偽悪者は取り込まれる
リアンも無茶を言ってくれる。
いかに強力な聖鎧といえど、核となる魔石があるはずで、それを砕けば容易に破壊できるとリアンから聞かされてはいたが、まさか実践しなくてはいけない状況になるとは。
自分の不運を呪ったところで意味はない。
天魔降臨も飛び降りた時に発動しているから、せいぜい後一分か二分くらいで大幅にステータスが下がるだろう。
出来ればそれ迄に決着をつけたいところだが、そうもいかないようだ。
黒い雨が降っている。
対呪結界に弾かれているということは、これも呪いの一種か。黒い雨が降り注いだ床の隙間から、黒い蔓が大量に生えてきて、マンドレイクが何体も出現した。
ざっと見て数十体はいる。この数が相手では押し潰されて終わりだな。かといって逃げる選択肢はない。思いきって飛び込むしかないかと覚悟を決める。
長剣を妖精の箱にしまって、精霊剣を取り出す。タイミング悪く天魔降臨の効果が切れてずっしりと精霊剣が重い。
せめて隙がないかと探っているとマンドレイクは奇妙な行動をとり始めた。
張り付けになった聖鎧の周りに集まり、蔓を絡ませあって身体を大きくしていく。
そして太くなった蔓を聖鎧に突き刺さった杭に絡ませた。
はっとして一気に駆け出す。もはや隙がどうこう言っていられる状況じゃない。
杭に絡み付いた蔓は白煙を上げつつぼろぼろ崩れていくが、次々と新しい蔓が巻き付いて、少しずつ杭を引き抜いていく。
おそらくあの杭には呪いを抑え込む効果があり、聖鎧を封印している。
封印されている状態でも佐久間やマンドレイクを操ったりと厄介極まりないのに、解放されたら手の施しようがなくなりそうだ。
マンドレイク自体は弱いのだが、数が多く。なかなか聖鎧にたどり着けない。そうこうしている間に杭が一本抜かれた。
「止まって!」
後ろから呼び掛けられて動きを止める。すると風が槍の形に渦を巻いてマンドレイクの群れに突っ込み、数体のマンドレイクを引き裂いた。
「援護します」
魔法を放ったらしいカールが直ぐ様呪文詠唱を開始する。
カールのおかげでマンドレイクの群れにほんの僅かな間隙が発生した。ためらっている余裕はない。隙間に身体をねじこんで無理やりに突撃する。
後ろから飛んでくるカールの魔法が的確に邪魔なマンドレイクを排除していく。
いける、と確信して大きく踏み込むとそこはもう、杭を引き抜こうとしているマンドレイクが射程圏だ。
まずはこいつを排除して聖鎧の核を探す。マンドレイクがほぼ無限に湧き出してくる状況で可能なのか疑問だが、やるしかない。
気合いを入れて精霊剣を叩き込もうとして違和感を感じた。右腕が異様に重くて持ち上がらないのだ。何事かと右腕を見ると、黒い霧がまとわりついてうっすらと手甲の形になっている。
必死になりすぎて、状況把握をおろそかにしてしまっていた。聖鎧に刺さった杭は残すところ三本。その三本も抜けかかっている。
精霊剣を左手だけで振り抜く。だが遅かった。杭を抜ききったマンドレイクは精霊剣に切り裂かれるより早く白く変色して崩れていく。
ぼろぼろとはいえ、かろうじて鎧の形を保っていた聖鎧が、杭から解き放たれて黒い霧へと変異した。
そう、鎧が全てだ。核らしき物は何処にもない。
対抗する手段がない以上、急いで離脱すべきと判断して、ためらいなく逃げる。だが、黒い霧の方が明らかに早い上に、右腕が霧の方へと引っ張られた。
体勢が崩れてなすすべなく黒い霧へと突っ込んでしまうと、視界がぐるりと一回転して周囲の光景が激変した。
朽ち果てた遺跡から、枯れ果てた森に。
空は紫に染まり、不吉な印象を受ける。もとは緑であったであろう森の風景は、黒々と変色した木々が墓標のように立ち並ぶ不気味な姿に成り果てている。
『何故裏切った!』
しわがれ声の絶叫が響く。
少女がいた。
褐色の華奢な身体に薄汚れたワンピース。くすんだ長い銀髪に白い瞳。血を吐いたらしく、口からは血がしたたり落ちていた。
『別に裏切ってないぞ。予定どおりだ』
武装した兵士が少女を取り囲んでいたが、一人だけ毛色の違う人物がいた。
背の高い男性で理知的な雰囲気を持ち、白衣を着ていた。
『お前達と仲良くして最後は毒殺する。うん、全く予定どおり』
男は満足そうに微笑む。
『とはいえ、毒入りのお菓子をああも無警戒に食べるとはな。毒草の専門家とはいえ、所詮、少し賢いだけの魔物か』
『貴様ぁ!』
激昂する少女が光に包まれると巨大な鳥へと瞬時に姿を変えた。
『やれ』
男の命令に従い、兵士達が魔法を放つ。囲まれていてはひとたまりもない。鳥はその巨体を血まみれにして力つきた。
『安心するといい。お前のお友達は始末済みだ。あの世で会えるかもな?』
『許さない』
何処から声を出しているのか、鳥は怨嗟の声を響かせる。
『許さない! 呪ってやる! ドワーフ共お!』
黒い霧が鳥から立ち上ってくると男は満足げに頷く。
『実験は成功だ。殺して魔石を取り出せ』
再び、ぐるりと視界が回転すると、そこは見慣れた場所だった。
元の世界の我が家だった場所のリビング。
やはり幻覚だなと確信する。何せ目の前で俺が母と父に罵られていたから。
『こんの泥棒が! 出世に響いたらどうしてくれる!』
『なんてことをしたの! 恥をかかせないでよ!』
『違う! 違うんだ! 話を聞いてよ!』
必死に弁明しようとする俺を、父は殴って黙らせ、母はヒステリックに叫ぶばかりで話しを聞かない。
そこに優しかった両親の面影は一切なかった。
『私と貴方は同じ』
しわがれ声が頭に響く。
『裏切られた。信じていた人達は、貴方を信じていなかった。貴方を誉めていた人達は、みんなみんな、貴方を利用してただけ』
それは単なる事実である。愚かな俺はおだてられ、まんまと騙されていたわけだ。
『憎いでしょ、復讐しようよ。世界に』
精霊剣を持つ俺の手を、手の形をした黒い霧が掴む。
『私達なら出来る。ドワーフも、人間も、私達を利用した全てに復讐を』
精霊剣を振り上げたのは黒い霧か、それとも俺自信の意思なのか、曖昧で溶け込みそうになる。
わきあがる不可思議なこの感情は何だ? 悲しみとも怒りとも、判断がつかない。
わかるのは、精霊剣を振り下ろせば、両親を殺せることだけ。
『殺して、殺して、殺して。さあ、殺して!』
目頭が熱い。手が震える。楽になりたい。俺は、泣いているのか?
「うああ!」
感情を吐き出し、無我夢中で精霊剣を打ち落とす。
「いけません! ご主人様!」
精霊剣と両親の間に割って入る誰か。いや、馬鹿か俺は。俺をご主人様と呼ぶのは一人だけだろ!
意識した途端、またも視界が回転する。




