13話
魔王は村長とリュンに担ぎ出されて、ほうほうの体で村役場へと戻った。
当然、そこで待っていたのは質問の嵐だが、好い加減、人並みの扱いが欲しい
魔王は、田衛文への説明を後回しにして風呂場へと直行する。
数分後、魔王は泥だらけの身体を隈なく洗い、グネグネと曲がりくねった髪を櫛で丁寧に撫で付け、ようやく本来の身形を取り戻した。
「ふいいぃぃ、スッキリした……」
鏡に映るのは、普段の頼りない顔である。
まだ少し戸惑うこともあるが、改めて見ると、別段、醜悪な形とは思えない。
いや、むしろ幼少期の穏やかさを彷彿とさせ、気に入っている節すらある。
しばし顔の造形に想いを馳せていると、不図、自分の不甲斐なさが心に募った。
(ハアッ……。あんな時に真面に戦えないなんて、いったい僕はどうしちまったんだろう)
幼少期に戻ったのは、姿形だけではなかった。
魔王はどんよりとした気分で鏡を見つめ直すと、目の前の自分の姿に、心窶れた大戦期の容貌を重ね合わせた。
争いのない未来を目指していたのに、小さな村の略奪すら止められない。
今の弱い自分に、いったい、なんの意味があると言うのか?
魔王はなんだか、自分が長生きすればするほど、普通の人が持っているべき『何か』を失ってるような気がして、生きる事への無力感が込み上げてきた。
ややあって、魔王はフルフルと首を揺すり、罪悪感を振り落とす。
「ふうぅ、考えるのは止そう。さっきの戦いだって、もう、済んじゃった事だし……」
――大丈夫だ。これは戦争なんかじゃない。
そうやって、子供染みた理屈を自分に言い聞かせて、魔王は役場の事務所へと顔を出す。
事務所といっても、土地だけは広い村のことだから、来訪者も役員も数えるくらいである。
そのため、壁際に備え付けてあるソファ型の待合い席に、田衛文、リュン、ニルス、村長の四人が、遠慮なしに腰を下ろして談笑していた。
長い付き合いの為せる業か、田衛文が誰よりも早く、魔王の登場に気付く。
「アッ、帰ってきた。コッチ、コッチ!」
大きく手を振る田衛文に招かれて、魔王がテーブルの対面に腰掛ける。
すると、腰を落ち着ける暇もなく、田衛文が不満を打ち明けた。
「ナニがあったのか聞いたよ。も~う、どうして連れてってくれなかったの? そんなヤツラ、ボクがいればイチコロだったのに……」
どうやら待ち時間を利用して、事情を聞いていたらしい。
魔王としても、彼女の意見には賛成だが、それは後日の教訓として活かすしかない。
「仕方ないだろう。あの時はまだ、別働隊がいる可能性もあったんだから。それに、田衛文があの場に居たら、あんな暴力主義者らの事だから、却って槍玉にあげられちまうよ」
「ムゥ~。ソレはそうかも知んないケドさぁ……」
こうして過去を掘り返す一方で、リュンと村長は体裁が悪そうにしている。
それと言うのも、二人は身綺麗な魔王とは初対面なのだ。
「あの……。マオウさんって、私と同い歳くらいなんですね。この子がおじさんって呼ぶものだから、私、てっきり年配の方かと思ってました」
「だってマオウのおじちゃん、自分のこと、そう言うんだもん」
ニルスの言い訳を跨いで、村長もリュンに同意する。
「ウムウム……。こいつは見違えたもんじゃ……」
いつの時代も、立場の弱い人間は、気持ちを素直に表すことが出来ないのか。
今、一番苦しい状況の人間が、自分を見てニッコリと笑っている。
それが却って、魔王の心を深く抉った。
「そういえば、さっきはゴメンよ、ジイさん。結局、なんの力にもなれなくて……」
「いや、仕方あるまい……。それに、もしもあの場で御主が出ておらねば、あの
自警団の男、命は無かったやも知れん」
村長は静かに首を振り、広場での騒ぎを無言で嘆いた。
辺りに暫し気まずい沈黙が流れる中、村長が、場の空気を変えるように提案する。
「まぁ好い。今はこうして無事なんじゃからの。それより、これから此のビストゥスが、お前さん達の故郷じゃ。はやく村を廻ってくるが好かろう」
リュンもまた、村長を気遣うようにサッと立ち上がた。
「そうですね。行きましょう、マオウさん、田衛文さん」
リュンが魔王の手を引いて外へと促す。
無論、魔王たちに否やはなかった。
「うん、そうだね。それじゃ村長、またね」
「オジャマしました!」
ニルスはしばし、姉の積極的な行動に首を傾げたが、魔王と田衛文が動き出すと、自分もやおら椅子から離れ、三人の後を追い掛ける。
「待って~。僕も行く~♪」
「ほほ、気を付けてな……」
労りに満ちた村長の声を背に、四人は役場をあとにした。
案内といっても、村は村長宅を中心に広がっているのだから、そのほとんどは
役場周辺を軽く回るだけで事足りた。
パン屋、靴屋、服の仕立て屋。その他、生活に関する様々な所を巡り、やがて
4人の足は、村の中心を徐々に離れてゆく。
「お姉ちゃん。この道だと、マーサさんの所に行くの?」
リュンはニルスに視線を合わせて、花のように微笑んだ。
「ええ、そうよ……。マーサさんには、いつもお世話になってる事だし、お行儀よくするのよ」
一見すると母と子のようなやり取りに、二人の関係が漫ろ窺える。
ニルスの問いは無邪気であり、リュンの答えは慈しみに溢れている。
普通の姉弟では、こうは行かないだろう。
魔王も其処が気にはなったが、出会ったその日に、家庭事情へと踏み込むのは戴けない。
代わりに魔王はさり気ない話題を切り出して、2人の空気に溶け込んだ。
「お姉さん。今までの流れからすると、今度の人も、なにかお店をやってるのかい?」
「ええ。牧場と雑貨屋を経営するマーサさん。私の勤め先でもあるんですよ」
「へえ、牧場かぁ……。でも、牧場仕事って重労働なうえ、朝が早くてキツそうだなぁ」
牧場と聞いて、田衛文の瞳が綺羅星のように輝く。
「ネエネエ、牧場ってコトは、牛さんがいるの?」
「ええ。牛以外にも、豚や鶏が沢山……。田衛文さんは、動物が好きなんですか?」
田衛文が胸の前へと両手を組んで、トリップ気味に語る。
「ウシさんが特に……。おっきくて柔らかくて、のっそりしてて優しいあのカンジ……」
「僕も好きだよ!」
田衛文に負けじと、ニルスも両手の拳を元気よく突き上げる。
「いつか、あの背中に乗ってみせるんだ!」
すると、それまで片手を繋いでいたリュンは、弟の振り上げた手が顔の横を掠めてビクッと固まる。
「も~う! だから、それは危ないって言ってるでしょう」
二重の意味で姉に叱られたニルスへ、田衛文は得意満面に宣言する。
「ヘヘン。ボクなら飛んで逃げられるから、絶対ダイジョブだもんね!」
「あ~~っ! ズルイよ、精霊さん。あっ……。でも確か、うしろに立っちゃいけないんだって」
(ニルス。その話は、馬のことだと思うぞ……)
そんな他愛もない話に夢中になってるうちに、4人は目的地の牧場に到着した。
前方には、団体客を想定した横長の木造店舗と、それに付随して建つ小さな雑貨屋。後背には、広い牧草地帯が広がっている。
今にして思えば、今朝、村門を出てすぐ目にしたのは、この牧場の敷地であった。
リュンは雑貨屋の入り口前で立ち止まり、ふと不安げに呟く。
「そういえばマーサさん、この時間にいるかしら……」
すると突然、リュンの目の前で、入り口が『ドカン!』と物凄い音を立てて開いた。
「キャッ!」
「うわあ!! ……って、なんだい、リュンだったのかい。反対にこっちがビックリしちまったよ。まさか、扉のすぐ先に誰かが突っ立ってるなんて、思いもしなかったもんだから」
(たった今、女性とは思えない叫びを上げたのが、たぶんマーサさんだぞ)
魔王の目に映るのは、背が高く、お腹が丸々と突き出た、熊のような四十代前半女性。
なによりの特徴は、肉のモリモリと盛り上がったその顔面。
見てるだけでこちらも活発になる、とにかく精力的な人である。
驚きから解けたマーサが、リュンにパワフルな笑みを差し向ける。
「どうしたんだい、リュン。アンタは今日、休みの日だろう?」
「ええ、そうなんですけど……。今日はマーサさんに、マオウさん達を紹介しにきたんです」
「マオウ?」
冬眠明けの熊が獲物を求めるような顔付きで、マーサが奥の三人に注目する。
横一列に並んだ三人のうち、まず最初に口を開いたのが、面識のあるニルスであった。
「おばちゃん、こんにちは」
「はいはい、こんにちは♪」
なにやら好印象な様子である。
(よし、僕もニルスみたいに上手くやるぞ)
魔王が勇気を振り絞って挨拶する。
「おばちゃん、こんにちは」
『バチコン!』
「あんたに、おばちゃん呼ばわりされる筋合いはないよ」
(ううっ、涙を絞る結果になるなんて……)
最後に田衛文が、いきなり相手に甘えてみせる。
「ウシ! 牛さんが見たいです♪」
「あらあら……。アンタ、ちっちゃくって可愛いねぇ」
(田衛文だけ叩かれない。不公平だ……)
一通り挨拶が済むと、マーサは、魔王と田衛文を興味深く見比べる。
「ハハァ……。さてはアンタ達の事だね。村のみんなが騒いでたのは」
あまりにジロジロ見られるものだから、魔王もすっかり調子を崩して、萎縮してしまう。
「どうも、初めまして……。魔王です」
「あいよ。あたしゃ、マーサってんだ。んで、コッチのお嬢ちゃんは?」
(うわあ……。オッサンと違って、田衛文を見ても平然としてら)
魔王とは逆に、田衛文は腰に手を当てて、人懐っこくウインクする。
「ボクは精霊の田衛文! ヨロシクね♪」
「こりゃまた、元気が良いねえ。おばさん、見てるだけで力が湧いてくるよ」
アハハと豪快に笑いながら、自分のお腹をポンと軽く一叩きするマーサ。
非常にアクの濃いキャラクターだが、裏表のない印象から、清々しさを感じる。
「まぁ、こんな所で立ち話もなんだね。とりあえず中にお入りよ」
なんの用件か改めもせず、マーサが四人を雑貨屋へと招き入れる。
店舗としては5トール四方と少々手狭で、商品棚が縦に三列も置かれてるものだから、通路1本当たりに人間が三人もいると、さすがに窮屈である。
店内は種々雑多な商品が陳列されていて、かなり煩雑な印象だ。
その手の客には却って堪らない雰囲気なのだが、もうちょっと整頓した方が良いだろう。この点からしても、マーサの強烈な個性が伝わってくる。
壁際一角には、人形、民具、果ては刀剣類なんかも飾ってある。
それらは一見して実用品か観賞用かは分からないが、そうした類の店によくある魔導具が見当たらない点からして、魔王はそれとなく、たんなる土産物だろうと推測した。
「へえぇ、色々あるもんだなぁ……」
魔王のボンヤリとした呟きに、すぐ横のニルスがコクンと頷いた。
「ウン。お菓子とかもあるんだよ」
「ホント!? 何処ドコ~♪」
ニルスが魔王に向けて言った言葉を、田衛文がしっかりキャッチ。
二人してキャイキャイ騒ぎながら、壁際の棚へと吸い込まれて行く。
魔王も、二人に釣られて棚を物色。
やがて重大なことに気付いて、マーサに声を掛けた。
「う~ん……。やっぱり『魔核』はないんだね」
「あら? アンタ、若いのによく知ってるねぇ。あれは希少価値が高いから、ウチみたいな所には、まず回ってこないんだよ。もっとも、最近じゃ北の方でよく採れるみたいだし、ンストゥルまで行きゃあ、運が良ければ見付かるかもねぇ」
(まっ、そりゃそうだよね……。僕が魔王城にいた時から、レア中のレアアイテムだったくらいだもん)
魔王が思案していると、クイッ、クイッ……と、ニルスが片袖を引っぱる。
「うん、なんだい?」
「ねえ、おじちゃん。マカクって何?」
「なんだ。ニルスは魔核を知らないのかい?」
「うん。精霊さんは知ってるの?」
「モチロン!」
田衛文が胸を張って言い切るいっぽう、リュンはモジモジと、白エプロンを揺さぶって恥ずかしそうに白状する。
「あの、私も知りません……」
「お姉さんもなんだ……。なら、ちょっと長くなるけど説明するよ」
魔核とは、漂流魔力が結晶化した宝石状の触媒であり、機能によって三つに分類される。
まず一つ目が《霊珠》。
術者の精神力と漂流魔力を高効率で魔力化する、非常に優れた魔力結晶である。
その効率故、魔法素養のない者でも魔法行使が可能となり、さらには、その霊珠に対応した精霊を召喚できるという、一家に一つ、あれば国宝、飾れば神様と言われた秘宝である。
その見た目は宝石のように美しく、形、色、霊珠内の模様も、一つとして同じ物はない。
二つ目が《装核》。
霊珠に比べて魔力変換効率は低く、特定の効果が永続するため、汎用性に欠ける。
その反面、加工品とするには非常に優れ、日用品や装身具にも、魔法効果を付与する事ができる。
例えば硬度を上げる装核の場合、ペンダントに加工して身に付ければ、装着者の身体が丈夫になり、怪我の防止に役立つ。
他にも道具として使用し、敵・味方の魔法攻撃を、別の効果にすり替える機能もあった。
当然、希少価値は霊珠に劣り、内部の模様はなく、形もほとんどが楕円形の物ばかりである。
最後は《力石》。
三つの内で最も希少価値が低く、見た目も単なる黒色の石だが、手触りは樹脂に近い。
変換効率は無きに等しく、破壊して魔力を取り出す以外に使い道がない。
しかし、並の燃料に比べて何倍ものエネルギーになる事から、力石の大量採掘が、生活水準の向上に直結する。
加えて、大戦時には携帯用の予備魔力や通貨としても用いられた。
それらの魔術講義に多くの時間を費やしたせいか、せっかちなマーサは本題に
早く移ろうとして、奇妙な顔で固まった。
そもそも肝心の本題が、まだ話題にすら上がっていないのである。
「それで、一体アタシに、この子らをどうしろってんだい、リュン?」
「それなんですけど……。もし宜しかったら、マオウさん達のお仕事を、マーサさんの所から頂けないかなぁ……と」
(おおっ……。こういうお姉さんも新鮮だぞ)
今、魔王が目にしてるのは、両手を頬の横で重ねて、上目づかいにおねだりするリュンの姿。
出会いからこれまで、彼女の挙措には一定の義務感が見られたが、ここに来てようやく、彼女の本質を垣間見ることができた。
おかげで魔王のハートはドッキドキだが、マーサには動揺どころか、悩む素振りすらもない。
「ハハハ、構わないよ。仕事なんてものは、こうした村にゃ、幾らでもあるもんさ」
リュンと同じ職場ともあって、魔王は小さくガッツポーズを決める。
「やったぞ。これで早くも、無職から解放だい!」
喜びも束の間、マーサが顎先で外を示す。
「でも、細かいことは明日からにするよ。もう遅いからね」
マーサの動きに釣られて、田衛文が窓の外へと視線を移す。
外を見ると、上天はうっすらと白み、彼方の稜線は茜色に燃えていた。
「ホントだ……。あと少しで夜になっちゃう」
「まっ、そういう訳だから、また明日、来ておくれ。それと、明日の朝は、しっかりとお腹を空かせて来るんだよ。うんと御馳走してやるから」
「ヤッタ~。ありがとう、マーサさん♪」
「好いって好いって……。さっ、アタシは店じまいに移るよ」
カウンターを出てせかせかと動き出すマーサだったが、不図、その動きがピタリと停止する。
「あっ、そうだ。ちょうど、リュンに渡す物があったんだよ」
「私に? なんですか、渡したい物って」
リュンが不思議そうに尋ねると、マーサは見た目通りのオバサン臭い手付きで、手招きでもするように、片手でゆっくりと宙を扇ぐ。
「芋だよ。余ったモンを此処に置きゃ、みーんなウチが何とかすると思ってんだから。そりゃ確かに、家畜のエサには持ってこいだけど、ぜーんぶ細切れにするったって骨が折れるよ。ちょっと分けてあげるからね」
「良いんですか?」
少しだけ、リュンが遠慮してみせる。
彼女だって、村の台所事情が苦しいことはよく知っている。
それでもマーサは手をヒラヒラと、リュンへ気さくに分け前を勧めた。
「良いんだよ、気にしなくても……。それじゃ、いま持って来るからね」
「あっ、私も手伝います!」
こうして主役2人が同時に引っ込むと、田衛文が隙を見て動きだす。
「じゃあボクは、牛さんに乗って来よーっと!」
まだ憶えてたんだ、その目的……。
「行くのは良いけど、驚かせちゃ駄目だぞ」
「分かってるモーン♪」
言うが早いか飛ぶのが早いか、田衛文は柵の向こうへと一直線。
なにやら女三人が慌ただしく離れたことで、店内では、男二人が寂しく待ち惚けることになった。
魔王が無言で暇を持て余していると、ニルスが素朴な声で話しかける。
「ねえ、おじちゃん」
「うん、なんだい?」
急に、ニンマリとした笑みで一言。
「姉ちゃんって、おっぱい大きいでしょ」
「お、おオ、オパ……。駄目だ、僕には言えない……」
いや、それよりも……。
「いきなりなんてこと言うんだよう!」
「だってマオウのおじちゃん、姉ちゃんに気がありそうなんだもん」
「な、何を根拠にそんな事を……。違うよぅ」(フリフリ)
「いや、そんな……。子供みたいに、肩を振って照れなくても……」
「う~ん。子供に言われてしまったぞ」
そんな事よりも、今のやりとりを田衛文に聞かれていたら、絶対ややこしい事になる。
そう思った魔王は、窓の外へと目をやると、当の田衛文は牛ロデオに没頭中であった。
(でも、良いんだろうか。今、思いっきり振り落とされたような……)
むうぅ……、と相棒への気遣いに表情を曇らせる魔王に、ニルスが直前までの話を続ける。
「姉ちゃんってさ、村では結構、人気があるんだ。でも、姉ちゃんの方が男の人に興味がないっていうか、なんか余所余所しいんだよね」
「確かに今日の感じからすると、意外と、距離を置いて話をするタイプだよね」
「でも、おじちゃん相手だと、あんまりそんな感じじゃない気がするんだ。さっきだって、自分から手を繋いだくらいだし……」
「う~ん……。そう言われても、僕は普段のお姉さんを知らないからなぁ」
穏やかさに加え、素朴で真面目なニルスを前に、ついつい魔王が弱気を見せる。
彼も多分に挑戦的な癖に、精神面で妙に打たれ弱い所がある。
況して、相手が想い人の家族とくれば尚更だ。
そんな魔王を、ニルスが健気に応援する。
「頑張って、おじちゃん。僕、おじちゃんのこと、面白いし大好きだよ」
これが幼心の破壊力か!
純な眼差しに邪念を射貫かれて、魔王が大袈裟に身悶える。
「ぐあああ! 僕をそんな目で見ないでぇ。汚れた心の持ち主にはツライ……」
今の言葉といい、さっきの発言といい、子供って本当にストレートだ。
今の僕には、とても真似できそうにないよ。
せめて僕も、ニルスくらいの子供だったら……。
「うん、子供だったら? 子供だったら、お姉さんの胸に……」
(でゅふ。でゅふふふふ……)
魔王の不気味な薄ら笑いを見て、ニルスが不安を募らせる。
「おじちゃん、急にどうしたの。頭おかしいの?」
「グッ! い、いや、なんでもない……」
悪口もストレートなんだね……。
「とにかく……。ありがとう、ありがとう……! ニルスにそう言ってもらえると、僕も心強いよ」
「ウン。挫けないでね、おじちゃん」
(嗚呼、ほんに良え子じゃのう……)
そうこうしてる内に、リュン達が、見るからに重い箱を抱えて、隣りの建物から戻ってきた。
「お待たせしました」
「ほいよ。こっちはアンタが持っとくれ」
ズシリ……、と魔王の肩に荷重が掛かる。
「うわっとととと……」
「これしきでバランスを崩すなんて、だらしが無いねぇ。まぁ、明日から家で鍛えてやるよ」
「違わい。こっちの方が、お姉さんのより重いんだい!」
魔王が瞬時に減らず口で返すと、それを聞いたリュンが、謝罪ついでに礼を述べた。
「荷物運びだなんて済みません。本当だったら、私が村を案内するだけだったのに……」
フッ、アピールチャンス到来……。
「いいさ、コレくらい。気にしないでよ」 (← 魔王 )
「うんうん、男はそうでなくっちゃね」 (← マーサ)
折角のチャンス、おばさんの言葉で潰された感、一杯です……。
「さぁ~て、動物達を小屋に戻さないとねぇ」
マーサが大きく伸びをして、この日、最後の大仕事へと気合いを入れる。
当然、彼女一人の仕事ではないのだろうが、性分からして、従業員の分まで頑張る姿が容易に想像できた。
牧場案内が終了し、時間的に見て、あとはリュンの家に荷物を運ぶついでに、
空き家を紹介してもらうのが限度である。
魔王は店の外に出て田衛文を呼び戻すと、箱を抱えて、リュンの後ろをヨタヨタと続いた。
新居となる空き家は、ビストゥス南側、商店街の外れに建っていた。
部屋の間仕切りこそ無いが、台所に当たるスペースには、備え付けのテーブルと竈が壊れた様子もなく完備されている。
壁には、蓋の付いた風穴式の窓。
部屋の隅には、木製のベッドと飾り棚。
水瓶などの生活品も、流し台の横にしっかりと置かれてあった。
これなら、今すぐにでも暮らして行けそうである。
強いて不満を挙げるとすれば、土壁の冷たい感触が、飾り気が少なくて面白くない程度である。
宛がわれた家よりも、魔王を大いに困らせたのは、リュンとニルスの家である。
何処にあるのかと着いて行くと、出発地点の役場であった。
つまり、これから彼女に会いに行く時は、決まってあの曲者めいた村長と顔を
突き合わせる事になる。
魔王はガックリと肩を落として、田衛文と二人、その日は一旦、森小屋へと帰るのであった。




