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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第1章 光の継承者

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第3話「裏切り」

 数日後。


 エスティア王都近郊、ソルフレア迷宮。


 赤い岩壁が、地下へ深く続いていた。


 迷宮の中には、地の底から湧き上がる熱が満ちている。


 壁の割れ目からは赤い蒸気が漏れ、足元の岩は、場所によっては触れるだけで熱を持っていた。


 リーザは松明を持たずに歩いていた。


 彼女の剣が、かすかな炎をまとっている。


 その光が、赤黒い通路を照らしていた。


「ほんとに、ここにあるの?」


 リーザは壁面に刻まれた古代文字を見た。


「研究所の記録には、そう書いてあったわ。姫騎士のティアラを強める魔水晶のかけら」


 後ろを歩くカストールは、短く頷いた。


「帝国も探しているかもしれない」


「だから先に来たのよ」


 リーザは振り返り、少し笑う。


「セドリックには悪いけど、王都の守りを任せてきた。あいつなら大丈夫」


 その言葉に、カストールの顔がわずかに歪んだ。


 リーザは気づかず、前へ向き直る。


「それに、あんたはあたしの近くにいれば安全でしょ」


「え?」


「戦闘になったら、いつもあんたはろくに動けないんだから」


「……い、いや俺だって…」


「何よ、ちゃんとやれるって言うの?」


 リーザは足を止めた。


「カストール。あんた、戦いになると判断が遅いの。自覚して」


「……」


「動かなきゃいけない時に止まって、手を出したらまずい時に無理するし」


「俺は……」


 言葉が続かなかった。


 リーザはため息をついた。


「あんたが戦いに向いてないのは分かってる。でもだからって、勝手に死なれると、後味悪いでしょ」


「リーザ…」


「あたしの後ろについて。離れないで」


 彼女は少し語気を強めた。


「あと、余計な手出しもダメよ。危険だから」


 それは、カストールへの最善の配慮だったのかもしれない。


 だがカストールの心を歪ませるという意味では、最悪の配慮とも言えたかもしれない。


 やがて、通路の先に大きな空洞が開けた。


 中央には、半ば崩れた石の祭壇。


 そして祭壇の奥の岩壁に、何やら封印の施された扉。


 リーザが一歩踏み出した。


 その瞬間。


 地面が揺れた。


 赤い岩壁が崩れ、空洞の奥から巨大な影が立ち上がる。


 石と鉄でできた人型。


 胸には赤い魔導炉のような器官が埋め込まれ、両腕には巨大な刃がついている。


 古代ガーディアンだった。


「出たわね」


 リーザは剣を構える。


「下がって、カストール」


「俺も戦う」


「あんた、人の話聞いてる?いいから下がりなさい!」


 その一言が、またカストールの胸を刺した。


 ガーディアンが腕を振り下ろす。


 岩が砕けた。


 リーザは横へ跳び、炎の剣で刃を受け流す。


「フレイム・エンチャントブレード!」


 炎が大きく膨らむ。


 リーザはガーディアンの腕へ斬りつけた。


 だが、石と鉄の装甲は深く切れない。


「硬っ……!」


 ガーディアンのもう一方の腕が、横から迫る。


 リーザは退く。


 その時、カストールが横から剣を振った。


 刃は装甲に弾かれた。


 衝撃で、彼の身体がよろめく。


「カストール!」


 ガーディアンの足元から、赤い鎖のような魔力が伸びた。


 カストールの足首へ絡みつく。


 引きずられる。


「くそっ……!」


 彼は剣を地面へ突き刺し、必死に耐えた。


 だが、力が足りない。


 赤い鎖は彼をガーディアンの胸部へ引き寄せていく。


 胸の魔導炉が、赤く明滅した。


「危ない!」


 リーザが叫ぶ。


 迷わなかった。


 ガーディアンの正面へ飛び込む。


 振り下ろされる巨大な刃を、炎の剣で受ける。


 火花が散る。


 リーザの足元の岩が割れる。


「リーザ!」


「黙って、下がってなさい!」


 リーザは歯を食いしばり、刃を押し返した。


 炎が爆ぜる。


「紅蓮剣・ファイアスマッシュ!」


 至近距離で放たれた炎の衝撃が、ガーディアンの腕を弾いた。


 リーザはそのままカストールの前へ踏み込み、赤い鎖を断ち切る。


 解放されたカストールが、地面へ転がった。


 ガーディアンは再び腕を振り上げる。


 リーザは、彼を庇うように立った。


「ファイアボール!」


 火球がガーディアンの胸へ直撃する。


 魔導炉が赤く膨張する。


 さらにリーザは、炎をまとった剣で跳び上がった。


「紅蓮剣・ほむら斬り!」


 胸の中心へ、火の一線が走る。


 魔導炉が割れた。


 轟音と共に、ガーディアンの巨体が崩れ落ちる。


 空洞に、赤い火の粉が降った。


 リーザは着地すると、すぐにカストールへ駆け寄った。


「大丈夫!?」


「……ああ」


「ほんとに?」


「大丈夫だ」


「嘘。足、震えてる…ったく」


 リーザは彼の腕を掴み、無理やり立たせる。


「あんた、バカぁ~?」


 怒っている声だった。


 けれど、その手は強く、温かかった。


「死にたいの?」


「……リーザ」


「次、勝手に前へ出たら、あたし、ぶん殴るから」


 カストールは、彼女を見つめた。


 赤い髪。


 煤で汚れた頬。


 肩には、さっきの一撃でできた浅い傷。


 それでもリーザは、自分の傷ではなく、カストールの足を気にしている。


 どうして。


 どうして、そんな目で自分を見る。


 どうして、誰にでも同じように優しい。


 カストールの胸の奥で、何かがゆっくりと壊れた。


 その時、リーザの腰につけた魔導通信機が強く光った。


「リーザ!」


 通信機の向こうから、セドリックの声が聞こえる。


 ひどく切迫していた。


「王都西門が破られた! 内部に帝国兵が入っている!」


「何ですって!?」


「防衛線は持たせている。だが、長くは――」


「すぐ戻るわ!」


 リーザは通信機を握りしめる。


 祭壇の奥の扉の封印は、解かれているようだった。


 だが、魔水晶のかけらがこの先のどこにあるのかも分からない。


 探索する猶予はない。


 リーザは振り返らなかった。


「カストール、行くわよ!」


 彼女は出口へ走り出す。


 その背中へ、カストールは手を伸ばしかけた。


 止めればいい。


 腕輪を捨てればいい。


 今なら、まだ間に合う。


 リーザは、自分を仲間だと思っている。


 さっきも守ってくれた。


 自分が弱くても、置いていかなかった。


 だからこそ。


 だからこそ、そのままでは駄目だった。


 彼女はまたセドリックの元へ行く。


 また国のために戦う。


 また誰かのために傷つく。


 自分だけを見てはくれない。


 カストールは、袖口の下に隠していた黒い腕輪を握りしめた。

 黒い紋様が、彼の手首で鈍く光る。


「……リーザ」


「何よ、早くして!」


 リーザが振り返る。


 その顔には、疑いがなかった。


 カストールの喉が震える。


 そして、とうとう禁忌の呪詛を絞り出した。


「シャドウ・バインド」

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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どうぞ宜しくお願い致します。

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