29話
エルドラ私室に、三つの怪しい影が躍る。
言わずもがな、魔王、田衛文、村長の三人だ。
有り体に言うと、彼等はいざ救出の段になってビビったのである。
リュンとニルスが何処に囚われてるのか分からないし、魔王に至っては完全に
丸腰である。これでは救出どころではない。
そこで村長発案のもと、役に立ちそうな物を求めて此処にきたのだ。
さすがに城主の部屋ともあって、装いがまるで違う。
部屋を彩るは、余所では滅多にお目に掛かれない珍品名品の数々。
ベッドも天蓋付きのゴージャス仕様で、寝転がってみると、天蓋裏には幾つもの宝石が鏤められていた。
ほかにも場違いな事に、鏡台の上には、薄汚れた布袋が置かれている。
「ムッ。これは、このまえ儂が渡した力石ではないか! ええい、ヤツにくれてやるなど勿体ないわ。ここできっちり返して貰うわい」
村長の手がサッと閃くその背後、大部屋の中心手前で、魔王がだらしなく相好を弛める。
「ウヘウヘ、宝の山だ。僕は一生、ここで暮らすんだい!」
「ソレがイイヨ。ボクモキョウリョクスルヨ」
田衛文の口調が甚だ怪しい。
二人とも、かなりの末期症状である。
(あいつも所詮は独り身の男。ベッドの下には、漢のロマンが隠されてるに違いないぞ)
「おやっ? なにやら男心をくすぐる箱を発見したぞ」
床を這い蹲る魔王の手によって、宝箱然とした物がムダに発掘される。
こうなると、魔王の取り得る選択肢は三つである。
【 一:開ける 二:ガバッと開く 三:蓋を捲るように持ち上げる 】
(むう……。結局、開けるしかないではないか。ちなみに僕は二番で行くぞ!)
ガバッと開けたその瞬間、中から赤く光る二つの球体(眼)が、魔王の視線を釘付けにする。
魔王は軽く思案したのち、後悔たっぷりに呟いた。
「ごめん、田衛文。僕、やっちまったよ……」
「ドウシタの、急に変なコエ出して……?」
頭上にハテナマークを浮かべつつ、田衛文はヒョイと、箱の中を覗いてみる。
「…………」(← すごく嫌そうな顔の田衛文)
二人の心中に、不気味な独白が不意に流れた。
【魔王は、ロココ人形を見付けてしまった】
【運の良さが、しこたま下がった!】
(僕の浪漫が……)
田衛文が、頭上に腕を右・左と交互に打ち出して、空中でコミカルに大暴れする。
「ナンデ、こんな物見付けちゃったの!」
「だって、こんな所に呪いグッズが入ってるなんて、普通、誰も思わないじゃないか!」
(くそう……。都市伝説なんて嘘ばっかだい! なにが『森の中で、獲物をジッと狙って待つ』だよ。ベッドの下にも平気で潜んでるじゃないか!)
口喧嘩をする二人に、さらなる独白が挿入される。
【しかし、これ以上は下がらなかった!】
「やったぁ~! 僕は今、運のパラメータに関しては無傷だぞぉう!」
「いや、それは普通に悲しむべきじゃろう……」
フッ……。
ジイさんも底辺の生活に慣れれば、きっと分かるさ。
「なにを馬鹿な事をやっとる。あんまりふざけとると、いつか怪我をするぞ。ホレ、あれを見てみい……」
村長が顎で示す先には、黒光りした厳つい見た目の機械弓が二つと、鋭い先端の矢が棚に飾られてあった。
「ウワッ、悪シュミ……」
「おっ? こっちにはロープがあるぞ。このペアは定番中の定番。最早、最強装備だね」
部屋の四隅は、まるで物置である。
魔王がその中から滑車を二つ発見すると、右後方、入口から最も離れた部屋角より、田衛文が話しかけてくる。
「ネエ、魔王。コレ見てヨ」
「うん? どれどれ……。って、こいつは火薬じゃないか!?」
「ッテ事は、ソコの丸いのッテ……爆弾?」
L字型を反転させたような部屋は、実際には一般的な長方形の間取りをしており、入り口のすぐ右側にある空間を、石積みの薄い壁で丁寧に仕切られていた。
石壁を挟んだすぐ隣り、部屋角にある作業台と壁掛け式の工具棚。
内壁の対面にある火薬箱の隣りには、丸くて黒くてツヤツヤしてて、上から紐みたいな物がチョコンと出た爆発物が、シートの上へと几帳面に並べられていた。
(こんな所に爆弾だなんて、危ないなぁ……。子供がイタズラしたらどうする気だろう)
魔王は眉間に皺を寄せて、真剣に捜索作業を続ける村長に呼びかける。
「ねえ、村長。悪いけど、火ぃ持ってない?」
「うむ? いや、生憎と力石しか持っとらん……。しかし御主、火で何をする積もりなんじゃ?」
「危ないし、爆弾を捨てようと思うんだ」
焼くから……。
「イカン×3! それでは、儂らも木っ端微塵じゃろうが!」
(しまった! 近所のおじさんが好く、『要らない物は焼くに限る』って言ってたから、つい真似する所だった……。仕方ない。手近な袋に、僕が保管しとこう)
緊張感の消失が激しい魔王は、ヨイショ、ヨイショと手を動かすうちに、なにやら魔が差してくる。
(こうして暗闇でゴソゴソしてると、何故かは知らないけど、少しワクワクしちゃうね♪)
「ねえ、田衛文。ちょっと隠れんぼしようよ、隠れんぼ!」
魔王の飛んでもない提案に、田衛文も黙ってはいない。
「ウン、サンセ~イ♪」
そう来ると思ったぞ。
いざ、勝負!
「コレ、真面目にやらんか……。それと言っとくが、儂は参加せんからな!」
ゴソ×3(棚の端っこに隠れる魔王)
モゾ×3(カーテン裏に身を隠す田衛文)
「莫迦な! 二人参加で、二人とも隠れるじゃと? これでは、隠れんぼとして
成立せんではないか!」
ジイさんが何か言ってるけど、もう遅いぞ。
いまさら、仲間になんて入れてあげないからね。
「よぅし、『隠れんぼマ~くん』の表彰品を持つ僕の実力、今こそ見せてやる」
手始めに、誰にも見付からない場所を…………。
あっ、手が何かに当たった!?
『ゴトリ……』(壁から鈍い音)
「なんじゃあ!? もしかして、また誰か、何かをやらかしたのか!」
「ち、違うよぅ。僕はただ、遊んでただけだよぅ」
「魔王のウソツキ! コンナ時、一番最初に言い訳したヒトが犯人なんだからネ!」
(そ~だね……)
音はしたものの、室内にコレという危険はない。
どうやら、罠の類ではなさそうだ。
「アッ、コレを見て! 壁の中から機械が出てるよ?」
田衛文の言う通り、機械弓が収納された棚のすぐ横から、部屋には不釣り合いな金属筐体が、壁から大きく迫り出していた。
「これは……。見るからに、あとから増設された物じゃな。とすると、フェルメンティア製かのう」
フェルメンティアと機械設備の二つより、魔王がその正体に気付く。
「そうだ……。これは少し大きめだけど、降下艇にある端末とおんなじ物だよ!」
画面横に注目すると、思った通り、カードを差し込むスリットがあった。
「ネエ、魔王。カードキー……、持ってる訳ないよね」
田衛文が戸惑い気味に尋ねると、魔王は苦もなくそれに返す。
「いや、持ってるぞ。こういうのって、肌身離さず持ってなさいって教えられただろう?」
魔王が内ポケットより、なにやら生暖かいカードキーを取り出す。
「ウワッ! 文字通り、ホントに肌身離さず持ってた!」
「言葉の意味が、少し違うじゃろう……」
「駄目だなぁ、ジイさん。そんなこと言ってるから、他人に盗まれて、知らない内に多額の請求をされちまうんだぞ」
「イイカラ、早く使いなヨ……」
カード違いの突っ込みをスルーされた魔王は、キーを挿入して端末を起動させる。
久方振りの青白い画面表示に、おおっ、と思わず感嘆の声を漏らす魔王と田衛文。
暫くして、操作手順が使用者名と暗号入力に移る。
「田衛文。そういえばさ、コレ、なんだったか憶えてない?」
「確か、魔王の名前……みたいなヤツじゃなかったっけ?」
「ああ、そうだそうだ……。思い出した!」
(えっと……。『エト』と『ファンタジスタ』っと……)
パスワード入力に成功し、端末はメニュー画面へと移行する。
「おお、やりよった! して、これからどうするのじゃ?」
どうするったって、特に何も考えてないし……。
強いて言うなら、今、物凄く困ってるから、誰かに助けてもらいたいっていうか……。
「あっ、そうだ。ここに”救援要請”ってのがあるから、押してみるね」
『ポチッ!』(タッチパネル画面をプッシュ)
やがて魔王が、ニコニコ顔で二人に告げる。
「これで、誰か救けに来てくれるね♪」
「ンナ訳あるかー!!!!」
鈍い音を立てて、魔王の延髄に田衛文の足刀がクリーンヒット!
田衛文による制裁の理由を、村長がごく当たり前の理屈で説明する。
「この状況で救援要請した所で、フェルメンティアの連中が、続々と押し寄せて来るに決まっとるじゃろうが!」
「ごめんよぅ。救けを呼べば誰か来てくれると思ったから、うっかり……」
「もう、魔王になんか任せてらんない! ソコ、替わって。ボクがやるカラ!」
機械と脳味噌の相性が悪い魔王と交替。
田衛文は早速、救援隊の構成を割り出す。
「見て! 相手は南のルサン駐留、フェルメンティア機甲兵団だって」
「フゥム……。これなら魔王再臨の報で、すぐには動かんじゃろう」
田衛文がホッと胸を撫で下ろして、図面らしき画像を立ち上げる。
「アッ、コンナのが出てきた……」
老眼には光の刺激がきついのか、村長が険しい顔で表示内容を読み解く。
「これは、城の見取り図のようじゃの……。むっ、なんじゃ? この、二階貴賓室から延びる階段は」
「え~っと……。アッ。コレ、地下遺跡への入り口ダヨ!」
「地下だって!?」
2人の言葉を聞いた瞬間、魔王の中で、夢の中の少女が見せた映像が蘇る。
「田衛文、ジイさん。二人はきっと、この城の地下に囚われてるんだよ。生贄の
儀式なんて怪しいこと、城内や町中で堂々と出来る訳ないんだから!」
「フム、ならば急ごう。既にどっぷりと時間を使ってしまったからの」
と地下への出発を決めた時、端末を切った田衛文が、背後へクルリと振り返った。
「そうだ。さっき、隠れんぼの途中でこんな物を見付けたんだ」
田衛文が、カーテン裏から無骨な剣を引っぱり出す。
彼女の小さな身体では、ブロードソードの重量は酷である。
途中から魔王が窓辺に近付いて受け取り、動物革をあしらった鞘から刀身を抜いて、自身の正面へと垂直に構えた。
「こいつはまた、随分と珍しい物を見付けたね……」
月明かりを浴びた真直の刃。
それを上から下へと矯めつ眇めつ眺める様から、見る者に一振りの名刀を予感させた。
「よもや、かなりの業物かの?」
村長が期待を込めた瞳で言うと、魔王はなんの拘りも見せない様子で首を振る。
「いいや、コイツは全くの素朴な剣さ。ただそれだけに、戦場では結構重要視されるんだ」
否定の動作をとった拍子に、諸刃の刀身が小さく揺れる。
剣に限らず、あらゆる武具の意匠には、長い年月をかけて、持ち主の特徴と愛着が刻まれる。
やがてそれらが武具の性能として馴染む頃、刀身の魔術特性にも影響を与えた。
魔法 ― すまわち魔を断つ剣は聖剣となり、竜の血を浴び続けた穂先は、やがて竜槍へと進化する。
つまり、持ち主にとって一番扱いやすい武器となる。
そしてその反面、それ以外の使い道や魔術加護を受けようとすると、時としてその力を抵抗してしまう事がある。
今の魔王からすれば、誰にとって使いやすいかも分からない剣に、自身の命を預ける気にはなれなかった。
「コレなら今の魔王でも、多少はうまく使えるんじゃナイ?」
「うん。丸腰で行くよりかは、ずっとマシだからね。いくらか使い慣らしてから、敵との戦いに備えよう」
敵……。普段は滅多に使わない言葉が、今は実体を伴って迫っている。
魔王は表情を尖らせて、室内の空気を二度三度とゆっくり斬り裂くと、肉厚の刃を鞘へと納めた。




