17話
乾いた土の生活道を南に離れて、村の中心を十字に走る表通りにやってきた。
ビストゥス村の主要道とされるこの煉瓦道は、かつて、ンストゥル・ビストゥス村が蜜月関係にあった開拓期に舗装されたものである。
北の林野を貫いた先に首都・ンストゥルを臨み、南方には貿易相手国のルサン、西にはンストゥル国境のグルモーニア地方を控え、東の山林から大木を切り出しては、拓けた土地に農場を構えた。
やがてビストゥス原産の木工品と建材が国内で脚光を浴びると、村の機能は拡大し、それに伴って、それまで北西部にあった村役場は、現在の村落中心部へと移された。
こうした来歴の名残もあってか、表通りに並ぶ店の構えは、どこも観光客用に
見た目も宜しく、木組みの柱に煉瓦を貼り合わせ、屋根の一角に煙突を突き出した『妖精造り』と呼ばれる暖かみのある外観が多い。
それら幻想的な街並みを追って西へと進み、ビストゥス表通りの東地区、脇道と登り坂が織りなす十字路の手前に、ドビー・マルテルが経営する人気のパン屋があった。
さすがに食糧品店ともあって防虫対策は厳重で、ビストゥスは年中、気候が冷涼な事もあり、極力、窓を少なくしてある。
傾斜のゆるい防水板の屋根のそば、トレント杉で出来た立派な看板が庇の下に横掛けされて、タップリの墨汁で『パン屋』と朴訥に書き抜かれている。
以前、聞いた話によると、その達筆でありながら誰にでも読める一筆は、村長の力作だという。
いつか骨董屋にでも売りに出されそうな看板に目を奪われてから、先頭のリュンが、パン屋のドアに手を掛ける。
扉が開くと、上部に吊されていた来客を告げるベルが、チリンチリーンと清らかな音を奏でた。
「こんにちは~。マーサさんのお遣いで来ました~」
入店一番にリュンが用件を述べると、店の奥から、口髭をふんわりと蓄えた小太りオジサンが姿を現した。
やがてドビーは、ゆったりとした足取りでカウンターの裏側に立つと、まるで
自分の娘にでも話しかけるように、リュンの来店を柔和な笑みで歓迎する。
「やあ、いらっしゃい。待ってたよ、リュン」
森小屋から住居を移して数日、村での生活にも徐々に慣れてきたのか、田衛文と魔王が、リュンの背中の蔭からヒョッコリと顔を出した。
「オジちゃ~ん、こんにちは~♪ ボク達も手伝いに来たヨ」
「なんでも今回は、力仕事になりそうだって聞いてね」
茶目っけタップリの趣向に釣られて、ドビーもニコニコと顔を綻ばせる。
「アッハッハ! そいつは名案だよ。なにせ近頃は、この辺りも暖かくなってるし、冬とは違って物流も盛んになってくる時期だから、運ぶのにしたって荷車が必要だよ」
「だとすると、秋には物凄い量になりそうだね」
魔王が辟易とした様子で肩を竦めると、ドビーもそれに倣って、厄介そうに首を揺すった。
「そりゃそうさ。繁忙期にもなると、とても人力じゃあ無理だろうね。しかも、
一度に冬支度のぶんも運ぶから、道なりに多くの車列ができる。その両脇で金色の穂が風に揺れる様は、国内外から一枚の名画によく喩えられるよ」
ドビーは自慢げな空気で村の名物を語ると、急に苦みを含んだ笑顔で、話を混ぜ返す。
「まぁ、働いてるコッチは忙しすぎて、じっくり観賞なんて出来ないんだけどね」
「ヘエエェ……。ソンナに凄い景色なんだぁ」
田衛文が、空想の絶景に想いを馳せる。
鰯雲と夕焼けの対比性。
茜空の下を飛び交う、大陸固有種の雪蜻蛉が描く蒼白い軌跡。
そこには、枝葉に閉ざされた樹海とは違う、季節の移ろいと調和した動植物の息遣いが感じられた。
4人の間で会話が一瞬途切れると、店主のドビーが疑問の声を鳴らす。
「それにしても、どうしてウチに麦や雑穀の注文なんかを? 家畜の餌だったら、自前の畑や取引先からでも用意できたろうに」
微かな呆れと不思議さから、どうにも愚痴っぽく聞こえてしまう。
そもそも牛たちが口にするのは、広大な敷地に自生する牧草である。
ただし、これらは栄養価が低く、空腹を紛らわせる意図が強い。
商品価値の高い牛を生育するには、キチンと管理された餌が必要だ。
穀物、野菜、そして果実。
飲料水も、地下水では家畜の屎尿が大量に混じっているため、人間用の飲み水も含めて、全部、遠くの井戸や川から汲み出さなくてはならない。
「今度、モートンさんの所で新商品の開発がありますから、試験的に、色んな牛を育ててみるんです」
革鎧などの武具にするなら、牛革の素地は厚くて丈夫、それでいて大きめの物が好ましい。
それには乳牛よりも肉牛。理想で言えば、たとえ表面が傷だらけでも、筋肉質な役牛や野生牛の皮が上質だ。
こうした説明をリュンから聞いて、ドビーはようやく、マーサの意図を飲み込んだ。
「それでまず、ウチで選別した麦や、余り物の木の実を食わせてみようと考えたのか」
「ハイ。品種改良を繰り返すには、今より餌の質と飼育環境の改善が欠かせませんから、餌の中身も、人間の食べ物に似てくるんです」
リュンとドビーの掛け合いを聞いて、田衛文が不思議そうに『ウ~ン』と唸り、視線を斜め上に彷徨わせる。
「デモさ、市場と農園を見たカンジ、簡単な野菜以外は、小麦やお芋ばっかりだったけど、どうして他には何も作らないの?」
その質問に、ビストゥス在住組が、地理と生活基準の両面から答える。
「どういう訳か、ビストゥスは雨水が貯まりにくい場所なんです。だから、お米とかを作るのは無理なんですよ」
「本当は栄養価が高いから、作れるもんなら作りたいんだけどねぇ……。でも、保存や加工には向かないし、動物達の飼育には麦の方が手頃だからね。だから、主食も肉とパンだろう? でも変な話、それでビストゥスは食生活が独特で、パンの食事法に磨きが掛かったんだ」
カラッとした声で、ドビーが場の雰囲気を変える。
「ほらっ、ケースの中を見てごらん。余所では見掛けない物もあるだろう?」
ドビーの明るい声に促されて、魔王はその場にしゃがみ込む。
サッと移り変わる視界の中に、ほんの一瞬映り込む、陳列ケースの優雅な外観。
その基本構想は宮廷美術。
細長い本体の前面枠を平らに均し、内側へ向けて斜めにカッティングを施すことで、ケースの存在を額縁に見立てている。
素材本来のクリーム色に薄い白の塗装を加え、そこにニスの光沢を添えることで銀細工を模している。
太い枠の中心上部には、立体的な王冠の彫刻。
本体四隅を飾るのは、引き潮を象ったような曲線彫刻。
そして、ビストゥスでは滅多に見られないガラス製の引き戸。
見るからに、ンストゥルからの質流れ品に違いないが、ドビーにとっては自慢の商売道具と言えた。
魔王は、ガラスケースの中を右から左へと流れるように観察するうち、色とりどりの果実を挟んだ、楕円形の不格好な商品が目に留まった。
「コレが噂に聞く、宝飾果実のフルーツパンかぁ……。バターやジャムなら当たり前だけど、パンの切れ込みに固形物をこれでもかって添えるんだから、随分と思い切ったデザインにしたよね」
「あははははっ! そりゃ驚くだろう。実際、出した当初はゲテモノ扱いで、ご婦人がたから『食べ物を粗末にするな』って苦情が来たけど、子供達を中心に、口コミで人気が広がってね。今じゃ、この村のB級グルメだよ」
新商品の評判から、ドビーは不意に、村での魔王の評価を連想する。
「あっ、そうそう……。口コミと言ったら、魔王さんの人気も、どこかこの商品と部類が似てるね」
「えっ、このフルーツパンとかい?」
「だって、初めは村のみんなから、胡散くさい目で見られただろう? と言っても、あの時のボロボロな格好は、あとでログとトールのせいだって分かったんだけどね」
すると田衛文が、その時の光景を意地悪く懐かしむ。
「そういえば、ソンナ事もあったよね~。リュンなんか魔王のコト、『浮浪者の蓑虫!』とか言ってたし……」
恥ずかしさから、リュンが声を大にして抗議する。
「もうっ! そんなこと、いちいち思い出さないで下さい」
(クスン……。そんなこと言ってたなんて酷いや、お姉さん)
魔王が無言でしょぼくれる様子を見て、ドビーは再び朗らかに笑う。
「アハハハハ。そう落ち込まなくても良いじゃないか。そのあと身を挺して戦ってくれた御蔭で、自警団の人は助かったんだよ。あれでマオウさん、彼らの間じゃ、すっかり人気者でね。その場で何にも出来なかった男連中は、憧れてるくらいなんだから」
すると、ドビーの正面右、村人からの評価を知ったリュンの微笑みに、魔王への尊敬が一層募る。
「へえぇ……。モートンさんからもそうですけど、マオウさんって、男の人に人気があるんですね」
「ああっ、お姉さん! その言い方だと、僕が激しい誤解を受けちゃうぞ」
間を置かず、魔王の脳裡に、田衛文からのリンク映像が月額無料で配信される。
何故か、投げキッスのモートンを先頭に、褌野郎どもが魔王を乗せた御神輿担いでワッショイ×2してる所だった。
「魔王……。漢祭りはアリだと思う」(キラキラ)
「どうでも好いよ、そんな妄想……」
往年の記憶に喩えるなら、モンスターの放つ、軽い毒のような症状だ。
魔王は、恥ずかしいのと気持ち悪さに気分を害して、首を竦めたままゲンナリと肩を落とした。




