25話
時は夕過ぎ。
太陽が大地の果てに沈んだ頃、天上の月が世界を蒼く染め上げる。
なぜ蒼かと言うと、それが此の世界の理。
太陽が唯一色なのに対し、月は、その日その日に応じて異なる色彩を返すのだ。
銘々、勝手な謀を紡ぐように、空もまた、一つとして定まる事はない。
村外れの北西部、魔王は集団墓地の暗がりにジッと身を潜めて、ターゲットの動きを静かに待った。
長短二枚の板を、太い縄で十字に括り付けただけの質素な墓標が並ぶ霊園は、月明かりの下、一度中に入ってしまうと隠れる場所が一切ない。
代わりに墓園の周辺には、枝葉の多い低木が密集して植えられているため、監視地点を見付けるには事欠かなかった。
相棒の田衛文は、身体の小ささと飛行能力を活かして、役場上空からの偵察を
担当している。
さらには二人の予想が正しければ、それ以外の地区を自警団が巡回していた。
物陰に潜みつつ周囲を窺っていると、魔王の脳裡に感覚共有の信号が走る。
――使用人女性が動きだした。
しかも、此方に少しずつ近付いている。
向かう先は、酒場で情報があった通り北西の森だ。
魔王は、潜伏箇所を共同墓地の内側へと変えて、木立の隙間から目を凝らす。
前に見えるは暗夜の森。
外から森内部の様相を窺うには難しく、中に入れば、方向感覚が狂うことは請け合いだ。
しかし、そんな危険も御構いなしに、追跡対象は森の中へと姿を消した。
(どうやら、この一直線上に何かあるみたいだぞ……)
頭の中で進入地点をメモっていると、近くに田衛文が降り立つのを感じて振り返る。
視線が合うと、田衛文は両手を腰の裏側へと組み、爪先で地面をトントンと叩いた。
「ゴメン、待った……?」
「ううん。僕も、いま来たところ」
魔王が丁寧に返すと、田衛文は頬を上気させて、パァァ……と顔を輝かせた。
「じゃ、イコっか♪」
「うん。……デートに行く訳じゃないけどね」
ガズン!(石)
「ド・ウ・シ・テ、雰囲気ブチ壊しなコト、わざわざ言うカナ!」
投石だけでは気分が収まらず、続けて田衛文は、ゲシゲシと顔面膝蹴りをお見舞いする。
「ソレと、なんでさっきみたいな台詞、普段は口にしないのカナ!!」
「痛い痛い! どうして田衛文こそ、愛情表現の基本が暴力なのさ。そういうのは、法律で禁止されてるんだよ? しかもなんで、僕を先頭にしようとするのさ。囮なんて嫌だよ!」
見た目は派手に痴話喧嘩をしているが、声を小さく抑えているあたり、二人とも、やる事にそつがない。
田衛文にせっつかれて前を歩くこと暫し、二段構えの制裁を受けた魔王は、普段以上に集中力を欠いていた。
糅てて加えて、相変わらずの視界不良である。
魔王が、周囲の異変に気付かないのも無理はなかった。
「待って。ココ、なにか変!」
折角の忠告も虚しく、魔王は完全に上の空である。
「ほえ?」
エリア内へと不用意に侵入した魔王に、突然、名状し難い力が流れ込む!
「うわわわわわっと!」
【魔王の魔力が、ちょびっと回復した!】
(あれれ、それだけ?)
「ダイジョブ、魔王!?」
田衛文が、慌てて魔王の顔を覗き込む。
どうやら彼に起きた変化はごく微少で、他人にはよく分からないものらしい。
一応、身体を隈なく調べてみるが、特にこれという変化もなかった。
(イコール、魔力が少し回復した程度じゃ、まだ魔法は使えないって事か……)
はうぅ……、と魔王は切なく嘆いて、田衛文に気のない返事を返す。
「う~ん。特になんともないや」
「ホント……? アッ! でも、ナンカいつもよりツヤツヤしてるヨ♪」
魔力回復で美肌効果!?(キラリン)
「まぁ好いか。それより、この反応……」
魔力回復の恩恵で、今の魔王にも、結界特有の精神に働きかける浮遊感を認識できた。
魔王に分かるくらいなのだから、田衛文にとって、魔法種類の特定など造作もない。
問題は、どうすれば結界内部を正確に進めるかである。
残念ながら現状の魔王では、結界の単独踏破は不可能である。
たとえ、どんなに魔力が回復していようとも、その魔力自体を扱うコツ、魔力操技を思い出さなければ意味がない。
まして回復量が微々たるものならば、抵抗力は皆無に等しい。
(と言うより、魔法を喰らうようになった分、むしろ弱くなったんじゃないか?)
…………うん、無視無視。嫌なことは忘れるに限る。
それより今は、この結界にどう対処すべきか考えよう。
「幻術……ダヨネ。どうする? 破っちゃう?」
場に魔力干渉を行い、バランスの崩壊を狙う結界破りは難しい芸当ではない。
安易かつ安全な手段として、一番最初に挙げるべき方法だが、別角度での問題があった。
「いや、それは止めておこう。こちらの動きを、犯人に気取られる恐れもあるからね」
「アッ、ソッカ……。でも、それならどうやって進むの?」
「う~ん。そうだなぁ……」
魔王は爪先でタンタンとリズムを取って、しばしの間、思案を重ねる。
「田衛文、結界がどんな働きをしてるか分かるかい?」
魔王の問いに、田衛文は苦もなく頷いた。
「ウン♪ たぶん幻覚はナシで、方向感覚を狂わせるだけのヤツ」
「なら、肩車の要領で、僕にくっついてみてよ」
「へっ? イイけど……」
うんしょ、と田衛文は魔王の肩に脚をかけ、相手の後頭部をお腹に抱える。
「ソレで、どうすればイイの?」
「正しい方向感覚を保ちながら、僕にリンクを送れば良いんだよ」
【商品番号1番 : 田衛文型・方位磁針
人生と、ついでに道に迷った貴方をするどく救済する不思議アイテム
※バカには余り効かない 】
魔王の頭上で、田衛文がポンと掌を打つ。
「なるほど! ボクなら抵抗力が強いから、惑わされずに進めるもんネ。魔王ってば、あったまイイ~♪」
「ウハハ、伊達に魔法の王を名乗ってないやい!」
頭を撫で撫で田衛文に褒められつつ、魔王は不気味な森を歩き始めた。
途中、何度か少し迷った。
(むう、何故だ……)
歩みを続けて、ほんの4,5分。
ねっとりと絡みつく夜の闇に、奇妙なシルエットを見付けた。
鬱蒼とした森に自らの存在を秘匿するかのように、白磁と見紛う石造りの建物が建っている。
広さは、ざっと五十人は入れる程度。
入り口大扉の左右から燭台が迫り出しており、その灯が周囲の闇をチロチロ舐め溶かしている様が、どことなく魔性を帯びて見えた。
壁面には、十字の格子が走ったガラス窓が嵌められている。
外観の意匠と材質。
どれ一つ取っても、ビストゥスの生活水準を大きく逸脱していた。
田衛文が声のトーンを落として、驚きを述べる。
「ココって、教会?」
「うん、きっとそうだよ。道理で、村に新しく教会を建てようとしない訳さ。なにせこのビストゥスには、すでに別の教会があるんだからね」
よほど結界を信じているのか、見張りの姿は確認できない。
建物のまわりを用心しながらグルリと歩いて、扉と窓の配置を頭に刻む。
やがて、音もなく前を飛ぶ田衛文が、室内から漏れる仄暗い灯りに気付いた。
「魔王。ソコのカーテンの隙間から、中が見えない?」
「多分、いけると思う。誰かは知らないけど、乱暴に閉めた人に感謝しよう」
中を覗くと同時に、二人揃って小さな呻き声を上げた。
壁に掛かる、黒地に白の幾何学模様が描かれた毛氈。
祭壇には、動物の頭蓋骨と赤黒い液体を満たす金の杯。
そして、いつかニルスが口にした黒ローブの集団が、聖堂内で祈りを捧げていた。
「「「エンドーアーク・シャマラ…………。ライネーアーク・ビシュタ…………」」」
聖堂中心の通路を信者が一人ずつ歩き、祭壇前で膝を折って呪文を唱える。
今しも天井の高い教会内を、一歩、二歩と長椅子の間をすり抜け、祈りを終えた信者が定位置へと戻った。
魔導灯の蒼き光に照らされて、岩壁のレリーフを背景に、信者の横顔が露わとなる。
「見てヨ、アレ。村長さんじゃナイ!?」
「いや、村長だけじゃないぞ。田衛文、ほかの所も見てごらん。ドビーさんにモートンさん、おまけにマーサさんまで居るじゃないか……」
「ど~ゆ~コト? ボク達の知ってるヒトが、みんな、ココに居るなんて……」
魔王が顎を前に突き出して、困惑する田衛文に注目すべき箇所を示す。
「極め付けとして……。ホラ、祭壇の真ん前にいるアイツさ」
集団最前列、エルドラは公務のときとは色違いの黒色法衣を身にまとい、祀事を取り仕切っていた。
「この教会、見ての通り、これだけ豪華な造りなんだ。国が関わってない方がおかしいよ。第一、今までオズボーンばかり目立ってたから忘れてたけど、アイツこそ連中の親玉じゃないか」
田衛文が深刻な表情で頷き、結論を述べる。
「でも、コレで全部、ハッキリしたね。コトは全て、ローガスさん達の推測通りって事ダヨ」
「そうだね。あとはこれをオッサン達に報告して、どう妨害するか…………」
言い掛けて、魔王はすぐに思い留まった。
「いや、待てよ?」
ふと、魔王の脳裡に未解明の一点が輝く。
果たして、今回の標的は一体誰なのか。
すでに儀式が始まっていながら、自分達は無事である。
その癖、屋内で人を殺した形跡も見られない。
杯の血も、恐らくは家畜の物だろう。
田衛文もそれに気付いて、喉を擦るように息を飲む。
「って事は、本当の狙いは、リュン!?」
「ヤバイ……。さっきの女性は、自警団用の囮だ! 田衛文、君は空から森を抜けて、お姉さん達の所に直行するんだ。二人が無事なら即刻保護。居なければ、その脚でマスターの所に戻ってくれ」
「魔王はドウスル積もり?」
「森の中を慎重に戻るよ……。途中で怪しいヤツを見付けたら、足留めしつつリンクを飛ばすから」
田衛文は無言で頷き返すと、月と同じく蒼白い軌跡を宙に残して、空へと一気に飛び上がった。
教会内からは、脳を揺らす気怠い祈りが絶えず聞こえる。
こちらの動きを察知された様子はない。
魔王は再び信者らの動きを確認すると、元来た道を引き返した。




