10話
しばらくして、役場の奥から村長とニルスが戻ってきた。
「やあ、どうも済みませんな。少しばかり席を外してまして……」
よく見ると村長、意外と真面な形である。
頭は禿げて顎髭は短く白モジャと、見事なまでの仙人ルックだが、さすがは動物皮の産地だけあって、靴だけは豪勢に、カーキ色の革張りである。
立派なのは杖が不要な足腰と、眼光いまだ衰えを知らぬ所で、これならば、世の流れからこの地方寒村をしっかりと守り通せると思われた。
足下の魔王は、ぞんざいな扱いにすっかり慣れたのか、簀巻き放置の非道にもめげず、さっぱりとした口調で問い掛ける。
「なぁに、好いって事さ。それよりジイ……村長さん、事情は分かったかい?」
すると村長は、いくぶん色艶のよい顔をニッコリと微笑ませて、来訪者に非礼を詫びる。
「ええ、お陰様で。なにやら村の者が浮浪者と間違えたみたいで、とんだ御無礼を……」
「いやいや、村長。アンタもそう言ってた癖に、なにをサラリと無かった事にしてるんだい?」
(うん……。こんな奴、ジイさん呼ばわりで充分だね)
魔王が心の内で、村長の人格を二段階ほど下方修正していると、ニルスが気まずい様子で、右手に持った何かを魔王へ近付ける。
「おじちゃん、その事なんだけど……」
おやっ、手鏡かい? やっぱりこの家は裕福なんだなぁ……。
ところで、こいつを僕にどうしろと。
へっ? アッシの美顔を御覧じろ?
ヘイヘイ、分かりやした。
改めて見る必要もありやせんが、ここは一つ……(チラリ)。
「なんだ、この浮浪者は!!!」
田衛文が引きつった表情で、魔王の率直な感想にツッコミを入れる。
「ネエ、魔王。ソレ、自分の顔ダヨ……」
「ええぇ~、そりゃ無いよ!!」
と思いつつ、眉を上げればそのように。口を開ければこの通り……。
むう、本当に僕ではないか…………。
「ねえ、ニルス。いったい僕は、いつからこうなんだい?」
魔王の問いに、ニルスが言葉を詰まらせる。
「えっと、ログとトールにやられて……」
以来、そのままって事ですか!?
「ひ、酷いよ……。田衛文も、せめて一言くらい、教えてくれたって良いじゃないか!」
すると田衛文は、無愛想に視線を逸らして、嫉妬の反論を口走る。
「ダッテ……。もし、ちゃんとした格好で女の子に褒められでもしたら、ゼッタイ調子に乗るもん」
な、何を根拠に!
で、でも、女の子の黄色い声援かぁ……。
『『『魔王様ぁ~。コッチに居らして~』』』
(ウヘウヘ♪)
魔王は眼光をキリリと整え、浮付いた感情を否定する。
魔王たる者、何時如何なる時でも、威厳に充ち満ちているべきなのだ。
「そんな事は、ナイゾ……」
「口がニヤけてる……」(ジト目)
あれっ、おかしいなぁ?
今度こそ上手くやらないと……。
「ソンナ事は……」
「今度は目がニヤけてる!」
莫迦な!
どこかを直すと、別の何処かが変な事になるなんて……。
でも待てよ。とすると、顔全体を真面にすると、意外な所がニヤけるかも知れないね。いっちょ、やってみるか……。(ウネウネ)
「あ~、変な実験中で申し訳ないですが……」
「うわっとと……。村長、いつの間にそんな所に居たんだい?」
「さっきからずっと居りました。とりあえず、その簀巻きを解きましょうかな?」
「あ……。うん。そうしてくれると助かるぞ」
危険人物ではないと分かったのか、村長が縄を解こうと魔王へ近付く。
と、その時、遠くから聞こえる女性の声に、村長の動きがギクリと停止した。
『ニルスー!』
村長の隣りで、ニルスが、ハッと肩を揺らす。
「あ、お姉ちゃんに言うの、忘れてた……」
目線の近くにいる田衛文が、続く台詞を不思議そうに求める。
「忘れてたって、ナニを?」
「森に行ってた事だよ……。きっと怒られちゃう」
村長のごとき俗物など、端から頼りにならない。
俗物の帝王たる魔王は、その点へ早めに見切りをつけ、身の上話に興じる二人に救いを求めた。
「えっと、そんな事は好いからさ……。田衛文もニルスも、まずは僕を……」
魔王の救助要請は、遠くから聞こえる呼び声に、またしても掻き消される。
『ニルスー。そっちに居るのー?』
声に向かって、ニルスが大きく答えを返した。
「うーん、そうだよー。村長さんのトコー!」
ニルスの返事を機に、タッタッタッタッ……と、軽やかな足音が急速接近。
そして地面に転がる魔王は、無情にも『ダダン!』と、思いきり踏み付けられてしまう。
これには田衛文の口からも、思わず同情の声が漏れた。
「ウワッ、痛そ……」
しかし、足蹴にした本人は、足下の異常には目もくれず、全ての関心を目の前の弟に注いでいた。
「ニルス、無事で良かった……。心配したのよ。関のローガスさんに聞いたら、また森に行ってたって言うものだから……」
ニルスは、落胆と戸惑いを声に乗せ、残念そうな顔で姉を迎える。
「お姉ちゃん、ごめん……」
「うん。反省してるなら許してあげる。でも、もう遣ってはダメよ」
姉のリュンはそれ以上は叱らず、包み込むような優しさで弟のニルスを労る。
しかし、彼女はニルスの言葉を大きく取り違えていた。
その証拠に、ニルスの声は、極、冷ややかである。
「いや、そうじゃ無くてさ。ゴメン、姉ちゃん。そこ、退いてあげてよ。おじさん、可哀想だよ」
「えっ?」
ニルスの人差し指に従い、姉のリュンは視線を下へ……。
すると其処には、背中に靴跡をクッキリと付けた小汚い男と、それを宥めるミニ生物の姿があった。
「ダイジョブ、魔王?」
「が、がえりだい。もう、森にがえりだい……」
「キャッ! なんですか、この浮浪者の蓑虫は!?」
リュンがその場をすばやく飛び退くが、もう遅い。
道中、多くの村人に虚仮にされ、挙げ句は足蹴にされたのだ。
御立腹の魔王としては、相手にお灸の一つでも据えなければ気が済まない。
怒れる魔王は自力で簀巻きから脱出すると、ユラリと不吉なオーラを漂わせて、無礼者への折檻を試みる。
……が、しかし、目の前にいたのは、美しくも儚さ漂う一人の少女であった!!
「か、可憐だ……」
【魔王は一目でホレましたとさ……】
くっ……。なんだ、この神々しい御姿は……。
悩ましげに寄った眉。腰まで届く艶やかな緋色の髪。
雪のように白い肌。ほっそりとした腰……。
そして、嗚呼ソシテ!
『プヨプヨン♪』
(な、なんて破壊的なバスト!!!)
魔王が大量の唾を飲んでグビグビと喉を鳴らすと、空中の田衛文が、強い嫉妬に拳を固める。
「ナニ考えてるのか知らないけど、鼻の下が伸びてるヨ……!!」
(おおっと、いけない。僕とした事が、つい下心を……。異性との交際は、スケベ目禁止、交換日記からと生徒手帳にも……)
ちなみに魔王の下心を除けば、他にも注目すべき点は幾つかある。
小動物を思わせる円らな瞳に、朱を差したような細い唇。
綿の服とフリルをあしらった白エプロンの組み合わせは、風に揺れ、花畑を踊る妖精を彷彿とさせた。
服は恐らく、仕事着と兼用なのだろう。
頭に巻いた花柄のスカーフが、濡れるが如く艶やかな上気色の髪を、水色の布地で優しく留めていた。
『チラチラ』 (魔王の視線)
『プヨプヨン♪』 (揺れる胸)
『ジーーーーッ』 (細目で眺めてみる)
『プニプニン♪』 (神憑かった双丘)
おおっ、神よ。貴方は何故、僕にこんな(嬉しい)試練を与えたもうたか……。
そうして魔王の理性とは裏腹に、独自に広がる脳内妄想。
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『あの、大丈夫ですか……?』
と、見るも哀れな姿に心を痛めるお姉さん。
『ああ、コレ(見た目)の事? ハハ、平気ですよ。これは今朝、ログとトールにやられた物です。あなたのせいなんかじゃありませんよ』
『そう、良かった……』
ホッと胸……、むムムム、ムネを撫で下ろすお姉さん。
…………甘えたい!!
『あっ……。でも、さっきは踏ん付けてしまって御免なさい。まさか、こんな所に誰かが寝転がってるだなんて思わなくって』
『そ、それは……。じゃあ、許す代わりに、一つだけお願いしても良いですか?』
頬を赤らめ、お姉さんはコクリと頷く。
『私に出来ることなら、何でもどうぞ……』
な、何だって。ナンデモ!?
そ、それじゃあ……、
『あなたのこと、お姉さん、と呼んでも良いですか☆』
『えっ……? は、はい。どうぞ……』
い、イイんですか!? 呼んじゃいますよ。呼んでしまいますよ!
……お、お姉さん。
嗚呼、お姉さん……。
『オ・ネ・イ・サーン!!!』
ザバーン!!(理性を突き崩す欲望の波濤)
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