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Scene16.『黒い悪魔と白い悪魔』―2

 後日赤ん坊のブラッドを連れてDNA鑑定を行っている検査機関へ行き、STR法で調べるための唾液サンプルを採取した。それと例のデータを照合すれば……

 それから三週間程して結果が出た。息子のブラッドは、父母どちらの遺伝子も受け継いでおり、親子であることが分かった。

 次にその遺伝子配列と例のデータを比較すると

「こちらとは一致しません」

 前半に記載されているデータ――遺伝子操作前と思われる――と誕生してきた子供の遺伝子型は別物であると研究員は言った。

「こちらのほうが両親の遺伝子型に似ていますね」

 遺伝子座を比べて研究員は不思議そうに首を傾げた。それが操作前のものなら当然だろう。

「ところで、これとこれは同じですか?」

 双子の遺伝子情報と思われる上記と下記の配列(操作前の)について尋ねるとさらっと研究員は答えた。

「ええ、それは同じものです」

 同じ遺伝子に操作を加えたものが二種類。その一つは今側にいる息子のブラッドの遺伝子型と一致。ではもう一つは――

 ここにいない“死んだ”息子のレッドのものではないのか? そうだとすれば一卵性双生児で遺伝子型が同じはずの二人の遺伝子型が一致しないということになる。それを知られることを恐れた兄がレッドを……

 マドックは青ざめた表情で研究員に礼を言うと、渡された書類を持って退室した。





 やはりあの遺伝子情報は息子のものだった。マドックはそのことを直接会ってルパートに話すことにした。週末の夜に約束を取り付けてルパートの家で会うことにする。そして当日の夜、車で乗り付け玄関のインターホンを鳴らすと、すぐにドアが開いた。

「待ってたよ」

 出迎えたルパートは嬉々として弟に微笑みかけた。細められたその眼が妙に如何わしい。彼は弟をリビングに誘った。

「今、コーヒーを淹れてくる」

「僕のはいい」

 兄の持て成しをマドックは即断った。背中を向けて歩き出していたルパートは、ちらりとだけ振り返り、そのまま奥に消えた。彼のことをマドックは信用していなかった。そのコーヒーに睡眠薬でも盛られるかもわからない。

 少ししてからルパートがコーヒーカップを手に持って戻ってきた。

「それで話というのはなんだ?」

 リビングのソファに座って、悠然とコーヒーを啜りながらルパートが切り出した。マドックは単刀直入に言った。

「DNA鑑定を受けた」

 ルパートの反応を見ながら付け足す。

「息子と自分の」

 ルパートは瞼を伏せてコーヒーカップを口に運んだ。

「それでわかったことがある。息子の遺伝子配列と“あの”サンプルの遺伝子配列が同じだった」

 ルパートが顔を上げてマドックの顔を見る。何と? そう促すように。

「“体外受精による受精卵の遺伝子操作”――あなたのパソコンのデータと」

 ルパートはテーブルの傍らにあった開封済みの煙草の箱から煙草を一本取り出し、オイルライターでその先端に火を点ける。喫煙しないマドックは、流れてきたその煙が目に凍みて、不快そうに目を細めた。

「やはりあの遺伝子情報は僕達夫婦の子供のものだった。ルパート、あなたは僕達の子供を遺伝子操作したのか!?」

「……」

「何故黙っている。それは認めたということか!」

 マドックは憤りを噛み締めた。自分の子供を実験道具にされたことが許せなかった。それも遺伝子を。

「それをどうやって証明する」

 悪びれもせずルパートは言った。

「それを証明するためには遺伝子操作する前のサンプルが必要だ。それも用意できていないのに、私に“自分の子供を遺伝子操作した”と言っているのか?」

「データならある」

「どんなデータだ?」

「遺伝子操作前の」

「そのデータが操作前だと証明できるものはあるのか?」

「それは……」

 マドックは苦悩に満ちた表情で言葉を詰まらせる。

「仮にサンプルが用意できたとして、そのことが世間に明るみになればどうなるかわかっているのか? お前たちは遺伝子操作した子供とその親として世間の晒しものになり、ここにはいられなくなるだろう。そうなればどこへ行っても同じだ。一生後ろ指を指されて生きていくことになる。そしてマドック、お前の評判は地に墜ち、破滅だ。それでもいいというのなら私を訴えればいい」

「ルパート……」

 この時マドックには、兄ルパートが悪魔に見えた。兄は何の罪の意識も抱いていない。弟の息子を遺伝子操作したことも、一つの実験に成功した程度にしか思っていない。

「死んだと言ったもう一人の息子も遺伝子操作したのか? それを知られないために息子を死んだことにして、本当は……」

「本当は?」

「まだ……“生きている”んじゃないのか?」

「死亡診断書を渡されたはずだが」

「それもあなたが偽造した可能性がある」

 義憤に燃える強い視線で見据えてくる弟を見て、ルパートは虚空を仰いで嘆息した。

「ああ、マドック。可哀相に……お前は息子が死んだという事実を受け止められず、そんな妄想を抱いてしまうんだな」と頭を振る。

「筆跡鑑定で調べてやる!」

「ああ、好きにすればいい」

 マドックは歯痒い気持ちを残したまま、兄の家を後にした。





 後日死亡診断書に記入された文字を筆跡鑑定してもらった。しかし兄の筆跡とは異なると判定された。また別の鑑定士に診てもらうが結果は同じ。それからも鑑定士を換えて数回鑑定してもらったが、やはり兄の筆跡とは判定されなかった。別の人間を使ったのか? そう思いルパートと関係が深いと思われる人間の筆跡も集めて調べたが、それも違う。一体どんな細工をしたんだ、ルパート……

 家に帰ればノイローゼの妻がいる。

「レッドはどこ? どこにいるの?」

 ベビー用品は片付けたのに、妻はそう聞いてくる。

「あの子はもういないんだよ、ロビネッタ」

 そう答えるたび胸が痛む。こんな状態がいつまで続くのか。もう限界だ……

 耐えられなくなったマドックは、催眠治療という方法を取る決心をした。もうそれしか方法が見付からなかった。





 十年の年月が流れた。催眠治療では完全に記憶を消すことはできなかったが、カウンセリングも重ねることでロビネッタのノイローゼは治った。しかし彼女は以前のように笑わなくなっていた。記憶の片隅に影が潜んでいるのか、瞳の奥がいつもどこか寂しげに見える。息子のブラッドにはその理由を聞かせていなかった。思い出してはいけないことのように、マドックが過去に蓋をしていたのだ。しかしいずれは話すつもりだった。その時が来れば……





 長兄のリチャードは刑事をやっている。マドックは彼に頼んで息子のレッドを捜してもらっていた。それが何の手がかりも得られないままとうとう十年も経過してしまっていた。そんなある日。夜遅くリチャードから電話がかかってきた。

《見付かったぞ》

「え?」

 次兄のルパートとは違い、長兄のリチャードは知っていることをすぐに口にしたがる性格だ。唐突に言われたマドックはなんのことかわからずぽかんとした。

《お前のもう一人の息子が見付かった》

 そう言われて目を見張る。

「本当か、リチャード!?」

 やはり息子は生きていたのだ。

「あぁ、なんてことだ……」

 感嘆の声を漏らす。

「それでどこにいたんだ?」

《それなんだが……》

 急に声が沈み、口調が重くなる兄の声が不安を誘う。

「教えてくれ、息子はどこにいたんだ?」

 一呼吸置いてからそれは告げられた。



《お前の息子は“マフィア”のところにいた》



 マドックは愕然とした。何故息子が……

「マフィア?」



《ああ、何故そんなところにいるのかはわからないが、何か危険な香りがする》

「息子に会ったのか?」

《いや、会ってはいない》

「会うことはできないのか?」

《“ただ”ではきっと会えないだろう》

「どうすれば会える?」

《それはわからないが、何しろ身分を詐って犯罪で生計を立てているような奴らだ。そんな奴らに“息子に会わせてくれ”と言っても、簡単に会わせてくれるとは思えない》

「そんな……リチャード、あなたは刑事だろ? なんとかできないのか!」

 リチャードは唸ってから

《私にはどうすることもできんよ》と匙を投げるように言った。マドックは悔しくて悪態を吐く。自分が被害に遭うのは構わない。だが妻や息子を巻き込むわけにはいかない。息子を取り返すにはどうしたらいいんだ。諦めるしかないのか?


 その頃から彼の後ろには、死に神が立つようになっていた。




一卵性双生児といえど産まれた後はいろいろと固体差が生じるらしい。それを完全同一形体である理由をどう説明しよう…悩悩悩…

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