決意
「おい、佐久間! 生きてるか? おい!」
頭の中に鉛でも詰め込んだような重苦しさを感じながら、佐久間は苛立ちつつも意識を覚醒させた。
意味もなくうめき声を上げつつ、必死で記憶を整理する。そうだ。確かあの穴から大罪の洞窟に侵入して、マンドレイクに追い回されていたら、突然床が崩れて。
はっとなって周囲を見回す。対呪結界は健在で、変わらず呪いの霧を押し留めている。
明らかに霧の濃度が濃くなっていたが、下層にいくにつれて濃くなっていくのは予想されたことだ。
佐久間は立ち上がろうとして、情けない悲鳴を上げた。右脚に鋭い痛みが走ったのだ。
「動かないで、多分折れてる」
同様する男勇者達を押し退けて、カールが手際よく応急措置をしていく。
全員、身体を強く打って痛みを感じていたが、佐久間だけが運悪く脚を負傷してしまった。その現実が佐久間を惨めな思いにさせる。
佐久間は馬鹿ではない。自分の不甲斐なさを自覚している。だからこそ周りが理不尽に感じる。
何で俺だけが怪我をするのか、何で俺には才能がないのか。世界は理不尽だ。
こんな世界なんて。
《壊れてしまえばいい》
言ってから佐久間は驚いて自分の口を手で押さえた。今の声は明らかに自分の声ではなかった。重苦しい怨みを煮詰めて、悲痛で押し出したようなおぞましい声色。
しかし、驚きつつも佐久間は違和感を感じない。
そうだ、世界なんて、ドワーフなんて、全部全部壊れてしまえばいい。
「お、おい。佐久間、それ」
男勇者の一人が佐久間の腕を指さす。佐久間の左腕にはいつの間にか呪いの霧がまとわりついていた。
咄嗟にカールが対呪結界の出力を上げたが効果は薄い。つまり対呪結界の許容量を越える呪いだということだ。
《ドワーフは死ね、人間も死ね》
佐久間は疑問に思った。どうして最初からそうしなかったのかと。
世界が理不尽なら世界を壊せばいい。簡単なことだ。気に入らないなら殺せばいい。
気分が晴れ晴れとしてきた。
あの気に入らない女。犬飼だって殺せば良かったのだ。何を迷うことがあるのか。
「全員離れて! こいつはもう駄目だ!」
佐久間の右腕に張り付いた霧が、手甲に似た形状をとり始めたのをみてカールは佐久間と距離を開ける。
呪いに取り込まれた人間の末路は一つであるが、経過は二つある。死ぬ程の苦しみに苛まれるか、呪いに飲み込まれて暴れまわるかだ。
いつの間にか、呪いの霧が晴れて周囲を見通せるようになっているのにカールは気付く。それは周囲の霧が佐久間に集まったことを意味していたが、カールは眼前の光景に釘付けになってそれどころではない。
古ぼけ、崩れた壁に黒い鎧がいくつもの杭で張り付けにされていた。鎧の原型すら分からなくなる程の大量の杭は、折れていたり、腐食したりしている。
特に鎧の右腕部分には壁に杭の後が残っているだけで、肝心の右腕部分と杭はそこにない。
カールは唇を噛む。想定していた事態の中で、最悪の状況だ。手持ちの札では対応する術がない。即撤退したいところであるが、男勇者達の反応は鈍かった。男勇者達が戸惑っている間に佐久間は剣を抜き放ち、切っ先を男勇者の一人、斉藤啓太に向ける。
「そうだ、最初からこうすれば良かった」
佐久間が低い声でぼやく。
「落ちつけ佐久間。剣を下ろせ!」
無駄な説得をしようとした斉藤に佐久間は容赦なく剣を振り下ろす。
斉藤はかろうじて避けたものの、瓦礫につまずいて尻餅をついてしまった。
更に追撃をしようとした佐久間の姿を見て斉藤はひっと息を漏らす。
逃げようと思えば余裕をもって逃げられる。しかし、初めて向けられる本気の殺意に斉藤は怯んでしまって動けない。他の男勇者達も同様で唯一、カールだけが咄嗟に剣を抜いて佐久間に切りかかるも、佐久間から滲みでた呪いの霧に牽制されて、逆に後方へ下がる羽目になる。
誰も手を出せない状況に満足したのか、佐久間はうっすらと笑った。
佐久間が何かしようとする度に邪魔者が現れる。だったら邪魔者を殺せば良かったのだ。佐久間は万能感に満たされながら、斉藤を殺すべく剣を振り上げて。
「やめろ! 馬鹿が!」
天から降ってきた声に思わず動きを止めた。
「邪魔なんだよ! 犯罪者が!」
憎々しげな声で佐久間は罵倒する。
佐久間達が落ちてきた穴から飛び降りてきた少年、レイは着地の衝撃で大きく体勢を崩しながらも、佐久間へと飛びかかった。何処からともなく取り出した長剣でレイは突きを放つ。
佐久間の周囲を渦巻く呪いの霧がレイを直撃するも、レイは怯まず長剣を突きこんだ。
佐久間の肩を長剣が貫く。佐久間は絶叫を上げて出鱈目に剣を振り回した。レイは素早く長剣を引き抜くと、茫然自失している斉藤を蹴り転がしながら安全圏へと離脱したが、直ぐ様反転して佐久間と切り結ぶ。
肩を潰されて片手で剣を振っているにも関わらず、佐久間はレイと対等に戦えていた。
いや、佐久間の動きは明らかに異常である。人間の可動域内の動きではあったが、横凪の剣筋が突然、突きに変わったりするのだ。
その様は糸に操られる人形に似ている。
なんとか対応していたレイであったが、何の予備動作もない佐久間の蹴りを胴体に受けて、後ろに押された勢いに逆らえず、一瞬動きが止まる。好機とばかりに佐久間は剣で追い討ちしようとしたが、二人の間にハルバードが落下してきてレイの窮地を救う。
「案外、上手くいくものね」
ハルバードをぶん投げた張本人のリアンは意外そうにぼやく。レイはあっさりと飛び降りたが、同じ真似をすれば絶対に大怪我を負うと判断して咄嗟にハルバードを投げた訳だが。
「今の、ぎりぎりでしたよ」
リアンの隣で戦々恐々としている犬飼が穴を覗き込むと不運なことに佐久間と視線が合った。
「犬飼いいい! 何時も何時もお前はああ!」
ハルバードを投げたのはリアンであったが、佐久間にはどうでもいいらしい。
佐久間の背中で呪いの霧が蠢くと翼を形成する。
「あれは飛べるのでしょうか?」
リーリスの疑問に答える者はいない。
答える必要がなかったから。
黒い翼は不恰好ながらも佐久間の身体を浮かせ、一気に上昇させた。
「来てくれるなら好都合ですね」
さっきから手出し出来ず、腹に据えかねるものがあったらしい。リーリスは珍しく獰猛に唇を吊り上げる。
「旦那様! こっちは任せて大本をどうにかして!」
リアンは叫びつつ、穴から離れる。直後、佐久間が穴から飛び出してくると失速して床に落下した。
最早、佐久間の身体はぼろぼろである。肩には穴が空いていたし、全身血まみれで、関節がおかしな方向に捻れている。
「不死身、というわけではありませんよね?」
シャーリーの疑問も、最もであった。とても動けるような状態ではないのに、佐久間は歩みを止めない。
「いくら呪いでも、不死身なんて理論上ありえない」
答えたリアンも、呪いに関しては門外漢である。せいぜい、この呪いの霧の正体は呪力と呼ばれるもので、この呪力を利用して呪術師は対象に呪いをかけることくらいしか知らない。
「犬飼! 散々俺を虚仮しやがって!」
喚く佐久間の言葉に、犬飼は苛立ちを覚えた。
「バッカじゃないの」
佐久間に怪我をさせたあの日以来、犬飼は後ろ暗さから佐久間に怯えていた。しかし、今ならはっきりとわかる。
「何でもかんでも他人のせいにしないで!」
あの時、佐久間に怪我をさせたのが最良だったとは思わないが、抵抗していなければ、もっと悪い結果になっていただろう。
だから。
「あんたが喧嘩を売ってくるなら何度でも買ってやる! 来なさい! ぶっ殺してやるから!」
犬飼の物騒な口上に、佐久間は一瞬怯む様子を見せたが、涙を流しながら、醜く表情を歪めた。
「こんの、くそ女!」
「うっさい! ごみ屑!」
犬飼は生まれて初めて殺意を込めて昆を振るった。
それが正しいかどうかなど、どうでも良かった。例え、佐久間を殺す結果になっても、生き残らなければ後悔さえ出来ない。
犬飼は戦う。
自分の命と誇りを奪われない為に。




