夜会1
ティマイオス学園でおこなわれる夜会はあくまで授業の一貫である。とはいえ、息抜きの意味あいもあるので規則は緩い。学園の多目的ホールに集まった生徒のほとんどはドレスやタキシードといった真面目な格好であるが、中には奇抜な格好をした者もいた。
仮面をつけていたり、メイド服を着ていたりと奇抜とはいえ良識の範囲内である。
例年であればその程度でも注目の的になるのだが、今回の夜会は一際目立つ少年に視線が集まっていた。
軍服の礼服っぽい格好に学生帽。裏地の赤い黒いマントを羽織り、十字型のネックレスを身に付けている。
それだけなら許容範囲であるが、軍服には白い文字で謎の呪文が書かれ、学生帽には細いチェーンが巻かれており、マントには髑髏が描かれていた。
さらに何故か右手には包帯が巻かれ、片目も包帯で隠している。
一見して、この世界の感覚でも異様であったのだが。
「キャー、旦那様格好いい!」
少年の隣にいる美女、リアンはやたらテンション高くはしゃいでいた。
ホルターネックドレスを着こなし、長い髪を結い上げ、色香を振り撒くリアンが童女のように騒ぐ姿はアンバランスな魅力があったが、周囲は若干引き気味だ。
「もう一回、もう一回言ってみて!」
リアンにねだられた少年、レイは機械的な声で無表情にもう一度セリフを繰り返す。
「闇の炎に抱かれて眠れ」
「キャー、素敵!」
隣ではリーリスが困惑した表情で戸惑っている。どうもレイが入院中に女勇者からリアンは妙な入れ知恵をされたようで、せっかくだから格好いいセリフを言って貰おうということになったらしい。
件の女勇者はリーリスの胸をビックバンと評した人物である。かの人物はレイが着用予定のコスプレを見て、ぜひにと格好いいセリフをリアンに伝授した。
結果がこの惨状である。
レイも断れば良かったのだが、今日はリーリスとリアンが主役だからと恥ずかしいセリフを口にしたのだが、リアンの興奮ぶりについていけなくなってしまった。
「リアンさん、もう勘弁してあげてください」
皆が遠巻きにするなか、リアンをたしなめる文字通りの勇者があらわれた。
犬飼凪である。不安に揺れていた瞳には強い光が宿り、芯の強さが伺える。傍らには御影沙紀がいて犬飼と手を繋いでいた。
たしなめられたリアンは渋々といった様子ながら引き下がる。
「勇者も参加してるのか?」
嫌そうな顔でレイが聞くと、犬飼は肩をすくめてみせた。
「私と沙紀だけね。聴講生扱いで潜りこんでみた。貴方に会いたくて」
レイの表情は動かない。ふっと、犬飼は微笑む。
「まあ、白鷺にね、お礼も兼ねて報告したいことがあってね」
何故か犬飼は勝ち誇った顔つきになる。
「私、沙紀と付き合うことになったから」
「そうか」
レイは素っ気なく返事をした。わりとどうでもいい案件だったからだ。むしろ、さっきから気になることがあった。
「御影は体調が悪いのか? 顔が真っ赤だぞ」
御影は顔を赤らめてうつ向いており、レイの声も届いていないようだ。
「気にしないで、私がどれだけ沙紀を愛しているかわからせてるとこだから」
上機嫌に答える犬飼。深入りするのも面倒だと判断したらしいレイはそれ以上追及しなかった。
「あともう一つだけいい? その目はやっぱり私達が原因なの?」
表情を引き締めた犬飼は、少し震えるように声を絞り出す。
「俺が弱いからこうなっただけだ」
迷いなく言いきったレイを犬飼はしばし見つめて、そっと息を吐く。これ以上いい募れば、むしろ迷惑をかけることになるだろう。
「わかった。これ以上何も聞かない。皆にも言っておく。でも、何かあったら言ってね?」
後ろ髪を引かれる様子ながらも、犬飼は御影を引き連れてテーブルに用意された豪勢な料理をひやかしに行く。
同じタイミングで会場の前方が騒がしくなった。
設営された舞台にタキシード姿の少年がのぼる。手には魔道具の拡声器を握っている。
「えー、場も暖まってきましたので、恒例の告白大会を執り行います。司会を任されたハルトです、よしなにお願いします」
周囲の熱気とは対照的にハルトは冷めた口調で進行していく。
夜会のパンフレットには各種催し物の予定が紹介されていたが告白大会は書かれていなかった。
「飛び入りも出来ますよ。レイさんも参加しますか?」
レイに話しかけてきたのはシャーリーだった。シンプルなワンピースドレスを華やかに着こなし、いかにも貴族のご令嬢然としている。
「相手がいない」
シャーリーとリアンは苦笑いして、リーリスはぴくりとも表情を動かさなかった。
「事前登録者の方はこちらへどうぞ」
やる気を感じさせないハルトに呼ばれて数人の男性が舞台へと上がる。
ハルトは参加者の紹介を簡単にすませ、順番に流れ作業で告白させていく。
レイは何の気なしに眺めていたのだが、ふいに参加者の一人と目が合う。獣人である彼はレイに鋭い視線を向けていた。
その参加者の番になると生徒会の腕章をつけた生徒が、拡声器を片手にリーリスへと走りより、ペコペコと頭を下げる。
「二年のオリバーだ。俺は浮わついた言葉は好まん。率直に言わせて貰う。リーリス、俺の生涯を捧げる。お前の生涯を俺に捧げろ」
これは獣人族特有の言い回しであり、別段乱暴な言い方ではない。とはいえ、人族からすればやや野蛮な印象がある。
オリバーもそれは理解していたが、リーリスに思いが伝えればいいと考えていた。
「お断りします」
拡声器によって、間違いようのない返事が会場全体に響く。
「な、何でだ? 奴隷からも解放……」
「はい、残念でした。次の方どうぞ」
オリバーの抵抗をものともせず、ハルトは力ずくでオリバーを下がらせた。やる気のなさそうなハルトが司会役をやっている理由が察っせられる場面である。
この後、リアンも告白されたがあっさりと断り、事前参加者は全員ふられるという結果になった。
「じゃあ次、飛び入り参加者募集します。誰かやりますかー」
ハルトの間延びした声に答える者はいない。事前参加者が全員討ち死にしたことで及び腰になっているらしい。
「誰もいませんね。終わっていいですか?」
すっと、一人が手を上げる。手を上げた人物を見てハルトは頬をひきつらせた。
「会長? 本気ですか?」
「ああ、しばし、場を借りさせて貰う」
シャーリーの元婚約者であり、生徒会長のハルクスト・オルドヌングが舞台に上がると、会場が静まり返る。
ハルクストはつい最近婚約破棄したばかり。しかもその相手であるシャーリーも会場にいるのだ。気軽に囃し立てるような真似は出来ない。
「恥ずべき行為だと自覚はある。だが今を逃せばもう機会は得られないだろう。誹謗は甘受する」
ハルクストは言葉を切り、会場を見回して、目当ての人物を見つけた。
「ステラ・エルフスト、貴方に婚約を申し込む」




