SOS 106 資質
新国王陛下が目を醒ましたのは、
襲撃から半日ほど経った頃だった。
窓は閉め切られており、部屋の様子は窺い知れないが
恐らく治癒院の室内であるとおぼろげに悟る。
自分が覚醒したことで、周囲は慌ただしくなり
治癒を専門にする治癒術士やその補助士などが入り乱れ
自身の容態を細かく入念に確認しているのがわかる。
記憶の具体的なところはまだ戻ってこないが、
自分が襲撃を受けて、現在ここに至っていることも思いだした。
寝返りを打つため足に力を込めようとするが、
膝から先の左足が消失しており、上手く身体を動かせない。
徐々に、あの悪夢がよみがえってくる。
あの仮面の女は、まるで小石を蹴るような仕草で
自分の左足を蹴り捨てたのだ。
呆気なく、自分の一部が飛んで行く様はとても妙な感覚だった。
痛みは、今のところ来ない。
術士が感覚を麻痺させているからだ。
薬術なのか神導術なのかわからないが、
のたうち回る無様を晒すことはしなくてよくなったらしい。
自分が覚醒した報を受け、近衛兵長が飛んでくる。
また、見覚えのないギルド職員も一緒だ。
『陛下! 良かった! お目覚めになられましたか!』
どこまで本気かはわからないが、彼は自分の身を
案じていたことは確かなようだった。
それが、役割としての《国王陛下》の身を案ずる行為だとしても
少なからず嬉しく感じてしまうことはどうしようもない事実だ。
しばらくぼんやりと話を聞く。
どうやら襲撃は古歴部の連中が裏で糸を引いていたらしい。
それを聞いて、王は弟のことを思い出した。
古歴部の後ろ盾が、自分の弟である
ウルメリア・ルヴァン・アーセルハイムだということは
王室では暗黙の了解のようなものだった。
学術ギルド経営の学院で最優秀に選ばれるほどの
頭脳の持ち主がそれだ。
もっとも、人格的にはあまり褒められた要素の無い、
嫌われる王族の気質を存分に持っている男だ。
自分勝手で我儘、傲岸不遜、しかしながら優秀という男。
兄達に比べれば、とても尊敬は出来ない弟だが、
それでも、兄弟の中で一番『出来』が悪かった自分と比べれば
王に相応しいといっても過言では無いかもしれない。
アーセルハイムのさらにその下の弟である
デュッセルハイムはまだ15歳かそこらの年齢だが、
彼は人格的に優れており、人を纏めることに長けていた。
王族にも関わらず、貴族はもとより市井の人間でも
彼を純粋な意味で尊敬、信奉している者も少なくない。
生まれつきの、先導者なのだ。
5人いた王位継承者の中で、誰よりも王に相応しくない男、
それが自分だった。
『陛下……カルマ領主殿は、覚悟を決めております』
近衛兵長は、自分の言葉を待っていた。
その隣には、先ほど自己紹介された
戦術ギルドのフランドルが控えている。
兵長が信頼できると確信して、
ここに引き合わせたということだった。
信頼。それは一体どういう感情なのだろう。
まるで期待をされておらず、いつかはどこかの貴族の娘と
適当な婚姻をさせられて、そして王席から離する。
そういう運命にいた自分が、どういうわけかこうして
国王陛下としての采配を委ねられている。
そこに、信頼はあるのだろうか?
ふと、王位継承前のアーセルハイムが言った厭味な言葉を思いだす。
「兄上は王としての素質はあるかもしれませんが、
資質は無いですね」
どういう意味だったのか。未だにわからないが、
その厭味が引き金になったとしても、それはそれで
仕方ないとも思った。
王族だろうが、人間だ。
いや、人間である身で、王族のふりをしている。それが自分だと思った。
だから、このときの一時の気の高ぶりで命令を下したとしても
それはそれで自分らしいじゃないか。
そんな自分をこの国は王として選んだのだから。
『ウルメリア・ルヴァン・リッテンハイム陛下。仰せのままに』
そう言えば、自分はそういう役割だった。
「……討伐を許可する。神導術ギルド古歴部長、および
ウルメリア・ルヴァン・アーセルハイムを拘束しろ。
決して殺すな。生かして捕らえろ」
『『御意!』』




