。
「オッケ~。ボクもそれに賛成♪」
「やれやれ……。この展開、老骨にはちと堪えるわい」
苦難続きの甲斐もあって、全員の動きは素早い。
田衛文は敵の親衛隊を牽制して突破口を開き、その間に村長は、ニルスの祭壇越えを手伝ってから、自身も柵を越えて小走りに逃走する。
三人が目指すのは、奥ステージ左にある謎の通路である。
そんな中、リュンだけが壇上でもたついていた。
「リュン、何をしてるんだい。早く逃げないと」
「魔王さん、ちょっとだけ時間を下さい……」
リュンは数ある小髑髏のうち、父母のものと思しき頭蓋骨の前で膝を折り、早口に祈りを捧げる。
「お父さん、お母さん。色々な事がありますけど、とりあえず、私とニルスは生きています……」
リュンは岩棚へと手を伸ばして、十年振りに両親の温もりに触れた。
掌中のペンダントは冷たい。
しかし、リュンの心は熱く燃えていた。
「今を……、生きていますから!」
「リュン。そこにあるのは、やっぱり……」
リュンは力強く頷き、母の装核を握り締めて立ち上がる。
「お待たせしました……。行きましょう!」




