偽悪者は歩く
このへん、すっとばそうかと迷いました。
光がはれると、そこは朽ち果てた建物だった。
屋根は崩れ落ち、壁も壊れ、もはや石が積まれているだけという有り様である。
久々に浴びる太陽光が真上からふりそそいでやや熱い。建物の残骸を飲み込んだ木々はまばらで見通しはよかった。
「兵士の詰所ね」
一緒に脱出してきた彼女が興味深そうにあたりを見回している。彼女から見れば此処は遥か未来の世界である。さぞや物珍しく見えることだろう。
いや、俺からすれば異世界なのだから似たようなものではあるが。
「あなたってこういう顔してたのね」
しげしげと彼女が俺の顔を覗きこむ。近くでみる彼女の顔は非常に整っていた。年齢は二十歳くらいの見た目、掘りが深めでともすると人形じみた空虚な感じもあるのに、赤い瞳には少女っぽい好奇心が溢れ人懐っこい猫みたいだ。
リーリスが孤高の猫なら、彼女は好奇心旺盛な猫といったところか。
「何をいまさら」
「太陽の下だと印象は変わるものよ。あなた結構いい顔してるじゃない、うーん、あなたって呼び方も他人行儀ね。なんて呼べばいい」
自己紹介もしていなかったことを思い出す。とは言っても、自分の素性を詳しく話すつもりもない。
「E階級冒険者のレイだ。好きに呼べばいい」
「そう? じゃあ旦那様って呼ぶわ」
なにやら悪戯っぽく笑う彼女。
「旦那様?」
「だって私はあなたの奴隷でしょ。だったら旦那様よ」
「まあ、好きなように呼んでくれ。で、君のことはなんて呼べばいいんだ?」
彼女のステータスに名前の表示はない。名前がないでは不便すぎる。
「好きなように呼べばいいんじゃない?」
邪険にしたり敵意を剥き出しにされたりするよりはましとはいえ、ずいぶんとフレンドリーだな。
まあ、気にするだけ無駄か。それなりに強くなったとはいえ、俺は弱い。もう一度レッドトロールと戦っても勝てない。というか、聖女がいなければ俺は負けていただろう。
生き残りたければ、自己犠牲スキルで奴隷を強化して一緒に戦ってもらうしかない。
だから彼女を解放するつもりはなかった。自分でも酷いことをしているとは思う。
だから可能な範囲で彼女の要望は叶える。せいぜい、彼女が気に入る名前を考えよう。
「リアン、とかどうだ」
「いいんじゃない。何か由来があるの?」
彼女は才気煥発なんて称号も持っているから、そこから連想して様々な知識を持つ悪魔、ダンタリアンを思いついた。そのままでは彼女に似合わないし、短縮してリアンだ。
「博識な悪魔か、うんうん、私にふさわしいわ。ありがとう旦那様」
リアンは楽しそうに笑う。
さっきから様々な表情をリアンは見せてくれているが果たして真に受けていいものなのだろうか。
いや、やめよう。余計な詮索なんて無意味だ。リアンがどう考えていようとやることは変わらないのだから。
周辺を探索してみると、幾つか建物があったものの全て崩れていた。人の気配もないし、現在地がわかるような物品もない。
それでも何かないかと探し歩いていたら道らしきものを見つけた。膝ぐらいまでの高さのある草で隠れていたが、草の合間に砂利がみえる。かつて砂利道だったのだろう。
道は通りやすいところに通すから、古い道でも新しい道に通じていることはある筈だ。
問題はリアンの服装である。外套だけというわけにもいかないので、デニムのパンツと黒いワイシャツを着させているのだが、サイズがあっていない。おへそが見えてしまっているし、パンツも裾が下に届いていなかった。
外套があるとはいえ、このままだと足に直接草が擦れる。
何かないかと妖精の箱を探して丈の長い靴下を取り出した。これで我慢してもらうしかないだろう。
「ありがとう」
リアンは履いていた短い靴下を脱いで長い靴下に履き替えた。珍妙な格好である。素が美人なので変ではないのだが違和感が半端ない。
「街についたら服を買う。それまで我慢してくれ」
「別に我慢なんてしてないけど」
不思議そうに首をかしげるリアン。一抹の不安を覚えたが気のせいだろうと振り払った。
草をかき分け、砂利道を探しつつ進んでいく。魔物への警戒もおこたらない。緊張感と疲れから額から汗が流れ落ちていく。
日は傾き、赤みを持ちはじめた頃に整備された道に出た。左右へと真っ直ぐ道がのびている。
振り向いてみると今まで通ってきた道は草木に埋もれ、もう何処が道だったのかもわからない。
「どっちにいく?」
「左だ」
リアンに聞かれたので即答した。根拠はない。行ってみて行き止まりだったら引き返せばいい。
日が完全に沈み、急速に暗くなってくるまで歩き続けたが、街にはつかなかった。さすがに夜通し歩こうとも思わないので道の脇にあったちょっとした広場にテントを取り出して設置する。
手早く食事をすませ、交代で見張りをしつつ眠ることにした。最初の見張りは俺だ。
ランタンを暖房モードにしてその前に椅子をおいて座る。暖房モードだと魔石の消費が激しくなるから使いたくないけれどさすがに寒い。
ぼんやりと星空を眺める。無意識に星座を探して苦笑いした。知っている星座は何一つして見つからない。
だというのに、聞こえてくる虫の鳴き声は向こうとかわないから不思議だ。
夜に沈みこむ気分でじっとランタンの明かりを見つめる。
夜が開けるのはまだずっとさきになるだろう。




