SOS .025 空
「お待たせ致した」
「ああ」
奥から出てきた老主人をフランドルは一瞥した。
特に気を使うような相手では無いので、
態度も横柄というより、雑だった。
闇賭博の薄暗い部屋を抜け、
さらに奥へ進むとこの座敷へと通される。
入ることが出来るのは、ほんの一握りの人間である。
そこで待っていたのが、この老人だった。
「歳を取ると、動きが悪くなってしまってね」
皺がれた声が、部屋の中に響く。
口元は布で覆われてよく見えないが
もぞもぞと動く気配がする。
一見みすぼらしい老人にしか見えないが、
この辺り一帯を取り仕切る
地下組織空の長だ。
王都を根城にする者たちの傍流ではあるが、
この地方では絶大な権限を持つ裏方の者たち。
「して、此度はいかがされたのかな?」
「いかがも何も無い。
あの《洞穴》に余計な手出しをしただろう」
フランドルは不機嫌を隠すことも無く、
向かい合う老人を威嚇する。
小突けば折れそうなその首を晒しながら、
老人は大して意に介さない表情をしている。
「はて《洞穴》ですか…なんじゃったかいな」
「惚けるな。最近になって見つけただろう。
俺の指示があるまで干渉しないと言ったではないか!」
老人がポリポリと頬を掻く。
「おお、そうかそうか。あったなそんなもの。
オカシイの、確かにそれは伝えたはずじゃがな」
殺されないとタカを括っているのか、
老人のすっとぼけた態度にフランドルは頭にきた。
「…いい加減にしろよ」
フランドルは拳に力を込めた。
その行為に、隅で控えていた護衛が飛び出てくる。
「御客人、困りますね」
そいつも《交雑種》だった。
まるでフランドルの行為を
愚かなものだと断定するように、
その雑種は懐に手を入れる。
呆れてモノが言えない。
自分を無手にした程度で、勝てると思っているのか。
その思いあがりが彼の僅かに残っていた忍耐を破壊した。
もっとも、普段であればこの程度の煽りで
感情を爆発させることなどしないフランドルだが、
今回だけは勝手が違った。
どうにも感情を抑えられなくなったのだ。
「思いあがるなっ!
このクソドブネズミ共がぁぁぁぁ!」
「!」
まさか本当に暴挙に出るとは思わず、
それが護衛の迷いを生んだ。
フランドルの右拳が熱に歪む。
そのまま老人の首に狙いを定め
掌を前方に向ける。
伸びる右拳が老人の首を掴もうとする。
護衛が動くが、もう間に合わない。
『ちょっと失礼しまーす』
その時、伸びる灼熱の掌を
一つの人影が掴み取る。
そのまま力任せに握り潰すと
相対する右手がシュウシュウと蒸気を
発しながら崩れ落ちた。
落ちる時、肉の焼ける臭いではなく、
金属の溶ける臭いが漂ってくる。
「お前、いつからいた…?」
恐らく義手だろうが、見たことが無いほど
精巧に作られている。
そこにはいつの間にか、
妙な面を被った女? が座っていた。
『さっきから控えておりましたが~?
そんなに存在感がなかったですかね』
溶け出した右手を気にする風でもなく、
妙な仮面の人物は挨拶をする。
『初めまして。
サイエンと申します。
今はここでお世話になっている
しがない武器商人でございますです』
軽く鼻にかかる感じの口調が
フランドルを僅かに苛つかせたが、
それよりもサイエンの身体に興味を持った。
急に現れたことなどは、どうでもよくなった。
「……その右手は義手か?
えらく性能が良いが、どこで造ったんだ?」
『おや、お目が高い。
ちなみに私は右手も左手も義手なのですよ。
いかがです、良い触り心地ですよ?』
サイエンは無事な左手を前に握手を求める。
やや面食らうが、フランドルは黙ってそのまま握手をする。
確かに、言われなければ義手だとは分からない精巧さだ。
『わたくしたち、よいお取引が出来そうですね~』
「……何か売りたいものでもあるのか?
それは私の正体を知ってのことか?」
『はいな。とっておきの武器を
ご紹介させていただきますわ』
サイエンは怪しげな面を被ったままフランドルの手を握った。




