SOS 158 開放
王は既に本気を出していた。
しかし、本気にはなり切れなかった。
自分の攻撃をことごとく捌くヒナギクを見ながら、
これが命を懸けた戦いではなく、
昔の懐かしい訓練を思いだしていたからだ。
受けるべきところで受け、避けるべきところで避ける。
そして攻撃するべきところで攻撃をする。
この単純な反復動作の応酬が戦いの本質だろうが、
このヒナギクという女は現時点で
王を上回る位置に存在していた。
昔々、師匠に鍛えられていたころの
みずみずしい感覚がよみがえってくる。
『…あの子にも、そういう存在が現れるのだろうか?』
ふと、この戦いに参加した理由を思いだす。
昔の感覚を取り戻すために敢えて忘れていたが、
やはり王にとって、いまこの場所は取って付けた
死に場所のようなものだった。
あの頃のような本気には、どうしてもなれないのかもしれない。
「《逆鱗》」
ヒナギクの刃が《宝剣》に触れる。
その刀身自体は無事だが、その刀身が纏う術式が揺らぐ。
無理やり発動させて維持させていた術式の綻びに
ヒナギクの術式が入り込む。
何度目かの抗戦で、王はヒナギクの
本質に触れていた。
彼女の術式の根本にある原則は
『逆転』と『反転』がそれだ。
物事の理を逆転させて反転させる。
彼女の根幹を成すのが、その渇望なのだろう。
『一体どういう人生を歩めばそうなるのか…』
王は同情とも共感とも違う、不思議な感覚に触れていた。
彼もまた波乱万丈な生き方を強制された一人だが、
彼女もまたそれに近い存在なのだろう。
神導術は万能ではない。
それはどこにも記載などされていないが真実だ。
神聖なもの故に疑うことは許されず、
万物を全て網羅する完全無欠の神なる術。
などと扱われているが実際はそうではない。
意思を持った存在が扱う限り、そこには意志が介在する。
場合によっては遺志すらも、影響を及ぼす。
加えて言えば、周りの影響も変化を及ぼす。
そのため、獲得出来る能力とは
自分自身の生き様による。
自身が本質的に求めていない能力を得ることは
出来ないのだ。
何度目かの攻防の後、王の振るう
《宝剣》の術式に決定的な綻びが生まれる。
『…仕方ない。開放するか』
これをすれば王として維持している
自分の存在値は消滅して消えてしまうだろう。
しかし、それを躊躇するほど、
王には未練が無かった。
『《宝剣開放》』
これをすればどうなるか、など露ほども考えず
彼はその『本質』を発現させる。
一瞬の沈黙を過ぎて、その《宝剣》は
すべてを飲み込み始めた。




