12話
村長に遅れて、魔王とリュンも騒ぎの中心に到着した。
駆け付けるまでの間に、だいぶ荒らされたのだろう。露店のほとんどは大きく
損壊し、通りに面した食堂は一瞥して分かるほど、略奪の跡が見て取れた。
路上を占拠するのは一台の豪華な馬車と、鈍色の鎧だけは真っ当な、ゴロツキ
同然に暴れ回る二十人ほどの兵士達。
本来、そこを闊歩するはずの村人達は、彼等に追い返される形で役場の方へと
一塊になって後退していた。
やたらめったら暴れる兵士を相手に、村長が制止の声を上げる。
「お止め下され……。いったい何故、こんな惨い真似をするのです」
すると、食堂前で暴れていた兵士が、店員を殴りつける手を止めた。
「なんだとぅ……。おい、ジイさん。てめえ、何様のつもりだ」
するどさに欠けた、独り善がりの粗暴な視線。
村長は高圧的な言動に耐えながらも、村人を庇うのを止めない。
「私は、この村の長です。なにか不満があるのでしたら、村の者にではなく、私に仰って下され」
「ホホゥ……。それじゃ聞くが、おたくの村では、お客様にドロ臭い飯を食わせた上、法外な料金を取る決まりでもあるのか。あぁん?」
すると、すぐ傍の店員が胸ぐらを掴まれたまま、非難の言葉を浴びせる。
「嘘だ! こいつらは私の店で代金を払わず、食い逃げしようと……」
「てめぇはすっこんでろい!」
「うあっ!」
暴力兵士の反感を買って、店員改め、店主が地面に突き飛ばされる。
村人の安全を考えてか、村長はなおも下手に出た。
「お願いです。乱暴はお止め下され」
「なら、誠意を見せてもらおうじゃねぇか」
相手が強気に出れないのを見越した上で、ごろつき兵士が掌をいやらしく広げる。金銭を要求しようというのだ。
こうなる事は予想できたとはいえ、村長の悲嘆は深い。
「そんな……。これではまるで恐喝じゃ……」
すると、馬車のそばに控えていた赤服の男が、ユッサユッサと太り肉のお腹を
揺らして村長の前へと歩み出る。
「これはこれは……。恐喝とは、実に他人聞きの悪い」
馬車を囲む一団の中、寸胴短躯の彼だけは、鎧兜を身に付けていない。
余裕の表れか、赤帽、赤服、棍棒二丁と誰よりも軽装なのだが、その癖、態度だけは人一倍だ。
いかにも食い意地が張っていそうで、頬がムッチリと膨らんでいて血色も良い。
しかし、その顔は始終ムスッとしている感じで、少しカールした茶色い髪が、太い眉の上に落ちていた。
村長を囲む群衆のうしろ、それまで相手の出方を観察していた魔王が、隣りの
リュンへと声を掛ける。
「ねえ、お姉さん。帽子を被ったあの太っちょは、いったい何者だい?」
相手の警戒心を煽らぬよう、リュンは声を落として解説する。
「彼は、エルドラ親衛隊の隊長・オズボーン。ンストゥル随一の闘士で、此処ビストゥスを始め、付近一帯の村を取り締まる執政官です」
「執政官?」
「城主自らが選任のもと、任地で税の取り立てや行政活動の監視を行う人物のことです」
「一言で言うと、役人ってトコか。村の生活に口出ししてくるんだから、村長からすれば、目の上のたんこぶってヤツだな」
(しっかし、最近ではメタボリックな人でも隊長になれるんだな……)
魔王が無遠慮な視線を働かせる左前方、村長が、筋張った両腕を縋るように彷徨わせる。
「いったい何故、このような無体なことをするのです。我々が、なにか間違った事をしたとでも……」
「そうではない……。近く、隣国グローネシアが、国境付近で軍事行動を起こす
計画を、我が国の密偵が掴んだのだ。そこで我々エルドラ親衛隊は、有事対策法に則って資金提供を求めたというのに、村人から強い抵抗を受けたため、已むなく
乱闘となったのだ」
自分達の正義を傲然と振りかざすオズボーンに、村長は悲痛な声で説得を続ける。
「それは、もう此の村には、徴用に耐えるだけの蓄えがないからです。周りをよく御覧下され。家の修繕にも事欠き、村人は重税に怯えております。これが一体、どうして国を守るためと言えるのです」
しかし、あくまでオズボーンは、執政官としての権利を主張し続ける。
「だが、このビストゥスでは徴兵を行わぬ代わり、それに見合うだけの食料や金品を供出する取り決めが為されている。つまりこれは、正当な要求なのだ。そうですよねぇ、エルドラ様?」
同意を求める声に応じて、今度は馬車の中から、霊験あらたかな空気をまとった男が姿を現す。
身体は屈強、巨岩を思わせる腕は実に頼もしく、視線は白刃のように鋭い。
善悪を抜きにすれば、並々ならぬカリスマ性の持ち主である。
紫色の儀礼服を着用し、錦帯を腰に巻き付け、その上から、全身を覆う白い法衣を重ね着している。
脚も丸太のように極太で、全身余すことなく鍛えてあるのか、この男、靴をまったく履いてない。
小石や木片を物ともせず、象のような素足で大地を踏み締めている。
そうした特徴の中、魔王が最も注目したのが、禿頭、右側面に小さく描かれた
奇怪な呪印。
外円と内円のあいだに呪文のような記号が書き巡らされ、内円には目玉の入れ墨。
それらが果たして何を意味するものかは知れないが、なんとも不気味な象徴であった。
洗脳には打って付けの低い声が、聞く者の脳髄を揺らす。
「うむ、その通りだ。それに此度は、フェルメンティア本国より、忠勤十年目として下賜された秘密兵器、機械狼がある」
屋根のないオープンタイプの馬車のうしろに、鼠色の光沢を放った狼型の機械が見える。
荒々しく逆立つ総身の毛は、より実践的かつ過酷な環境に耐え得る代物で、するどい爪牙は、人の血肉を貪る残虐な仕様に基づいた設計だ。
「この機械狼は、北方で新たに見付かった資源開発地域を治めるうえで、重要な
兵器となる。しかし、こいつを起動させるには、膨大な魔力が必要なのだ」
エルドラは、両腕を左右に広げて聞こえよがしに演説すると、群衆とは別方向から、反対の声が上がった。
「黙れ、エルドラ。貴様らの横暴、もはや見過ごせるものか!」
「むう?」
反論したのは、周囲を扇形に取り囲むビストゥス自警団。
騒ぎに遅れる事ようやく、見るも痛ましい此の現場に集結したのである。
とはいえ、村全域から一斉集合とは行かなかったのか、そこにローガスの姿はなかった。
「ひっ、ひいぃ……」
馬車を中心にして、一ヶ所に寄り集まるンストゥル兵士達。
如何に正規の兵士とはいえ、巡回用の軽装備で取り囲まれては分が悪かった。
況して此処は、彼ら自警団の本拠地である。
地勢も士気も勝手が違うのだ。
そうした劣勢の中、オズボーンとエルドラの二人だけは平然としている。
「やれやれ、親衛隊のくせに情けない……。エルドラ様、ここは私にお任せを」
両手で棍棒を構えるオズボーンに、エルドラが鷹揚に頷く。
「ウム。貴様の妙技、久方振りに見せてもらおう」
村長の顔が瞬時に凍り付く。
「いかん、オズボーンの幻術じゃ! 皆の者、手を出してはならん!」
しかし、自分たちの有利を確信する自警団は、村長の警告を聞き入れない。
「なに言ってるんですか! こんなチャンス、滅多にありません。俺達に任せて下さい。エルドラ諸共、この国から追い出してやります!」
ジリジリと包囲の輪が狭まる中、オズボーンは太い声で短縮詠唱を唱えた。
「エル・メグラ・ソウ・リクアナ…………」
やがて未知の詠唱は完成し、オズボーンが幻術魔法を解き放った。
「シャアッ!」
衆目の中、オズボーンの身体が、突然、左右にブレた。
(分裂した……!?)
魔王が遠巻きに、声もなく驚く。
分裂体は、本体を中心にして別方向へと散開し、術者の位置を幻惑するように、それぞれの敵へと駆け出した。
「うわあっ!」
正面に立つ自警団員が顎を打ち払われ、仰け反るように倒れた。
それを契機に、その場にいる自警団員が、前方側方を問わず、複数のオズボーンを攻撃するが、いずれの姿も直撃と同時に掻き消えて、正確な敵の位置を把握できない。
「どうだ。これぞ我が秘技、霧幻闘法。いくら頭数を揃えようとも、私の本体を
見破らなければ、貴様らに勝利はない。ヌエヤァアアァ!!」
「あぁっ!?」
「ぐあぁ!」
「ひいぃぃぃ……」
まともに抵抗する事も敵わず、次々に悲鳴を上げて打ちのめされる自警団たち。
誰も動く事のない、ビストゥス北の村道。
殺伐とした静寂が流れる中、乾いた拍手が敗者を嘲笑った。
「見事だ、オズボーン。来るグローネシアとの国境争いも、同様の戦果を期待してるぞ」
「勿体なき御言葉……」
オズボーンは、主へ向けて慇懃に頭を垂れると、自身の肩を二丁棍棒の片方でトントンと叩き、気絶した一人へと近付く。
「村長……。私は常々、考えていたのだ。どうして貴様ら泥臭い田舎者が、我々に逆らうのかを」
無視する事の出来ない殺気と悪寒に、村長が両手をすり合わせて必死に拝む。
「命だけは……。村人の命だけはお助け下さい。お願いします……」
「いいや、無理だな」
足下に転がる自警団員を、オズボーンが体重を乗せて踏み付ける。
「我ながら、気付くのが少し遅かったようだ……。貴様らを調教するには、一度くらい、手痛い見せしめが必要なのだと……。見せしめがなっ!!」
意識のない団員へ向けて、オズボーンの無慈悲な一撃が振り下ろされた。
『ガッ!!』
棍棒が叩き付けられる直前、オズボーンの腕が何者かによって掴み止められた。
その正体を、安堵の声でリュンがなぞる。
「マオウさん……」
「いい加減にしたら、太っちょオジサン」
「な、なんだ貴様! なぜ、私の幻術範囲内で自由に動ける!?」
すると魔王が、ポカンと気の抜けた表情で口を開く。
「えっ、幻術だって? にしては、全然平気だぞ。コレ、ちゃんと魔法が効いてるの?」
オズボーンは、魔王の呟きを侮辱と受け取って、掴まれた右腕を乱暴に振り払った。
「バカにしおって! ええい、もう一度だ。エル・メグラ・ソウ・リクアナ……」
オズボーンは再び短縮詠唱を唱え、効果範囲を魔王に絞る。
「せやぁ!」
魔王が不機嫌な声で片足を振り上げる。
「うるさい奴だなぁ……」
「な、何故……」
魔王の靴裏が、オズボーンの顔面にジャストフィット!
喧嘩キックの勢いでグラリと後ろによろめき、オズボーンがみっともなく呻いた。
思い掛けない展開を前にして、取り巻きの兵だけでなく、主君のエルドラですら驚きの表情を浮かべる。
「バカな……。オズボーンの魔法が効かんだと!?」
どうして魔王に幻術が効かないのか。
それには確固とした理由がある。
魔法とは、魔力という仮想粒子を操る技術のことであり、魔法攻撃とは、対象の魔力を強制的に暴走させる事で成立する遠隔攻撃である。
だが魔王は、処刑前の変化のせいで、魔力のほとんどを失っていた。
つまり、魔王はあまりにも弱過ぎたのだ。
それも、魔法が効かない程にである!!
そんな事情を知る筈もなく、オズボーンもエルドラも、さらには村長とリュン
までもが、魔王の勇姿を目に焼き付け、驚愕と期待に打ち震える。
「い、いけるかも知れん……。彼奴なら、この凶行を止められるやも知れんぞ!」
「マオウさん……」
(ハッ……。オネイサンが、僕に期待を寄せている。こいつはチャンスだ。ここでポイントを稼げば、オネイサンEND一直線だね♪)
調子付いた魔王は、声に凄みを利かせつつ、胸の前へと拳を構える。
「何度来たって無駄だよ。その程度の幻術じゃ、僕を騙せないからね」
「ヌググググ……。ええい。此方としても、親衛隊長の意地があるわ。テリャアアァァ!!」
魔王の挑発に、怒りを以って水平に振り抜かれる棍棒。
そして、
「痛てぇ~×2、いてぇ~……」
魔王がアッサリと、スローモーションで薙ぎ飛ばされる。
(そうかぁ……。僕って、ログとトールの子供2人にやられる程、根本的に弱かったんだっけ。田衛文、連れて来るんだったなぁ……)
疾風のごとく倒される魔王に、皆、別の意味で驚愕する。
此奴、マジで駄目だと。
「な、なんて弱さだ、この浮浪者……」
「クハハハッ、面白い座興だったぞ。もう良い、オズボーン。そいつを始末しろ」
エルドラの指示通り、パタリと倒れる魔王へ向けて、オズボーンが止めの一撃を振りかぶる。
すると其処へ、リュンが魔王のもとへと駆け寄り、オズボーンに抗議する。
「もう止めて下さい。勝負は付いてるじゃありませんか!」
「いいや、それだけはならん。そやつが何処の浮浪者かは知らないが、われわれ
親衛隊に逆らった上、私の霧幻闘法を破ったのだ。腕の一本でも折らねば、必ず
後顧の憂いとなる」
オズボーンは、魔王を庇うリュンの肩を掴み、強引に引きはがす。
「退けい!」
「キャッ!!」
押し退けられた弾みで、リュンが首から提げたペンダントが胸元から零れた。
するとその瞬間、オズボーンの口から『あっ!』と短い悲鳴が漏れる。
リュンは身を捩り、銀の鎖に繋がれたそれを胸の谷間へと戻す。
――自分の肢体が見られたかも知れない。
羞恥心から、リュンは反射的にオズボーンをキッと睨んだ。
「ぐうぅぅ……」
オズボーンは急に敵意の鋭鋒を失って、その場で気まずく硬直する。
一瞬、2人の奇妙な一幕によって、辺りがシンと静まり返った。
村長は、周囲に立ち込める緊張を敏感に感じて、白髪眉をピクリと跳ね上げる。
念のため、腰裏にはなけなしの財産を忍ばせてあった。
意を決した村長は、布袋を片手にオズボーンの傍へと歩み出る。
「どうか、この2人を許して下され。そもそも其処にいる浮浪者は、今朝、村に
紛れ込んだばかりの見知らぬ者です。もちろん、只でなどとは申しません。これが、今、私に出せる限界です。どうか御納めを…………」
片膝を立てて跪き、布袋の口紐を弛めて相手に差し出す。
中に入っていたのは金貨ではなく、たった二粒の黒色樹脂であった。
「ホホゥ……。ちゃんと有るではないか」
振り返ったオズボーンが、エルドラと満足げな笑みを交わす。
石ころの正体は、力石。
経済的価値は勿論のこと、それ自体が、高純度の魔力が結晶化した宝石状の魔導具である。
ややあって、馬車の傍のエルドラが、面上に湛えた優越感を引っ込める。
「まぁ、良かろう。我等とて、この村が消えてしまえば、政にも障りが出る」
エルドラは取り澄ました空気で嘯くと、馬車の段差に足を掛けた。
「行くぞ、オズボーン」
「ハハッ……」
忠犬よろしく一礼すると、周囲の部下を冷たく叱り付けた。
「何をしている。お前らも引き上げるぞ」
馬車の周りで硬直していた兵士達が、ゾロゾロと統率なく歩みを始める。
あとに残ったのは、地面に倒れた魔王と自警団員の姿。
店はメチャクチャに打ち壊され、商品は踏み躙られ、それを村人が、ただ無気力に見つめている。
それ以外、彼等にはどうする事も出来なかった。




