24話
マスターの話は、まったく意外な方向から始まった。
「実はこのビストゥスにも、村人のあいだに壁みたいなものがあってな……」
思い掛けない告白を聞いて、魔王は不信感を露わにする。
「壁だって? どこも普通の御近所付き合いばかりだし、そうは見えなかったけどなぁ……」
「まぁ、目立った動きがない以上、新入りのお前さん達が気付かないのも無理はないだろう」
話の中身がまるで掴めず、田衛文は柔らかいな口調で割って入る。
「ソコまで言うからには、派閥でもあるの?」
「いや、そこまで大袈裟なものじゃない。だが、中心人物の村長が、村にとって
重大な隠し事をしてるのだけは確かだ」
漠然とした内容に思案する二人を、マスターからの更なる質問が待っていた。
「そう言や二人とも、初日に村を案内されたそうだな」
「ウン、そうダヨ。パン屋さんに靴屋さん♪ ソレとね……」
当時を振り返るように、田衛文が嬉々として列挙する。
それら全てを語り終える頃には、ローガスの舌も大分滑りが良くなっていた。
「そいつは全部、村長側の人間だ。不思議と、そうでない奴は一人もいない」
一拍置いて、ローガスは深刻そうに話を続ける。
「今の話を踏まえた上で、俺の昔話を聞いて欲しい」
今より十年近くも前の事、ローガスがまだ、マスターの下働きだった頃に遡る。
その年、リュンの両親が突然、行方不明となった。
だが、ローガスにとって事件はまだ他人事であり、なによりそれが最初の被害だっただけに、彼だけでなく、村の誰もが疑問を強くは抱かなかった。
しかしその翌年、事態は大きな変貌を遂げる。
「当時、俺には身重の妻がいた。暮らしぶりは、とても裕福とは言えなかったが……。それでも、帰るべき家と家族がありゃあ、それで良い」
当時の哀しみが不意に込み上げて、ローガスはポツリと、「それだけで良かったんだ……」と、苦しげな一言を短く挟んだ。
「ところが或る日、俺が仕事から帰ってみると、家の中に妻の姿はどこにもなかった」
「ソレデ、誘拐事件ってコトに?」
田衛文の推測に、マスターが話の流れを引き継いだ。
「いや、そこにはもう少し続きがある……。後日、村人が森を隈なく捜索した所、至る所で、衣服の切れ端や血痕が見付かった。そこで話は、獣の仕業だろうとの落ち着きを見せた訳だが……」
バカバカしいといった様子で、魔王が不意に口を挟む。
「獣だって? 田衛文、ここ数年、そういった野生動物を見たことあるかい?」
田衛文も話の筋を不審に思って、軽蔑感を顔に表した。
「ウウン、全然……。そりゃあ、ボク達が森に住み始めた頃は、獣の群れも相当な数だったけど、少なくとも此処十年くらいは、姿を見るのも稀なんだから」
だからこそ二人は、釣った魚や木の実などで飢えを凌いでいたのだ。
動物被害の説は、どう考えても辻褄が合わない。
魔王は反対意見を説明したうえで、こうも付け加えた。
「第一、身重の人が、わざわざ森に行くって流れがおかしいや。どうせ、一人で出歩いたような推測付きなんでしょ?」
勢いを取り戻したローガスが、魔王の疑問に大きく頷く。
「そうだ、俺だってそう思った……。いや、俺だけじゃない。他にも自警団の多くの連中が、その可能性を不審に思った。だから話は一転して、誘拐犯の擬装って線で騒がれる事になった」
こうして彼が自警団入りを決意してから三年後、まるで思い出したように、同様の事件が繰り返される。
このとき、ローガスの執念深い捜査はついに実を結び、過去三年のあいだに、事件・事故・移住と、いずれも何等かの理由で、村人が姿を消している共通点を突き止める。
そこでローガスは、試しに転居した人物を訪ねてみるも、その足取りは杳として掴めなかった。
「俺は、役場の資料を見て悟った。村を出た奴は、記録ではそうなってるだけで、本当は誰かに消されてるんだと……。そしてこの事件は、最初の事件を皮切りに、今も密かに進行し続けてるとな」
背後に不気味な計画が横たわっているのを感じて、田衛文が不安な表情となる。
「ソンナ……」
「まぁ、あくまで推測の範疇だがな」
形ばかりの言い訳を跨いだうえで、ローガスは本音を付け加えた。
「だからといって、単純に証拠がないとも捨て置けん。何故なら、役場での調査を境に、ちょくちょく俺を監視する気配を感じてな……」
「監視する気配? それもオッサン達の言う、村長派の仕業だと?」
「多分な……」
とローガスは口を濁してから、今度は打って変わって、砕けた調子で続きを語る。
「だからこの前、迷子のニルスからお前達の話を聞いた時は、正直、混乱したよ」
「実は村の外に、ちゃんと犯人が居たんじゃないかって?」
冗談混じりの指摘に、ローガスは口許を弛める。
「その通りなんだが、同時に妙だとも思った。もしも其奴が犯人なら、どうしてニルスを無事に帰したのか。それ以前に、なんでわざわざ村の近く、それも、森の中なんて怪しまれる場所に住んでるのか……。そこん所、マスターと一杯遣りながら相談していると……」
続く台詞を、マスターが痛恨の表情で口にする。
「あろう事か、あの悪ガキ二人が盗み聞きしてやがった……」
子供用の席の上で、田衛文の背筋がギョッと伸びた。
「悪ガキって、ログとトールのコト!?」
「ああ。ありがたいやら不安やら……。あの二人、俺達に協力するって言ったきり、こちらが止めるのを聞きやしない」
マスターの愚痴と入れ替わりに、ローガスがコップの酒を一気に呷り、痛快とでも云うように、フフッ……と明るく鼻を鳴らす。
「それで俺が、『それじゃあ、ニルスから詳しく聞いといてくれ』って頼んだら、なにを想ったか、まさか乗り込んで行くとは……。まったく非常識な奴等だ……」
「確かに非常識だったぞ。いきなり見ず知らずの人ん家に殴り込んで来るんだから……」
「デモ、あの二人にそんなカラクリがあったなんて……」
魔王と田衛文は奇妙な巡り合わせを実感して、空中の一点を静かに見つめる
二人は最初、ログとトールの事を、たんなる向こう見ずな少年としか考えていなかった。
ところがその実、外の世界から魔王達を引っぱり込むという、意外な大役を担っていたことになる。
(だとしたら、僕達の登場で、この事件になんらかの進展があっても不思議じゃない……)
そうした魔王の疑念を見越したうえで、ローガスは肘を横にずらし、二人の方へと身を乗りだす。
「さて、ここからが本題だ。最近、俺達を監視する奴が目立ってきた。なにより此処数日、村長の姿を見掛けない。とすると、今夜あたりに何かが起こる……。だからお前達には、夜中コッソリ、村長宅の見張りを頼みたいんだ」
あまりリュンには関わるな。
魔王は移住直後の警告が頭を掠めて、突っ慳貪に頼みを断る。
「嫌だね。どうせオッサンは、お姉さんのことも悪者だと思ってるんだろう?」
プイッと外方を向いた拍子に、田衛文がどす黒い闘気を全開にしてるのが見えた。
「ソウカ! ヤッパリあの女狐、なにかヤラしいコトを考えてたなぁ!!」
(疚しいの間違いだろう。なんか泣けてきた……)
それぞれ違った理由で棘のするどい想像を、マスターが呆れ顔で指摘する。
「そいつは二人の早合点だな。よく考えてもみろ。もしそれが真実だったら、彼女は自ら進んで、両親失踪の手助けをしてる事になる」
続けてローガスが、マスターの忠告に実体験を添えた。
「加えて言うと、夜中、俺たち自警団がリュンを見掛けたことは、只の一度もない」
「うぐっ! そいつは確かに変だぞ……」
魔王は調子外れに言葉を詰まらせると、顔を伏せて反省した。
知らず知らずの内に、本当は自分の方こそ、リュンに不信感を抱いていたようだ。
気まずさから口を閉ざす魔王に、マスターが自身の思惑を語る。
「こいつはあくまで推測なんだが……。これまでの状況から察するに、彼女は共謀する側よりも、むしろ、今度の事件の標的にされる可能性が高い」
「エエッ! 今夜、殺されちゃうってコト!?」
すると今度は、ローガスが手の甲を前にして、魔王を親指で指し示す。
「そして、その犯人をでっち上げるために、コイツを村へと招き入れた……。獣だ誘拐だと物騒な中、森から現れた不審者を受け入れること自体、どう考えてもおかしいだろう?」
(失礼な言い方だけど、確かに筋が通ってるや……。でもそうなると、そのあと僕をオズボーンから庇ってくれたのは、演技だって事になる。そんなの信じたくないなぁ……)
そうした魔王の気持ちを察してか、マスターがこうも付け加えた。
「もう一つの可能性として、お前さんが狙われる……っていうストレートな線もある」
「村の新入りが、田舎に飽きて出て行った……。森に住んでた奴が、田舎暮らしに嫌気が差すかは分からんが、理由なんざ、後でどうとでもなる」
僕の人生がエライ扱いだ……。
「でも、ソレって結局、魔王が集中的に狙われちゃってるじゃん。だったら尚更、出歩くなんて危ないヨ」
ローガスは顎を揺らして残念そうに息を吐くと、田衛文の正論を受け流した。
「そいつはこの際、諦めてくれ。お前さん達を警護してどうにかなるなら、俺達だって、とっくにそうしてるさ」
「ドウシテなのさ!」
肩を突っぱらせての猛抗議に、自信のなさの顕れなのか、マスターの答えは、ひどく歯切れが悪かった。
「それが……。どうやら向こうには、魔法があるみたいでな」
魔法と聞いて、専門家の魔王が興味顔を隣りへ移す。
「魔法って、たとえばどんな奴なんだい?」
「それが……。最初は決まって、真夜中に村長派の人間を見付ける。この時点では、単に相手も不審なだけで、向こうは『知り合いの所に行きます』の一点張り。それに対して自警団は、『危ないから早く帰れ』ってなもんさ」
「ふんふん……」
魔王の軽い相槌を受けて、ローガスは片手を前へと揺らしつつ、実しやかな口調で語る。
「当然、俺達もそれだけじゃあ済まさない。現場を押さえるため、対象を尾行する訳だ」
「なんだ、それなら難なく捕まえられそうじゃないか」
「いや、問題はむしろ其処からだ……。やつらは決まって、村はずれにある北西の森に入る。ところが、同じようにして追いかけてみても、どういう理屈か、必ず見失っちまうんだ」
つまらない横槍が入る前に、ローガスは説明をすばやく付け足す。
「当然、迷子になったって線はナシだぜ。あそこは昼間見た限りじゃ、ただの森だ。きっと奴等は、俺達が守る村の入口を避けて、どこか別の場所に向かったんだろう」
「フウゥン……。ジャア、森は関係ナイんだ」
そうして折角まとまり掛けた話を、マスターが新たな情報を加えて混ぜ返す。
「ところが自警団の一人が、そこで奇妙な体験をしたらしい。なんでも、森をまっすぐ突っ切った筈が、なぜか同じ場所に逆戻りしちまったとかでな……」
オズボーンとの戦いぶりを知ったうえで、ローガスが言外に答えを要求する。
「思うに俺は、人が居なくても発動する、特殊な魔法があるんじゃないかと睨んでるんだ」
下心を感じさせる言葉の選択に、魔王はいくらか不貞腐れた空気で返した。
「あるよ、配置型の魔法……。つまり、幻術を利用した結界魔法さ。耐性のない人は、夜は視界が利かない森なだけに、コロッと騙されちまうだろうね」
我が意を得たりの心境から、ローガスは、二人の方へと一膝乗りだす。
「お前達なら、なんとか出来るんじゃないかと思ってな……。どうだ?」
「確かにデキると思うケド……」
どうする、と田衛文が目で訴えてくる。
リンクを使うまでもなく、魔王は、彼女の言いたい事が手に取るように分かった。
彼とて今、底知れぬ不安を感じているのだから。
二人の心情を汲み取ってか、ローガスは善意に留めるべく大人しく引き下がった。
「まあ、無理にとは言わない。一応、夜にはお前達の家もしっかり見守るから、とりあえずは安心して良い。ただ、村全体を見回らなくちゃならんから、夜通しとまでは行かないからな」
(その間に誰か来たらお終いだし、魔法を使われたら、端からお手上げだって言いたいんだな)
無理強いしなかった事には共感できる。
もしも自分が相手の立場なら、同じような言い方をするつもりだ。
――直感で相手とぶつかる辺り、自分とローガスは、行動原理が似てるのかも知れない。
そしてその結果、相手がどう動くかも容易に想像が付く。
(自己嫌悪……してるだろうなぁ)
魔王は横目でチラリと様子を盗み見るが、ローガスはそんな心境を噯気にも出さず、再びコップに口を付ける。
まるでそうする事が、己の矜持であるかのように……。
話はそれきりなのか、誰も口を開こうとしない。
魔王が、さり気なく席を立った。
「うっし……。それじゃあ僕達は、そろそろお暇するよ」
「うん? ああ……。暗くならない内に早く帰るといい。俺は、もうしばらく此処に残る」
相棒に促されて、田衛文もピョンと席を離れた。
「ミルク、御馳走サマ~♪」
出入口へと向かう二人の背中に、マスターはハッキリとした声で告げる。
「また気が向いたら、いつでも来い。ウチは夜遅くまで営業してるからな」




