SOS 075 日常会話
「今日は悪かったわね、急にお願いして」
「いいえ、特に用事もありませんし、
緊急手当も出ますので」
夜間通用口から、真っすぐ入ったところに
冒険者ギルドの宿直室はある。
職務内容の特殊性から、
冒険者ギルドは基本的に年間を通して
昼夜問わず開いている機関だ。
獣害や魔獣の討伐依頼、果ては野盗や強盗の類も、
ギルドの職域の一部であるからだ。
本来であれば、野盗や強盗は
戦術ギルド下部組織である警備部の管轄だが、
全てを対応できるわけではなく、
またそういう連中に狙われやすいのは
ある程度の金銭を保有している富裕層であるため、
内容によっては冒険者ギルドに依頼を掛けたほうが、
被害金を取り戻しやすくなるという理由もあった。
冒険者ギルドであれば、
即契約、即行動、即討伐が可能だからだ。
比較は難しいが、
お役所的な戦術ギルド警備部ではそうはいかない。
ただ、富裕層ではない
一般的な層にはありがたい存在だったりする。
宿直室にはサティがいた。
当直相方の女性職員は、別件で席を外している。
しばらくは戻らないようで、グレースは丁度良い機会だと思い、
戻るまでサティと一緒に当直に付き合っていた。
特に手伝うでもなく、座って仕事をしているサティの横で
腕組みをして立ちながら、ぽつぽつと話をしている。
「サブマスターは大丈夫なんですか?
今日も泊まるみたいですけど」
「良いのよ。帰っても、することはないしね」
独り者同士、お互いの状況は良く理解が出来た。
冒険者ギルドに限らず、
女性職員は独り者の率が多い。
理由はいろいろあるが、
それに悩んで辞めてしまう者もいる。
また、結婚すれば、
そういう理由に退職することも多いのが現状だ。
昔では考えられないことだが、
それだけ時代は変わったとも言える。
「ところで、あなたはピースとはどうなの?」
「……どうもありませんが?」
グレースの言葉に、サティは反応を返す。
聞かれたくないというより、関心がないような反応だ。
「ん? ごめんなさい。
てっきり付き合ってるものとばかり
思ってたんだけど」
「違いますよ。ピース先輩が
勝手にちょっかい出してくるだけです」
「ああ、そうなの?
希望があるなら、部署移動も出来るけど」
「いや、別にそこまで迷惑してませんよ?」
特に嫌がっているわけではなく、
サティはそこまで求めては来なかった。
まあ、サティの性格を考えれば、
何かあれば一番に言ってくるだろうから、
それ以上は何も言わなかった。
「それより、何か話があったんじゃないですか?」
「……先触れで、聖導士様がお見えになられたんだけどね」
急に話が変わるな、とサティは思ったが、
まあ仕事の話かと思い真面目に耳を傾けた。
「今、ギルマスのお店に泊まっているのよ」
「へえ、そうなんですか」
聖導士と言えば、エルダナリヤ家の中でも
群を抜いて優秀と言われる
エルダナリヤ・リオンその人だ。
確か、絶世の美女であるとも噂される、
天が二物も三物も与えたような人だ。
普通は、中央街の高級宿などに泊まるのが慣例だが、
主要ギルドの長が関係する施設に宿泊することもある。
それだけを聞けば、普通の話だ。
「もしかして、ギルマス……。
聖導士様に気があるのかしら」
「なんでそうなりますか?」
サティが珍しく仕事の手を止めて、
いつも冷静沈着なグレースを見上げる。
まるで魔獣討伐にでも出る直前のような、
緊張した面持ちだ。いや、魔獣程度で
この人がこんな顔をするはずはない。
「だって、
普段の王都から派遣される使節団には、
全然興味もなくて
そんな対応をしたことは一度もないし……
自分で率先して差配したこともないし……
今回に限ってどうして?」
それはそれで問題だろうと思うが、サティは
それには触れず、グレースの表情を読み解く。
「えっと、それでギルマスが聖導士様に、
その、気があると?」
「だって、そうとしか考えられないじゃない」
「いやいや、それは、
何というか、考えすぎじゃないですか?
ギルマスだってそんな単純じゃないでしょう。
あの歳でカルマリのギルドマスターなんですから」
「そうかもしれないけど…」
グレースはまだ深刻そうな表情のままだ。
そこでサティはいっそのこと、
開き直って言った。
「それに、ギルマスと聖導士様じゃ
釣り合いが取れませんよ。
相手にされないのがオチです」
「……あん?」
「ひぎぃ!?」
グレースがいままで見せた事が無い
憤怒の形相でサティを睨む。
「……おっと、失礼。
そうですね、サティさんは
まだ知りませんでしたか」
「……え、な、何をです?」
サティが飛び出て来そうな心臓を
必死に抑えながら聞き返した。
「ギルドマスター:ベントリ・バーズの
功績についてですよ」
あ、これはヤバい信者がいた。
サティがそれに気がつき、
心からの後悔をしたのは、
グレースの話がまだ半ばの
明け方近くだった。




