1話 森の中で
「ちっ、厄介だな。」
そういいながら俺は手にした棍を振る、
それは襲ってきた最後のフォレストウルフの頭に当たり、
脳漿をまき散らさせた後もその勢いのまま進み地面へ刺さった。
フォレストウルフの残った胴体のほうはというと、
かなり飛ばされたのか5mほど先の木の麓でドロップアイテムとなっていた。
俺はその様子を横目で見ながらここに来るまでの経緯を思い出していた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
3時間ほど前にギルドのクエストボードで今日の仕事を探していると、
ふと目に留まったのがこの森の調査依頼だった。
ただの貯砂依頼にしては必要ランクも高かったが、
俺ならば十分ランクは足りていたし、何より報酬が良かった。
それらを確認すると俺は意気揚々とクエスト受注の処理をしてもらうために受付へ向かった。
複数人での攻略推奨と書いてあったが、
受付嬢も俺のことを知っていたのか特に咎められることもなく送りだされた。
ギルドカードを出す暇が省けたぜ
だが、いざ森に入ってみるとどうも違和感を感じた。
いつもは聞こえるはずの鹿や鳥の声が全くしなかったのだ。
これは本格的にまずかもしれんな思い、
朝の緩んでいた気を引き締めながら奥へと進んだ。
そして、、、
違和感は当たっていた。
いつもなら、遭遇しても危害を加えなければ温厚なはずのフォレストウルフが、
この日に限って脇目も振らず襲ってくるのだ。
普通ならば鹿や鳥がいなくなって、
腹が減って気性が荒くなっているのかと考えるところだが、狼のくせに森の草花や魔力が主食のフォレストウルフに限ってそんなことがあるはずがないのだ。
それに少し様子がおかしい、
まるで何かを守っているような、、、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
と、思い始めたところで冒頭部分に戻るわけだ。
しかしこれは本当におかしい。
やはり、一度町へ戻って報告すべきだろうか、
いや、しかし原因を突き止めてからのほうがいいだろうかと考えているときだった。
赤ん坊の泣き声が聞こえたのだ。
これはまずい、赤ん坊がこんな森の奥深くに迷い込むわけがないので
捨て子か誘拐されたかのどちらかだろう。
なんにせよ、そんなことを考えていても体は即座に動いた。
まだ泣き声は断片的に聞こえたので生きていることは疑いようもない。
自分の聴覚を頼りに、泣き声の源へ急いだ。
鎧は走るのに邪魔だったので脱ぎ捨てた。
走っている最中に木々の枝葉が引掛り傷ができた気がしたが、大して気にならなかった。
フォレストウルフも俺の全力疾走にはついて来れこれなかったのか、
後ろから追ってきている影がどんどんと小さくなっていった。
さっさと包囲していればよかった気もするが、
日ごろ狩りをしてこなかったせいだろうか、こういう状況には疎いようだ。
それから30分程走り続けただろうか、いきなり開けた場所に出た。
そこには今までの森とは違い、心地よい木漏れ日にあふれていた。
先ほどまでは見なかった鹿や鳥、猪などもおり、にぎやかで、しかし穏やかで静かな空気に満ちていた。
しかし、俺が視界に入るやいなや威嚇するような剣呑な空気へガラリと変わった。
もちろん、フォレストウルフもおり、先ほどまでは微睡んでいた個体も今は牙を見せて唸っている。
俺も、仕掛けられたらいつでも応戦できるようにアイテムボックスから予備の武器をを手に取って構えた。
できればいつも使い慣れている方のほうが良かったのだが、
焦って地面に刺さったまま置いてきてしまったので仕方ないだろう。
しかし、そんな中獣たちの背後から魔力の波がまるでそよ風のように流れた。
すると獣たちは一気に警戒態勢を解き、
空気は元の穏やかな空気へ戻っていった。
先ほどまでの空気とのギャップに戸惑いはするが、
ここで立ち止まっていても仕方ないので先ほどの魔力の発生源である泣き声の方へ向かおうとした、しかし、、、
「とまれ、この地に何用じゃ?」
おっきな鹿に話しかけられた、
待ってくれ、この長い冒険者人生の中多くの不思議現象に遭遇してきたつもりだがこんなことは初めてだ。
その鹿はよく見ると大きさ以外にも普通の鹿と違うところがあった。
見たところ
蹄は青銅製で、角は眩いほどの金、深緑の瞳など外見上の相違点もあるが、
何より特筆すべきはその威圧感だろう、
存在するだけで頭を垂れてしまうような、王者の貫録ともいえるものがあった。
「聞いておるのか?この地に何用じゃと聞いておる。」
「もっ、申し訳ございません!
この森に異変があるとのことで調査をしていたところ、赤子の泣き声が聞こえたので放っておいてはまずいと思ったので来ました!」
慣れない敬語を使っての会話だったのだが変には思われていないだろうか?
「ふむ、分かったついてまいれ。」
こうして鹿に案内され、俺は未来の我が息子、いや我らが息子に出会うことになろうとは夢にも思っていなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
目覚めるとワシの周囲には森が広がっていた、
とはいえ木々に囲まれているというわけではなく、森に囲まれた広場のような場所にワシはいた。
ふむ、、と一声出そうとすると声が出ない。
恐らく生まれた直後だから思ったように体を動かせないのじゃろう。
その証拠に、どこか他人事のように聞こえていた泣き声が自分から出ていることに気づいた。
しかし困った、
転生というからてっきり赤子のように生まれてくるところから意識があるのかと思っていたのじゃが、目覚めていきなり森の中とはどういうことなのだろう。
暫く考えていたが答えなんぞ出るはずもないので、神にもミスくらいあるのだろうと割り切った。
アレスの性格上そういうこともよくありそうじゃったしの。
それよりも問題なのがこの状況からどう脱するかだ。
まだ赤子なので動くこともままならない。
そうこう考えているうちに、周囲に獣どもが寄ってきていることに気が付いた。
さてはワシを食べる気かと身構えたがどうも敵意があるようには感じられない。
しばしお互いその状態のまま動かずにいると、獣側から一際大きな鹿―恐らくこの獣たちのリーダー格なのであろう―が寄ってきた。
「そこの小さきものよ、汝は何者であるか。」
驚いたことに話しかけてきたのだが対話する手段が今のワシにはない。
どう言葉を伝えようか迷っていると、心を読めるとのことだったのでその言葉に甘えることとした。
(あー、あー、聞こえておるかの?)
「ああ、聞こえているぞ。
して、汝は何者だ?」
鹿が初めと同じことを聞いてきたので転生したこと、目覚めたらここにいたことなど要約しながら伝えた。
「なんと、転生者であったか。
久しく聞いていなかったがまた現れたか。」
(ん?なんじゃ他にも転生者を知っておるのか?)
「ああ、とは言え噂を聞いたり遠くから姿を見たりしただけで余り詳しくは知らんのでがな。」
(なるほど、しかし獣が異様に集まっているが一体どうしたというのだ?)
そう、ワシがこやつと話している間にも獣たちは増えてゆき、そのすべてがワシのことを見つめているのだ。
「ああ、それは恐らく汝のそのオーラのせいだろう。」
(オーラとな?)
「何と言うかこう、、、惹き寄せられるようなオーラがお前にはあるのだ。」
そこまで聞いたところでワシの脳内には一つの称号が浮かんでいた。
―愛されし者―
恐らくこの称号の効果が働いているのだろう。
「何だ、何か心当たりでもあったか?」
(ああ、聞くか?)
「いや、、、やめておこう。
あまり聞かれたくないこともあるだろう、詮索はせんさ。」
べつにワシは構わんだがな、まあ本人が言うとるんだったらそれでいいじゃろう。
「そうだ、汝その見た目と口調合っとらんから直した方が良いと思うぞ。」
(ふむ?確かにそうかもしれんな。
少し待っとれ。)
(あーあー、マイクテスマイクテス
これで違和感はないか?)
二十代頃の口調を再現してみたのだが違和感は無いだろうか?
「問題ない。」
(そうか、それなら何よりだ。)
そんなことを話しながら2時間ほど経ったじゃろうか、
こいつとも仲が良くなってきたといったところじゃった。
「、、、でな、私がその時言ってやったのじゃよ!」
こやつはさっきまで久しぶりに人間と―正確には鬼じゃが―と話すので格好つけてあんなしゃべり方をしていたらしい。
ワシも気づいていなかったが、会話の最中にこいつがポロっとこぼしたことで発覚した。
しかし、そんな会話も中断せざるを得なくなった。
急いで走ったのかぼさぼさに乱れた金髪、
赤い筋が幾つか走っている頬や腕、
なぜ鎧を着ていないのかわからないが、いかにも冒険者といった風体をした男が森から出てきたのだ。
そいつが現れた瞬間、周囲の獣たちが警戒したのがこちらにも伝わってきた。
「む、無粋な客人もいたもんじゃな。
待っとれ、少し話をしてくる。」
そういって鹿は男の方へ向かっていった。
その最中に彼女―これは声色から判断した―が何かしたのか、先ほどまでの剣呑な空気がうそのように穏やかになったのが感じられた。
まだ自分では目を動かすことすらままならないが、獣たちはさぞ寛いでいるのじゃろう。
生憎とからでは男の声は聞こえないので分からないが、十中八九ワシの声を頼りにっここまでたどり着いたのだろう。
何でも、ここはとある神の聖域らしいので少し悪いことをしてしまったかなと思が、、、まああんな鹿がまもっとる位なんじゃし神も割と陽気な性格じゃろ、許してくれるじゃろ。
多分。
そんなことを考えているうちにあちらの話は終わったのか、鹿が俺の顔を覗き込んできた。
『こやつはお主に用があるそうじゃぞ。』
彼女は口を開いていないのに声が聞こえるので不思議がっていると、
『念話というスキルじゃ、知らんか?』
(こちとら生まれたばっかなんでな、こっちのスキル事情は全く分からんのだわ。)
『そういえばそうだったの、
思考が変に老成しておるからついつい忘れてしまうわ。カッカッカ!』
(まあいい、で?どうしたんだそんなスキルまで持ち出してきて。)
『そうじゃそうじゃ、こいつは近くの町の者らしいのだがな、お前こいつにそこまで連れて行ってはもらわぬか?』
それを聞いてワシはハッとした。
ふとすると忘れそうになるがこれでもワシは赤子、
ただでさえ見た目は赤子、頭脳は大人!と、かの行く先々で殺人事件が起きる物騒な名探偵の上位互換ともいえる状況なのじゃ、
ここに獣に育てられたという異質な経歴まで付いてしまっては大変なことになってしまうじゃろう。
それに、この世界の人として生きていくために必要な常識などはやはり人間のもとで育たなければわからぬこともあるじゃろうしな。
(なるほど、確かに人間は人間のもとで育つ方がいいかもしれんな。)
『だろう?それに私たちは人間の食べ物などは分からんしな、さすがに幼虫などは食わんじゃろ?』
(うへ、確かに幼虫を食べるのはいやだな。)
『うむ、ではそういうことで話をつけてくる。』
(頼んだぞ。)
『しかし、また寂しくなるの。』
男と話しているはずの彼女がいきなりそんなことを言い出した。
(なんだ、お前友達いねえのか?)
『うむ、まあそうじゃな。知り合いと呼べるものはいれど友と呼べるものは生まれてこの方おらんかったの。』
なんと、ボッチじゃったのか。
(なるほどな、だからいきなりあ赤子に話しかけたりかっこつけたりするわけだ。)
『う、うるさいっ。ええじゃろ別に、寂しかったんだ。
まさか返事があるとは思っておらんかったがの。』
彼女は少し拗ねたように答えた。
口調は完全に年寄のそれなのだが、声や言動には子供っぽいところが多くあり、どちらなのかよくわからない。
(ははっ、んじゃまた会いに来てやるよ。)
『本当かっ!?』
こういうところだ、今も目を見開き、声には幾ばくかの驚きとそれを覆い隠す勢いの喜色が声から伝わってきた。
これが人の容姿をしていれば、とっくの昔に枯れてしまったワシでも思わずコロッと行ってしまうじゃろう。
(ああ、ただしある程度成長しなきゃここにはこれんだろうから15年後くらいになるだろうがな。)
『私からすれば15年なんぞあっというまじゃ。待っておるぞ。』
(そうか。)
『ああ。』
すると彼女は男の方へ向き直り。
「では、客人よ小さきものをたのんだぞ。」
威厳たっぷりの声で男へそう告げた。
「はっ、必ずや。」
男はそう言い、僕を入っていた籠ごと持ち上げ、森の外へ歩き始めた。
(じゃあな、大きな鹿さん。また10年後に。)
『またな、小さきものよ。
そうだ、生まれたばかりで名もないだろう?私がつけてやろう。』
いきなり彼女はそういった。
(名前とな、一生僕の象徴となるんだからいい名前にしてくれよ?)
といいつつも僕はこいつの付けた名ならいいかと思っていた。
『当たり前じゃ、そうじゃな、、、、
ニエロ、ニエロ=リュカイオンというのはどうじゃ?』
(ニエロか、いい名じゃないか。気に入った。
お前の名前も教えてくれよ。)
『む、そうだな我が名はケ、、、いやただ教えるよりもこうした方が面白いか。』
『ピロン! ケリュネイアの加護を手に入れた。』
『私はケリュネイア、狩猟神アルテミスの恩恵を受けし聖獣じゃよ。』
これは驚いた、普通の鹿じゃないとは思っていたがまさか聖獣だったなんてな。
どのくらいすごいのかよくわからんが神の恩恵を受けているというのだ、さぞすごいことなのだろう。
(ははっ、最後の最後になかなか粋なことしてくれるじゃないか。)
『カカッ、じゃが驚いたじゃろ?』
(ああ、癪だが大変驚いたよ。)
『何よりじゃよ。』
(じゃ、元気でな、ケリュネイア。)
『ああ、ニエロもな。』
そういって僕はケリュネイアと別れた。
いつの時代も、どこの世界も、あいてがいかなる存在でも友との別れは名残惜しいものじゃ。
たった数時間話しただけなのに、まるで長年連れ添った親友のような存在になったケリュネイアとの別れにそんな感想を抱きながらワシはケリュネイアを見た。
(『また、15年後にこの場所で。』)
―ケリュネイアの加護―
狩猟神の聖獣ケリュネイアに気に入られた証。
魔力と生命力の上昇値に補正がかかる。




