偽悪者は入院する
回復魔法が存在するこの世界においても、病院はある。物理的な損傷であれば、ポーションや回復魔法で治せるが、ウイルスや細菌を駆除出来るのは、第五階梯の回復魔法だけだからだ。第五階梯といえば、人類の限界とも言われ、現在、使い手は確認されていない。
故に医療技術が発達していくのは当たり前といえる。
救助されたレイは病院に放り込まれた。来栖の回復魔法では完治までには至らず、何より呪いの影響がどうでるか予測不可能だったからだ。
個室にほぼ監禁状態にされたレイはとにかく暇だった。何故か病室にリーリスが寝泊まりして面倒を見てくれていたから余計に暇だ。レイは見舞いにきたリアンにリーリスを連れ帰るよう頼んだが、無理っと断言された。
そんな暇な合間に、何人かが見舞いに来て先の事件の経過をレイに伝えてくれる。
レイが聖鎧を破壊したことに関しては、色々揉めた挙げ句、不問となった。
むしろ危機的状況を回避したとも言えるからだ。さらに教会が聖鎧の暴走を予見していなかった点も大きい。へたに騒げば教会側にも責が及びかねなかった。
実際、今回の作戦の責任者である大司教フーシェは全力で火消しに走り、聖鎧の暴走が地上に及ぶのを未然に防いだという物語をごり押ししている。
各所に火種は残っているものの、聖鎧の破壊で誰かが処分を受けることはなかった。ただし、落とし前はつけなくてはいけない。
カールは廃嫡となった。これは本人の要望によるもので、レイのお見舞いにきたカールはむしろ清々しい表情をしており、リーリスに絡んだ件を詫びた。レイも呪いに操られていたとはいえ、カールに剣を向けたことを詫びたので、カールは少し戸惑いを覚えた。
シャーリーは婚約破棄、こちらは兼ねてからの悪評と今回の件が合わさって王族の婚約者として不適格と判断された形だ。大変な不名誉なのだが、シャーリーは気にしたふうもなく、淡々と婚約破棄を受け入れた。
カールに呪いの洞窟に繋がるであろう穴の探索許可を出した学園の事務官長は学園長選挙から脱落した。表に裏にと暗躍していた事務官長はあちこちから恨みを買っており、それが一気に噴出して学園長選挙どころか事務官長の地位すら怪しい状況だ。
男勇者達はあの場から逃げ出し、震えてうずくまっていたところを救助された。余程ショックを受けたのか、ほぼ引きこもり状態になっている。
佐久間は犬飼達に袋叩きにされ、呪いに影響もあり意識が戻らず軍の病院で軟禁されていた。
各所に禍根と傷を残しつつも事態は収束していく。
しかし、レイには一つ懸念事項があった。それは。
大きさは直径三センチくらい、少々歪な円形をした黒い呪いの魔石を、見舞いに来たシャーリーが手に取ってしげしげと眺めている。
この魔石は呪力収集器で聖鎧の霧を吸収させた物だ。
「レイさんが言うような特別な魔石に見えませんね」
シャーリーの言うとおり、俺から見ても何の変哲もない魔石である。呪いの魔石は珍しいが、手に入らないほどのものでなく、呪術師なら日常的に消費している。
だが、俺だけはこの魔石が、ただの魔石ではないとわかる。何故なら妖精の箱に入らないからだ。
妖精の箱に入らない条件は把握していないが、少なくとも他人の物は入らないし、生きている者も入らない。
試しに対呪結界に使用し、呪いの霧を吸着して呪いの魔石になった物を妖精の箱に入れてみたらあっさり入った。
つまり、聖鎧を直接吸った魔石はただの魔石ではないということになる。
厄介なのはこの魔石の所有権が誰にあるのかだ。
対呪結界に使っていた魔石は冒険者が自前で用意したもので、霧を吸着して呪いの魔石になっていても、所有権は冒険者にある。さらに俺は教会ではなくシャーリーの依頼で動いていたから法的にどうなるのか判断しずらい。
結局、シャーリーに丸投げすることにしたわけだが。
「いいんじゃないですか? レイさんが持っていれば」
丸投げ返された。
「詳しく聞くなということか?」
シャーリーはにこにこ笑うだけで答えない。
「なら、もらっておく」
微かに見た呪いの起源。裏切られ、無惨に殺され、死んだあとも利用し尽くされる。
ただの感傷に過ぎなくとも、せめて安らかに眠れるよう、手元に置いておこう。
「ところで、さっきから気になっていたのですけれど、それ全部食べるんですか?」
シャーリーが視線で指し示した先ではリーリスが黙々と見舞いのフルーツをカットしていた。皿の上にはうず高くカットフルーツが盛られているのに、リーリスはどんどんカットしたフルーツを重ねていく。
入院してからというもの、リーリスはやたらと食事をとらせようとしてくる。
「看護師さんに食べて貰うよ」
俺の心配をしてくれているのはわかるので、好きにさせていた。いざとなれば妖精の箱に入れればいい。
「ではまたフルーツでも持ってきましょうか」
「気持ちだけ、感謝する。明後日には退院するからな」
身体もう治っていたのだが、内蔵にダメージを受けていたから念のために入院していただけだ。
「でしたら夜会に間に合いますね」
一瞬、やかい、という言葉が変換出来なかった。色々ありすぎて完全に忘却していた。
「やはりドレスを着て殿方と踊るというのは、乙女の憧れですからね」
背中に冷や汗が流れた。夜会の準備は全て店に任せてあるし、支払いも終わっている。大丈夫、問題ない。
「では、次は夜会で」
シャーリーは優雅な動作で一礼して去っていく。
待ってましたとばかりにリーリスが俺の口元にフルーツを持ってくる。
口に入れたフルーツは甘く、少しだけ酸っぱかった。




