↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/39

13話

 魔王は村長とリュンに担(かつ)ぎ出されて、ほうほうの体(てい)で村役場へと戻った。

 当然、そこで待っていたのは質問の嵐だが、好い加減、人並みの扱(あつか)いが欲しい

魔王は、田衛文への説明を後回(あとまわ)しにして風呂場へと直行する。

 数分後、魔王は泥だらけの身体(からだ)を隈(くま)なく洗い、グネグネと曲がりくねった髪を櫛(くし)で丁寧に撫(な)で付け、ようやく本来の身(み)形(なり)を取り戻した。 

「ふいいぃぃ、スッキリした……」

 鏡に映るのは、普段の頼(たよ)りない顔である。

 まだ少し戸(と)惑(まど)うこともあるが、改めて見ると、別段、醜悪(しゅうあく)な形(なり)とは思えない。

 いや、むしろ幼少期の穏(おだ)やかさを彷(ほう)彿(ふつ)とさせ、気に入っている節(ふし)すらある。

 しばし顔の造形に想いを馳(は)せていると、不(ふ)図(と)、自分の不甲斐なさが心に募(つの)った。

(ハアッ……。あんな時に真面(まとも)に戦えないなんて、いったい僕はどうしちまったんだろう)

 幼少期に戻ったのは、姿形だけではなかった。

 魔王はどんよりとした気分で鏡(かがみ)を見つめ直すと、目の前の自分の姿に、心窶(やつ)れた大戦期の容貌(ようぼう)を重ね合わせた。

 争いのない未来を目指していたのに、小さな村の略奪(りゃくだつ)すら止められない。

 今の弱い自分に、いったい、なんの意味があると言うのか?

 魔王はなんだか、自分が長(なが)生(い)きすればするほど、普通の人が持っているべき『何か』を失ってるような気がして、生きる事への無力感が込み上げてきた。

 ややあって、魔王はフルフルと首を揺(ゆ)すり、罪悪感を振り落とす。

「ふうぅ、考えるのは止(よ)そう。さっきの戦いだって、もう、済んじゃった事だし……」

――大丈夫だ。これは戦争なんかじゃない。

 そうやって、子供染みた理(り)屈(くつ)を自分に言い聞かせて、魔王は役(やく)場(ば)の事務所へと顔を出す。

 事務所といっても、土地だけは広い村のことだから、来訪者(らいほうしゃ)も役員も数えるくらいである。

 そのため、壁際(かべぎわ)に備え付けてあるソファ型の待(まち)合(あ)い席(せき)に、田衛文、リュン、ニルス、村長の四人が、遠慮なしに腰(こし)を下ろして談笑していた。

 長い付き合いの為(な)せる業(わざ)か、田衛文が誰よりも早く、魔王の登場に気付く。

「アッ、帰ってきた。コッチ、コッチ!」

 大きく手を振る田(でん)衛(え)文(もん)に招かれて、魔王がテーブルの対面に腰掛ける。

 すると、腰を落ち着ける暇(ひま)もなく、田衛文が不満を打ち明けた。

「ナニがあったのか聞いたよ。も~う、どうして連れてってくれなかったの? そんなヤツラ、ボクがいればイチコロだったのに……」

 どうやら待(ま)ち時間を利用して、事情を聞いていたらしい。

 魔王としても、彼女の意見には賛成だが、それは後(ご)日(じつ)の教訓として活(い)かすしかない。

「仕方ないだろう。あの時はまだ、別働隊がいる可能性もあったんだから。それに、田衛文があの場に居たら、あんな暴力(ぼうりょく)主義者らの事だから、却(かえ)って槍(やり)玉(だま)にあげられちまうよ」

「ムゥ~。ソレはそうかも知んないケドさぁ……」

 こうして過去を掘(ほ)り返(かえ)す一方で、リュンと村長は体裁(きまり)が悪そうにしている。

 それと言うのも、二人は身(み)綺(ぎ)麗(れい)な魔王とは初対面なのだ。

「あの……。マオウさんって、私と同(おな)い歳(どし)くらいなんですね。この子がおじさんって呼ぶものだから、私、てっきり年配の方(かた)かと思ってました」

「だってマオウのおじちゃん、自分のこと、そう言うんだもん」

 ニルスの言い訳を跨(また)いで、村長もリュンに同意する。

「ウムウム……。こいつは見(み)違(ちが)えたもんじゃ……」

 いつの時代も、立場の弱い人間は、気持ちを素(す)直(なお)に表すことが出来ないのか。

 今、一番(いちばん)苦しい状況の人間が、自分を見てニッコリと笑っている。

 それが却(かえ)って、魔王の心を深く抉(えぐ)った。

「そういえば、さっきはゴメンよ、ジイさん。結局、なんの力にもなれなくて……」

「いや、仕方あるまい……。それに、もしもあの場で御(お)主(ぬし)が出ておらねば、あの

自警団の男、命は無かったやも知れん」

 村長は静かに首を振り、広場での騒(さわ)ぎを無言で嘆いた。

 辺りに暫(しば)し気まずい沈黙が流れる中、村長が、場の空気を変えるように提案する。

「まぁ好(よ)い。今はこうして無事なんじゃからの。それより、これから此(こ)のビストゥスが、お前さん達の故郷じゃ。はやく村を廻(まわ)ってくるが好かろう」

 リュンもまた、村長を気(き)遣(づか)うようにサッと立ち上がた。

「そうですね。行きましょう、マオウさん、田衛文さん」

 リュンが魔王の手を引(ひ)いて外へと促す。

 無論、魔王たちに否(いな)やはなかった。

「うん、そうだね。それじゃ村長(ジイさん)、またね」

「オジャマしました!」

 ニルスはしばし、姉の積極的な行動に首(くび)を傾げたが、魔王と田衛文が動き出すと、自分もやおら椅子から離れ、三人の後(あと)を追い掛ける。

「待(ま)って~。僕も行く~♪」

「ほほ、気を付けてな……」

 労(いたわ)りに満ちた村長の声を背(せ)に、四人は役場をあとにした。


 案内といっても、村は村長宅を中心に広がっているのだから、そのほとんどは

役(やく)場(ば)周辺を軽く回るだけで事(こと)足りた。

 パン屋、靴(くつ)屋(や)、服の仕立て屋。その他(た)、生活に関する様々な所を巡り、やがて

4人の足は、村の中心を徐々(じょじょ)に離れてゆく。

「お姉ちゃん。この道だと、マーサさんの所に行くの?」

 リュンはニルスに視線を合わせて、花のように微笑んだ。

「ええ、そうよ……。マーサさんには、いつもお世話になってる事だし、お行儀(ぎょうぎ)よくするのよ」

 一見すると母(はは)と子(こ)のようなやり取りに、二人の関係が漫(そぞ)ろ窺(うかが)える。

 ニルスの問いは無邪気であり、リュンの答えは慈(いつく)しみに溢(あふ)れている。

 普通の姉弟(きょうだい)では、こうは行かないだろう。

 魔王も其処(そこ)が気にはなったが、出会ったその日に、家庭事情へと踏み込むのは戴(いただ)けない。

 代わりに魔王はさ(・)り(・)気(・)な(・)い(・)話題を切り出して、2人の空気に溶け込んだ。

「お姉さん。今までの流れからすると、今度の人も、なにかお店をやってるのかい?」

「ええ。牧場と雑貨屋を経営するマーサさん。私の勤(つと)め先(さき)でもあるんですよ」

「へえ、牧場かぁ……。でも、牧場(ぼくじょう)仕事って重労働なうえ、朝が早くてキツそうだなぁ」

 牧場と聞いて、田衛文の瞳が綺羅(きら)星(ぼし)のように輝く。

「ネエネエ、牧場ってコトは、牛(ウシ)さんがいるの?」

「ええ。牛(うし)以外にも、豚や鶏(にわとり)が沢山……。田衛文さんは、動物が好きなんですか?」

 田衛文が胸(むね)の前へと両手を組んで、トリップ気味に語る。

「ウシさんが特に……。おっきくて柔(やわ)らかくて、のっそりしてて優(やさ)しいあのカンジ……」

「僕も好きだよ!」

 田衛文に負けじと、ニルスも両手の拳(こぶし)を元気よく突き上げる。

「いつか、あの背中に乗ってみせるんだ!」

 すると、それまで片手を繋(つな)いでいたリュンは、弟の振り上げた手が顔(かお)の横を掠(かす)めてビクッと固まる。

「も~う! だから、それは危ないって言ってるでしょう」

 二重の意味で姉(あね)に叱られたニルスへ、田衛文は得意満面に宣言する。

「ヘヘン。ボクなら飛(と)んで逃げられるから、絶対ダイジョブだもんね!」

「あ~~っ! ズルイよ、精霊さん。あっ……。でも確か、うしろに立っちゃいけないんだって」

(ニルス。その話は、馬のことだと思うぞ……)

 そんな他(た)愛(あい)もない話に夢中になってるうちに、4人は目的地の牧場に到着した。

 前方には、団体客を想定した横長(よこなが)の木造店舗と、それに付(ふ)随(ずい)して建つ小さな雑貨屋。後背(こうはい)には、広い牧草地帯が広がっている。

 今にして思えば、今朝(けさ)、村門を出てすぐ目にしたのは、この牧場の敷地であった。

 リュンは雑貨屋の入(い)り口(ぐち)前で立ち止まり、ふと不安げに呟く。

「そういえばマーサさん、この時間にいるかしら……」

 すると突然、リュンの目の前で、入り口が『ドカン!』と物凄(ものすご)い音を立てて開いた。

「キャッ!」

「うわあ!! ……って、なんだい、リュンだったのかい。反対にこっちがビックリしちまったよ。まさか、扉のすぐ先に誰(だれ)かが突っ立ってるなんて、思いもしなかったもんだから」

(たった今、女性とは思えない叫(さけ)びを上げたのが、たぶんマーサさんだぞ)

 魔王の目に映るのは、背が高く、お腹が丸々(まるまる)と突き出た、熊(クマ)のような四十代前半女性。

 なによりの特徴は、肉のモリモリと盛(も)り上(あ)がったその顔面。

 見てるだけでこちらも活発(かっぱつ)になる、とにかく精力的(エネルギッシュ)な人である。

 驚きから解(と)けたマーサが、リュンにパワフルな笑みを差し向ける。

「どうしたんだい、リュン。アンタは今日、休みの日だろう?」

「ええ、そうなんですけど……。今日はマーサさんに、マオウさん達を紹介しにきたんです」

「マオウ?」

 冬眠明けの熊(クマ)が獲物を求めるような顔付きで、マーサが奥の三人に注目する。

 横一列に並(なら)んだ三人のうち、まず最初に口を開(ひら)いたのが、面識のあるニルスであった。

「おばちゃん、こんにちは」

「はいはい、こんにちは♪」

 なにやら好印象な様子である。

(よし、僕もニルスみたいに上手くやるぞ)

 魔王が勇気を振(ふ)り絞(しぼ)って挨拶する。

「おばちゃん、こんにちは」

『バチコン!』

「あんたに、おばちゃん呼(よ)ばわりされる筋合いはないよ」

(ううっ、涙を絞(しぼ)る結果になるなんて……)

 最後に田衛文が、いきなり相手に甘えてみせる。

「ウシ! 牛さんが見たいです♪」

「あらあら……。アンタ、ちっちゃくって可愛いねぇ」

(田衛文だけ叩かれない。不公平だ……)

 一通り挨拶(あいさつ)が済むと、マーサは、魔王と田衛文を興味深く見比べる。

「ハハァ……。さてはアンタ達の事だね。村のみんなが騒(さわ)いでたのは」

 あまりにジロジロ見られるものだから、魔王もすっかり調子を崩して、萎縮(いしゅく)してしまう。

「どうも、初めまして……。魔王です」

「あいよ。あたしゃ、マーサってんだ。んで、コッチのお嬢ちゃんは?」

(うわあ……。オッサン((ローガス))と違って、田衛文を見ても平然(へいぜん)としてら)

 魔王とは逆に、田衛文は腰に手を当てて、人懐(ひとなつ)っこくウインクする。

「ボクは精霊の田衛文! ヨロシクね♪」

「こりゃまた、元気が良いねえ。おばさん、見てるだけで力(ちから)が湧(わ)いてくるよ」

 アハハと豪快(ごうかい)に笑いながら、自分のお腹をポンと軽(かる)く一叩きするマーサ。

 非常にアクの濃いキャラクターだが、裏表(うらおもて)のない印象から、清々(すがすが)しさを感じる。

「まぁ、こんな所で立ち話もなんだね。とりあえず中にお入りよ」

 なんの用件か改(あらた)めもせず、マーサが四人を雑貨屋へと招き入れる。

 店舗としては5トール((7.5メートル))四方と少々手(て)狭(ぜま)で、商品棚が縦(たて)に三列も置かれてるものだから、通路1本当たりに人間(ひと)が三人もいると、さすがに窮屈(きゅうくつ)である。

 店内は種々(しゅじゅ)雑(ざっ)多(た)な商品が陳列されていて、かなり煩(はん)雑(ざつ)な印象だ。

 その手の客には却(かえ)って堪(たま)らない雰囲気なのだが、もうちょっと整頓(せいとん)した方が良いだろう。この点からしても、マーサの強烈な個性が伝わってくる。

 壁際一角(いっかく)には、人形、民具、果(は)ては刀(とう)剣(けん)類(るい)なんかも飾ってある。

 それらは一見(いっけん)して実用品か観賞用かは分(わ)からないが、そうした類(たぐい)の店によくある魔導具(マジックアイテム)が見当たらない点からして、魔王はそれとなく、たんなる土産(みやげ)物(もの)だろうと推測した。

「へえぇ、色々(いろいろ)あるもんだなぁ……」

 魔王のボンヤリとした呟きに、すぐ横のニルスがコクンと頷いた。

「ウン。お菓子とかもあるんだよ」

「ホント!? 何処(ドコ)ドコ~♪」

 ニルスが魔王に向けて言った言葉を、田衛文がしっかりキャッチ。

 二人してキャイキャイ騒ぎながら、壁際(かべぎわ)の棚へと吸い込まれて行く。

 魔王も、二人に釣られて棚(たな)を物色。

 やがて重大なことに気付いて、マーサに声を掛けた。

「う~ん……。やっぱり『魔(ま)核(かく)』はないんだね」

「あら? アンタ、若いのによく知ってるねぇ。あれは希少価値が高いから、ウチみたいな所には、まず回ってこないんだよ。もっとも、最近じゃ北の方でよく採(と)れるみたいだし、ンストゥルまで行きゃあ、運が良ければ見付かるかもねぇ」

(まっ、そりゃそうだよね……。僕が魔王城にいた時から、レア中のレアアイテムだったくらいだもん)

 魔王が思案していると、クイッ、クイッ……と、ニルスが片袖(かたそで)を引っぱる。

「うん、なんだい?」

「ねえ、おじちゃん。マカクって何?」

「なんだ。ニルスは魔(ま)核(かく)を知らないのかい?」

「うん。精霊さんは知ってるの?」

「モチロン!」

 田衛文が胸(むね)を張(は)って言い切るいっぽう、リュンはモジモジと、白エプロンを揺(ゆ)さぶって恥ずかしそうに白状する。

「あの、私も知りません……」

「お姉さんもなんだ……。なら、ちょっと長くなるけど説明するよ」


 魔(ま)核(かく)とは、漂流魔力が結晶化した宝石状の触媒(しょくばい)であり、機能によって三つに分類される。

 まず一つ目が《霊珠(れいじゅ)》。

 術者の精神力と漂流魔力を高効率で魔力化する、非常に優(すぐ)れた魔力結晶である。

 その効率故(ゆえ)、魔法素養のない者でも魔法行使が可能となり、さらには、その霊(れい)珠(じゅ)に対応した精霊を召喚できるという、一(いっ)家(か)に一つ、あれば国宝(こくほう)、飾(かざ)れば神様と言われた秘宝である。

 その見た目は宝石(ほうせき)のように美しく、形、色、霊(れい)珠(じゅ)内(ない)の模様も、一つとして同じ物はない。

 二つ目が《装核(そうかく)》。

 霊珠に比べて魔力(まりょく)変換効率は低く、特定の効果が永続(えいぞく)するため、汎(はん)用(よう)性(せい)に欠ける。

 その反面、加工品とするには非常に優れ、日(にち)用(よう)品(ひん)や装(そう)身(しん)具(ぐ)にも、魔法効果を付与する事ができる。

 例えば硬(こう)度(ど)を上(あ)げる装核の場合、ペンダントに加工して身に付ければ、装着者の身体が丈夫になり、怪我の防止に役立つ。

 他(ほか)にも道具として使用し、敵・味方の魔法攻撃を、別の効果にすり替える機能もあった。

 当然、希少価値は霊(れい)珠(じゅ)に劣り、内部の模様はなく、形もほとんどが楕(だ)円形(えんけい)の物ばかりである。

 最後は《力石(りきせき)》。

 三つの内で最(もっと)も希少価値が低く、見た目も単(たん)なる黒色の石だが、手(て)触(ざわ)りは樹脂に近い。

 変換効率は無(な)きに等(ひと)しく、破壊して魔力を取(と)り出(だ)す以外に使い道がない。

 しかし、並(なみ)の燃料に比べて何倍ものエネルギーになる事から、力(りき)石(せき)の大量採掘が、生活水準の向上に直結する。

 加えて、大戦時には携帯用の予備魔力や通(つう)貨(か)としても用いられた。


 それらの魔術講義に多くの時間を費(つい)やしたせいか、せ(・)っ(・)か(・)ち(・)なマーサは本題に

早く移ろうとして、奇妙な顔で固まった。

 そもそも肝心(かんじん)の本題が、まだ話題にすら上がっていないのである。

「それで、一(いっ)体(たい)アタシに、この子らをどうしろってんだい、リュン?」

「それなんですけど……。もし宜(よろ)しかったら、マオウさん達のお仕事を、マーサさんの所から頂(いただ)けないかなぁ……と」

(おおっ……。こういうお姉さんも新鮮(しんせん)だぞ)

 今、魔王が目にしてるのは、両手を頬(ほお)の横で重ねて、上(うわ)目(め)づかいにおねだりするリュンの姿。

 出会いからこれまで、彼女の挙(きょ)措(そ)には一定の義務(ぎむ)感(かん)が見られたが、ここに来てようやく、彼女の本質を垣(かい)間(ま)見ることができた。

 おかげで魔王のハートはドッキドキだが、マーサには動揺どころか、悩む素(そ)振(ぶ)りすらもない。

「ハハハ、構(かま)わないよ。仕事なんてものは、こうした村にゃ、幾(いく)らでもあるもんさ」

 リュンと同じ職場ともあって、魔王は小さくガッツポーズを決める。

「やったぞ。これで早くも、無職から解放だい!」

 喜びも束(つか)の間(ま)、マーサが顎(あご)先(さき)で外を示す。

「でも、細(こま)かいことは明日からにするよ。もう遅いからね」

 マーサの動きに釣られて、田衛文が窓の外へと視線を移す。

 外を見ると、上天はうっすらと白(しら)み、彼方の稜線(りょうせん)は茜色に燃えていた。

「ホントだ……。あと少しで夜になっちゃう」

「まっ、そういう訳(わけ)だから、また明日、来(き)ておくれ。それと、明日(あす)の朝は、しっかりとお腹を空(す)かせて来るんだよ。うんと御(ご)馳(ち)走(そう)してやるから」

「ヤッタ~。ありがとう、マーサさん♪」

「好(い)いって好(い)いって……。さっ、アタシは店じまいに移るよ」

 カウンターを出てせ(・)か(・)せ(・)か(・)と動き出すマーサだったが、不(ふ)図(と)、その動きがピタリと停止する。

「あっ、そうだ。ちょうど、リュンに渡す物があったんだよ」

「私に? なんですか、渡したい物って」

 リュンが不思議そうに尋ねると、マーサは見(み)た目(め)通りのオバサン臭(くさ)い手付きで、手招きでもするように、片手でゆっくりと宙を扇(あお)ぐ。

「芋(いも)だよ。余ったモンを此(こ)処(こ)に置(お)きゃ、みーんなウチが何(なん)とかすると思ってんだから。そりゃ確かに、家畜のエサには持ってこいだけど、ぜーんぶ細(こま)切(ぎ)れにするったって骨が折れるよ。ちょっと分けてあげるからね」

「良(い)いんですか?」

 少しだけ、リュンが遠慮してみせる。

 彼女だって、村の台所(だいどころ)事情が苦しいことはよく知っている。

 それでもマーサは手をヒラヒラと、リュンへ気(き)さくに分け前を勧(すす)めた。

「良いんだよ、気にしなくても……。それじゃ、いま持って来るからね」

「あっ、私も手伝います!」

 こうして主役2人が同時に引っ込むと、田衛文が隙(すき)を見て動きだす。

「じゃあボクは、牛さんに乗って来(こ)よーっと!」

 まだ憶(おぼ)えてたんだ、その目的……。

「行くのは良いけど、驚かせちゃ駄目だぞ」

「分かってるモーン♪」

 言(い)うが早いか飛(と)ぶのが早いか、田衛文は柵(さく)の向こうへと一直線。

 なにやら女三人が慌(あわ)ただしく離れたことで、店内では、男二人が寂しく待(ま)ち惚(ぼう)けることになった。

 魔王が無言で暇(ひま)を持て余していると、ニルスが素(そ)朴(ぼく)な声で話しかける。

「ねえ、おじちゃん」

「うん、なんだい?」

 急に、ニンマリとした笑みで一(ひと)言(こと)。

「姉ちゃんって、おっぱい大きいでしょ」

「お、おオ、オパ……。駄(ダ)目(メ)だ、僕には言えない……」

 いや、それよりも……。

「いきなりなんてこと言うんだよう!」

「だってマオウのおじちゃん、姉ちゃんに気(き)がありそうなんだもん」

「な、何を根拠にそんな事を……。違(ちが)うよぅ」(フリフリ)

「いや、そんな……。子供みたいに、肩を振(ふ)って照れなくても……」

「う~ん。子供に言われてしまったぞ」

 そんな事よりも、今のやりとりを田衛文に聞かれていたら、絶対(ぜったい)ややこしい事になる。

 そう思った魔王は、窓の外へと目をやると、当(とう)の田衛文は牛(うし)ロデオに没頭中であった。

(でも、良いんだろうか。今、思いっきり振(ふ)り落(お)とされたような……)

 むうぅ……、と相棒への気(き)遣(づか)いに表情を曇(くも)らせる魔王に、ニルスが直前までの話を続ける。

「姉ちゃんってさ、村では結構、人(にん)気(き)があるんだ。でも、姉ちゃんの方(ほう)が男の人に興味がないっていうか、なんか余(よ)所(そ)余(よ)所(そ)しいんだよね」

「確かに今日(きょう)の感じからすると、意外と、距離を置いて話をするタイプだよね」

「でも、おじちゃん相手だと、あんまりそんな感じじゃない気がするんだ。さっきだって、自分から手を繋(つな)いだくらいだし……」

「う~ん……。そう言われても、僕は普(ふ)段(だん)のお姉さんを知らないからなぁ」

 穏(おだ)やかさに加え、素(そ)朴(ぼく)で真面目なニルスを前に、ついつい魔王が弱気を見せる。

 彼も多分に挑戦的(ファイター)な癖に、精神面で妙(みょう)に打たれ弱い所がある。

 況(ま)して、相手が想(おも)い人(びと)の家族とくれば尚更だ。

 そんな魔王を、ニルスが健気(けなげ)に応援する。

「頑張って、おじちゃん。僕、おじちゃんのこと、面(おも)白(しろ)いし大好きだよ」

 これが幼(おさな)心(ごころ)の破壊力か!

 純(じゅん)な眼差しに邪念を射(い)貫(ぬ)かれて、魔王が大(おお)袈裟(げさ)に身悶える。

「ぐあああ! 僕をそんな目で見ないでぇ。汚(けが)れた心の持ち主にはツライ……」

 今の言葉といい、さっきの発言といい、子供って本当(ほんとう)にストレートだ。

 今の僕には、とても真似できそうにないよ。

 せめて僕も、ニルスくらいの子供だったら……。

「うん、子供だったら? 子供だったら、お姉さんの胸(むね)に……」

(でゅふ。でゅふふふふ……)

 魔王の不気味な薄(うす)ら笑いを見て、ニルスが不安を募(つの)らせる。

「おじちゃん、急にどうしたの。頭(あたま)おかしいの?」

「グッ! い、いや、なんでもない……」

 悪口(わるぐち)もストレートなんだね……。

「とにかく……。ありがとう、ありがとう……! ニルスにそう言ってもらえると、僕も心強いよ」

「ウン。挫(くじ)けないでね、おじちゃん」

(嗚呼(ああ)、ほんに良(え)え子じゃのう……)

 そ(・)う(・)こ(・)う(・)してる内に、リュン達が、見(み)るからに重い箱を抱えて、隣りの建物から戻ってきた。

「お待たせしました」

「ほいよ。こっちはアンタが持っとくれ」

 ズシリ……、と魔王の肩(かた)に荷重が掛かる。

「うわっとととと……」

「これしきでバランスを崩すなんて、だらしが無いねぇ。まぁ、明日(あす)から家(ウチ)で鍛えてやるよ」

「違(ちが)わい。こっちの方が、お姉さんのより重いんだい!」

 魔王が瞬時に減(へ)らず口(ぐち)で返すと、それを聞いたリュンが、謝罪(しゃざい)ついでに礼を述べた。

「荷物運(はこ)びだなんて済みません。本当だったら、私が村(むら)を案内するだけだったのに……」

 フッ、アピールチャンス到(とう)来(らい)……。


「いいさ、コレくらい。気にしないでよ」 (← 魔王 )

「うんうん、男はそうでなくっちゃね」  (← マーサ)


 折角のチャンス、おばさんの言葉で潰(つぶ)された感(かん)、一杯です……。  

「さぁ~て、動物(どうぶつ)達を小屋に戻さないとねぇ」

 マーサが大きく伸(の)びをして、この日、最後の大仕事へと気合いを入れる。

 当然、彼女一人の仕事ではないのだろうが、性分(しょうぶん)からして、従業員の分まで頑(がん)張(ば)る姿が容(よう)易(い)に想像できた。

 牧場案内が終了し、時間的に見て、あとはリュンの家に荷(に)物(もつ)を運ぶついでに、

空(あ)き家(や)を紹介してもらうのが限度である。

 魔王は店の外に出て田(でん)衛(え)文(もん)を呼び戻すと、箱を抱えて、リュンの後(うし)ろをヨタヨタと続いた。

 新居となる空(あ)き家(や)は、ビストゥス南側、商店街の外(はず)れに建っていた。

 部屋の間(ま)仕(じ)切(き)りこそ無いが、台所に当たるスペースには、備え付けのテーブルと竈(かまど)が壊れた様子もなく完備されている。

 壁には、蓋(フタ)の付いた風(かざ)穴(あな)式(しき)の窓。

 部屋の隅(すみ)には、木製のベッドと飾り棚(キャビネット)。

 水(みず)瓶(がめ)などの生活品も、流し台の横(よこ)にしっかりと置かれてあった。

 これなら、今すぐにでも暮(く)らして行けそうである。

 強(し)いて不満を挙げるとすれば、土壁の冷たい感触が、飾(かざ)り気(け)が少なくて面白くない程度である。

 宛(あて)がわれた家よりも、魔王を大(おお)いに困らせたのは、リュンとニルスの家(うち)である。

 何処(どこ)にあるのかと着いて行くと、出発地点の役(やく)場(ば)であった。

 つまり、これから彼女に会(あ)いに行く時は、決まってあの曲者(くせもの)めいた村長(ジイさん)と顔を

突き合わせる事になる。

 魔王はガックリと肩を落として、田衛文と二人、その日は一(いっ)旦(たん)、森小屋へと帰るのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。