16話
数日後の朝、魔王と田衛文はリュンと一緒に、牧場関連の仕事をこなすため、
商店街へとやってきた。
午前中の予定は二つ。
まずは牛革の卸し先である服の仕立屋に出向いて、魔王が新商品の品質調査を行う。
それが終わると、近くのパン屋から、昼食用のパンと家畜用の飼料を受け取るのが目的である。
一行が仕立屋の前に来ると、まず初めに、入り口横の壁に描かれたメルヘンチックな一枚絵が目を引いた。
ゆったりとした緑色の服に、トンガリ帽子の天辺へ毛玉を付けた妖精さんが、
来店客にニッコリと微笑んでいる。
壁に沿って視線を上げると、軒下には『仕立屋モートン裁縫店』の看板が掲げられていた。
アーチ状の扉から中へ入ると、店の外観以上に、木の風合いが強く感じられた。
生木の色が目に映える床板に、うっすらと均一に引いた傷除けのワックス。
壁の所々に太い柱が浮かび、その周囲には木製の商品棚。
壁の出っ張りに、ハンガーを直接掛けた展示品もあった。
入り口正面のカウンター右に、サイズ調節を行う採寸台と、首から下の胸像模型が並んでいる。
そのまま上に注意を移すと、吹き抜けになった2階の奥に、生活用のスペースが見えた。
店のどこを探しても、高級家具の魔導灯はない。
梁の掛かった入り口上部、2階の奥座敷と同じ高さに、細い通路が壁に沿って
コの字型に走り、平たい窓板を全開にして、外光を最大限に採り込んでいた。
「こんにちは~♪」
田衛文が元気一杯に呼びかけると、工房へと続くカウンター奥のドアから、
金髪、痩せ形、ボブカットのオカマ店長・モートンが、クネクネしながら気持ち悪く出迎えてくれた。
「あ~ら、いらっしゃい。三人とも、よく来てくれたわね」
青ヒゲをうっすらと残したモートンが、カウンター奥で愛想を振りまく。
その内の多くが自身へ向けられたものだと気付いて、リュンは如才なく笑みを返した。
「どうも、ご無沙汰してます」
ペコリと礼儀正しく会釈する姿に、モートンはスナップを利かせた手首を上下に振り返す。
「なに謙遜なんかしちゃってるのよ。ご無沙汰どころか、あなたはウチの御得意さんよ。ほかのお客さんに比べたら、しょっちゅうじゃない」
すると、それまで仕事以外に接点のなかった魔王は、リュンの私生活に興味を示す。
「へえぇ……。お姉さんって、モートンさんのお店に結構来るんだね」
「へっ!? ええ。まぁ、ちょっとした事情が……」
リュンは恥ずかしそうに視線を逸らし、エプロンの内側で、上着の裾をモジモジと弄くり回す。
この動作は、彼女が照れたとき特有の癖なのだが、前掛けのエプロンではなく、内側のシャツを触ってるあたり、今回に限っては特別な意味が隠されていた。
リュンが恥じらう様子を見て、モートンは軽く眉を顰める。
「あら、魔王ちゃんったら嫌ねぇ。そんな野暮なこと、聞くもんじゃないわよ。
乙女には、色々と秘密が多いんだから……」
と、片手で頬を支えたポーズを解くと、タンタンと指先でカウンターを軽やかに軽打して、入り口近くの三人を招き寄せる。
「そんなことより、今日ここに来たのは、ア・タ・シ……のためでしょう? さっ、そんな所になんか居ないで、早くこっちにいらっしゃい♪」
唄うような口調に促されて、三人はカウンター前へと歩み寄る。
カウンターを挟んで、モートンの正面には魔王が、そこから一歩離れてリュンが左に並び、魔王のすぐ右の定位置に、田衛文がフヨフヨと浮かぶ。
三人が来店理由を思い出すと、本題繋がりで、田衛文の口から疑問が零れた。
「確か、鞣し革の加工とかって話だよね。ソレじゃ、今までは別の所で加工してたの?」
「アラッ。良い所に気付いたわね、田衛文ちゃん。だけどね、完全にって訳じゃないのよ」
モートンの返事の直後、リュンは僅かに首を引いて、田衛文と目線が合うように、魔王の左側頭部から視線を躱した。
「村でも一応、作ってはいるんですけど、あくまで自警団の方達が使う装備品や、余り物の処理として細々とやってるくらいなんです」
リュンの説明を聞いて、魔王は、初めて村に来たときのことを思い出す。
「そういえばローガスのオッサンも、鎧やブーツに革を使ってたっけ……」
「そうよ。でも、村で作るのって大変なんだから。人手であらかた脂肪を取り除いてから、何日間も川に晒して、取り残しを小魚に食べてもらうの」
不満たらたらの世間話に、リュンが素朴な疑問を挟む。
「あの……。脂って、そんなに邪魔者なんですか? 食堂では、けっこう重宝するんですけど」
「アラッ。それじゃあリュンは、コッチの仕事までは知らないのね? そりゃあもう厄介のなんのって、脂なんて、衣類には大敵よ」
話が大きく脱線しそうな勢いなので、田衛文がムリヤリ流れを引き戻す。
「ソレで、今までは何処に革を卸してたの?」
するとモートンは、職人気質が一層疼くのか、ブリブリと芝居がかった口調で返した。
「そりゃ、首都のンストゥルよ。でも、あそこの革はダ~メ。革を何層にも重ねて、上から叩き伸ばしてから一気に薬品漬けにするもんだから、傷も多いし、厚みだってまちまちなの。残り脂の欠陥品だってザラだわ」
モートンは一息に愚痴を吐き出すと、同意を求めるように、顎を反らして断言する。
「ホント、消耗品志向って嫌よね。日用品や警備用の革鎧なら、ウチの方が断然、高級品なんだから!」
「なるほど。それで今回は、新商品の投入で勝負を掛けようって訳だね」
魔王の相槌を聞いて、モートンはハッと我に返る。
「そうそう、ソレよ! 今回はそのために、わざわざマオウちゃん達を呼んだんじゃない」
ホホホホ……、と仕切り直しの笑みを立てると、モートンは一旦、うしろのドアを抜けて工房へと引っ込んでしまう。
やがて、一抱えにした牛革をカウンターの上に数枚並べると、ゆっくりと勿体ぶった口調で呼びかける。
「コレ、見てちょうだい」
そう語る彼女(?)の瞳には、否定されない事を確信する、挑戦的な光が浮かんでいた。
「どうかしら、試しにウチで作ってみたんだけど」
久しく忘れていた、肌の上を走るヒリヒリとした感覚。
魔王は自分でも知らない内に、普段の間抜けさとは程遠い、大胆不敵で精悍な笑みを浮かべた。
右隣りの田衛文が、魔王の凛々しい空気に気付いて色めき立つ。
「珍しい……。魔王が本気にナッテル♪」
確認のため、一枚だけ手にとって確かめてみる。
御丁寧にも擦過防止のため、それぞれの革の間に、敷き布が噛ませてあった。
表・裏と、その出来映えに注意を走らせてから、魔王が素直に称賛する。
「へえ……。こいつは凄いや。傷もほとんど見当たらないし、厚みも均一。文句を言ってただけあって、残り脂の染みだってない」
さっきまでの態度と言い、敷き布を挟み込んだ気配りと言い、恐ろしく気合いが入っている。
ただし、この程度の造りであれば及第点レベルだ。
魔王は表情をキリリと整えると、職人稼業お決まりの意地悪な要求でモートンを追い込む。
「試しに一回、思い切り引っ張ってみても良いかい?」
モートンは動じるどころか、涼しい顔で右手をヒラヒラと翻す。
「ハイハイ、どうぞ」
「んぎぎぎぎぎぎ……!! ふうぅ、駄目だ。ビクともしないや」
魔王が両手で力一杯に引っぱってみるが、鞣し革の端っこが僅かに歪んだ程度である。
「凄いんですね。革って、そんなに丈夫なんですか?」
感心したリュンが、軽く開けた口の前へと片手を立てる。
同じく、高品質の仕上がりに目を瞠る田衛文が、誤解を含んだ表現に訂正を添えた。
「引っ掻き傷には弱い代わりに、伸縮性の御蔭で千切れにくいから、カラダを動かす現場には持ってこいなんだよ」
「おまけに軽くて、衝撃にも強いからね……。ハア、コイツは参った。もしかして、これが普段の方法で作ってる奴かい?」
魔王が草臥れた様子で試作品をカウンターの上に戻すと、モートンは両手を左右に広げた大仰な動作で否定する。
「とんでもない! それこそ新技術の導入……というより、ンストゥルの工法を盗用ったのよ。さっき言ってた、薬品処理ってヤツの所だけね」
ここだけの話……みたいに、モートンはタラコ唇の横に片手を立てて、前屈みの姿勢で声量を抑える。
「というのも、ウチは端から人手が少ないでしょ? だから生産速度を上げたぶん、数の勝負は捨てて、品質向上に努めたって訳。コレで新しい特産品は戴きよ!」
モートンは内緒話の手付きを変えて、脇をキュッと締めたガッツポーズを決める。
自信満々の態度からも分かる通り、恐らく此処に至るまでの間、裏方の職人達とも相当に話を詰めていたみたいだ。
野心的な試みの中にも、適度な慎重さが窺えて、魔王はモートンの掲げる理想にすんなりと同意した。
「うん。それについては、僕も太鼓判を押すよ。あとはどうせなら、着色とかもやってみたらどうかな? けっこう良い線行くと思うよ」
「マオウちゃんも、やっぱりそう思う?」
オカマのモートンが期待に顔を近付けるが、剃り残しの青髭がドアップになって、ひどく不気味だ。
今にもキスされそうな勢いに、苦笑の魔王が両手を前へと翳して、それ以上の
接近を阻んだ。
「うん……。買い手なら、すぐに付くと思う。思い切って、南のルサンはどうかな? 国外の方が、高く買い取ってくれそうな気がするけど……」
どんぴしゃの部分を掴んだ指摘が、モートンのやる気に拍車を掛けた。
「そこよ。あそこったら鉱物資源は豊かだし、工業製品や民芸品は盛んだけど、
食糧品や衣類の生産は今イチでしょ? だったらビストゥスの革と鉄鋼品を交換して、それを国境のグルモーニアに届ける交易なんかも成立するんじゃないかしら」
魔王がよく知る世界情勢と言えば、先史文明人が大陸全土で権威を振るうより前、二十年も昔のことだ。
話の流れがンストゥル国内を離れたのを機に、魔王が商談を切り上げた。
「そこまで計画が進んでるんなら、僕に助言できることは、もう無さそうだね。いっそのこと、今すぐ村長に話して、国を動かしてみるってのはどうだい? ビストゥスは、臨時の徴税とかで相当痛めつけられてるみたいだから、場合によっちゃ、今より楽な条件を引き出せるかも知れないよ」
「ウフフ……。そうね、分かった。早速やってみる♪」
話が一区切りした所で、田衛文は魔王に行動を促す。
「ソレじゃ、次のトコ行く?」
「うん、そうだね。それじゃ、また何か面白い話があったら、僕にも聞かせてよ。いつでも相談に乗るから」
「ハイハイ、期待してるわ~♪」
片手を振って愛想よく三人を見送ろうとするモートンに、付き添いのリュンが、他人行儀にペコリとお辞儀する。
「それじゃあ、今日はこれで失礼します」
革製品の需要が高まれば、必然的に飼育頭数と解体手順にも、今より高い水準を要求される。
もちろん、その分の餌の量にも注意が必要だ。
三人は品質調査ついでの意見交換を済ませると、次の目的地であるドビーのパン屋を目指した。




