SOS 082 vsアルマ1
「こっちです」
サイエンの術式によって強制転移させられた瞬間、
新たな地に足を付ける前にヒナギクが一言だけ発する。
他の三人は返事もせず、動きだしたヒナギクの後を追う。
一方、何が起きたのか判断出来ていない近衛兵長は、
いきなり離脱を始めたヒナギク達に驚いた。
「お、おいお前たち何をしている!?」
ヒナギクを先頭にした四人は、
その返事を完全に無視して駆けて行く。
周囲の近衛兵達は、全く状況の理解が追いついておらず、
辺りをキョロキョロと見回しているだけだ。
「(おいおい? 何だ? 冒険者ギルドの連中はみんなああなのか?
腰抜けにもほどがあるだろう」
兵長が眉を顰めた時、王の警護として20人ほどいた部下が
少しだけ減っていることに気が付く。
相手の術式が不明だが、強制的に転移させられたとしたら、
複数人が漏れたのかもしれない。
王の警護が居なくなってしまうことに比べれば、
それは不幸中の幸いだと言えた。
まさか転移術式などという高等技術を使用されるとは思わなかったが、
これだけの人数を一度に転移させるのは骨だ。
恐らく王との距離は、それほど開いてはいないはずだと、
兵長はあたりをつける。
失点は失点だが、まだ王が死んだわけではないし、
ここまで手の込んだことをするなら、王の命をただ狙っているわけでは
ないだろう。
あくまでもこの転移は純粋な時間稼ぎだと看破する。
「総員、確認作業を―――」
しかし、兵長はそこでも奇妙な感覚に囚われる。
先ほど一瞥して確認した部下が、10人程度に減っているのだ。
まさか逃げたわけではないだろうと、言葉を止め周囲をもう一度見回す。
兵長が右手にいた部下に視線を合わせた時、
左手の方角でドサリと音が聞こえた。
兵長が反射的に左を振り返るが、そこには誰も居ない。
代わりに、右手の方で再びドサリという音がした。
「……ひっ!」
背後で部下の息を吞む声が聞こえる。
そこで初めて、兵長は今まさに敵から襲撃を受けていることを認識した。
「―――!」
発する声もなく、ただただ本能的に兵長はその場を飛び退く。
不格好にゴロゴロと転がりながら、見た先では
つい先ほどまで自分が居た場所がぐにゃりと歪んだ光景が目に入った。
地面が歪に抉られて粉々に砕け散る。
「やるな、兵長殿。初見で避けられたのは久々だ。
良い鍛え方をしているのだな」
見たことのない男が、少し離れた場所に立っていた。
兵長が無意識に視覚情報を温熱感知に切り替えたのだ。
体格と体温から男だと判るが、まるで状況の判断が付かない。
今、瞬間的に分かっていることは、この男が敵であり、
視覚情報を上書きして姿を見えなくしていたこと。
そして、最初に見た人数が減っていったのは、
兵長が考えを巡らしている数瞬間で、この男が
次々と屠っていたことが原因であるということ。
兵長からは見えていなかったが、
上空からははっきりと惨状が見て取れた。
渡り鳥の目からは兵長を中心とした周囲に、
赤い花びらが咲き誇るような風景が映し出されている。
「一応、名乗ろうか。私はアルマという。
《災厄》と言った方が、通じやすいかな。
まあ、そういうわけだ。諦めろ」
「《風刃陣》!」
恐慌に陥らなかっただけ、兵長はさすがだった。
「《離塵》」
ただ、その覚悟を後世に伝える存在は
既に一人として生き残らなかった。
全速力で離脱したヒナギク達が近くの丘陵に着いた頃、
眼下に見える風景はおぞましさの極みだった。
破裂種の木の実を無造作にぶちまけたような跡が
先ほどまでいた草地に広がっている。
まるで身体の内側から外側に向けて
果汁を絞られた果実の様に、赤い色が放射状に散乱していた。
「あ、あれが《災厄のアルマ》……!
ば、化け物じゃないですか?!」
「本当に実在したんですね」
青ざめるサティとは対照的に、
とても冷静な表情のヒナギク。
その二人とは違い、初対面ではないシルビアとソアラは、
改めて相手の恐ろしさを実感している。
「で? お二人さん。あの真正の化物を相手に
どうやって深手を負わせて撃退したんです?」
ヒナギクが改めて問いかける。
もちろん、そんな事前情報など知っている。
問題は、ここに中継器という存在が居ないことだった。
「まさか、これほどの転移術式を
ここまで完璧に使いこなしているなんて。
……読みが甘かったと言われればそうですが、
ここまでくると勝とうと思うこと自体、
無謀だったのではないですか?」
サティが非難するわけではなく、努めて冷静に発言する。
もちろん、諦めているわけではないだろうが、
何一つ楽観できる要素が無い。
兵長をこともなげに滅して、アルマは一人佇んでいた。
そのアルマの視線が、丘陵に避難した四人へを向けられる。
逃げ続けることで生き延びれるなら、全員がそれを選択しただろうが、
四人の心に芽生えたのは圧倒的な絶望感だった。
それを直感してしまうほど、
アルマの攻撃は一切の躊躇も遠慮も無かった。
これが《宝銘》の本気なのだと、
まざまざと見せつけられる。




