19話
時が経つのは早いもので、二人がビストゥスに移住してから十五日が経過した。
この日は珍しく、田衛文とリュン、二人の休日と重なったこともあり、魔王は山の幸を取りに、早朝から森へと出掛けていた。
成果は上々。
背中の籠を山盛りに、魔王は村へと引き返し、役場前で急に嘯き始める。
「おや、ここは偶然にもお姉さんの家ではないか。あ~、困っちゃったな~。本当は、ローガスのおっさんとかに配るつもりだったのに……。でも、このまま素通りするのも気が引けちゃうぞ~」
というのは建前で、リュンと少しでもお近付きになりたい健気な下心が働いていた。
さらに言えば、邪魔者の田衛文が、ニルスと外出中なのを見越しての行動である。
「あ~、仕方ないな、仕方ないな~♪」
口だけは無精に、魔王はササッと裏口へと回り、迷うことなくコンコンとノックする。
少し間を置いて、余所行き用の軽快な返事が返ってきた。
「はぁ~い」
やがて、淀みなく戸が開かれる。
長方形の遮蔽を失った空間からは、狙い通り、リュンの姿が確認できた。
「こんにちは、だぞ」
緊張から妙な挨拶を口にする訪問者を、リュンは気さくな笑顔で迎える。
「あらマオウさん、こんにちは。今日はどうしたんです? 折角のお休みなのに」
(その折角のお休みだからこそ、お姉さんのために使うんだい!)
魔王は肩を斜めに傾けて、背中の籠を見せびらかす。
「コレさ。全部ではないけど、今までお世話になった御礼に……と思ってね」
「ふわぁ……」
籠に犇めくは、色取り取りの野草と果実。
中には、森でしか採れない貴重な食材もあり、リュンは初めて玩具に出会った
子供みたいに目を輝かせる。
「これ、一体どうしたんですか?」
「森で採って来たんだよ。なにせ、ここ最近は村で生活できたものだから、森の方はまったく手を付けてなくって……。御陰で今日は大収穫!」
事情は把握したものの、リュンとしては、素直に受け取って良いものか躊躇われた。
「でも、只で頂く訳には行きませんし……」
「えっと……。それじゃ、こっちがお金を支払って、引き取ってもらう事に?」
魔王が脊髄反射の提案を述べると、リュンは両手で笑みを隠す。
「フフフ……。違いますよ。それじゃまるで、廃品回収を頼むみたいじゃないですか」
確かにその通りだね。でも、こんな事を相手に言わせるなんて、お姉さんって、意外と貢がせるタイプなんだね。(モジモジ)
出会い頭の妄想が止まらない。
魔王は、相手の無自覚な恋愛技巧に身悶えていただけのつもりだったが、実際には、気持ちをバッチリ声に出していた。
――やっぱりこういった所だけは、簡単には受け容れられないなぁ……。
リュンは相手の奇行を、アハハ……と乾いた笑みで受け流すと、不意に名案を思い付いて、掌をパチリと打ち合わせる。
「好いこと思い付きました! 山菜などを頂く代わりに、私が作った物で宜しければ、一緒にお昼ご飯でもどうですか?」
「ええっ、そんなの悪いよぅ。遠慮しないと……。と思いつつ、素直に従ってしまう自分が悲しい!」
「ハイハイ、どうぞ」
リュンが気さくに中へと招くと、魔王は眉を顰めた嘘泣きを解いて、照れくさそうな足取りで勝手口を抜ける。
初日も含め、こうしてリュンの住む村長宅に上がるのは、これで二度目だ。
前回は外に野次馬、中には役場の職員を兼ねた使用人と騒がしかったのに、今日はシンと静まり返っている。
「あれれ。みんな、出掛けてるのかい?」
「ハイ。お手伝いさんはお休みで、ニルスは遊びに行ってます。村長さんは……。最近、お城の方によく出掛けてるみたいです」
「へえ、そうなんだ……。ニルスは知ってたけど、村長は城かぁ。きっと、偉そうな奴ら相手に、ヘイコラしてるに違いないぞ」
どうやらニルスの帰宅を待っていたようで、テーブルの上には、二人分の昼食が並んでいた。
「おっ、カボチャのスープか。コイツ、手間は掛かるけど、そのぶん美味しいんだよなぁ」
「ふふっ、お口に合えば好いんですけど……」
土手南瓜。
土手にのみ実る、防波堤色の皮が特徴的なサンセベリア大陸固有の野菜である。
「よっこらせっと……」
魔王はテーブル横に籠を下ろし、リュンの対面に腰掛けて、強気な発言で場を和ませる。
「なぁに、こっちは森育ちの悪食だからね。よほどのゲテモノでない限りは、どれも美味しく頂いちまうよ」
するとリュンが、意地悪な言い回しで魔王を追い詰める。
「それってつまり、誰がどんな風に作っても、自分には関係ないって事ですか?」
「ええっ!? そういう意味じゃないよ。ただ……。ホラ! お姉さんが作った物が、不味い訳ないだろうって……」
弁解の途中、リュンが上機嫌な様子で吹き出した。
「冗談ですよ、冗談……。マオウさんが言いたい事は分かってますから、気にしないで下さい」
「はぁ、冗談かぁ……。一瞬、思わぬ展開にビックリしたよ」
「ふふっ、ごめんなさい。ちょっと、からかってみたくなっただけです。気にせず、どんどん食べちゃって下さい」
気さくな笑みが目の前にある。
魔王は少しくすぐったい気持ちに駆られて、顔を伏せたままモゴモゴと返した。
「そ、そうなんだ……。それじゃ、遠慮なく頂きます」
魔王はぎこちなくスプーンを口に運ぶが、舌の上で広がるスープの味がイマイチ分からない。
それと言うのも此処最近、今のやりとりのように、リュンとの距離がグッと近付いている気がするのだ。
いっぽう、当のリュンは料理にまったく手を付けず、世間話を口にする。
「そういえば、マオウさんは聞きましたか? なんでも噂じゃ、あの魔王が復活したらしいって……」
「えっ!?」
魔王はショックのあまり、スプーンを床に落とした。
「あっ、落ちちゃいましたね」
驚きに凍り付く魔王に、リュンは卓上の小物入れから替えのスプーンを差し出した。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。きっと、いつもの偽物騒ぎに決まってますから」
「偽物騒ぎ……?」
リュンは子供のイタズラに手を焼くような、若干、困惑した表情で事情を語る。
魔王はその間、自身の動揺を悟られまいと足下のスプーンに手を伸ばして、緊張に固まった顔をテーブルの下に隠した。
「ええ……。犯罪者がとっさの偽名に使ったりとか、よくあるケースなんです。大体、マオウさんだって名前こそおんなじ読みでも、文献にある魔王とは似ても似付かないじゃないですか。それとおんなじ理屈で、『なんだ、そういう事か』って、いっつもすぐに萎むネタなんです」
「そうなんだ……」
魔王は椅子に座り直すと、沈んだ表情のまま、皿のスープを意味もなく掻き回す。
魔王の口数が急に減ったため、リュンは不審そうに相手を観察する。
やがて何を思ったか、ハッとするどく息を飲み、両手でスカートを防御。
顔を赤らめて、体裁悪くボソボソと尋ねる。
「もしかして…………、中、見ました?」
言ってる意味がよく分からない。
どうして彼女は椅子に座ったまま、モジモジとしてるのだろうか。
ポカンとする魔王に、リュンは瞳を据わらせて、今度は具体的に尋ねる。
「スカートの中、見ました?」
「えっ、嘘!? そんな事ってあるの? ちょっと確認してみるね」
再びテーブルの下に潜ると、ガツンと強い衝撃が顔面に走った。
「痛ててっ。なぜかは知らないけど、靴の裏しか見えなかったぞ」
顔を上げると、向かいの席で、敵意も露わに座り直すリュンの姿があった。
その後、自業自得とはいえ、食事のあいだはギスギスとした無言の時が続いた。
家に帰るのが遅れてるのか、ニルスはまだ帰ってこない……。




