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31話

 祭壇の対極に位置する、高台の上。

 眼下の様子を()(すべ)なく見守る村長が、(だん)(がい)(べり)(つか)んだ両手をブルブルと震わせた。

「ああ、まずい……。始まってしもうた」

 その横では、緊張感に欠けた田衛文が、(ドク)()(ひたい)に気を取られて、不思議そうに首を傾げる。

「アレ? あの宝玉、ナ~ンカ見覚えがあるような……」

「んな事はどうでもええわい! それより、儀式が始まってしもうたんじゃ。(わし)はもう辛抱ならん。今すぐにでも(たす)けに行くぞ。のう、魔王!」

 魔王に至っては返事がない。

 ただの(しかばね)のようだ。

否々(いやいや)、そもそも姿が見えんとな!? 彼奴(あやつ)、こんな肝心な時に、いったい何処(どこ)に行ったのじゃ?」

「チョット待って。今、リンクで探してみるカラ……」

 田衛文は()()()()とした口調で目を(つむ)り、魔王の存在に意識を集中させる。

 いっぽうステージ上では、半裸の女性が新たに五十人登場し、祭壇の周囲を(あや)しく()(おど)る。

 それをエルドラは玉座から(なが)め、オズボーンを含む執行役の四人が、テーブル前で(ひし)(がた)に並んで(ひざまず)き、熱心に祈りを(ささ)げている。

 そんな中、(はだ)(あら)わなリュンと半裸の女性を瞳に(おさ)め、譫言(うわごと)()らす(ヘン)(テコ)な男がいた。

「ううっ、なんてエロチックな儀式なんだ。もっとよく見えるよう、少しでも前に行かないと……」

 (つばき)をグビグビ飲んで熱中していると、(なに)(ごと)か、親衛隊に動揺が広がり始める。

 やがては、ダンサー達の動きにも狂いが生じ、(しま)いには、儀式全体が中断してしまった。

「おぉい、どうして()まるんだよぅ。こっちは、もっと見てたかったってのに……」

 儀式中断に、こぶしをユサユサと不満を感じるのは、なにも彼だけではなかった。

 エルドラが目を怒らせ、(まえ)のめりとなって手前ステージを指差す。

「貴様。こんな所で、何をやっている!」

 ははぁ……。さては、だれか敵に見付かったね。

 まったく、()()けたヤツが居たもんだ。

 どれ。どんな(ツラ)をしてるのか、ちょっくら(おが)んでみるとするか。(キョロ×2)

「う~ん。不審な奴なんて、何処(どこ)にもいないじゃないか。(うし)ろは()()()()()()()だい」

(手前ステージは静かなモンだよ。早く再開してくれないかなぁ……)

 魔王は視線を正面に戻して、鼻からフス~ッと不機嫌な()(いき)()く。

 しかし、()てど()らせど、ショータイムはお預けのようだった。

 ついには祭主のオズボーンが妨害者の正体に気付いて、()()()(ほお)(にく)をブルブルと震わせる。

「ええい、貴様の事だ、魔王! (なに)を、『自分は間違ってない』みたいな反応をしている!」

 意外な人物の登場に、リュンとニルスは希望を(いだ)くより(さき)に、ただ純粋に驚いた。

「おじちゃん!?」

「マオウさん!?」

「あれれ、どうしてバレたんだ?」

 魔王が不思議そうに狼狽(うろた)えると、オズボーンがりちにも、その理由をツッコミがてらに解説する。

「どうしてだとう!? 貴様、ノコノコ前に出てきては、最前列で(まえ)(かが)みではないか!」

 魔王は改めて、前後左右を振り返る。

「…………言われてみると、確かにその通りじゃないか!」

「言葉にせんと分からんのか!」

 オズボーンの叱責は(じん)(そく)である。

 魔王がようやく正気に戻ると、(はる)(こう)(ほう)の高台から、仲間の注意が()(らく)の手前に届いた。

「コラ~。ボク達を置いて(さき)(ばし)るな~!」

()(まよ)っとらんで、さっさと戻ってこんか!」

 血迷っているのは二人も同じこと。

 魔王を呼んだせいで、玉座のエルドラからは、田衛文達の潜伏位置が(まる)()えである。

「むう、あんな所にも仲間がいたか!」

 こうして(おも)()けない方法で襲撃した以上、効果のほどは別として、一応、()()は成功したと見るべきだった。

「う~ん。どうやら余りの性的衝動(リビドー)に、誰もが気付かない隠密っぷりで、此処ここまで来ちまったみたいだぞ。もしかして、僕って天才かもね」

 この結論に、意外にもオズボーンが同意する。

「その通りだな」

「でしょ?」

 一拍置いて、オズボーンは自身の指摘を(おぎな)う。

「うむ。貴様は、()()()()馬鹿だな」

「な、なにおう! 僕は馬鹿なんかじゃないやい!」

 聞くも(よう)()な言い争いに、エルドラも油断から口を挟む。

「では、なんだと言うのだ……」

()()じゃないもん。()()だもん!」

 ダダダダダダダッ!


【魔王は(だっ)()のごとく逃げ出した!】


「逃げたぞ、追えー!」

 だが、エルドラの指示は(おそ)きに(しっ)した。

 すでに魔王は黒ローブの集団へと(まぎ)れ、位置の特定は困難を(きわ)める。

 その黒ローブも、単純な命令しか受け付けないのか、魔王を(つか)まえようにも右往左往するばかり。

 (だい)(たい)、前に出てきた魔王も(ずい)(ぶん)な問題だが、警備する親衛隊の(がわ)だっておかしい。

 狭い一本の石橋と、その(さき)(むら)がる黒ローブの洗脳集団。

 これでどうやって追いかける公算なのか。

 初期配置の時点で、致命的なエラーである。

 ()()()()してる(うち)に、()(がる)な魔王は高台へ到着。

 (かた)やオズボーンと親衛隊は、てんやわんやの黒ローブに囲まれて、前にも後ろにも動けず、文字通り、(しん)退(たい)(きわ)まってしまった。

 (こん)(らん)(すさ)まじい手前ステージの様子を、村長と田衛文が、高台の上から冷ややかな目で見つめる。

(わし)、あんなのに(つか)まってたんかのう……」

「今なら、(ラク)に倒せるんじゃない?」

 能天気な(つぶや)きのすぐ横で、魔王が自信満々の声を(かぶ)せる。

「そういう事さ。コイツで一気に()()めるぞ!」

 (かた)(ひざ)()ちの魔王が道具袋を片手でまさぐり、エルドラ私室から持ち出した機械弓(ボウガン)を構える。

「高台アンド弓矢。カンペキなチョイスだね。魔王、ガンバ♪」

「ぬふふ……。お命頂戴(ちょうだい)!」

 一射、二射、三射と、魔王の連続射撃が走る。

「グワァ!((おお)(がま)を持つ執行者)」

「ヘアッ!!(大鋏(おおばさみ))」

「アヒヨ!!!((なた))」

 三発全ての命中に、田衛文は(はじ)けるような笑みで、両手をパチパチと()()らした。

「ソッカ! あの三人を倒せば、ニルス達は安全ってわけダネ。魔王ってば、やるぅ♪」

 田衛文の喜びを()()に、魔王は浮かない表情である。

「おかしい……。僕の狙いはエルドラだったのに……」

「おぬし、どれだけノーコンなんじゃ。ヤツは(みぎ)(はし)に居るというのに、矢は正面じゃと!?」

 (そつ)(ぜん)と、魔王の中でその謎が解ける。

「そうか、分かったぞ! きっと、この弓が壊れてるんだよ」

「物の所為(せい)にするでない!」

 混乱する遺跡内部。

 三人の部下を失い、エルドラは我を忘れて(げっ)(こう)する。

「何をしている、オズボーン! 信者の一人や二人、斬り捨てても(かま)わん。邪魔する者は()(たお)してでも進めぃ!」

「ハッ、申し訳ありません!」

 非情な命令を部下に(くだ)しておきながら、エルドラは(げき)()ばすだけで、その場から動こうとしない。

 オズボーンも必死に信者を()(たお)すが、なにしろ(かず)(かず)なので、(かえ)って()みくちゃの混乱に(おちい)ってしまう。

 こうした光景に、田衛文がいきり立って手足をブン回す。

「なんなの、アノ扱い! ヒトの命をなんだと思ってんだか」

「同感だ。あんな奴ら相手に、こっちも(よう)(しゃ)なんて必要ないね」

 魔王が、(ロープ)をセットした機械弓(ボウガン)を村長に手渡す。

「ジイさん。祭壇がガラ()きの今がチャンスだ。直接ちょくせつ乗り込んで、二人を(たす)けに行こう!」

 復讐(ふくしゅう)の時を確信して、村長の目が(あや)しく光る。

「エルドラ、行き掛けの()(ちん)じゃ。貴様等の()(しん)(たい)、この(わし)(もら)ったー!!」

「させん。石よ、一点を目指せ(ビトラ)!」

 たった三文字の超短縮詠唱(ラピッドスペル)が足下の石を浮かせ、術者の意志に従って前方へと放たれる。

 弓から走るするどい軌跡と、エルドラの放った石が交錯こうさく

 結果、()(ぞく)(せい)の投石が縄を(もつ)れさせ、矢の射線が(わず)かに()れた。

「ちっ、外したか……」

 殺し屋みたいな台詞(セリフ)を口にする村長に、魔王が(なぐさ)めの言葉を掛ける。

(かま)わないさ。()(かげ)でロープは、お姉さんの頭上に張ってるんだからね」

 ロープの端を矢に結び、()(ごろ)な地面へと、できる限りふかく突き刺す。

 摩擦強度(まさつきょうど)が不安なことから、飛行が得意な田衛文がロープを(にぎ)って、(やじり)が地面から抜けるのを()(やす)め程度に押さえ付けた。

 魔王が(かっ)(しゃ)をロープに乗せると、ニルスの大声が遺跡内部を反響した。

「おじちゃーん、早く救けてー!!」

 魔王は遠くからハッキリと(うなず)いて、ニルスの呼び掛けに(こた)える。

 そして、田衛文と村長へと向き直り、

「よしっ。まずは僕が先に行くから、田衛文と村長(ジイさん)は、あとから一緒に続いてくれ!」

「オッケー。(いち)(ばん)()はヨロシク♪」

 気合いは充分。

 魔王が(かっ)(しゃ)じく()を手に、(とら)われのリュンへと呼び掛ける。

()()()()。まっすぐ、君の所に行くからねー!!」

 リュンはすぐには答えない。

 彼を(おとしい)れた自分には、その資格がないのだから。

 それでも、じく()と、感謝と、(あん)()(おも)いから、胸の奥底より、大粒の涙が込み上げる。


――マオウ。

 私の知らない『外の世界』から現れた、ちょっと不思議な人。

 ()(すぼ)らしくて、(わずら)わしくて、初めは(すご)くどうでも好い存在だった。

 誘導されるがままに(はしゃ)ぐ彼の言動と、()()けた性格。

 その二つに(いや)されてると気付いた時には、もう(なに)もかもが遅かった。

(だって私の世界には、貴方(あなた)は必要なかったのだから……)

 両親を失い、帰るべき家をなくし、幼い弟に(しば)られた自分には、生きて行くだけで精一杯。

 (ほか)には何も()らない。求めても、手が届かない。

 期待と、義務と、責任感に自滅するだけ。

 だったら、一番が良い。一番大切な物が良い。

貴方(あなた)()らない……』

(だから私は、あの森で貴方を捨てた……)

 それなのに、貴方は私を(たす)けに来てくれた。

 これが(さい)(ぜん)だと思い、これも運命だと(あきら)め、(ほか)ならぬ自分自身が選んだ、この

真っ暗な未来から私を(すく)いに……。

 ――もう迷わない。

 貴方あなたこそ、私の暗闇を切り裂く(ひかり)

 貴方こそ、私の()()


 少女が生まれて初めて(つむ)ぐ、絶望を打ち破る呪文。

 それは……、

「ハイ、()()さん!」

 今、(しん)()()(はな)たれた!

 ()()は腹の底から勇ましく()え、少女のもとへと跳躍する。

「うおおおおおぉぉ!!」

 がしかし、その時、リュンは気付いてしまった。

 この運命、決して()(やす)くはない、と。

「えっ、まっすぐ? まっすぐって……()()に? しかも減速せずに!? イヤ、()めて。()まって。って言うか、むしろ()ないでえぇぇぇぇ!!」

 (いや)、もう遅い!!

 まっすぐとは、つまりは衝突コースの事である。


『ガシャ、ドガ、バキ、ズゴーン!!!』


 自分の姉が(きり)()み回転で吹き飛ぶ(さん)()を見て、ニルスの平常心が一瞬で崩壊する。

「おじちゃんが(いきお)(あま)って、姉ちゃんに”蹴り”入れてるじゃないか~!!」

 ニルス、号泣!

 本当はリュンの頭上、磔台(はりつけだい)の丸太を蹴って()(もと)をブチ()ったのだが、わたわたと祭壇に着地した魔王は、見るも()(ざん)な光景に、必死で弁解を試みる。

「そ、そんなぁ……。()りだなんて、(ひと)()きが悪いなぁ。()()()()()()つかっちゃっただけだよ。ホラ、リュンを見てごらん?」

『グッタリ……』(←リュン)

 此奴(こいつ)はやべえ……。

「一体、なにしに来たの。おじちゃんは!」

「う~ん……。此奴(こいつ)はいよいよ参ったぞ」

 僕は二人を(たす)けに来たってのに、僕のせいでリュンはこの通り……。

(けど、だからといって(みょう)な言い訳をするのは、ニルスの教育上、良くないよね。うん!)

 魔王はビシッと親指を立てて、()りのままを伝えることにした。

勿論(モチ)(たす)けにさ!」

 現状 = ピクリともしないリュン……。

(うそ)ばっかり!!」

(あれれ、怒られてしまったぞ?)

 魔王とニルスが一悶着をしている(うち)に、後続の二人が、奥ステージの祭壇上へと降下する。

「おっ? 二人とも、来てくれたんだね」

 魔王がホッとした顔で呼びかけると、ヨタヨタと助走を決めて着地した村長は、魔王のもとへと(いち)(もく)(さん)に駆け寄り、バッシバッシとこぶしをフルスイングさせる。

「なにを呑気なこと言っとるか、この(たわ)け! (たす)けるどころか、気絶させおって……!」

「うぅ、しゅびばしぇん(済みません)……」

 村長が魔王の(せい)(さい)に向かう一方、田衛文は、反対側のニルス救出へと()(さき)に動く。意識もろとも拘束から解放された姉とは違って、彼は(まる)()(つな)がれたままなのだ。

「ダイジョブ? (イマ)、縄を切るからね」

 道具袋から矢をゲット。

 ()(がら)な田衛文の(けん)(めい)な努力により、縄の切断になんとか成功する。

「助かったぁ……。ありがとう、()()さん」

 混乱続きのせいか、ニルスの中で、田衛文の呼び方がすっかり戻ってしまったらしい。

 田衛門は(てい)(せい)したい気持ちを(おさ)えて、祭壇内部をグルリと見回す。

 転倒中のリュンは(にぶ)(うめ)きを口にするだけだが、鉄拳制裁で(あお)()けの魔王は、

村長の馬乗り体勢(マウントポジション)から解放されていた。

 視線をばやく別ステージへと向けた瞬間、斜め頭上で、(ひと)(きわ)大きな(かん)(せい)が上がった。

 (あるじ)のエルドラが奥のステージで()(りつ)する中、遅ればせながら、一人の勇敢な親衛隊員が、入り口付近の高台に到着する。

「エルドラ様。今すぐその者達を、我が剣の(つゆ)と変えてみせましょう!」

「うむ。ごと、仕留めてみせよ。うまく行ったら、(ほう)()は思いのままだ!」

「お任せを……。てやっ!」

 掛け声と同時に、親衛隊員が、剣を手にしてロープの上を走り始めた。

 宙に張られたロープの(なわ)(すじ)が、鉛直方向に()()()()張り詰める。

 だが、左右に大きな乱れはない。

 このまま(さか)()としの要領で、勢いを付けて()りかかる積もりなのだ。

(なんて()のこなしなんだ……。コイツ、オズボーンなんかよりも、ずっと()()るぞ!)

 するとこのタイミングで、偶然にも、リュンが(こん)(とう)から目を覚ました。

ったたたた……。いったい、何がどうなってるの?」

 (のう)への()(たん)が原因なのか、地面に(たた)()けられた時の衝撃のせいなのか。

 覚醒直後の彼女としては、そくとうに走る痛みの理由が分からないまま身を起こす。

 すると、起き上がった拍子(ひょうし)に、彼女の左手が無意識に(ちゅう)を振り払った。

「あっ、お姉さん。今、その縄を引っぱったら……」

「うわぁーーー!!」

 (ゆう)(かん)な兵士は、(ゆう)(かん)に谷底へと落ちていった……。

 ()()けな兵士達では役に立たない。

 (ごう)()やしたエルドラが、(ふん)(ぜん)と玉座を離れた。

「ええい……。女ども、()(やつ)らを取り囲め!」

 エルドラの指示によって、洗脳せんのう済みの踊り子たちが三々(さんさん)五々(ごご)に動きだし、祭壇前を半円形(はんえんけい)に包囲する。

 やがて、(おうぎ)(がた)をした(ひと)(がき)(いっ)(かく)がゆっくりと(とう)(だん)を始めたことで、魔王達5人は、祭壇奥の通路へと追い詰められた。

「抜かったわ……。()くなるうえは、強行突破も()さぬわい」

 (むかし)()った(きね)(づか)というやつか、村長が日焼けした細腕を(そで)(まく)りで旋回させると、

何者かが上着の(すそ)を、クイックイッ……と控え目に引っぱる。

「でも、そんな事して大丈夫なの? あの人達、操られてるだけなんでしょ」

 村長はすぐさま右下に注意を向けると、ニルスの心配そうな顔とぶつかって、

一気に(はな)(じろ)んだ。

「むぅ、それはのぅ……」

 それに釣られて、魔王も具合悪くジリジリと後退する。

 (くる)(まぎ)れで振り返った拍子(ひょうし)に、背後の壁の(おお)(ドク)()と目が合った。


()いですか? ドクロの瞳を手にしたら、必ず私の名を呼んで下さい。そうすれば、あなたを巡る物語が、また一つ、(いき)を吹き返します……』


 自身を巡る物語。

 その言葉が何を意味しているかは分からないが、説明部分の前置きが、この状況を切り抜ける手段になると思われた。

「そうだ……。(ドク)()だ! (ドク)()(ひとみ)があるじゃないか!!」

 魔王の声に自信が(みなぎ)り、壁面へと近付く(あゆ)みが歩幅を広げる。

 それをリュン達が(あわ)てて追いかけ、魔王の(はん)()(うし)ろで不思議そうに停止した。

「でもコレ、(タダ)の宝玉ですよね……。こんな物が、今、なんの役に立つんですか?」

 (かい)()の視線が、黒い宝珠と魔王の(あいだ)を行き来する。

 程度の差こそあれ、他の3人も、リュンの想いと(まった)く同じだ。

 人の背丈でおよそ30人分、すなわち30リトア(45メートル)後方の祭壇前で、城主エルドラを先頭に、オズボーンと親衛隊が合流を果たす。

 さらにはその(うし)ろ、黒ローブの隊列が、亡者のような(あし)()りで石橋を渡る。

 一秒ごとに敵意が(ふく)らみ、こちらに押し寄せてくる。

 魔王は身の危険を(あたま)(すみ)で感じながらも、余裕の笑みを、すぐ(うし)ろの相棒へと向けた。

「ねえ、田衛文。君だって、あの黒い石の正体を知ってるはずだよ」

 しかし、返ってきた答えは(かんば)しいものではなかった。

「ソレが……。見覚えだけはあるんだけど、なんだったのか、今イチ思い出せないんだよね」

 田衛文がうでを組んで難しそうに黙り込むと、魔王が過去の言動を口遊くちずさんでヒントを示す。

「前に言ってた、『あれば(こく)(ほう)(かざ)れば(かみ)(さま)』ってヤツだよ」

 その瞬間、田衛文の中で答えが(はじ)けた。

「アーッ!! アレって確か、霊珠(れいじゅ)ダヨ!」

 リュン、ニルス、村長の3人が、御神体の()(けん)を一斉に凝視(ぎょうし)する。

 田衛文の驚きがドームの壁面を反射して、エルドラの神経を瞬間的に凍結させた。

「何をバカな……。私がそれに触れたとき、一度もそんな力を発揮しなかったぞ!!」

 エルドラの言葉を裏付けるように、オズボーンが悔しげに顔を歪めて、上下の歯を強く噛み合わせる。

 その力がありさえすれば、なにひとつうしなものなど無かったのだ……と。

 魔王は(おお)(ドク)()(まつ)る台座に右足をかけると、真実に見放された二人を遠くに見据えた。

「そんなの当たり前さ。怪しい宗教の儀式とやらで、魔導具(マジックアイテム)(さい)(こう)(ほう)を制御できる(わけ)がない。それに霊珠ってのは、(つい)となる精霊に認められて、初めて真価を発揮するんだからね」

 エルドラは短縮詠唱(スペル)を用いて魔法を行使した。それ意外にも、(ロッド)指揮棒(タクト)を所持していれば、石を飛ばす以上の高度な術をはなてただろう。

 本来ならば、増幅器を必要とする呪文。

 それが、短縮詠唱の限界だ。

(けど、僕と田衛文は増幅ぞうふくを必要としない詠唱、()(どう)()()むんだ!)

 魔王は(おお)(ドク)()の眉間から(れい)(じゅ)を抜き取ると、森の幻術結界で得た微量びりょうの魔力を右手に集中させる。

「今、(こん)(しん)の魔力を込めて宣告する!」

 肩から腕へと(つた)う蒼白い魔力が、右手の黒色霊珠(こくしょくれいじゅ)へと注がれる。

 すると次の瞬間、たいがドクンと脈動し、魔王の周囲を取り囲むように、(あお)い文字列が円蓋状ドームじょうに飛び交う。

(これが(れい)(じゅ)の名前と機能……。それと、起動に必要な(もん)(ごん)か)

 (けい)(やく)(せつ)を読み解くと同時に、霊珠の機能が、魔王を制約する『魔法の使用制限』を打ち破った。

()は、(くら)(ひとみ)。闇より(みは)る二つの(まなこ)(いち)(ごん)(いっ)(しん)(ばん)(ぶつ)(さだ)めん!」

 霊珠内に浮かぶ、暗闇だけの空間。

 和装の少女は、自身の願いが叶えられたのを知って、(こく)(よう)(ひとみ)をカッと開く。

 少女の(かい)(がん)に合わせて、霊珠の中心に、切れ長(まぶた)()(よう)が浮かんだ。

 魔王は腕をまっすぐ伸ばして(れい)(じゅ)を高く(かか)げると、()(どう)()最終節(さいしゅうせつ)を読み上げる。


(こた)えよ。大地に(あまね)()(どう)()使(つか)い!」


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