14話
広く、赤茶けた洞窟内。
垂直に打ち立てられた丸太に手足を縛られ、まったく身動きが取れない状態にいた。
同じ祭壇の離れた位置に、同様の状態で夫も囚われている。
死は免れない……。
「貴様達は、我等が神、※※※様復活の生贄に捧げられるのだ」
茫洋とした反響のせいか、相手の声がハッキリとせず、目に映る光景も不思議と定かではない。
目の前にいる黒ローブの素顔も、まるで千切り取られた絵のように、そこだけ
ベットリとした闇が重なっている。
「なぜ、こんな事をしなくてはいけないの! ※※※とは何?」
「死と苦痛の神……。人の苦悲を糧として成長する、冥府の王」
ローブの男はそれだけ言うと、手にしたナイフで『私の』喉を切り裂いた。
身動ぎに合わせて、胸元のペンダントが小さく揺れる。
「~~~~~~~!!」
夫は私の名を叫んだのだろう。
しかし、もう何も分からない。
嗚呼……。私の夫は生きたまま、心臓を抉り取られている!!
(ゴメンね、みんな。お母さん達は、もう…………)
『……………………』
そこでようやく田衛文は、自分の意識へと戻された。
それでもまだ、視界は闇の中を彷徨っている。
(コレも夢なのカナ……)
何気なく思い浮かべた疑問の先に、いつか魔王の話にあった、少女の声が待っていた。
「あなた達なら、この行いを止められる筈です。田衛文……」
(アレ? この声、いったい誰のだっけ……。確か、ずっと以前に聞いたような……)
やがて、田衛文の意識が完全に暗転する。
翌朝、魔王と田衛文は日用品を携えて、ビストゥスへと通じる森の道をダラダラと歩いていた。
視界を占めるのは、樹々の葉を透かして緑に色付く幻想的な風景なのに、そこを歩く二人の顔は、ひどく沈んでいる。
「それじゃあ、田衛文もあの夢を見たってのかい!?」
「ウン。この前は疑っちゃってゴメンネ」
田衛文はたどたどしく空中を飛びながら、しょんぼりと肩を落とした。
二人二晩、立て続けの奇妙な夢。
これはどう考えても、偶然とは思えない。
サクッサクッと雑草を踏み分けながら、魔王はそこに暗示めいたものを感じる。
「勘繰るとしたら、今、僕たちの周りで不思議な事が起きていて、誰かが救けを求めてるって事だよね」
「でも、相手はわざわざボク達を選んでるんでしょ? だったらなんで直接、『救けて』って言いに来ないのかな?」
「僕も、肝心のそこが分からないから気味が悪いんだ」
結局は、具体的なことが掴めない限り、なに一つ動きようがないのである。
「ハア……。どうしたもんかなぁ」
心中、どんよりと曇らせたまま、魔王と田衛文は道なき道を西へと分け入る。
やがて、射し入る光が本来の白さを取り戻した頃、どんより繋がりで魔王が思い出した。
「あっ、そうだ。村に行くってことは、また、あのオッサンと会うって事じゃないか。僕、あの人のこと、苦手なんだよね」
すると何処からか、男の声で返事があった。
「コラッ。そういった事は本人の居ない所で言え。居ない所で……」
魔王がその声に驚いて、2歩,3歩とたたらを踏む。
「うわっとと……。いつの間に、こんな近くに! オッサン、もしかして僕のストーカー?」
「んな訳あるか! つい今しがた、自分で森から出てきたんだろうが」
(う~ん。まだ引っ越しデビュー1日目だし、いきなり僕のファンが居る訳ないか……)
魔王が染み染みと納得する横で、田衛文が爽やかに同意する。
「そうダヨ。ボクの魔王に、ストーカーなんて居る訳ないじゃん。保証しちゃう♪」
僕のって……。
「おっ? そこまで自信ありって事は、もしや嬢ちゃんも、警備の心得があるのか?」
同業の誼か、ローガスの声は明るい。
それを田衛文が、にこやかに首を振って否定する。
「ウウン、違うヨ。何を隠そう、ボクこそが魔王のストーカーだもん♪ そのボクが居ないって言うんだから、これはもう間違いナシ! ……みたいな奴?」
「「…………」」
駄目な奴ばかりだなぁ、ホント……。
「オイッ。ひょっとして今、俺も含めて『ダメ人間集合!』とか考えてただろう。違うぞ! 俺は至って真人間だ」
直情径行の性格ゆえか、魔王の思考が、ローガスにしっかり読み取られている。
しかも、二日続けて拒絶されたのが寂しくなってきたのか、魔王は相手の神懸かった予測にはまったく触れず、ベタベタと人懐っこい調子で身を近付けた。
「ええぇぇ……。そんなこと言わずにさぁ、仲良くしようよ」
「誰が仲良くなるために、わざわざ変態になるか!」
(オッサンは、心底嫌そうだ。クスン……)
落ち込む魔王に同情してか、田衛文が腰に手を当てて怒りを訴える。
「チョット待ってヨ! 昨日から思ってたけど、なんかまるで、ボクの魔王が単なるおバカみたいな扱いじゃない!」
凄んだつもりだろうが、迫力不足が原因で、パッと見、可愛く拗ねてるようにしか見えない。
よって、ローガスは平常心のままだ。
「そりゃあ、いちいち口にしなくて好い事まで他人前で言うんだから、俺にはどうしても……」
くっそう、言いたい放題じゃないか……。
しかも、否定できないだけに、余計悔しいぞ。
「違うヨ。魔王は、ソレだけじゃないもん!」
懸命に否定する田衛文。
小さいながらも、見る者に与える健気な印象は強くて大きい。
(こんな一生懸命な田衛文、初めて見たよ。まさか、そんなにまで僕のことを想っててくれてたなんて……。僕かぁ、僕かぁもう……)
「魔王はネ、腕っ節も頭も弱くって、ホント、ダメ尽くしのヒキコモリなんだから! ボクが居なかったら、とっくに干涸らびてたくらいダヨ!」
(…………死にたくなっちゃう)
よいしょ×2と、魔王が突然、道具袋から紐状の物体を取り出す。
「アレ? どうしちゃったの、魔王。ソンナ樹にロープなんか掛けて……」
「うん……。今ね、僕、すんごく良いこと思い付いたんだ」
「ウンウン♪」
「『ターザンごっこ』って言ってね、こうやって自分の首にもロープを引っ掛けてっと……」
すかさずローガスが止め…………ではなく、止めに入る。
「コラコラ。話題が古いうえに、お前のやってる事は、まんま首つり自殺だから止めとけ……」
(なんでだろう。世界って、本当に不思議で満ちてるや……。だって、貶してきた相手に、命を救われたんだもの)
ローガスは、どこから持って来たかも分からないロープを回収し、改めて二人に尋ねる。
「で、もちろん村に行くんだよな。こんな朝早くから、いったい何をするつもりだ?」
気を取り直した魔王が、背中のリュックを示すように、身体を半身に傾ける。
「何をするって言われても、今日から村で生活するんだぞ」
「アト、マーサさんの所でお仕事するの」
二人の用件と、リュックに入った生活用品一式を比較して、ローガスはそれ
以上、疑問を差し挟まなかった。
代わりに、なにか感得したように頷き、アッサリと道を空ける。
「そうか……。まぁ、あんまり皆を困らせるんじゃないぞ」
あまりの手応えのなさに、魔王はなんだか肩透かしを食らった気分になる。
「あれれ? なんか昨日と違って、今日はやけに素直なんだね」
「昨日って、お前なぁ……。あの時は初対面なうえ、妙に反抗したからじゃないか」
そうだっけか……。
「でも、また何かするかも知れないヨ?」
田衛文が意地悪な試し方をすると、ローガスは顔を渋く歪めて否定する。
「それがな……。仕事柄、その可能性が低いと分かっちまうから、俺も辛いんだよ」
「分かるって、ナニが?」
ローガスは、田衛文の追及をいったん躱して、魔王に質問を振る。
「なぁ、マオウ……だったか? 一応、聞いておくが、ログとトールから酷い目に遭ったって話は本当なのか?」
グホッ。治りかけの心の傷が……。
「フフン、そいつはどうかな。僕が本気になれば、あの二人は今頃……」
「って虚勢を張ってる時は、絶対図星だからネ♪」
(孤独だ……)
ローガスは田衛文の証言を聞くと、ニヤリと笑って、槍の尾を地面へと軽く打ち付ける。
「なるほどな……。とすると、こいつはいよいよ心配ない」
「だから、何でなんだよぅ」
「お前さんの雰囲気から察するに、抵抗する時に必要な『殺意』ってものが足りないんだよ」
田衛文が、上半身ごと横に傾けて疑問を唱える。
「サツイ?」
「おう、殺意だ。言い換えるとすれば勇気、あるいはやる気だな。たとえどんなに力の強い奴でも、やる気が出てなきゃ大した障害にはならんだろ? 逆に、普段は大人しい奴でも、やる気次第で潜在能力を呼び覚まし、途轍もない事をやってのけるもんさ」
(潜在能力か……。今の僕は、降伏前の力がどれだけ残ってるんだろう?)
魔王はしばし、自身の奥底に問い掛けてみたが、果たして、なんの答えも返ってこなかった。
その隣りで、田衛文がローガスの忠告めいた説明に、口をポカンと開けて感心する。
「ヘエ~。難しいコト知ってるんだネ」
「よしてくれ。たんなる経験則で話してるだけだ。そもそも俺たち自警団は、村の守り手。そういった気の持ちようこそが、普通に暮らしてる村人たちと唯一異なる点にして、最も大事な心掛けなんだ」
予想外の答えを聞いた魔王は、気の抜けた表情で疑問を付け足す。
「へっ? オッサンって、なんか特別な訓練を積んでるんじゃないの?」
「いや、特に何も。一応、獲物とかは持ってるんだが……」
スチャッ、と腰の短刀と槍をチラつかせる。
「一度も使った憶えはない」
「ソンナので平気なの?」
「まぁな……。自警団ってのは、国が組織する軍隊とは違って、限りなく自主的な集まりだからな」
漠然とした説明のため、魔王は言葉の意味を掴み損ねる。
「むむっ、どういう事だ?」
「要するに俺達の目的は、ただそこに居るだけで、村の防犯意識を高める点にあるって事だ」
ああ、なるほどね。村のみんながオッサンみたいな考え方になって、それでもって、一般人と自警団の違いは、気持ち一つだけって事だから……。
「ソレってさ、村の人達の方が、魔王よりも強いってコトになるんじゃない?」
「ガハハ! まぁ、そういう事だ。なっ、心配要らないだろう?」
ローガスの軽いノリに、魔王が眉を顰める。
「むっ! そういう事は、本人の居ない所で言うものだぞ」
「だから真似すんな! それと、信頼されてる証なんだから、ちったあ喜んだらどうだ」
要らないやい、そんな信頼。
「ええい、だから拗ねるなって。村のみんなはともかく、最低でも俺だけは、お前を誘拐犯だとは思ってないんだから。なっ?」
誘拐犯。
およそ、日常会話から懸け離れたその言葉に、魔王と田衛文は怪訝な顔となる。
「オッサン。誘拐犯って、ソレ、なんの事?」
魔王が探るように尋ねると、ローガスの表情が途端に張りつめる。
鼻から慎重に吸い込んだ息は、互いの隙を窺うように音がなかった。
「お前達、村のヤツから何も聞いてないのか?」
「ウン。昨日は村長さんの所に行って、そのあとニルスのお姉さん達に、村を案内してもらっただけダヨ」
「それと、エルドラとオズボーンにも会ったけどね。まったく……。あの時はホント、ひどい目に遭ったぞ」
ローガスの顔が渋面に沈む。
その原因は当然、エルドラ達の横暴にあるのだろうが、意外にも彼が口にしたのは、それとは全く別の内容であった。
「お前達、あんまりリュンとは関わらない方が身のためだぞ」
「ムッ! どうしてお姉さんを、仲間外れにしようとするのさ!」
まさかオッサンも、お姉さんの事が好きだとか……。
なら、嘘をついてでも、先手を打っとかないと。
「残念だけど、オッサンの見せ場なんて、もう無いからね。昨日だって、お姉さんが見てる前で、僕がかっこいい所を見せちゃったんだから」
魔王がいつもの強がりを見せると、ローガスは今度こそ、先日の騒ぎについて苦々しく語る。
「あれか……。くそっ。俺も別の配置だったら、駆けつけられたんだがな。それに、ログとトールが……」
と、そこでローガスは何を思ったか、はたと口を閉ざして我に返る。
「ところで……。なんで、そんな話になってるんだ? 俺は別に……」
言葉の途中、ローガスは魔王の思考をすぐに気付いて、意地悪な笑みを浮かべた。
「なるほどな。ズバリお前は、リュンの事が好きだ、と……」
ぬわっち、バレてる!
こうなったら、此処はうまく誤魔化して……。
(……いや、待てよ!)
急にツンとした態度を取れば、かえって恥ずかしがってる事がバレてしまうんじゃないか?
だとしたら、むしろ此処は、そいつを逆手に取って……、
「ああ、そうさ! それの何処が悪い!!」(← 断言)
「スゴイ! 魔王ってば、熟慮に熟慮を重ねた結果、オトコらしく墓穴を掘ってる!」
(そうだね。クスン……)
ローガスは、魔王の失敗に親近感が湧いて、白い歯を見せて豪快に笑った。
「ハハハハハ。そうかそうか……。まぁ、俺には関係ない。なにせ、もうすでに
結婚してるからな」
「エッ、奥サン居たんだ?」
田衛文の切り返しに、ローガスは渋い顔で口を閉ざしてから、湿っぽく返す。
「…………まあな」
ローガスは小さく首を振り、投げやりな気分を抑えると、洒落っけのある言葉で二人を見送った。
「んじゃ、好きに見ていくと良いさ。お前達の知り得なかった外の世界を……」




