5
風が吹く。
少女の髪が、かすかに揺れる。
風を切る。
少女の杖が、空気を薙ぐ。
――しゃらん、と。
涼やかな音が響く。
それは、少女の杖が奏でた、鈴の音。
少女は、真横へ振り切った右手を――杖を、今度は上へ。
左手も同様に、対になるように持ち上げる。
頭上で合わさる、二つの手。
空いた左手も、杖を掴む。
合わせた両手で杖を持ち、
振り下ろす。
――しゃらん、と。
再び、鈴の音が響く。
今度はもっと、清く、鋭く、――美しく。
杖は、宙の一点でぴたりと止まる。
その先端は、僅かな揺らぎさえなく、確としてそこにあり。
その少女は、彫像のように、凛としてそこに屹立する。
――しゃらん。
そして――……
――――ゾクリ。
「……ッ!?」
――違和感。
それに気付いた瞬間、俺は、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。
――刻印が、反応してる……!?
鈴の音とともに、魂が脈打つように疼く。
でも、何故だ? 成仏してる魂なんて、今はどこにもない。
この刻印が反応するのは、誰かの魂が成仏する時や、消滅する時だけのはずだ。
それがなんで、鈴の音なんかと……――
――『あれは……魂鎮めの舞と言ってな』
――『わたしの中にはね、烏衣神さまが宿ってるの』
――『ただ古い書には、巫女の力を導く杖と書いてあってな』
その時――全てが繋がった。
「……行け」
そう言って祇鶴は、俺に一振りの刀を渡してくる。
細身の刀身を持つ抜き身のそれは、一度も使われてないことを示すように。鋭利で曇りない輝きを、銀色の刃から冷たく放っている。
……これで、まゆを斬れ、ということなのだろう。
俺はその刀を持ち、柵の中へと入った。
此岸から彼岸へ。まゆのいるその場所へ。
随身としての――最後の役目。それを、果たすために。
何も言わず、両手で静かに杖を差し出すまゆから、それを受け取る。
まゆがいつも、肌身離さず身につけていた、その杖を。
それは、まゆの覚悟そのものだった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
そう言い、後ろを向くまゆの姿を確認して、俺は。その杖を――
――頭上へと放り投げた。
「何を!?」
「――っ!」
祇鶴と兼義が驚いて目を見張るのを尻目に、俺はそれを――
――斬った。
……いや――斬ろうとした。
――カッッ!!! と、杖が――爆発する。
刹那、全身に衝撃が走った。吹き飛ばされた、と気付いた時には身体が地面に叩きつけられ、硬質な砂利の上を何度も転がる。
手の中で、致命的な破砕音が響いた。取り落す間もなく砕け散った刃の破片が、神奈備の砂利に散らばり落ちる。
そして――杖は。
刀を叩きつけたはずの杖は傷一つ付くこと無く、不気味な紫色の光を放っていた。宙に浮かび上がったまま静止していたソレは、やがて矢のように勢いよくまゆの手元へと戻る。
「く――ッ」
俺は、衝撃に痛む身体を無視し、なんとか身を起こした。辛うじて受け身をとったとはいえ、無傷で済むものでもない。だが、この程度の怪我なら、動ける……!
その時。ぐにゃり、と。
まゆの周囲の空気が――捩れた。
「くぅ……ッ……、ぁ……ッ!!」
「まゆ――ッ!」
その口から、苦悶の声が漏れる。苦しげに呻いて胸を抑えたまゆの……杖を持つ右手が揺れて――
――しゃりん、と。
鈴の音が響く。
魂の、震える音。魂を――揺さぶる音。
「まゆ……ッ!!」
立ち上がり、駆けだそうとした、その瞬間――
「だ……め――」
その左腕が、操り人形のようにぎこちなく。
拒絶するように突き出された掌から、光が――巨大な霊気の塊が溢れ出し――
「こ……な……いで……ッ!!」
――ドッッッ!! と、その一撃で――呼吸が止まる。
言うなればそれは、全身を重厚な鉄板で一斉に殴りつけられたような衝撃。ほんの一瞬だけ意識が途切れた、その直後。背中に叩きつけられた神奈備の柵の痛みで強制的に意識が覚醒。さらに感じた攻撃の気配に、目で確かめるよりも早く反応。腹筋の力だけで跳ね起きて地面を転がる。
刹那――直前まで背中を預けていた柵が粉々に砕け散った。
攻撃の正体は、霊気弾。……しかも、並みの威力じゃない。連射される一つ一つが恒星のように強烈な光を帯び、その見た目だけでも、霊気量が桁違いだということがわかる。
あれは――直撃すると、まずい。当たったら、怪我どころじゃ済まない。
「く……ッ!」
攻撃が止んだのを感じて起き上がり、まゆの――その右手に佇む、杖を見る。
巫女の神聖なる儀杖だったはずのソレは、呪いの魔杖へと変貌しようとしていた。
ギチギチと木々の悲鳴のような音を立てるそれは、歪み、捩れ、徐々にそのカタチを崩してゆく。それは枝のように広がり、植物本来のカタチへと回帰するように――その姿を変化させる。
細長く、節くれだった緑の無い枝。その何本かは、蔓の如く少女の腕へと巻きつく。杖から発されていた紫の光は、腕から身体へと這い広がり――
――少女の目から……ぬくもりが消えた。
その目は――眼は、一切の感情の色を失い、氷のように冷たい赤で塗り潰される。無機質なガラス玉のようなそれが静かに動き、禍々しい赤光を湛えてこちらを睥睨した。
ぞわり、と少女の全身から立ち上るのは、黒い瘴気。靄のように広がるソレは、袴の黒と同化して闇となり、雪のような白衣を鮮やかに浮かび上がらせる。
ざぁ――……と、長い黒髪が、身体の内側から押されるようにして浮き上がる。周りに広がる漆黒の瘴気は、ベールのように薄く広がり、外套のように何重にも重なってその身を覆っていた。
「まゆ――ッ!」
俺は、自分の刀を抜き放ち、吹き飛ばされた距離を詰めるべく、一気に前へと駆ける。
あの杖だ。――あの杖さえ破壊できれば……ッ!!
ザリッッ!! と、砂利を踏みしめる音が響く。少女は一歩、足を引いて――杖を、蔓の魔杖を振り上げ――
――しゃりぃぃぃいんッッ!!
振り下ろした杖が、砂利を打つ。美しくも禍々しい音が、神奈備に響き渡り――
――ゾクリ、と。意識が、大きく脈打った。これほどの疼き……いまだかつて、感じたことがない。
――思考は一瞬。
本能が警鐘を鳴らし、考えるよりも先に体が動く。咄嗟に利き足で地面を蹴って突撃の速度を受け流し――逆の足で石火抄。
実体化した霊気の爆発力で、一気に真後ろへと跳躍する。
直後――見えざる巨大な刃が、空間を真横に薙いだ。
僅かに視えたのは――微かに揺らぐ、銀色の軌跡。
それが、眼前を瞬時のうちに通り過ぎる。
言うならばそれは、巨大な『鎌』。
(これが、死神の真の力か……!)
避けなければ、ここで終わっていた。
――『必殺』
その二文字が、頭をよぎる。
触れれば、自分という全存在を根こそぎ奪われてしまいそうな――そんな感覚。
(だが……方法はある)
俺が、俺であるからこそ。霊術を失い――代わりに、死神の呪いを刻まれた『神楽渉』であるからこそ――ッ!
「待ってろよ……まゆ。――すぐに助けてやるから」
俺は、一歩一歩、今度は慎重に間合いを詰める。
少女は、杖をゆっくりと持ち上げ――その頭上で両手を合わせた。
少女の姿が、記憶にある舞の動作と、ぴたりと重なって――
――しゃりぃんッ! と。
再び弾ける鈴の音。魂を揺さぶるその音に、気を抜けば身体が竦みそうになる。
そして――直後にあの気配。魂が鼓動に震え、刻印の疼きが――攻撃を予知してくれる。
俺は……今度は後ろへと跳ばなかった。
ただ――一歩。
慎重に見極めた少女との間合いを、一歩分だけ離す。
とん――と、ステップを踏んだ、そのすぐ眼前を――死刃が通過。幻のように消え去る銀色の軌跡を確認しながら、俺は確信する。
――躱せる。
『死神の鎌』とでも言うべきあの攻撃。おそらく、軌道や筋といった概念は存在しない。
ただ――範囲はある。攻撃の届く、有効範囲が。
つまりは――間合い。
一撃目を偶然、二撃目を意図的に躱した今なら、ほとんど正確に把握できていた。
そしてもう一つ。
あの攻撃は、二回ともその発動前に、必ず鈴を鳴らしていた。たった二回からの推論でしかないが……もし、あの動作が『鎌』を振るうのに必要不可欠なものだとしたら?
突破口は見えた。すなわち、鈴を鳴らす直前での攻撃。
鈴を鳴らそうとする、その動きを予見して攻撃を仕掛けさえすれば。『鎌』が振るわれるよりも早く――
(だが、それが通じるか……!?)
当然、確実なものとは言い難い。だが、こちらの体力も無限ではないのだ。消耗戦になれば、不利になってゆくのは目に見えている。じっくりと検証している暇などない。
「やるしかない――か」
俺は覚悟を決め、今度は摺り足で、敵の挙動を確認しながら、ゆっくりと距離を詰める。そして、少女の腕が持ち上がった、その瞬間――
――石火抄。
足裏から全力で霊気を放ち、その爆発力で一気に加速。少なくとも五歩以上はある間合いを刹那の内に詰める。
「は――ッ!」
水平に構えた刀を横薙ぎに一閃。狙うはもちろん、まゆの身体ではなく――玉梓の杖。
突進の勢いを乗せて杖身に叩きつけたその一撃は――紫の燐光と共に、またもや呆気なく弾き返される。だが――
弾かれた勢いを利用して身体ごと回転し――転閃。
前へと伸べられた杖の杖身と、斜め上から振り下ろされた白刃が激突。武器同士の擦過点から霊気が火花のように激しく飛び散り、ギチギチと空間の撓む音が響く。
「ぐ――ッ」
ともすれば弾き飛ばされそうになる刀を、全力で杖へと押し込む。
――刹那のうちの鍔迫り合い。その時……微かな違和感に気付く。
(刃が、触れてない……!?)
それは、ほんの僅かな隙間だった。玉梓と刀は――触れていない。毛ほどの隙間を開け、阻んでいるのは――紫光の壁。
(まさか、結界――)
それ以上の猶予は、与えられなかった。
――しゃりぃいいんッ!! と、再び響く鈴の音。
瞬間――杖の光が凝縮する。直後に感じたのは、魂の疼きではなく――霊気の脈動。
「――ッ!?」
咄嗟に、地面を蹴る。刀を押し込んだ反発力で体を後ろに弾き――さらに石火抄で加速。その勢いで、瞬時に間合いから離脱し、
――爆発。
杖から膨大な霊気と光が撒き散らされ、風さえも吹き荒れる。
……あれだ。最初に杖を斬ろうとして、刀を粉砕されたあの一撃。それを喰らわずに離れた場所から見た今なら――わかる。
あれは――あれもまた……石火抄の一種。
要は、霊気爆発の一種に過ぎない。ただ、威力が桁違いだというだけで、やっていることは同じ。距離を取れば――なんてことはない。今のように無傷で凌げるのだ。
……そして、もう一つ。
鈴の音が操るのは、なにも『鎌』だけではない。霊気もまた、あの鈴によって操られる。鈴の音の直後に起きた霊気の脈動と爆発。初撃の霊気砲弾と、その後の霊気弾連射。その現象、一連の流れがこの仮説を裏付ける。
さらには、あの杖の防御力。
全力の一撃を受け止めたあの強度は尋常ではない。が――しかし。そもそも、斬ったのが杖そのものではないのなら。刀を阻んだあの障壁が、結界の一種だとするなら。
そして――そこからの、さらに仮説。
……もしも、結界の形成も――あの鈴によるものであるとすれば。
――突破口は見えた。
かなり距離が離れている状態で接近しようとすれば、霊気攻撃で迎撃。
『鎌』の有効範囲に入れば、『鎌』。
接近戦には杖で対応。杖と接触した場合は、至近距離での霊気爆発。
読めたぞ、その行動パターンが。
……慎重に間合いを測り、三度の突撃を試みる。じりじりと摺り足で間合いを詰め、鎌の有効範囲を踏み越えたその時……少女の腕が、持ち上がった。
――今だッ!
地を蹴り――石火抄で一気に加速。
――しゃりぃいいんッ!! と響く、鈴の音。
だが、こちらの方が一瞬早い。『鎌』が発動するまでの間に間合いを詰めれば――
(――何ッ!?)
致命的な過ち。
感じたのは魂の疼きではなく――霊気の脈動。
「しまっ――ッ……」
少女は。
持ち上げた杖を無造作に、地面へと叩きつけ。
そして、――ゴバッッッ!!!! と。
地面が、爆発した。
杖の打点を中心にした爆発の奔流は、さながら地面を這う蛇のような軌跡を描いてこちらへと向かってくる。
……回避など、不可能だった。石火抄で加速した身体は、そのまま攻撃の中へと突撃し――
―― ―― と、音が消えた。
身体が千切れそうな衝撃。土砂の圧力が、砂利の硬さが全身を叩き、巨大な鉄槌で殴られたような衝撃が身体を吹き飛ばす。
――ザリザリザリザリッッ!!! と、砂利が身体を削り、地面に叩きつけられる。
二転三転と地面を跳ね転がり、天地が何度も回転し、やがて――背中に衝撃。硬質な何かに勢いよく激突し、背中に激痛が走る。
「くッ――ゲフ……ッ!」
込み上げてくる咳に、抗う暇も気力も無かった。思わず口元を抑えた掌には――赤い血。
……吐血、か。いつ以来だ……こんな――痛めつけられた戦いは……。
……ザリッ――、ザリッ――…………
遠くで、少女の足音が聞こえる。一歩、また一歩と、ゆっくり近づいてくる少女の、右手には――禍々しく変貌した玉梓が。
「は、は……。なんだよ、あれ――」
――立てない。
立てるはずもない。こんな化け物相手に。正真正銘の化け物相手に、戦って、戦い続けて。刀を振るい、頭を回し、走り、跳び、吹き飛ばされても、痛めつけられても、諦めず、起き上がって、立ち上がって……
それでも――届かない。
全身全霊を込めて放ったはずの刃は――技は、杖にかすりもしない。
あと一歩。本当に、あと一歩のところまで来たのに……。こんなところで、俺は――終わるのか……。
顔を上げると、少女の姿が見えた。
少女は――『浮いて』いた。
その場に、重力など存在しないかのように。まるで、それが当たり前であるかのように――少女の姿は、宙にあった。
「なん……だよ、あれ――……」
もはや……人間のものじゃない。
あれは、あの杖に宿った力は。霊術とか祓妖師とか、そんなものを超越した、正真正銘の――死神。
少女は、す――と。掌を下に……こっちに向けて、翳す。そこに生じたのは、霊気の球体。拳ほどの大きさでポッと現れたそれは、急速に大きくなり、膨れ上がり、その直径はたちまち人間の大きさを超えて。
球状に固められたそれは、恒星のようになお眩く。
色彩を超越した光は、球体のカタチを保ったまま。
さらに強く――強く――強く。
その光量を増してゆく。
霊気弾? あれはもはや、そんなものじゃない。あれは霊気の砲弾――いや、爆撃だ。
……無理だ。防げるはずがない。あんな大きさ。攻撃の次元が違う。霊術が使えるとか攻撃が読めるとか、もうそんなことじゃなくて――
(ああ……俺、死ぬんだ……)
意識が徐々に遠のいていくのを感じる。視界なんてもう、ほとんど何も見えなかった。
だから、目の前をよぎったそれは――走馬灯。
でもそれは、自分の幼いころの思い出なんかじゃなくて……なぜか、まゆの笑顔ばっかりで――
――その時。
薄れゆく視界の端に、見覚えのある姿を捉えた。遠くにある神奈備の柵を隔て、立っていたのは――祇鶴だ。
祇鶴は、こちらを見て――何かを叫んだ。
「 !」
それが何だったのかは、わからない。俺の名を呼んだのか、はたまた別の何かか。
だがその時。俺はふと、あるものを思い出した。脳裏に浮かんだ記憶の欠片は、瞬間的に繋がり、一つのイメージとなる。
そして、次の瞬間。ついに、ソレは……少女の掌を離れる。
驀進する、巨大な霊気弾。
時間が、恐ろしくゆっくりと感じられた。光を撒いて迫り来るそれは、さながら地上の太陽で。
だけど、俺は。
「……まだだ」
取り落しそうになった刀を握る手に力を込め直し、全身を苛む激痛を無視して立ち上がる。
――今度の満月も……こうして一緒に見れたらいいな。
見ればいいだろ。またこうやって。
――その時は、渉くんも一緒にいてくれる?
約束したからな。俺はお前の随身だからって。
――こんなときが、ずっとずっと続けばいいのにね。
続くんだよ。お前は、まだ生きるんだ!
天から降り落ち、地上を覆い尽くすようなそれに向き合って。
全てを呑もうとするそれを睨みつけ、大きく刀を振り上げて――
「俺はまだ……お前との約束も、守れてないんだよッッ!!」
――一閃。
刀を真っ直ぐに振り下ろし、真正面からその霊気弾を――斬る。
地上の太陽は、全てを光で埋め尽くし。
神奈備全体を爆音と衝撃で震わせ、風は荒れ狂い、砂利は滅茶苦茶に吹き飛んで――
――鎌鼬。
爆発から飛び出すのは、巨大な霊気の刃。
地に堕ちた三日月のようなそれは、少女の杖へと真っ直ぐ、流星のように飛び。
紫光の結界を、薄布のように突き破って――
――しゃりぃいいいいいイインッッ!!!
鈴は。
高く、鋭く、冷たい破砕音を響かせ――バラバラに砕け散る。
それと同時に、先程まで少女を覆っていた禍々しい瘴気は、徐々に薄れていく。
だけど少女は、眠っているように目を閉じて。
見えない揺りかごに抱かれて、そこだけが時の流れを止めてるかのように。
宙に、浮いて――取り残されていた。
「……なぁ、まゆ」
俺は、少女に語りかける。
「神様はさ、いるんだよ」
一歩一歩、砂利を踏みしめて少女へと歩みながら、心のままに言葉を紡ぐ。
「確かにそれは、どれだけ祈っても、どれだけ願っても、何もしてくれないかもしれない」
俺の声は、少女には聞こえないだろう。俺の声を、少女は覚えてはいないのだろう。
「でもさ。そいつはずっと、俺たちのそばにいるんだよ。何もできないからこそ、俺たちのそばで、ずっと見守ってくれてるんだよ」
だけど、それでもいい。それでも、言わなければならない。
「どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても。何も言わず、そばに居続けてくれるんだよ」
俺はまゆに、たくさんの、大事なことを伝えってもらって。
「だからさ、まゆ」
それなのに俺は、何一つ、まゆに返すことができずにいて。
「みっともなくても、情けなくても、どうしようもなくても……。全力で足掻いてみろよ、もがいてみろよ」
だから、せめて今は。今だけは。
「諦めないで、本気でがむしゃらにぶち当たって行けば。もしかしたら、何か返してくれるかも知れないだろ」
この想いを、届けよう。
「神様ってのは、頼っても何もしてくれない……薄情で、何の力もなくて、どうしようもないやつだけど。それでも……誰よりも、温かくて、思いやりに満ちてる、優しいやつなんだからさ」
声でもなく、言葉ではなく。ただ――誰もが望んだ結果という、最高の贈り物を。
「だからまゆ、お前にも見せてやる。みっともなくて、情けなくて、どうしようもないけど。これが……これが俺の、見つけた道だから」
……ゆらり、と。宙に浮いていた、少女の身体が揺れて――落ちる。
――手を伸ばしても、届かないなら。
無意識のうちに設けていた威力の制限を意識的に外し。
一切の手加減なしで、全力で石火抄を放つ。
――走ればいい。全力で、追いかければいい。
蹴り飛ばされたような衝撃が、足に――全身に走る。
世界が流れ、さながらそれは砲弾のように、飛んで。
――辛くても、苦しくても、がむしゃらに進んで、必死に足掻いて。
風を切り、少女の元へ。
宙から零れ落ちるまゆの身体へと。
――何度倒れても、立ち上がって、立ち向かって。
左手を伸ばし、掴んで。
全力で引き寄せ――抱き留めて。
「いいか、死神! よぉ――く見てろ!」
まゆの手から零れ落ち。
嘲笑うように紫光を明滅させる――蔓の魔杖に。
そしてまゆの、自らの死神に向かって――叫ぶ。
「これが、俺の――生き様だッッ!!」
――一閃。
あれほど俺を――まゆを苦しめていたはずの、それは。
呆気なく。信じられないほど呆気なく、両断されて。
――落ちる。
翼を持たない人は、こんな高さでさえ、傷付くもので。
だけど……心配はいらない。
刀を捨てて、まゆを両腕で抱きしめて。
――みっともなくてもいい。情けなくてもいい。
こんな俺では、格好良く着地することすらできないけれど。
それでも、まゆは。
まゆの身体だけは、絶対に守って見せるから。
――それでも、前に進むことを止めなければ。
耳元で、風の唸り声が聞こえる。
どれほどの時間が、経っているのだろう。
これは永遠だろうか。それとも――一瞬なのだろうか。
――夢を、未来を諦めさえしなければ。
ああ……終わる。
長い――長い、夢が。
俺は、やっとここから――
――きっと、必ず……
ここから――踏み出せる。




