SOS 162 暗雲
カルマリの上空に巨大な雨雲が渦を巻き始めた。
急速に大きくなるその雲は、不気味は暗闇色で全てを覆い隠す。
日の光も全て遮るその雲は、最初に一滴の雨粒を落とす。
その雨粒は疾駆する獣の頭部に触れた。
同時に、その獣は皮膚を焼かれ、痛みに悶え苦しみだす。
最初は何が起きているのか、誰にも分らなかったが、
その雨粒がパラパラと振ってくると、人はもちろん獣はおろか
建物すら溶かし始めた。
その激烈な痛みを感じ始めた頃、この雨が恵みの雨ではなく
全てを消し去る無情の雨であることに
誰しもが気付き始めた。
「早く! 建物の中に入れ! 少しでも雨を避けるんだ!」
「服を被れ! 天井を塞いで時間を稼げ!
机でも椅子でもなんでもいい! 身体を隠せ!」
ガジェットとトールは混乱する街の中で
侵略してくる獣たちを薙ぎ払っていたが、
それどころでは無い事態に戸惑いつつ、
応戦に参加していた住民を避難させるべく、
戦いながら指示を出していた。
状況は警備本部にも伝わり、
一斉に屋内への避難警告が発動される。
獣の進行に対して有志の防衛組織を動かしていた警備部も
一旦籠城するしか方法がないと悟り、
すべての戦いを放棄する運びとなった。
ガジェットとトールは服におり込まれた
非常事態の防護術式を展開させているが、
それほど長くは持たないことも自覚していた。
「でも、これじゃジリ貧ですよ」
「わかってる。だが、いまは時間を稼ぐしか方法がない」
トールの指摘に、ガジェットは苦々しい表情で答える。
すでに獣の進行と今回の酸雨で住民の大半が命を落としている。
もう後は無かった。
「《不全》」
「《不動》」
オズマットとベントリの術式が空間を支配した。
黒い影達の動きが、完全に止まる。
厳密な話をすれば、オズマットの術式で影の駆動部分に制御が入り
ベントリの術式で駆動部以外の動きを完全に停止させた。
そのズレが、影達の動きに決定的な欠損を生じさせる。
「リオン! 踏ん張れるか?」
「グレース! 頼みます!」
オズマットが《宝剣》の抑圧から開放されたリオンに発破をかける。
ベントリは同じくグレースに。
「……いけます!」
「無論です!」
とはいえ、そうすぐに回復するわけでは無いが
リオンは気力で立ちあがり、術式を唱える。
「グレースさん!」
「頼みます!」
「《波紋》」
リオンの術式がグレースの愛刀に注がれる。
グレースの身体がほぼ限界に近いことを見抜き、
刀の攻撃力のみを上昇させる。
触れるモノ全てを切り裂く破砕の紋だ。
相手が硬直している状況において
グレースの身軽さはほぼ意味を成していない、
故の攻撃力特化だった。
「(お飾りの聖導士にしておくには惜しい人材ですね)」
グレースはその状況判断に感服し、
ただ刀を薙ぐことだけに集中する。
でくの坊と化した黒影連中は、それだけで沈黙した。
しかし、こと現状は改善どころか
最悪の状態に転がりつつあった。
「この雨はヤバイぞ!
止めなきゃ、全滅だ」
かなり息の上がっているオズマットが、
珍しく動揺しながらベントリに言う。
「ですね、ただ、力をかなり取られました。
今向かっても、ただの餌食になるだけです」
「わかってるよ。
大体こっちも全滅とはいかなくても
壊滅に近いからな」
黒影を沈黙させた後、リオンとグレースは同時に気絶した。
既に限界に近かった二人は、そこが終着点となる。
「……さて、どうします?」
ベントリは自問自答しているのか誰かに尋ねているのか
定かでは無い独り言を呟く。
その間も、雨は強さを増し続けていった。




