SOS 076 伝説
冒険者ギルドは、明日の《巡幸》を控え
にわかに慌ただしくなっていた。
当初の予定よりも、日程が
急遽早まったこともあり、
各部門、各部署、各ギルドとの連携の
最終確認が進められている。
《巡幸》では市井人々との
交流をする意図があるため
ほとんどの行程をカルマリ内で過ごすが
冒険者ギルド幹部を悩ませる行程が
一つだけ存在した。
それは、まだ解決の道すら見えていない、
《洞穴》付近での害獣狩りを行うという
行程であった。
どういうわけか、
最初に予定もされていなかった害獣狩りが
無理やり組み込まれたのも妙な話だが、
今更ひっくり返すわけにもいかない。
ギルドとは、国家所有の組織であるからだ。
「おはようございます」
「おはよう」
シルビアが出勤すると、サブマスターグレースが
いつもの様子で仕事をしていた。
どこのギルドでもよく言われる事だが、
基本的にギルマスよりサブマスの方が
仕事をしていることが多い。
グレースは行程表と各部からの
報告書類を付け合わせてにらめっこしながら、
訂正指示を書き込んでいる。
「…そうそう、今日は全体報告があるから、
ギルドマスターの執務室で朝礼しますよ」
「はい、確認しています」
玄関口の連絡掲示板に書いてあった通りだ。
恐らく、ほとんどの職員はそれで確認を
していることだろう。
「さすがね。まあ、時間はまだ先だから、
その間は自由にしていなさい」
「はい。失礼します」
仕事に忙殺されているサブマスの前で、
自由にというのも気を使うが、
シルビアは話しておきたい人がいたので、
中庭を抜けた先の修練室へと向かう。
「あれ? 誰も居ない? な、何で?」
時間ギリギリの出勤となったソアラは
誰も居ない職場に愕然とする。
確かに一般冒険者を受け入れる窓口を
開けるのはまだ先だが、すでに準備などで
忙しくなっているはずで、
誰も居ないことは有り得なかった。
「ど、どうしたんだろう…………
全員遅刻かな?」
『そんなワケ無いでしょう』
背後から、カイケンに突っ込まれた。
驚き振り返ると、一緒にゼンも居た。
服装はきちんとしており、正装のような
綺麗な身形だった。
「カイケンさん。ゼンくん。
どうしてここに?」
『用事がありましてね。
さ、みんな既にギルマスさんの執務室に
集まっておいでですよ』
「え? どうして?」
『全体報告の朝礼があるんです。
玄関口の掲示板に記載もありましたよ』
ソアラがやっちまったという表情を作る。
ギルマスの執務室前では、
グレースが腕組みをしながら待っていた。
ソアラを見ると、キョトンとした顔になった。
「……てっきり掲示板を見逃して、
自分以外全員遅刻だとか思って、
ゆっくりしている思ってましたが、
客人の案内をしてくれるとは……
明日は雪でも降るんでしょうかね」
冷静に的確な指摘をされたソアラは
苦笑いでその場をごまかした。
『お待たせして申し訳ありません。
グレース様』
「いいえ、さ、お二人とも中へどうぞ、
ソアラも一緒に」
グレースによって開かれた扉の中では、
冒険者ギルド職員の全員が集められていた。
「やあ、ようこそ。
ささ、どうぞこちらまで」
ギルドマスターのベントリが二人を中央に促す。
どういうわけか、
何も考えていないソアラもついてくる。
しかし、ベントリはそれを注意せず、
むしろ反対にシルビアに声を掛け、
一緒にここまで来るようにと指示した。
「では朝礼を始めます」
グレースが宣言して、今日の朝礼の
あらましを説明する。
その概略が終わると、
続きはベントリが引き継いだ。
「ご存知の通り、先日
我々冒険者ギルドの管轄内で
大規模な術式被害が報告されました。
しかし、明日には《巡幸》も迫っており、
調査解決に人手がさけない状況と
なっております。
そこで、緊急措置となりますが
今回の術式被害の関係者のお二人に
直接手助けをお願いする運びとなりました」
ベントリの言葉に職員は耳を傾ける。
「詳細は追って話します。また、質問なども
あとでお願いしますね。
要約すると、こちらの黒き淑女カイケンさんは
今回の時空間術式の首謀者と
面識があるそうです。
首謀者は民間の研究室の同窓であり、
近年そこを離脱して個人研究に耽っていたと
説明を受けました。
また、こちらの少年ゼンさんは
他国の旧貴族家末裔であり
血脈による固有能力をお持ちとのことです。
今回の事件はその二つの要因が重なっている
ものと思われます」
シルビアもソアラもグレースも
表情は変わらない。事前に聞かされていたのだ。
「他のギルドであれば、二人は重要参考人です。
最前線をお願いすることなど狂気の沙汰でしょう。
しかし、我々は冒険者ギルドです。
我々は我々のやり方で本分を全うします。
良いですね、皆さん。
……そうそう、情報によると敵は《宝銘》を
手駒にしているそうです」
その言葉で場がざわつく。
オズマットは渋面を作り、ヒナギクは
様子をみている。
ピースは「マジかよ」と小声で呟き、
サティは真剣な表情を崩さない。
「心配なく。
先の対峙でここにいる
シルビアさんとソアラさん
そしてゼンさんの三人で
深手を負わせて撃退しています」
場の空気がさらに変わる。
信じられないと、誰もが思う。
しかし、ギルマスの性格上、不確かな
情報を口にしないことも
全員の共通認識であった。
「さあ、どうせなら、
伝説の一つでも
増やしてみましょうよ、
皆さん」
ゆっくりと、
幕が上がり始めた。




