王都教会本部
マニアス聖国の王都には教会の総本部と支部、二つの教会堂がある。
ほとんどの信者は支部の教会堂を本部だと勘違いしていた。それは無理からぬことである。支部の教会堂は荘厳にして幽玄。見るものを圧倒する迫力がある。対して、総本部の教会堂は控え目にいって地味だった。土壁の平屋建て、言われなければ教会の建物だともわからない程みすぼらしい。
中身も外見と同じく地味だ。狭く暗い通路は閉塞感すら感じさせる。
教会のトップである、座教皇の執務室ですら、大人が五人も居れば手狭になってしまうくらいなのだから、質素が徹底されていると言えよう。
狭い執務室を更に狭くしている、木の板に足をつけただけといったような文机で、バーベナ・ハワード座教皇は書類仕事をしていた手を止めた。誰かがドアを叩いたからだ。
「メリアベルです」
「入りなさい」
許可をえて入室したメリアベルは強い圧力を感じて緊張した。バーベナは一線を退いたとはいえ、かつては亜人狩りや魔族との戦争で最前線で戦い、生き残った強者だ。齢六十を超えた今でも鍛練はかかさず、短時間であれば全盛期と遜色ない戦闘も行える。
とはいえ、バーベナは人族には寛容であるから、メリアベルとしては、緊張はしても頼もしくもある。むしろ、バーベナの後ろに控えている人物の方が、何をしでかすかわからない不気味さがあった。
その人物はバーベナの護衛を勤める神官兵である。顔を薄い布で隠しているので人相は定かでなく、身体つきから女性であると判断できる程度。
気配なくたたずむ様はまるで暗殺者だ。
「フーシェ大司教の件ですね?」
バーベナの問いにメリアベルは、はいっと肯定する。
教会の諜報部に属するメリアベルの役割は教会内の内偵である。
フーシェ大司教は代々、聖剣を管理する役割を持つ由緒ただしい家柄で、教会内での権限も強い。バーベナがいなければ座教皇になっていた人物だ。
フーシェはまだ座教皇の座を諦めていないようで、怪しい動きをしていた。
聖鎧の探索もその一つである。聖剣にしろ、聖鎧にしろ、制御不能で放置されていたにもかかわらず、突然、制御する方法を発見してきた。
長年、制御法の研究はされてきたが、バーベナの知る限り進展はなかったのだからあまりにも怪しい。
メリアベルは制御法の出所を探っていたのだ。
「エルフの聖女が情報を持ってきた所までは突き止めました。都市国家群がある土地には遺跡が多数ありますから」
ドワーフが残した遺跡からなら、制御法が出土しても不思議ではない。だが、フーシェは情報源を隠した。
「やはり魔族ですか」
バーベナの言葉をメリアベルは肯定も否定もしない。おそらくはそうであろうと、メリアベルも当たりをつけていたが、下手な発言をすれば身に危険が及びかねない。
なにせこの件に魔族が関わっているのなら、教会はフーシェと都市国家群を殲滅しなければいけなくなる。
何故ならばそれこそが教会の存在意義だから。
「調査を進めますか?」
進めるというのは、戦闘準備をするという意味もある。動き出せばフーシェ大司教も何らかの行動を起こすであろう。
「必要ありません」
バーベナの表情は動かない。メリアベルも内心はともかく反論はしない。
魔族が関わっているかは、あくまで憶測の域を出ない。バーベナの判断は間違ってはいなかった。
更に二、三の報告を済ませ、メリアベルは退室しようとしたらバーベナに呼び止められる。何か失敗でもしたかとメリアベルはひやりとする。
「勇者方には、降臨スキルの兆候もみられませんか?」
「ええ、残念ながら」
勇者達が、というよりは、降臨スキルを持つ者の捜索は最優先事項だ。何かあれば真っ先に報告している。
「そうですか、異界の勇者であれば、あるいはと期待していましたが残念です」
メリアベルは一礼して今度こそ退室する。静かになった執務室にしばし、書類を作成する筆記音が響いていたが、バーベナは物憂げにペンを置くと重く吐き出すように呟く。
「天魔は未だ降臨せず、罪は何時裁かれるのか」
もし、メリアベルが今のバーベナの姿を見たとしたら驚いただろう。
強者であるはずのバーベナが、ただのくたびれた老人の姿になっていたのだから。




