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23話

 ビストゥス村の南東部。

 まだ仮(かり)住(ず)まいの印象が強い家を離れて、西へと延びる畦(あぜ)道(みち)を行く。

 未舗装の踏み固められた地面を歩くたび、背中の籠(かご)で不揃いの果実がゴトゴトと揺れた。

「う~ん……」

 魔王は難しい顔で空を見上げて、不満そうに短く唸(うな)る。

 空には一塊の雲。ムッとした温(うん)気(き)を頬(ほほ)に感じて少しずつ首の角度を変えると、北の山岳地から、分厚い蔭(かげ)が押し寄せていた。

 じき、通り雨でも降るのかも知れない……。

 少し離れた右隣り、腰の後ろで手を組んで飛ぶ田衛文が、物言いたげな魔王の

様子に興味を示した。

「どうしたの? いきなり冴えない声なんか出しちゃって」

「いや……。なんか此処に来て急(きゅう)に醒めちゃったというか、ちょっと気が抜けたような感じでさ」

 魔王がうまく言えないでいると、一緒にアレコレと思案する田衛文が、突然ピコンと答えを閃く。

「それって多分、初めて村に来た時みたいなカンジ?」

「あっ。そう、ソレ! 結局、まだこの村に馴染んでないって言うか、ビストゥスの一員じゃないってのが、一番の理由なんだろうなぁ」

 せっかく納(おさ)まりの良い言葉が見付かって勢い付いたのに、魔王は再(ふたた)び物思いに

沈んでしまう。

 キッカケはオズボーンの言葉だ。

 自分がこの村に来たことで、隣国との政治的関係が悪化している。

 またそうかと思うと、本当の原因はフォルトの象徴である魔王ではなく、実質的には、北の空白地帯を巡る領有権争いだ。

 これでは一体なんのために、仲間の反対を押し切って戦争終結に踏み切ったのか分からない……。


 強い感情は時として、本人の意思を無視して相棒へと伝わる。

 田衛文は顔を正面に、目線だけを魔王へと向けて、ここ二十年、あえて口にはしなかった話題へと踏み込んだ。

「ネエ、先史文明人との戦いって、どうやって始まったの?」

 偶然にも、ボンヤリとした気分が、魔王の罪悪感に鍵(かぎ)を掛ける。

「ん? ああ……。キッカケは確か、空から巨大な鉄(てつ)の塊(かたまり)が降ってきた事だと思う」

 大(たい)陸(りく)間(かん)戦(せん)争(そう)。

 差別用語で言うところの人(じん)魔(ま)大(たい)戦(せん)は、先史文明人による、降(こう)下(か)艇(てい)を用いた電撃作戦から始まった。

 この奇襲攻撃に、戦う準備はおろか、自分達のほかに知的生命体が存在することすらロクに知らなかった大陸原住民は、まともに抵抗する暇もなく、魔王城のある大陸南東部へと必死で逃れた。

 だが、先史文明人の快進撃も長くは続かなかった。

 物資・人口の乏しさもさることながら、彼らは当時、魔法を使えなかったのである。

 やがて百年以上に渡る争いのほとんどは、大陸中央部での睨(にら)み合(あ)いによる小康状態へと移る。

「この頃になると、お互い知り得なかった情報や歴史を、人(ひと)伝(づて)に知るようになってね。いつしか戦いは二つの人種対立よりも、どちらがサンセベリア大陸を治めるに相応しいかっていう、覇権争いに移行(シフト)していったんだ」

「フウゥゥン。そうだったんだ……」

 今さら、どちらが先に手を出したのかは問題ではない。

 それら当然の主張は、相手国よりも政治的な力関係が勝(まさ)ってれば恫喝として機能し、立場が弱ければ正論は無視される。

 知的生命体は、いつの時代になろうとも野蛮なのだ。

「アッ、見て。もう少しだよ」

 田衛文の呼びかけで前を見ると、除草された広い土地に、大きな民家を営業向けに改築した高級感のある建物を見付けた。

 2人はマスターの指示通りに裏口から中へ入ると、従業員用の狭い通路を抜けて営業区画へと進む。

 店内は、”大人の隠れ家”といった表現がしっくり来(く)る空間だった。

 地元ビストゥスで作られた馴染(なじ)みある調度品と、過度な装飾を抑(おさ)えた手すりや棚の風(ふう)合(あ)い。

 壁と床には、ダークブラウンのニスの裏から木(もく)目(め)や年輪が力強く浮き出ているが、それが却(かえ)って店の落ち着いた雰囲気と絶妙に溶け合い、一種の重厚感を醸(かも)し出している。

 照明に目を移すと、壁にポツンポツンと点在する魔導灯の明かりが、店内の四(よ)隅(すみ)に適度な暗がりを生み出していた。

 光だけでなく、闇すらも安らぎとして調律された世界。

 感性はもちろん、都市部でも高価な魔導灯を備えているあたり、マスターが只者(ただもの)ではない事を想像させる。

 程良い酒精(しゅせい)と心地良い闇に唆(そそのか)されて、ローガスはまだ、二人の存在に気付かないようだった。

「やあ、どうもお待たせ」

 魔王が隣りの席に腰掛けると、ローガスは挨拶代わりにグラスを傾ける。

 ロックアイスがガラスの内側へとぶつかり、カランと澄んだ音を奏でた。

 この店には、魔導式の製氷機がある。魔王は少しだけ、その資金源が気になった。

「お前達か……。やけに遅かったな。悪いが、一杯やらせてもらってたぞ」

 深く染み染みとした声が、光と闇のあいだをボンヤリとた(・)ゆ(・)た(・)う(・)。

 魔王のすぐ左、カウンター前には、背の高い子供用の席が予(あらかじ)め用意されていた。

 田衛文は難なく定位置を見付けると、前のめりに視線を躱(かわ)して、不思議そうに

ローガスを見つめる。

「ドウシタの。ナンカ、いつもと様子が違うけど?」

「似合わんか? 俺にだって、こういった気分の時もあるさ」

 マスターはともかく、オッサンまで渋い。

 ひょっとして偽者とか?

 魔王は頭の中で奇妙な推理を組み立てて、相手の素性に探りを入れる。

「ヘヘン。そういえば僕、この歳で別荘持ちだい。凄いだろう」

「なにが別荘持ちだ。どうせ森の方はオンボロ小屋だろうが」

(瞬時にして減らず口とは……。これは間違いなく本物だぞ)

 無礼千万な身元確認も済んだ所で、魔王は真(ま)っ先(さき)に、自分の用件を果たすことにした。

「ほい、こいつはおっさんへのお土産だよ。今朝、森で採(と)れたばかりの野草と果実さ」

 ローガスは、足下の籠(カゴ)を突然(とつぜん)差し出す魔王の行動に、不思議そうな顔となった。

 自分の記憶では、顔を合わせるたびに口(くち)喧(げん)嘩(か)ばかりしていた筈(はず)だ。

「この俺にか? お前、本当に変わった奴だな。まあ、ありがたく貰(もら)っておこう」

(なんだか日(ひ)に日(ひ)に行儀よくなるなぁ。まさか、僕に気(・)があるとか……)

 魔王が非常に繊細(デリケート)な問題へ切り込もうとした時、カウンター越しにマスターが話し掛ける。

「そういや、正式に来店したのは、これが初めてだったな。一杯ぐらいは奢(おご)ってやるぜ。なにが好い?」

「マスター……」(キラキラキラ)

 魔王はマスターの中に、男なら誰でも一度は憧れよう、珠玉(しゅぎょく)のダンディズムを見た。

「チョット、魔王!?」

 隣りに座る田衛文が、魔王の肩を激しく揺さぶる。

 見ると、彼女の目は恐ろしく吊り上がっていた。

「なんだい、田衛文? まさか此処(ここ)は、座るだけで法外なチャージ料が掛かる、ぼったくり酒場(バー)だとか……」

「チガウよ! そうじゃなくて……」

 そうじゃないっていうなら、一体なんだろう。

 モゴモゴせずにハッキリ言って欲しいなぁ。

 眉を寄せて訝(いぶか)る魔王に、田衛文は顔を赤らめて打ち明ける。

「男(・)同(・)士(・)ナラ、アリだと思うヨ!」

「そのネタ、まだ続いてたんだ……」

 魔王が冷たく突き放すと、ほろ酔(よ)い気分のローガスが面白半分で話に加わる。

「カッハッハ! まぁ確かに、男の中にも、そうやってマスターに惚(ほ)れる奴は多いな。なにせこの人はな、昔、有名な賞金稼ぎだったんだ。その名も、パンチ・ザ・マスター……」

 イタズラ口調で拳(こぶし)を前に構えた表情は、妙にノリノリだ。

 まるで武勇伝でも始まりそうな雰囲気に、マスターが片手を左右に振って、昔話を煙(けむ)たがる。

「おいおい、勘弁してくれ。そんなの随分(ずいぶん)昔の話じゃないか」

 和(なご)やかな雰囲気の中、田衛文はマスターの言葉を糸口に、以前、店を訪れた時の約束を思い出す。

「そうだ……! 前に来た時、マスターはオズボーンのコト知ってたみたいだったけど、アレってどんな意味だったの?」

 この所、二度に渡って暴力行為を働くオズボーンは、新入りの魔王らにとっても、今や因縁浅からぬ関係である。

 しかし、ローガスとマスターは、彼ら以上に因縁深い間柄(あいだがら)なのか、懊悩(おうのう)するかのように口を閉ざした。

 呼び付けておいて、無視を決め込む訳にも行かない。

 マスターは出来る限り感情を抑えて、自身の経歴を二人に語った。

「今から大体、二十年くらい前のことだ。世界各地でまだ戦争が続いていた頃、俺とヤツは、同じ施設の拳(けん)闘(とう)奴隷だった。言ってみれば、今と同じ敵同士だな」

 敵同士という言葉が誤解を生みそうなので、マスターは一度、自身の感情を付け加える。

「だからといって、オズボーンを怨んだ憶えはない。そもそも自分の置かれた境遇、それ自体が怨めしいからな。生(せい)後(ご)間(ま)もなく親に捨てられた者。事情があって金で売られる者。一つ一つの怨みが重なり、やがては社会全体が憎らしく思える。人(ひ)間(と)一人に対する執念なんてものは、それに比べりゃ、ちっぽけに思えたもんさ」

 たった一人の人間に、社会全体の重圧を重すぎる。

 魔王はオズボーンの深層心理に、自分勝手な同情を抱(いだ)いた。

「それでオズボーンは、あんなに他人(ひと)を傷付けても平気なんだね……」

――それは本来、昔の自分に向けられるべき言葉だろう。

 マスターは口端を歪(ゆが)めると、取り繕いもせずに真実を語る。

「いや、そいつは違うな。村のみんながヤツをどう思ってるかは、想像に難(かた)くない。だが、当時の俺とアイツを比較すりゃあ、コインの裏表(うらおもて)といった表現がしっくり来(く)る。ガキの頃から扱(しご)かれてた俺は、その日(ひ)その日(ひ)を生きることで精一杯だった。だから試合中、故意にも偶然にも、対戦相手を死なせてしまう事なんてし(・)ょ(・)っ(・)ち(・)ゅ(・)う(・)有った」

 と此処(ここ)でマスターは一旦(いったん)口を閉ざし、サングラスの奥に隠れた視線を宙に彷徨(さまよ)わせた。

 その仕種は、当時のオズボーンを回想しているようにも見えるが、同時にまた、みずからが殺してきた対戦者に、懺(ざん)悔(げ)の黙祷を捧げているようにも取れた。

「だが、ヤツだけは違った。アイツはファイト中の事故死すらも頑(かたく)なに拒み、その為(ため)にわざわざ、棍棒を武器に選んだって逸話がある程だ。武器だけは昔のままだとしても、体型も性格も、俺には、当時のヤツとは似ても似付かぬ存在に思える」

「ソレじゃ、一体どうして今みたいになっちゃったの?」

 音(おと)一つない店内に、マスターの深い溜め息が揺れた。

「思い当たる事と言えば、今からだいたい十年くらい前……。俺がこの村に来て、五年ほど経(た)った時の出来事だな。当時はアイツも、まだ自警団の初代団長に納(おさ)まっていた」

「えっ、自警団の団長だって!?」

 魔王は思わず耳を疑うが、隣りでローガスが、不機嫌そうに黙っているのが好(い)い証拠である。

 マスターの言った事実に、偽(いつわ)りも誇張(こちょう)もありはしなかった。

「そうだ。自警団と言っても、他の村とも連携して、ンストゥルの広域警備を担(にな)ってたくらいだから、今よりも遙(はる)かに規模がデカイ。ところが或(あ)る時(とき)、城主が急にエルドラへと変わったことで、それまでエル・グラド領だったこの国は、一悶着の末(すえ)、フェルメンティア領に鞍(くら)替(が)えする事になった……。そこで怒り狂ったエル・グラド本国は、同盟諸国から鎮圧部隊を募(つの)り、ンストゥル全土を巻き込んだ一大紛争へと発展した」

 戦争と言うよりも、国王の交代劇を巡る、一時的な軍事衝突の意味合いが大きい。

 いや、そうあって欲しいと自分の心を落ち着かせて、魔王は固い表情で話の続きを求めた。

「それで、結局はどうなったんだい?」

「エルドラは辛(から)くもンストゥルを護り切った。だがその代償に、国境の村が丸々(まるまる)一つ壊滅しちまった。それが一体どんな影響を与えたかは分からんが、ヤツはそれを機(き)に団長の座を退(しりぞ)き、みずから進んでエルドラの手下になったのを憶えてる。あとはもう、お前達の知っての通りだ」

 魔王はオズボーンの来歴を聞いて、それまでの悪感情を改(あらた)める。

 リュンを連行した時、オズボーンは本当に、リュンとニルスを守ろうとしていたのかも知れない。

 魔王は話の続きを期待したが、さしものマスターもそれ以上は語るつもりはないのか、長く押し黙ったままである。

 代わりに彼は少し強引に、魔王と田衛文に飲み物を勧(すす)めた。

「さすがに俺も、少し喉(のど)が渇いたな……。お前達は何にする?」

(これ以上詮索(せんさく)するのも可哀想だし、折角だから、なにか注文でもしてみるかな……)

 魔王は暗い気持ちを切り替えて、田衛文と一緒にメニュー表へと目を通す。

 しかし、奢(おご)ると聞いて嬉しいものの、ここは酒場である。

 魔王と田衛文では、注文のしようがなかった。

「折角だけどさ、ボク達、お酒(さけ)飲まないんだよね」

「そうくると思って、一応、ミルクも用意してある」

「ヘェ~、ソンナのもあるんだ」

「子供が来ることは珍しいが、稀(まれ)に、家族連れの客も入店するからな」

 とは言え、手元にないのだろう。

 マスターは一度、奥の厨房へと引っ込んでしまった。

 こうしてマスターを待つ間(あいだ)、何をするでもなく椅子に座っていると、魔王はふと、隣りから奇妙な視線を感じた。

「なんだい、こっちをジロジロ見て」

「おお、済まんな……」

 ローガスはバツが悪そうに首を引っ込めて、すぐに正面へと向き直る。

 あまりに普段と様子が違うので、田衛文が心配になって声を掛けた。

「もしかして、ヨッパラってるの?」

「まさか……」

 ローガスの顔が自嘲に歪(ゆが)んだ。

 その様子が、『果たして喋(しゃべ)るべきだろうか』と、彼が今さらになって、これから語るべき事を躊躇(ちゅうちょ)してるように見えた。

(どうしよう。ここは僕のあり余(あま)る話力で、そこん所(ところ)、引きずり出してみるべきだろうか)

 そんな風(ふう)に魔王が思案していると、マスターが木のコップを両手にして厨房から戻ってきた。

「待たせたな」

「ヤタ~。いっただきまーす♪」

 話なら何時(いつ)でもできる。

 魔王も田衛文に倣(なら)って、コップに口を付けた。

 二人がチビチビとやってる間(あいだ)も、ローガスは相変わらず正面を向いたままだ。

 それを見かねたマスターが、ゆっくりと沈黙を破る。

「ローガス。そろそろ、ここに呼んだ理由を話したらどうだ?」

「ああ、そうだな……」

 ローガスは二度(にど)三(さん)度(ど)頷いてから、意を決して二人に顔を向ける。

「二人とも。少し、俺の話に付き合ってくれ。お前達には、どうしても話(はな)しとかなきゃならん事がある」

 ローガスは勿体ぶった口調で二人を釘付けにするも、よほど深刻な内容なのか、すぐには切り出さず、

「さて、何から話そうか……」

 と、視線を再び宙に彷徨(さまよ)わせた。

 苦しみにも似た懊悩(おうのう)。

 その理由を、マスターは知っているようだった。

「なんだったら、俺から話を付けようか?」

 ローガスは無言でそれに頷き、話の出番を相手に譲った。


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