偽悪者は夜に憩う
寒い。暖まりたい。
夜風が髪を撫でた。月明かりが森を照らし、時折鳥の鳴き声が微かに響く。湿った緑の香りが鼻腔をくすぐり、僅かばかりに郷愁を呼び起こす。
もっとも、いまさらあちらに帰ろうなどとは思わない。
そもそも、あちらに帰る場所などなかった。
それでもこうやって静かにしていると、あちらの世界を懐かしく感じるから不思議なものだ。
ここ最近、余裕がなかったから、余計そう感じるのかもしれない。
余裕がないといえば最近ステータスの確認をおろそかにしていたな。今のうちに確認しておくか。
名前 白鷺 鈴
職業 闇騎士
称号 ??? 異世界人 偽悪者 闇精霊の祝福 闇の眷属 獣の咆哮 呪壊者
スキル 言語補正 妖精の箱 スキルの極み1 精霊魔術(闇1)
隠蔽 剣術1 暗視3
固有スキル 天魔降臨2 自己犠牲2
・呪壊者 スキルを使用せずに呪いを破壊した者が得る称号。呪いにたいして強い耐性を得る。
片目を犠牲にして得た呪壊者、強い耐性ってどれくらいなんだ? 試してみないとわからないな。スキルを封印する呪いもあるし有用な称号ではあるのだろう。
HPなどの数値はさほど上がっていないし、スキルレベルも暗視以外は上がっていない。
相も変わらず、俺は弱いままだ。しかも今はリーリスがいない。非常に危険な状況である。
「思い詰めても仕方ないか」
この世界に来たばかりの頃に比べればまだましである。
気分を落ち着けるために温かい飲み物でも出そうとしたら、テントの方で物音がした。
見やるとリアンがもぞもぞとテントから出てきて俺の横までくると、頼りなげな瞳でぼんやりとランタンを見つめる。
「眠れないのか」
「ええ」
立ったままというわけにもいくまい。妖精の箱から椅子を取り出して座るように促す。存外素直にリアンは座った。
どちらも口を開かずに時間が流れていく。こういう時、何をすべきか俺にはわからない。
どれくらい時間が過ぎただろうか、リアンはふうっと短くため息をつくと覚悟を決めた感じで口を開いた。
「不安、なのよ」
「だろうな」
目覚めたら遥か未来。しかも見ず知らずの男の奴隷である。さぞかし不安だろう。
「旦那様は私に何をしちゃうのかしら?」
茶化すようでありながら、少し震える声に俺は。
「まず冒険者になってもらって俺の仕事の手伝いをしてもらう。言っておくが俺は弱いからな。頼りにさせてもらう」
正直に答えた。リーリスという前例があるのだ、自己犠牲スキルがあればリアンはあっという間に俺より強くなるだろう。
「それだけ?」
若干不安が薄らいだ瞳が、探るように俺に向けられる。
「他に何かあるのか?」
「……いえ、心配していた私が馬鹿だったわ。なんだか年下に弄ばれた気分よ」
唇を尖らせて言うリアン。
「弄んだつもりはないが」
「ええ、そうでしょうね。旦那様がどんな人かわかってとても嬉しいな」
そっぽを向くリアンは全然嬉しそうには見えなかった。
「心配事がなくなったのなら寝ておけ」
「うっわ。素っ気ない」
愛想なぞ、とっくに棄てた。態度を変えるつもりもない。
「他にもね、色々あるかな、心配事」
まず、言語に不安があるとリアンは言った。
確かに俺は言語補正スキルで話せているが、リアンが現在の言語を話せる筈がない。
あとは冒険者がどんな職業なのかや、護身程度の実力しかない私がやっていけるのか、吐きだすように彼女は吐露する。
一つ一つに答えていく。勿論、俺のスキルのことは一切話さなかった。それでも何かしらの強化スキルがあるのだと察してくれているようだ。
「まずは言語をどうにかしたい。旦那様は本は持ってないの?」
この世界の本は値段が高いと言っても庶民が買える値段ではある。だから歴史書と国家間の関係性をまとめた本を一冊ずつ持っていた。
「出来れば子供向けのがいいんだけど、しょうがないか」
リアンは椅子を動かして身体が触れるほどに距離をつめた。
「ゆっくり読んでくれる? あとはまあ何とかするから」
「べつに今じゃなくてもよくないか?」
「読んでほしい気分なの」
強硬に断る理由もない。言われるがまま、歴史書を読み上げていく。時折、繰り返して読んでとか、注文されるくらいでリアンは難しい質問はしてこない。されても答えようもない。
しばらくしてリアンはうつらうつらしはじめ、やがて俺に凭れかかり寝てしまった。
不安が取り除かれ、更に読み聞かせでリラックスして一気に眠気が襲ってきたのだろう。
テントに連れていこうかと思ったのだが、いつの間にかリアンの手が俺の服をぎゅっと握っていた。
無理やり外すと起こしてしまいそうなのでもうこのまま寝させることにしよう。
静かな寝息をもらすリアンの表情は心なしゆるんでいる。
ああ、そうかと納得した。
昼間見せていた彼女の表情は作られたものだ。
この寝顔と比べれば、昼間の様々な表情がこちらを探るためのものだとわかる。
何故なら。
「かわいい、か」
あの時以来、女性を可愛いと思ったのは初めて、でもないか。
この心境の変化は確実にリーリスからの影響だ。
果たしてこれは感謝すべきなのだろうか。
夜に憩いつつ、俺は考え続けた。




