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Scene10.『挑戦状』

今回は『復讐』と同じ夜を別の場所から見た場面になります。/やっと更新できて一安心…。これからはなるべくペースを速めて行きたいと思いますので、最後までお付き合い、よろしくお願いします。



 夜半過ぎ。ガス灯の明かりだけがぼんやりと街頭の闇を照らす。その僅かな明かりの下で、しくしくと泣いている髪の長い女性らしき姿があった。ふわりと裾が広がったエプロンドレス姿で、腕に小さな籠をかけ、頭には頭巾のようなものを被っている。近付いてみると赤く、まるで童話に出てくる赤頭巾のよう。その下で波打つ褐色の髪が顔にかかり、表情を暗くしている。

「お嬢さん、何かお困りかな?」

 石畳の上にコツンコツンと渇いた音を響かせながら、そこを通りかかった男性が声をかけた。すると赤頭巾の女性は顔を伏せたまま囁くように言った。

「……マッチを買ってくださいな」

「マッチ?」

 男性は眉を上げ、一瞬困惑の色を見せたがすぐに「いいだろう。で、いくらなんだね?」とジャケットの内ポケットに手を入れながら尋ねた。女性は僅かに目だけを動かし、男性の懐に目線を持っていく。

「おいくらなら買っていただけます?」とそこに固定したまま尋ねた。男性は懐から手を出して顎を撫でながら「そうだな……」と思案する。

 丸い眼鏡をかけた人の良さそうな老紳士。縦縞のスーツにシルクハット。左手にはステッキ、右手にはアタッシュケース。いかにもって感じだな。そう内心鼻で笑うのはレッド。赤頭巾に扮装した彼は、顔を上げて老紳士を仰いだ。

「現物を見てから決めるとしよう」

 老紳士が言った。静寂の中にカチッという音が鳴る。自分の顔の前に銃口が向けられたのを薄明かりの中でレッドは捕らえた。

「ではこれを――」

 赤頭巾レッドは籠の中に手を入れた。

「おいくらで買ってくださるかしら」

 手を出したのとほぼ同時に

「“ミスター・ハット”」

 カチッと先程と同質の音が鳴る。それを聞いたと時、赤頭巾の手が消える。

「……」

 老紳士は静かに息をした。眼前の赤頭巾おんなが向けた銃口と対面して。

「どっちが速いか、“試して”みる?」

 赤頭巾は笑い

「この糞尼が……っ!」と老紳士が罵る間に――

 銃声が鳴った。減音機サイレンサーに絞られた短い音。

「ごめんなさい、おじさま。私、考えるのと動くのがいつも同時なの。もっと遊んでから撃てば良かったわね。あははは……」

 レッドは地面に転がった老紳士の死体を見下ろしながら陽気な笑みを浮かべた。



 ろくでもない生き方をしてきた奴は、ろくな死に方をしないんだ。


 きっと、僕も……



 レッドはエプロンのポケットの中から携帯端末を取り出した。それを操作して耳に当てる。

「“ブラザー”、迎えに来て」

 間もなくして走って来たワゴン車が彼のいる街道の傍らで停車した。助手席と後部左右のドアが開き、中から暗色の服を着た男達が出てくる。

「!?」

 その中の一人が死体を見て血相を変えた。こ、この男は……。込み上げる憎悪を噛み殺すように、拳を固く握り締めて彼は作業に移った。

 レッドが死体に向かって顎をしゃくり、“運べ”と指示を出す。男達はそれに従い、死体を担いで車の後部座席に乗せるとシートベルトを締めて固定した。ハットを目深に被せて表情を隠す。

 エンジンがかけられ、車が発進してからレッドは言った。

「ガス、“柘榴酒で乾杯だ”」

 それは彼らの言葉で、“仇を討った”という意味だった。

「ありがとう……」

 礼を言ったのは先程死体を見て血相を変えた男だった。40代後半の中年男性である。彼には17歳になる娘がいた。彼とは違う一般社会で暮らしている。その娘がある日の夕方、学校から帰宅する途中見知らぬ男に強姦された。そして妊娠させられ、そのショックで身も心もずたずたに引き裂かれてしまった。襲われた時の恐怖と中絶した後に残った喪失感から、精神状態が不安定になってしまった彼女は何種類もの薬を飲み続けた。しかし症状は良くならず、それどころかどんどん強い薬を求めるようになっていった。そして気が付けば薬漬けになっていた。“麻薬ドラッグ”の。彼女は知らないうちにドラッグを飲まされていたのだ。その時の担当医師があの“老紳士”だった。表向きは人当たりのいい精神科医。しかしその実態は患者に違法な薬を投与して薬漬けにし、薬物依存症になった患者に高値でその薬を売り付ける密売人。大人になりきらない若い女性や少女を好み、道端で優しく声をかけては物を買い与えていた。“いたずら”をするその代償に。彼は風体のその特徴から“ミスター・ハット”と呼ばれ、その存在は裏の世界では有名で、それを利用している少女もいた。ミスター・ハットは少女達に金品を与え、少女達はそれをもらうために体を売る。そこに需要と供給の関係が成立していた。それ以外の“いたずら”された少女たちは皆、恥ずかしさ故訴えることもできず、泣き寝入りするしかなかった。そんなことも知らずに麻薬を飲まされていた彼女は、改善されない症状と薬の効能に不信感を抱き、そのことを医師に訴えた。すると医師の姿のミスター・ハットはこう言った。

「私はあなたが一番楽になれる最善の方法を選びました。薬だけがあなたを楽にしてくれるのです」

 その答えに彼女は最初反論した。それがただの薬でないということはわかっている。しかし薬を飲むと楽になれる。それは疑いようもなかった。

「あなたの痛みはあなたにしかわからない。頼れるのは薬だけなのです」

 医師の言葉が彼女に暗示をかける。彼女は次第に反論できなくなっていった。薬にはまってはいけない。でも飲まないと耐えられない。

 “医師の言っていることは正しい”。

 彼女は悪魔の誘惑に負けた。そして若く輝いていた彼女は今――この世にはもういない。

 レッドはそのことを話に聞いていた。彼女と面識はなく何の感情もなかったが、ミスター・ハットを“消す”ことに決めた。仲間ファミリーの娘の仇を討つ――ということを名目にして。

 あいつと同じ空気を吸いたくない。それが真意だった。レッドにとってミスター・ハットは蠅やゴキブリと変わらず、殺してもただの虫を潰したようなものだった。

「ああ、空気がまずい」

 レッドは座席のヘッドレストに頭を預け、車内の天井をぼんやり仰いでひとりごちた。目障りな奴を消したのに、なんでだろう。そのままの姿勢で車に揺られながら思考に浸る。そして



 まだ“消したい奴”が残ってるからかなぁ……



 怨恨の炎を宿した目で微笑した。







 屋敷に着くとレッドは死体の処理を他の構成員ファミリーに任せ、再び夜の繁華街に繰り出した。歳の近いエリックという構成員の少年が運転する車でいつもの酒場みせに向かう。レッドは14歳、エリックは17歳なため、もちろん変装して。そこはカウンターと古臭いゲーム機やビリヤードなどがある店で、レッド達はそこをたまり場にしていた。レッドはまだ未成年だが、今夜は飲みたい気分だった。変装した姿のレッドはその恵まれた容姿を生かした若い女性になっていた。声も喋り方でどうにかごまかせるのでばれたことはない。彼は堂々とカウンターに座り、適当にカクテルをオーダーした。服装だけ大人っぽくした連れのネイトは奥のスペースにいて、ダーツに夢中だった。レッドはカクテルを一口飲み、アルコールが口内に熱っぽく広がるとぽーっと火照った顔を押さえて頬杖を突いた。グラスの中のカラフルな液体を眺めながら、頭をからっぽにして酔いに浸る。すると

「あちらの方から」

 と言ってバーテンダーの男性がテーブルの上に封筒を置いた。レッドが言われた方向に目を向けるとビリヤード台の前に腕を組んでニヤリとしている男性の姿があった。それを見た途端、化粧を施して美しい女性になっていたレッドの顔が引き攣ったように歪む。嫌悪感、不快感、不信感に満ちた拒絶反応だった。内心で悪態をつかずにはいられなくなる。髪型は短めにしたゼブラブロンド・ヘア。服装はダブルで黒のライダースジャケットの下に白のタンクトップを合わせ、首には地が紫で白黒の幾何学模様を描いた薄手のストールを巻いている。下は踝が出る丈の細身の黒いパンツにポインテッドトゥの白い蛇皮の靴という出で立ちだった。このいかがわしい男性はレッドの従兄弟である。名前はウォルターといい、レッドとは別の組織に属する同業者だ。いつもレッドに悪意のあるちょっかいを出してくるため、レッドは彼を嫌っていた。何から何まで。親戚の一人であることが最大級に許せない。なんなんだよ、この手紙……? レッドは宛名もない怪しい封筒を不審に思いながら開けた。中から二つ折りにした一枚の紙が出てきた。それを開くと



  ボスが殺られた



 手書きでそう書かれていた。その紙を手にレッドの動きが停止する。驚愕、悲嘆、怒り――そのどれでもない感情に浸り。

「それを書いたのはオレじゃないぜ」

 いつのまにか側まで来ていたウォルターが言った。椅子に座らずに、カウンターに肘を預け、レッドの横顔を見ながら話しかける。

「さっき知らない男に渡されたんだ。というか、無理矢理ポケットに捩込まれた。あぁ……そいつならもういないぜ。それにただの使いっぱしりだ。追っても意味がないだろう」

 一方的にしゃべった後、そういうことだから、と言い残していなくなる。

「……」

 レッドは感情を持たない人形のような表情で、紙を畳んで封筒にしまった。一枚の紙しか入っていない薄っぺらい封筒の閉じた口を指でなぞる。するとコトンとテーブルの上に何かが落ちた。紙しか入っていないはずの封筒から。それは勢いあまって転がり、テーブルの端から落下する。そしてそれが床に向かって落下していく軌道の中間地点で、伸ばしたレッドの手の中に収まった。彼が握り締めた手を開くと

 38special。それは弾丸だった。焼け焦げた臭いがする。付着しているのは血痕か。その側面には文字が刻まれていた。

「ふっ……」

 それを見たレッドは笑声が込み上げて、口元に拳を当てた。その文字は両端が横に反った“W”。翼を広げたようにも見える。


 ウイングスか――

 意外だな。君がパパを殺すとは思わなかった。

 随分と面白いことをしてくれるんだね。

 こんな細工までして。

 手品までできるんだ?

 君のことをもっと知りたくなったよ。


 何故、“パパを殺したのかも”。


 ウイングス

 君はいったい……



   何者なんだ?




 そしてレッドは椅子から立ち上がった。




がんばります! もう、それしか言えない私…

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