15話
門を過ぎると、朝露を弾く雄大な牧草地が2人を待っていた。
勾配の緩やかな登り坂の先、小高い丘の頂で足をとめると、一陣の冷たい風が、草原をサラサラと駆けてゆく。
2人は一度、空き家に寄って荷物を置くと、記憶を頼りに牧場を目指す。
その束の間、魔王と田衛文は、豊かな自然の息づかいに身を委ねていた。
だがしかし、その状況は一変した。
食堂で二人を待っていたのは、無惨に切り裂かれた肉片と、鼻を突く色濃い
液体……。
突然の出来事に、魔王が沈痛な面持ちで言葉を紡ぐ
「一体なんで、こうなってしまったんだ……」
すると魔王のすぐ隣りで、中年女性が片手を腰に当てて、呆れ顔となる。
「なに言ってるんだい。昨日、御馳走してやるって言ったじゃないのさ」
(う~ん。そうだった×2……。だから僕達は、こうしてお腹を空かせてきたんだっけ)
正面に座る田衛文が、切り裂かれた牛肉に色濃い液体を絡めて、ヒョイパクッと上機嫌に口へと放り込む。
「んグんグ、プハ~……。御馳走サマ、おばちゃん。ホント、美味しかったヨ♪」
「アハハ、どう致しまして。しっかし、小さいのによく食べるねぇ」
マーサと同じく、魔王も『デカ盛りメニュー』が綺麗に片付けられた皿を見て、目を丸くする。
「まったくだよ。体長は僕の半分以下だってのに、同じ量を食べるって、一体どういう仕組みだい?」
「ダッテ、最近全然、お肉食べてナイんだモン……」
「……まぁ、それについては僕も同感かな。今の内に、しっかり栄養を付けとかなくちゃね」
田衛文の言葉に同意して、魔王も忙しなくフォークを動かす。
やがて二人の食事が済むと、気持ちがだらけない内にマーサが声を掛けた。
「さてと……。早速で悪いんだけど、仕事を見て回る前に、ひとつ御遣いを頼もうかねぇ」
マーサが一枚のメモを魔王へ手渡し、テーブル横に、肉と野菜をこんもりと入れた籠を置く。
「昨日の騒ぎで、注文の品をすっかり渡しそびれちまってねぇ。悪いけど一歩きして、商品を渡しに行ってくれないかい?」
メモには、商店街から西に離れた酒場と、主人の『マスター』なる人物の名が記されていた。
「よ~し……。それなら、腹ごなしにちょっと歩いて行こうか、田衛文」
「ウン、そうしよ♪ ソレじゃマーサさん、ボク達、行ってくるネ~♪」
「あいよ。途中で道草食うんじゃないよ」
魔王と田衛文は、お遣い独特のゆったりとした雰囲気で送り出されて、酒場を目指した。
歩くこと15分、目的の店はビストゥス南西、周囲の町並みから孤立するように建っていた。
一般家屋の6倍の面積はあろう、その建物の入り口は、左右一枚ずつの扉に真鍮製の棒状把っ手が縦に一本走り、さながら富裕層が通うカジノを思わせた。
周囲の店や住宅を避けて建っているのも、静かな癒しを求めてのことである。
当然、一般商店と違って夜が書き入れ時なのだから、酒場は閉まっていた。
どうしたもんかと魔王が立ち尽くしていると、店の裏手に回った田衛文が、正面入り口にグルッと引き返してきた。
「ヤッパリ居たヨ♪ ちょうど、ゴミを出してたみたい」
彼女の説明に続いて、店の角から低音の旋律めいた声が、魔王の鼓膜を刺激した。
「よう……。わざわざ来て貰ったってのに、閉店中で悪かったな」
ニカッと笑って愛想を振りまく大男に、魔王が『ビクゥ!』と震えあがる。
身の丈は、魔王の頭ひとつ上。
手足は、黒いスーツの下からでも分かる程、筋肉で絶妙に引き締まっている。
黄土色の長髪をオールバックに、止めとばかりにサングラスを掛けた装いは、全ての客を敵として迎えるに相応しい出で立ちだった。
俗に言う、あなたの街の殺し屋さんである。
魔王は、反射的にピョンピョンと垂直跳びをしつつ、しどろもどろに、意味不明な言葉を口走る。
「マ、マフィア!? すみません。僕は今、お金、持ってないんです。ホラ、この通り……」
すると大男は、厳つい外見に似合わず、しゅんと肩を落として哀愁に染まる。
実はつい先程、店の裏手で田衛文に『サンセベリア湾に沈めるのだけは……』と怖がられたばかりなのである。
田衛門は、自分の事は棚に上げて、魔王の早とちりを注意する。
「ホラッ、よく見なよ……。このヒト、その筋の人間なんかじゃないよ。服ダッテ、酒場の店員がよく着てるギャルソンタイプでしょ!」
「あっ、本当だ……。って事は、この人がお届け先の『マスターさん』かい?」
2人が正気に戻ると、酒場のマスターは、落ち込んだ表情を営業スマイルにムリヤリ整える。
「まぁ、そういうこった……。俺の名はマスター。その名の通り、この店の主人をしている。どうやらマーサの所から、注文の品を持って来てくれたみたいだな」
ぶっきらぼうな口調だが、悪意のようなものは感じられない。
(ひょっとして、単なる不器用さんなのかもね……)
魔王はすぐに安心して、背中の籠を相手に預けた。
「うん、そうだよ。たぶん、これで間違いないと思う」
マスターは、幾分フレンドリーになった魔王から籠を受け取ると、伝票と中身の品を確認しつつ、世間話を切り出す。
「そういや、噂で聞いたぜ。なんでも昨日、オズボーンと殺り合ったらしいじゃねえか」
無様な結果を思い出して、魔王は固い表情となる。
「あの太っちょめ、魔法と武器を同時に使うだなんて……。いま考えてみたら、相手は相当な手練れじゃないか。なんだって、エルドラみたいな奴に従ってるんだか」
悔しげな魔王に感化されて、田衛文が鼻息を荒ます。
「大丈夫! 今度来たら、ボクが魔法を掻き消して、ボッコボコにしてやるんだ
カラ!」
すると、注文品の確認を終えたマスターは、気の迷いから口を開いた。
「そうか……。実は俺も、あの男とは、ちょっと因縁があってな。今度、時間があったら、ヤツの事を教えてやるよ」
スッ……、と隙のない動きで立ち上がると、マスターは二人に背を向けた。
「エッ? 因縁って……。マスターも、オズボーンってヤツに借りでもあるの?」
田衛文がその背に疑問を投げるが、今のところ、彼にはそれ以上、話す気はないらしく、
「まぁな……」
と短く告げただけで、店の裏口に姿を消した。
昼をやや過ぎた頃、ようやく作業に一段落が付いた魔王と田衛文は、雑貨屋に
併設された食堂に入る。
食堂は本来、来客のみが使用を許された営業区域なのだが、季節外れの春は、村を訪れる旅人が少なく、なにより、この村独特の大らかさもあって、昼時には労働者達にも解放されていた。
敷地の南半分を食事スペースが占め、北側が厨房及び、乳製品や肉の販売を行う店舗になっている。
ついでに労働者用の昼食も受け付けているので、なかば社員食堂みたいな空気であった。
二人は事前に注文しておいた昼食皿へと手を伸ばし、一番奥のスペースへと腰を落ち着かせる。
「ふいぃぃぃ、やっと午前の仕事が終わったぞ。なにせ、経歴を隠しながらの作業だったから、普段よりも疲れちまったよ……」
「ウン、そうだね……。あんまり手際がイイと、色々と過去を詮索されちゃうし、ボクの場合、ハデに魔法を使っただけで注目されちゃうもん」
反省点を挙げる2人の対面で、食器がカチャリと音を立てた。
「あの、ご一緒しても良いですか?」
音の主はリュンであった。
別段、断る理由も特にないため、田衛文は警戒混じりに承諾する。
「ん、イイよ。ボク達の前、空いてるし……」
「ありがとうございます」
「それじゃ、アタシも混ぜてもらおうかしらね」
一応、許可を取ってから腰を下ろすリュンに対し、その横にドシンと遠慮なく
陣取るマーサ。
うまい具合に顔触れが整った所で、魔王が手際よく、全員分の肉を金網へと並べる。
いっぽう田衛文は、対面の二人に見えないよう、焼き網の下で素早く細工を施して、『シュボッ!』と一撃、火属性の魔法で着火させる。
動物脂をもとにした固形燃料に引火し、熱が徐々に炭へと伝導していった。
「エッ、一瞬で火が!? 今の、どうやって火を点けたんですか?」
普段ならば、種火の炎が持続するまで、細々とした手順と時間が必要だ。
だからこそ、今の魔王達のように、食事時には3人4人と相席して役割分担するのが通例である。
突然の出来事に戸惑うリュンを見て、マーサが大口を開けて豪快に笑った。
「アハハ、リュンも驚いたろう? まぁ、そりゃ当然だろうねぇ。私だって初めて見たときゃ、目ん玉飛び出るかと思ったよ」
田衛文は真正面から讃辞を浴びて、照れくさそうにはにかんだ。
「エヘヘ、そうだよね……。なにせ、ボクが今やった火の点け方って、チョットしたコツが必要だもんね」
コツと聞いて、リュンが強い関心を魔王に向ける。
「それじゃあ、普通の人はできないんですか?」
「うん。魔法って聞くとなんでも出来るイメージだけど、実際の所、ちゃんとした条件が整わないと成立しない、けっこう不安定なものなんだよ」
魔法原理は、大きく三つ分類される。
一つは、対生物用の《火・水・雷・音・幻術》の5属性。
二つ目は、物質操作を行う《土・風・念動 》の3属性。
最後に、肉体強化や探知魔法が属する、未解明分野の《準魔法》がある。
ただし田衛文の着火方式は、火属性の魔法原理を超越している。
なぜなら、魔法で可視化された炎は、術者のイメージと被害者の防御反応が組み合わさった立体映像だからである。
先述の通り、魔法とは、対象の魔力を暴走させる事で成り立つ遠隔攻撃である。
そのため術者は、相手の魔力を制御しようと念を送り、被害者はその時のダメージを少しでも外へ逃がそうと、立体映像としてエネルギーを浪費させるのだ。
また、魔法の効果範囲は、先の原理とは別に、こちらも三つのパターンに分けられる。
対人用の《個人詠唱》。
周囲の環境を変化させる《周辺魔法》。
過去数回だけ使用が確認された、軍事用の《集団魔法》。
このうち周辺魔法だけは、魔力の分散が激しく攻撃性能に乏しいものの、水を凍らせたり、魔力を含んだガスや油を燃焼させるといったトリッキーな使い方ができる。
こうして魔王が補足事項を語り終えると、リュンは何やら思う所があるのか、細く整った顎先に人差し指を当てて、「う~ん……」と深く考え込んだ。
やがて、魔王の解説と現実のギャップに理解が追い着いたのか、新たな疑問を投げかけた。
「でも、本来、炭って燃えにくい物じゃないですか。その説明だと、いくら脂を使ったところで、田衛文さんがやったように、炭の中にまで熱を加えるのは、難しいんじゃないですか?」
「むうぅぅ……。痛い所を突いてくるなぁ」
どんな物事にも、必ず例外というものがある。
たとえば今の火属性の場合、その上位種に当たる炎属性であれば、自身の魔力を圧縮することで、実体のある炎を生み出せる。
ただしそれには、かなりの高度な魔法操作技術 ― 魔力操技を必要とするうえ、田衛文が得意とする雷属性とも異なっていた。
……と、ここで魔王は自制心を働かせて、人間離れした見識を、意地悪な言動ではぐらかした。
「まっ、そこから先は悪いけど、僕達二人の秘密という事にしとくよ……」
調子に乗って喋りすぎると、自分がフォルトの象徴だと分かってしまうからだ。
しかし田衛文は、魔王の意味深発言に気を取られて、勝手に妄想を膨らませる。
「エッ!? ボクと魔王だけのヒミツだなんて……。デヘデヘ、卑猥だなぁ♪」
(違うって……)
説明を聞いて、一層謎が深まっただけに、リュンの好奇心は止まらない。
いつかマーサに見せた、上目づかいのおねだりが魔王に迫る!
「そんなぁ……。意地悪しないで下さいよ」
(ゾクゾクゥ! これは、なんという破壊力なんだ。おっさん、もう辛抱堪らんばい!)
半瞬も保たず口を割ろうとした時、折よくマーサが割り込んでくる。
「しっかし、嬢ちゃんも凄いねえ。一体いつ、あんな事ができるようになったんだい?」
誓った傍からボロを出す訳にも行かず、田衛文が無難な言い訳で逃れる。
「ウ~ン、いつって言われても……。強いて言うなら、森に住んでるうちに、自然とデキるようになったって感じかな? 特に、狩りの御陰でさ」
田衛文の答えが引き金となって、マーサの関心が余所へと移った。
「ああ、それでかい! 道理で、肉の解体なんて仕事、自分から頼むもんだよ」
田衛文では、力仕事に不向きである。
リュンは消去法を元に、マーサの言葉に目星を付けた。
「解体って、もしかしてマオウさんの仕事って、動物の……なんですか?」
食事中ともあって、リュンが折角、生々しい表現を控えたのに、マーサはお節介にも、そのものズバリを言ってのける。
「そうなんだよ。家畜を捌くやつ……。長らくアタシがやってたんだけど、まさか、自分から引き受けてくれる子がいるなんて、夢にも思わなかったよ」
それからしばらく、マーサが肉の選別や、骨と内臓を切り分ける手際を褒め、
魔王がそれに謙遜するやりとりが続いた。
まさか、『前大戦で死体を腐るほど扱って、もう慣れました』などと、言える訳もない。
こうした食欲減退を催す話にも関わらず、魔王の対面に座るリュンは、黙々と
食事を続けながらも、その内容にしっかりと耳を傾ける。
いつしか彼女の視線には、魔王に対する尊敬の念が混じっていた。
「でも、そういった仕事って、みんながすぐに嫌がるのに……。私、感心します……」
嗚呼、御姉さんの視線が暖かい……。
もっと……。もっと僕を見てぇ!(←軽くトリップ気味)
「ムムッ!」
リュンのお世辞に頬を弛める魔王を見て、田衛文の警戒レベルが、一気に跳ね上がった。
スケベ目MAXの魔王だけならまだしも、昨日の鉄面皮から一転、今日のリュンからは、どこか打ち解けた感じがあるのだ。
魔王ストーカー会員(略して、ストー会員)ナンバー001(現在、会員一名)としては、看過できぬ事態である。
なにより、田衛文の乙女ドライブが告げているのだ。
この女、絶対敵になると。
しかし、マーサにそんな乙女ドライブは存在しない。
あるのは、目の前の男が『働き者か否か』のおばさんドライブか、昔懐かしのメ○ドライブくらいである。
「アタシも同感だよ。それに、アンタの作ったこの味付けも、ちょっと変わってるけど、結構イケるじゃないか。残念だねぇ……。アタシも、もう少し若かったら、アンタと……」
「どうにもならないぞ!」
(まったく、油断も隙もない人だ。16ビット級の御世辞の中に、サラッと致死魔法を混ぜ込むなんて……)
魔王が一人、精神世界での死闘に打ち勝った頃、対面のリュンが、昼食を終えて席を立つ。
「あれれ、もう終わったのかい? って言うか、僕が全然食べてないだけか!」
「マオウさん、ずっと喋ってましたからね。私、その間、ずっと食べてましたし……」
(嗚呼……。お姉さんの声から、なんだか艶っぽい親しみを感じる。僕の事も食べて欲しい……)
頭のほうが激しく重傷な魔王を置いて、マーサも食事を終えた。
二人は、ほぼ同時に席から立ち上がる。
「さて、そろそろ仕事に戻ろうかね。あんまり嬢ちゃんに、店番とかを押し付けるのも悪いし」
「エ~、別にイイよ。だってあそこ、お仕事しながら、色んな物を鑑賞できるんだもん♪」
「ハハハ、そいつは頼もしいねぇ」
リュンとマーサの反応からするに、初日の前半にしては、二人の仕事ぶりは大健闘と言えた。
気力・体力・魔力ともに、毎日こうは行かないが、自身の働きぶりを示すには、これくらいがちょうど良いのかも知れない。
もっとも、大陸の恐怖から一転、肉切りの達人という順序の魅せ方には、大いに疑問が残る所だが……。
冷静な判断力を取り戻しつつある魔王へ、リュンが柔和に微笑みかける。
「それじゃあ、私は仕事に戻ります。マオウさんと田衛文さんも、残りのお仕事、頑張って下さいね」
「うん、お姉さんもね。今度時間があったら、そっちの方も手伝いに行くから」
素直な魔王と違って、ライバル意識が芽生えた田衛文は、ツンとした反応である。
「ム~……。言われなくっても頑張るよ」
二人が返事をすると、リュンとマーサは食器を下げに、厨房へと去っていった。
魔王はしばし、立ち去るリュンのエプロン姿にだらしなく目を細めながら、色っぽい声で褒められた、トキメキな脳内記憶を延々とリピート再生する。
「…………ウヘウヘ♪」
「なぁ~に、デレデレしてんの!!」 (ゲシッ!)
痛いぞ。魔王はダメージを受けてしまった、っと……。
「って、いきなり蹴るなんて酷いじゃないか。僕が何をしたって言うのさ」
魔王が抗議すると、田衛文は不機嫌さを隠そうともせず、プイッと外方を向く。
「フン! 自分の胸に聞いてみたら!」
魔王は、フッ……と軽く鼻を鳴らして一蹴する。
「なにを言い出すかと思えば……。僕の胸は喋ったりしないぞ」
『ジュウウゥゥ……』
「熱ちち! あとでコッテリ食べる気もない癖に、僕に焼き印なんか付けちゃ駄目だぞ!」
少し御灸(炭?)を据えてから、田衛文は食器の後片付けをしつつ、それまでとは違う優しい呼び掛けで魔王を急かす。
「ホラ。はやく仕事に戻らないと、みんな困っちゃうよ」
すると魔王は、母親に悪さを見付けられたような心境で、パッと瞬時に動きが固まる。
「まさか、自分だけ先に行っちゃう気かい? 終わるまで待っててくれよぅ……」
「ヤ~ダヨ~♪」
意地悪く突き放す田衛文だが、なんだかんだ言って、結局は、魔王が食べ終わるまで待っていた。
(今度、お礼に何か買ってあげよう。うん……)




