偽悪者の安請け合い
来栖風香という少女のことを俺はほとんど知らない。とは言ってもよくよく考えれば知っていると言えるクラスメイトなんて誰もいない。
結果、来栖と俺の間に微妙な空気が流れた。昔の俺はこんな時、どんな会話をしただろうか。もう、思い出すことは出来そうにない。
「ちょっと、二人の世界にひたらないでよ」
「いかがわしい」
「しゃーないって。感動の再会だし」
来栖の傍らにいた三人の少女が沈黙にちゃちゃを入れる。三人とも元クラスメイトでこの三人に来栖を加え、口さがない男子はギャル四人衆と呼んでいた。
「何でこんなところに?」
雰囲気が壊れたおかげで、自然に言葉が出せた。案外、三人はこれを狙っていたのかもしれない。
四人とも露出を増やした改造神官服を着ていたから教会関係だろうと予測は出来る。より詳しく聞こうとしたら彼女達の背後から近寄ってくる人影が見えた。
「失礼。聖女様ですね」
パンフレットで顔だけは見たことがある。ティマイオス学園、学長のルキウス・ペネイトだ。深い皺が刻まれた高齢の男性で厳めしい顔付きながらも目は優しげな老紳士といった雰囲気である。
「あ、はい。一応は」
来栖は若干ためらいがちに返答する。気持ちはわかる。聖女なんて言われても戸惑うだけだろう。
「ありがとうござまいます。助かりました。君もありがとう。カール君を助けてくれて」
ひそかに立ち去ろうとしたのに、ルキウスは牽制するように礼を言ってきた。
「咄嗟にやったことです」
ルキウスは何やら意味ありげに頷くと探るような視線を向ける。
「まさに勇者ですね。立派だ」
「俺は勇者ではありません」
「謙遜を」
はるかに年上であるルキウスの思考を、若輩者である俺では読みきれない。だが間違いなく彼は狸じじいだろう。この場を離れる隙がなく、否応なしに会話に巻き込まれた。
「勇者の力、悪い噂もありましたが、レイ君やフウカ君のような勇者が協力してくれるのなら、なんとかなりそうですね」
「ルキウスさん、その話しはまだ」
気まずそうに来栖が言う。
「先走りましたか、申し訳ない」
これ以上は否応なしに巻き込まれかねない。無理やり気味に立ち去ろうとしたらルキウスが意味ありげ呼び止めてきた。
「よいのですか?」
振り向かなければ、彼はそれ以上なにも言わなかっただろう。だが、反射的に視線を向けてしまう。
「あれは、レイ君を狙っているように見えました。気にはなりませんか?」
つまり、少しは情報提供できるということか。
気にならないといえば嘘になる。あのマンドラゴラは明らかに俺を狙っていた。呪いによって失われた俺の左目。あの時、俺の左目に飛び込んできた呪われた魔石は、あくまで本体の一かけらだとリアンが言っていた。だとしたら、魔石の本体が近くにあって、マンドラゴラが影響を受け、俺に残った呪いの気配に引き寄せられた?
だとしたら一刻も早く逃げるべきなのだろうが。
「話しだけ、聞かせてください」
逃げても追ってくる可能性がある。情報はあっても困ることはないだろう。聞いたうえでどうするか判断すればいい。
「では、日をあらためて他の勇者様と一緒にご説明いたしましょう」
予想していたとはいえ、あいつらに会わなければいけないのかと思うとげんなりする。こちらの気配をさっしてか、ルキウスは一方的に日時をつげると、忙しげに教師たちの方へ行ってしまった。
断る隙を与えない去り際はさすがというべきか。
「あの、白鷺君」
おどおど、もじもじと来栖が世話しなく視線を動かしている。
「ありがとう話しをうけてくれて。私たちも、白鷺君にお願いしたかったから」
「受ける。とは言ってない。話しを聞くだけだ」
来栖は悪い奴じゃない。それでも、誤解を受けそうなら訂正せずにはいられない。口調が厳しかったせいか、来栖はちょっと泣きそうな顔になった。だが、その表情は複雑で心情までは読み取れない。
「それでもありがとうだよ。なんか、みんな上手くいってなくて。白鷺君が立ち会ってくれるだけでも気持ちが楽になる」
逆に俺の気持ちは重くなった。あいつら上手くいってないのか。よく考えれば無理もないのかもしれない。俺のクラスは久宝を中心にまとまってはいたが、仲がいいかと言われると疑問がある。単に久宝のカーストが高いから彼が中心になっているだけで、例えば何らかの力で久宝を上回れるなら下剋上が起こっても不思議じゃない。
今さら断るわけにもいかず、相づちだけうって場を離れる。来栖は何か話したそうにしていたが、世間話しをするほど仲よくないし、深く関わりたくはないという気持ちもあった。
だったら、何もかもを投げ出して逃げればいいだけなのだが、来栖には借りがある。
クラスで孤立していた俺を、影ながらとはいえ気づかってくれた。自分の力が及ぶ範囲で手助けする程度の義理はある。もっとも、自分の身の安全が最優先だ。
手に負えなければ尻尾をまいて逃げる。
俺は、俺のためだけに生きているのだから。




