SOS 069 エルダナリヤ
王都から出立した一向は、
小規模な集団でカルマリへと向かった。
その中で、一際目を引く女性がいる。
四剣の一つ、エルダナリヤ家の末子である
エルダナリヤ・リオンその人だ。
高貴な生まれを隠しもせず、
こんな小規模の護衛で出立したのには
訳があった。
一つは、新国王の先触れとして、
あまりに目立つことは失礼に当たること。
もう一つは、生半な実力の護衛がいては
反対に危険が増えること。
そしてもう一つは
「ちょっと待ちナよ! そこの金持ち貴族!」
彼女エルダナリヤ・リオン自身が
「全部置いてきゃ命だけは
助けてやるぜ!
まあ、女は全員貰うけどナあ!」
「《痛波》」
「「「ぎゃあああああああ!」」」
聖導士と呼ばれるほど、
国内でも指折りの強者だったからだ。
堅牢な馬車の中で、侍女を呼ぶような声で発せられた言葉は、
姿形も知らない悪漢共を残らず滅する。
先ほどの彼女の術式は単純明快である。
痛みを感じる器官全てに最大限の痛覚を
発起させたのだ。
それだけで、悪漢共は狂い死にした。
しかしながらその中で一人だけ、
悪漢共以外の死体も混じっている。
それはエルダナリヤ家の護衛の一人である
中年の男だった。
「リ、リオン様。これは……」
急な悪漢共の突然の殲滅に、
まだ悲鳴も上げていない傍付きの侍女が
リオンに恐る恐る尋ねる。
「どうやら、護衛の中に手引きをした
裏切り者が混じっていたようですね」
何でもないことのように、
さらりと答えるリオン。
「良い露払いが出来ました。
陛下もお喜びになられることでしょう」
深すぎる蒼い瞳に
吸い込まれそうになりながら、
侍女は人知れず猛省する。
本来であれば、
自分が身を挺して護るべき主君に
守られてしまったからだ。
「こら、ミオン。ダメですよ」
リオンの言葉に、ミオンと呼ばれた侍女が驚く。
「私には、力が有ります。
不遜な物言いですが、あなたを護る程度には
備えている自負は持っています」
ミオンは叱られてしまったと思い、
血の気が引いていく。
「いえ、ですから、そうではありません。
あなたを護ることは、私の領分なのですよ」
「え……と、それは……」
心の中を見透かされたようで、
ミオンは狼狽する。
「貴族とは、生まれながらにして貴族なのではありません。
死んで存在を消失する瞬間、その時までを
貴族として生きることが貴族たる生来の意味なのです。
私がこうして聖導士などと崇められているのも、
支えてくれる方や、教えを乞うことが出来た環境によるものです。
自分一人の力で得たものなど、それほどはありません」
「そ、そんなことは…」
「それでも、私が得た唯一の自分なりの答えはあります。
それは、人というものは
『足りないことを知ることで、本当に足りえる』
という性質があるということです。
あなたは、自分には足りないものがある、と
思ったことがあるでしょう?」
そんなことなら、何度でもあったし、いまこのときもそうだった。
「でもね、『足りないを知る』とは、
『無いものをねだる』ことではありません。
私は、そう思うのですよ」
リオンは柔らかく笑う。自然に笑うと、
リオンはとても幼く見える。それは、侍女である自分しか
見ることのない特権だと思っていた。
「ミオン、私があなたを傍付きの侍女にしているのは、
どうしてだと思いますか?」
「そ、それは……名前が、似ているから、でしょうか?」
リオンがその答えに、くすりと笑う。
「まあ、確かに、それはありますね。親近感というものでしょうか」
それを聞いて、ミオンは不敬なことを言ってしまったのではないかと焦る。
「大丈夫。そうですね、それもありますが、
私はあなたを尊敬しているのですよ」
「そ、そん、けい?」
「あなたは、私には無いものを持っている。
一つの物事に向かい合う勤勉さも、
自分の環境を恨まない真摯さもそう、
私はあなたを素晴らしい人間だと思っているのですよ」
何を言われたかよくわからないミオンは、
どういう受け答えをすればよいのか、
言葉に詰まる。
「だから、私の為に死ぬことを考えるのは止めてください。
願わくば、私の為に生きることを考えてくれるなら、
これほど幸せなことはありませんがね」
リオンがミオンの手を握る。
人前では決して行えない、
秘中の儀式だ。
今の気持ちを全部言葉にすることは難しいが、
ミオンには一つだけ確かに思えることがあった。
それは、この人のためになら、全てを賭しても悔いはない
ということだった。




