偽悪者はあらがう
周囲の風景がもとに戻ると同時に、目に飛び込んできたのはカールを庇い、俺の精霊剣で今にも切り裂かれそうなリーリスの姿だった。
何とか精霊剣を引き戻そうとするも強い力で抑えつけられ、思うようにいかない。
冗談じゃない。呪いごときに言い様にされてたまるか。
身体を全力で後ろに倒す。軌道が逸れた精霊剣はリーリスの直前を掠めて外れる。倒れそうになるのを踏み止まったものの、いっそ倒れた方が良かったかもしれない。
頭の中で、殺せ殺せと鬱陶しい声がへばりついて離れない。ともすると意識が飛びそうになる。
偶然視界に入った俺の手は黒い霧に包まれていた。おそらく全身似たような状態だろう。
『どうせ、みんな裏切る』
そうだ。だからどうした。俺は最初から誰も信用なんてしていない。
『嘘 嘘、嘘、お人好しな貴方。他人を信じずにはいられない貴方』
嘲る声が鬱陶しくて仕方ない。打開策を探しているのに、水をさされて頭が回らなかった。
嫌悪と憎悪が喉の奥からせりあがってくる。この感情は呪いの影響だと理解していても、理性が引っ張られる。
誰を見ても憎しみしか湧かない。このままではリーリスすら殺してしまう。
『ほら』
声は楽しげに指摘する。
『信じているんでしょ。この娘を。いつか裏切られるのに』
違う。信じてなんかいない。
『だったら殺せ。裏切られる前に』
それは極論に過ぎない。だが甘美な誘いの言葉だった。
『みんな私達を騙してる。この娘だって貴方を利用してるだけ』
信じるというのは辛いことだ。信じて裏切られたからこそよくわかる。
信じないというのは楽な生き方なのだ。
俺は弱い。心も身体も。この誘いが破滅的な物であると知りながら、どうしようもなく惹かれてしまう。だからこそ腹立たしい。
「ふざけるな」
吐き出すように言葉を絞り出す。
「俺を支配しようとするな!」
弱く、臆病な俺からすれば呪いの言葉こそ信用にあたいしない。俺を一方的に利用しようとする奴は敵だ。
『だったらお前も死ね!』
圧倒的なプレッシャーがのしかかってきた。俺の精神を圧殺するような重圧にふつふつと怒りが沸き上がる。
同じだ。俺を利用してきた奴らと。こんな奴に屈してたまるか。
しかし、膝がおれ、前のめりに倒れふしてしまう。屈しない意思をもとうとも、身体はついてこない。
手足の先が冷たくなり、じわじわと身体の中心に向けてはい上ってくる。死ぬというより活動が停止していっている感じだ。
冷たくなる身体とは裏腹に、胸が熱い。どろどろのマグマが渦巻く如く、怒りが熱を失わない。
「旦那様! 聞こえてる!」
消え入りそうな意識にするりと滑りこんでくる声。同時に若干、呪いの圧力が弱まった。視線だけを動かすと、青白い顔をしたリアンが杭を俺に押し当てている。
「返事はしなくていい、呪力収集器を出して」
言われるがまま、妖精の箱から呪力収集器を取り出す。リアンは呪力収集器を拾い上げると、迷うような素振りを見せた。
「ごめんリーリス。多分壊れるけど他に方法がない」
「ご主人様が最優先です。やってください」
リアンが呪力収集器を起動すると、うなりをあげて俺を覆っている黒い霧を吸い込んでいく。そうか、呪力収集器は物体には作用しないから思い付かなかった。呪いの霧状態の聖鎧なら吸いこめるのか。
最早動かすことも出来なかった腕が、勝手にふりあがる。呪いが呪力収集器を破壊しようとしたようだが、そうはさせない。
気力を振り絞って腕を止める。
『この死に損ないが! 邪魔をするなあ!』
呪いの声が小うるさい。邪魔をしない理由がないだろう。
俺と呪いの力が拮抗している間にも呪力収集器は呪いを飲み込み続ける。
『終わらない! みんなみんな死ねえ!』
ふっと呪いの圧力が弱まったかと思うと、今度は物理的な圧力で地面に押し付けられた。
それは音のない爆発。リーリスもリアンも吹き飛ばされしまう。
内蔵に灼熱の痛みが走る。喉を熱い物がせりあがり、たまらず吐き出すと鮮血がどばどばと口からこぼれ落ちた。
呪いの圧力はなくなっていたが、身体は限界を訴えている。それでも震える四肢で身体を持ち上げた。
さほど離れていない地面に黒い霧がわだかまっていて、その中心に拳大の魔石が出現していた。原理はわからないが、おそらくあれが聖鎧の核。
僅かずつではあるものの、魔石から呪いの霧が噴出している。
「旦那様! それを壊して!」
焦った声でリアンが叫ぶ。言われなくても大体察することは出来る。あの魔石を砕かなければ、また鎧の姿戻るかもしれない。
聖鎧はおそらく、城塞都市プトレスでルビーが使った魔物になる魔石と似たような仕組みなのではないか。
重い体を叱咤して聖鎧の核へと歩み寄る。精霊剣を地面に向けて構え、切っ先を核に向けて一息に突き刺す。だが、切っ先に霧がまとわりついて核まで届かない。
それどころか、押しかえされている。少しでも気をゆるめれば精霊剣がはじき飛ばされそうだ。
最早、精霊剣から手を離さないようにするだけで精一杯。
「ご主人様」
精霊剣の柄頭にしなやかな手がそえられた。
いつの間にか側に来ていたリーリスが力を貸してくれる。
「往生際の悪い」
毒づきつつ、リアンが精霊剣の柄に手をかける。
二人が力を貸してくれたおかげで、精霊剣の切っ先が核に届く。
精霊剣が核を貫くと、核は急激に白く変色し、中心から砂になって崩れていった。
呪いの霧も消え去り、残ったのは小さな白い砂の山。
その白い砂に、俺の口からこぼれた血が斑点をつけた。もう満身創痍である。毎回よくもまあ生き残れるものだ。
リーリスとリアンも、怪我をしているのか足元が覚束ない様子だ。
あの高さから飛びおりてきたのだから当たり前か。
ぐらりっと頭の中が揺らぐ。立っていることもままならず、膝をついて倒れそうになったが、リーリスとリアンが咄嗟に支えてくれた。
「自力で帰るのは無理ね。救助を待ちましょう」
リアンの意見に頷いて肯定する。
このあたりが、勇者でも英雄でもない俺の限界だ。二人に支えらてやっと立っていられる、ただの凡人。
だが、なんとわなしに、悪くないとも思えた。
杏仁豆腐
プリン
ババロア
パンナコッタ
みんな違って、みんな美味しい




