11話
「あの、大丈夫ですか……(頭が)」
不意に聞こえる想い人の声に、魔王は三割方、意識を取り戻した。
ハッ、いけない。
僕が見惚れてるうちに、すでに状況が第一フェイズに突入してる!
(いやいや、弱気になるな、僕……。今こそ幼き日の称号、フラグクラッシャー返上の時だっ!)
魔王は、声と姿勢をキリリと正して、気障ったらしく振る舞う。
「ああ、コレ(見た目)の事? ハハ、平気ですよ。これは今朝、ログとトールにやられた物です。あなたのせいなんかじゃありませんよ……」
よぅし、完璧に決まったぞ。
それじゃ、このあとの展開は……。
「そ、そうですか。可哀想に……」(ササッと遠ざかるリュン)
(あれれ、変だぞ? お近付きになるどころか、むしろ避けられてしまったような気がする……)
魔王の戦略が早くも破綻を来した頃、すぐそばで彼の身を案じていた田衛文が、プックリと頬を膨らませていた。
なにせ、思考共有を持つ彼女には、魔王の煩悩がダダ漏れなのである。
ふと、怒れる田衛文が名案を閃く。
「あっ、そっか! 感覚とかを共有してるんなら…………、エイヤッ!!」
幻想を打ち砕く客観性が、魔王の脳内にフィードバックされる。
「グホァ……!!」
【魔王は精神的ダメージを受けた】
突然、膝をつく魔王に、リュンと村長が目を丸くする。
「どうしたんです。やっぱり(頭が)悪いんですか?」
「なんぞ、悪い事でもしましたかな。儂等……」
このままでは、完全に変人扱いである。
印象悪化を止めるべく、魔王が苦し紛れに弁解する。
「ああ、いやいや……。御心配なく。今、ちょっと田衛文のヤツが、僕にイタズラを……」
イタズラと聞いても、精霊との縁に乏しいリュン達には、言葉の意味がしっくり来ない。
「田衛文って……。もしかして、そちらの妖精さんが? 私には、何もしてなかったように……」
「魔法! そう、魔法……みたいな物ですよ。見た目には、とても分かりづらい……」
「はあ、そうですか……」
半信半疑の感は残るが、その場凌ぎには何とか成功した。
あとは犯人を締め上げるだけなのだが、犯人の田衛文は、両手を頭のうしろで組み、素知らぬフリと徹底抗戦の構えである。
「田衛文。いきなり、なんて光景を見せてくれんだよぅ」
田衛文が悔しさから、空中で手足を大きくブン回した。
「ナニさ。魔王が、他のオンナに浮気するからイケナイんじゃないか!」
「なんで僕が、お前に気があるって前提なんだよぅ!」
「ナンデって、ボクと魔王は、魔法の赤い糸で結ばれた仲だからに決まってるじゃナイ!」
真実と屁理屈の微妙な境界のせいで、魔王が言葉を詰まらせる。
「いや……。それは強ち、間違っちゃいないけどさぁ……」
(その表現、若干、無理があるぞ)
「フぇ……?」
魔王の意外にも悪くない反応に、田衛文の勢いが一気に崩れる。
今度は胸の前で両手を組み、身体をモジモジさせて瞳を輝かせた。
「そのカンジ……。もしかして、ついにボクとの関係を認めるようになったとか!」
んな訳なかろう。
「確かに技能面では、思考共有の力で結ばれてるけど、感情までは別さ。とにかく、僕の自由恋愛を邪魔しないでよね」
「チェッ……。ソンナに言うなら、別にイイモン」
おっ、珍しく簡単に引き下がったぞ?
「アトで惚れ薬トカ、幻術を使ッテ……」(小声)
(別に好いもん! 今日は外食してやるもん!)
魔王は、未来の恐怖から目を背けて、リュンとの会話に専念する。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕の名前は魔王。んでもって、コイツが……」
田衛文が魔王の紹介に割り込んで、リュンに顔をズイッと近付ける。
「田衛文! 言っとくケド、魔王はボクの物だからネ」
「はぁ……?」
一瞬、どうして凄まれたのか悩むリュンだったが、理由がサッパリ分からないため、無難に挨拶へ移ることにした。
「どうも初めまして。私の名前はリュン。ニルスとは5つ違いの姉です」
(そうかぁ、リュンって言うのかぁ……。これは是非とも、僕の脳内辞書に保存しとかなくちゃね。書き書き、っと……)
リュンは簡単に自己紹介を済ませると、至極真っ当な形で、魔王の名前に疑問を抱く。
「あの……。今、魔王と仰いましたけど、それってまさか、あの魔族の王って事ですか?」
色めき、どよめき、さざめきと、野次馬が実に様々な形で、己の動揺を体現してみせる。
(まっ、そりゃそうだよねぇ。世界を震撼させた、あの『恐怖の代名詞』なんだもの……)
内心、ため息をつく魔王に、田衛文が横からチクリと刺す。
「ホントの事、ゼッタイに言っちゃダメだからね」
「分かってるって。ちょっと気に食わないけど、僕だって揉め事は勘弁だからね」
誤魔化す手法そのものは、村の入り口で使った方便とまったく同じ。魔王は更にそこへ、魔族という単語がフォルトへの蔑称に当たる事実も付け加えた。
簡単な歴史講釈が終わり、村人達が社会通念の揺らぎを憶えて、先程とは違う形で動揺を見せる。
リュンとニルスの口からも、それぞれ違った感想がもたらされた。
「私、マオウさんに教わるまで、違う種族のかたを傷付けてるなんて、思ってもいませんでした」
「おじちゃん、頭よかったんだね」
戦争を知らない世代ならではの純朴な反応である。
これも偏に、自分の降伏が生み出した好ましい変化かも知れない。
魔王は強引にそう考えてから、ニルスの感心へ得意気に返した。
「へへん……。こう見えても、僕は本来、頭脳派だからね。ひょっとして、ニルスの目には、そう見えなかったのかい?」
(まぁ、そうだとしても仕方ないかな。出会って次の日に、ボッコボコだもんね)
嬉しいことに、ニルスが首を横に振って否定する。
「ううん、そんな事ないよ」
良かった……。
ニルスだけは僕のこと、ずっと理解してくれてたんだね。
「僕、おじちゃんの事、『頭が変な人』なんだって思ってたんだよ♪」
「なんですと!!!?」
ひどい……。
さっきまでの僕の信頼、どうしてくれよう。
「コラ、ニルス!」
すぐさまリュンが注意するが、時すでに遅し。
悪口はとっくに、魔王の耳に入ったあとである。
するとニルス自身も、自分の言葉にハッと驚かされて、慌てて訂正する。
「あ、間違った! 『変わった性格の人』だなって思ったんだよ、おじちゃん」
「なぁんだ、そういう事か……。あぁ~、ビックリした」
(でも、そんな間違え方、アリなのかい?)
誤解が解けた所で、今度は田衛文が不満を訴える。
「じゃあさ、この際だから、ボクにも一つ言わせてよ」
「あら、妖精さんも?」
すると、何が気に食わなかったのか、いきなり田衛文が『ズビシッ!』と、リュンに指を突き付ける。
「そう、ソレ! ボクが言いたかったのは、まさにその『妖精』ってヤツ!」
「ええっ!? 私、なにかまずいこと言いましたか?」
怒られた理由が分からず、狼狽えるリュン。
精霊と妖精は、その姿形からしばしば混同されがちだが、まったく別の生命体に分類される。
精霊とは、周囲に漂う魔力(漂流魔力)と、自身が保有する魔力(体内魔力)を利用し、あたかも其処に存在してるように振る舞う『魔導生命体』である。
彼らに死の概念はなく、魔力を失った際、植物や自然物へと退避し、再び具現化できる状態に戻るまで、永い眠りにつく習性があった。
つまりは田衛文の場合、物理的な干渉を可能とした霊体、つまりは『精霊』である。
いっぽう妖精とは、動物から進化した知的生命体であり、歴としたフォルトに当てはまる。
また、動物である事から食事を摂り、場合によっては、他者から精気を吸い取ることで生命力を保持している。単純に言えば、彼らも同じ人間なのだ。
こうして両者の説明を終える頃には、ほとんどの村人が、自分の仕事に戻っていた。
魔王に対する猜疑心は、もうすっかり消え失せたのだろう。
村長も、村人の安心感を汲み取って、二人に思い切った提案を持ち掛ける。
「いやはや、なんとも博識ですな……。それならどうでしょう。これまでのように森で二人きりと言わず、このビストゥスに移住して、その見聞を更に広めるというのは」
村長の提案を聞いて、田衛文は顔中に喜びの色を浮かべる。
「イイの!?」
「ええ、勿論。どうやら子供達も、元よりそのつもりで連れて来たみたいですしな。仕事は…………。リュン、お前さんが世話になっとる、マーサの所は空いとるかの?」
「はい、平気ですよ。人手なら、いくらでも欲しいくらいです」
食うに困らぬ待遇と、見る物すべてが新しい世界に、田衛文はすっかり乗り気である。
「ネエネエ、どうする?」
一瞬、魔王が悩む素振りを見せる。
「どうするって言われてもなぁ……」
とは言ったものの、彼の心はすでに決まっている。
偶然とはいえ、村人との交流を持った以上、今さら森に隠れ住んだ所で意味はない。
それならいっそ、一村人としてビストゥスに溶け込んだ方が、外の人間に不審がられるリスクもなければ、生活するにも都合が好かった。
魔王は僅かな逡巡のあと、賛成を口にする。
「うん。村のみんなが住んでも良いって言うなら、お言葉に甘えちゃおうかな」
「ヤタ~♪」 「やったぁ!」
声を揃えて喜ぶ二人の姿に、村長とリュンが眩しそうに目を細める。
やがて、ニルスとのハイタッチを終えた田衛文が、フヨフヨと何気なく魔王に近付く。
「でも、いきなりオッケーして良かったの? なんだか少し、悩んでたようにも見えたケド」
すると魔王が、舌打ちのリズムに合わせて、人差し指を左右に揺らした。
「チッチッチッ……。舐めてもらっちゃ困るよ、田衛文。重要な決断を迫られた時の僕は、果断迅速、一意専心、即日配達なんだから」
後半が通販の宣伝みたくなってる魔王に、田衛文は、ポワポワと温かい笑みで頷き、
「ウンウン、分かってるヨ♪ ダッテ……」
一転して『夜叉』のような形相で、心の奥に秘めた殺意を解放させる。
「いまの魔王の目、欲望に濁ってるカラ……!」
かなり早い段階で、リュンとの『ウハウハ仕事生活』なる、密かな野望は見抜かれていた。
(バカな! クールフェイスの異名を持つ僕の、いったい何処に問題があったって言うんだ)
そんな事を考えてる間にも、怒った目付きの田衛文は平行移動。
処刑開始は、秒読み段階であった。
魔王の命が風前の灯火と化したちょうどその時、聞く者の心を掻き乱す怪しい喧噪が、役場前の広場へと忍び寄る。
「田衛文、ちょっとストップ」
いつになく真面目な空気の魔王に当てられて、田衛文も思わず従ってしまう。
釣られて彼女も耳を澄ませると、騒ぎの音に、悲鳴が混じっているのが聞き取れた。
「ジイさん。まさかとは思うけど、今日は祭りでもやってるのかい?」
「いや、そんな予定は……」
「村長様ぁぁぁ、大変ですー!!」
騒ぎに続けて、非常事態を知らせる呼び声が近付く。
声の方向に視線を走らせると、緊張広がるビストゥス北部より、額から血を流した村人が、転がるようにして駆け込んできた。
「この騒ぎに、その額の傷……。いったい何があったのじゃ!!」
負傷した村人が、恐怖に声を震わせて語る。
「エルドラが……。エルドラの一味が、また村にやって来ました」
「なんじゃと!? そりゃイカン……。急いで対処せねば!」
村長が血相を変えて、現場へと足早に立ち去る。
移住決定の初日から、早くも不穏な空気である。
田衛文は、どす黒い不安を胸に感じてニルスに尋ねた。
「エルドラって、誰のこと?」
それに答えるニルスの表情は固い。
「ンストゥルの王様だよ」
「王様って言うと、この辺りを守ってる人って事か……」
魔王の要らない解説に、ニルスが堪らず激昂する。
「守ってなんかないよ!」
魔王が知らない詳しい事情を、リュンもまた、怒りに声を震わせて語った。
「国王エルドラは、巡視と称して村々を訪ねては、いつも金品を要求してくるんです!」
「なんだって……。それじゃ、略奪を働く野盗ども一緒じゃないか!」
王とは、領地の支配権と引き替えに、他国の侵略を防ぐ義務が課せられた最高
権力者である。
しかし、大陸間戦争が終わったこの時代、その権威を笠に、不正や横暴を働く者は後を絶たなかった。
平穏な時代を夢見て降服した魔王にとって、指導者の専横は屈辱以外の何物でもない。
「だったら僕達も、見て見ぬフリなんか出来ないぞ。現場に急ごう、お姉さん!」
魔王が強い調子で提案すると、リュンがたちまち不安げな表情となる。
「そんな……。私達が行っても、危ない目に遭うだけです」
「分かってる。だからニルスには、ここに残っててもらうよ」
返事のすぐあと、田衛文が、戦闘用の硬い響きで呼びかける。
「魔王。それならボクは、どうすれば良い?」
「田衛文は、ニルスの護衛を頼むよ。ひょっとしたら、村の中央にまで、被害が及ぶかも知れないから」
「ウン、分かった……」
魔王は一通り指示を済ませると、リュンと共に、村長のあとを追いかけた。




