第6話「国を守る男」
朝焼け亭の地下室。
「オレとリーザとカストールは、幼い頃から一緒でした」
セドリックの言葉を受け、重い沈黙が落ちていた。
「その方が、なぜ帝国へ?」
「……分かりません」
握られた拳が、わずかに震える。
「いや、今になって考えれば、気づけることはいくつもあったように思います。ですが、あの時のオレたちは、あいつを仲間だと信じていました」
レフィーナは治癒術師に一礼した。
「治療、ありがとうございました」
それから、傍らに置いた外套へ手を伸ばす。
「セドリックさん。これを見ていただけますか?」
布に包まれたものを取り出し、机の上へ置く。
包みを開くと、水晶のかけらが姿を現した。
セドリックが目を見開いた。
「これは……!」
「ソルフレア迷宮で見つけました」
「あなた方は、あの迷宮へ入ったのですか?」
「時空の塔から繋がる古代転移装置が、迷宮の奥に残されていましたの」
ディートリーゼが答える。
「その近くにある祭壇で、この魔水晶を発見しましたわ」
セドリックは水晶のかけらを観察する。
「間違いない。リーザが探していたものです」
「やはり、リーザさんの……」
「はい。炎のティアラを強化する魔水晶のかけらです」
セドリックは、水晶を見つめた。
「古い文献によると、炎のティアラを強化すれば、王都の防衛結界も、もっと強くできる。リーザはそう考えていました」
「だから、ソルフレア迷宮へ向かったのですね」
「あの時――」
セドリックは、地図の上に手を置いた。
「帝国軍が王都へ進軍している、という報告は、すでに入っていました。だが、王都へ到達するまでには、まだ数日の猶予があるはずだった。その間に魔水晶を手に入れる。リーザはそう決め、王都の守りをオレに任せたのです」
その声が、わずかに沈む。
「――セドリックなら大丈夫。そう言っていました」
ディートリーゼが、レフィーナへ目を向ける。
二人が見つけた古代ガーディアン。
深い斬撃と炎によって破壊され、その足元には焼けた魔力鎖が残されていた。
あの場所に、リーザはいたのだ。
「だが、魔水晶を見つける前に、西門が破られたとの急報を受けたリーザは、探索を切り上げ、すぐに引き返しました。奴らは監視塔の死角を進み、西門に兵力を集中させました。魔導装甲機の配備位置も、見張りの交代時刻も、すべて知っていました」
「偶然ではありませんわね」
「……カストールです。奴が、事前に帝国と示し合わせていました。同時に、魔導装甲機の工場と魔力供給施設も制圧されました」
「それで自国の兵器を、自国へ向けられた……」
レフィーナが呟く。
「そうです。帝国軍が使用している二足歩行型の魔導装甲機は、元々エスティアで作られたものです」
セドリックは答えた。
レフィーナの脳裏に、魔導装甲機の胸部で脈打っていた赤い光が浮かぶ。
「では、あの炎も?」
「リーザから奪った炎です」
レフィーナの手が、強く握られた。
「カストールの家は、魔導装甲機の生産へ関わる大貴族でした。工場への出入りも、機体の配備状況も知っていました」
「カストール自身が、魔導装甲機を発明したわけではないのですね」
「はい。あいつは設計者じゃない」
セドリックの声に、怒りが滲む。
「国が積み重ねてきた技術と、家の権限を利用しただけです。それを丸ごと、帝国へ引き渡したのです」
王都の防衛線は、内側から崩された。
奪われた工場から次々と魔導装甲機が投入される。
防衛部隊は分断され、王都は陥落した。
「王都陥落の混乱の中、カストールは姿を消しました」
セドリックが続ける。
「次にあいつが現れた時には、帝国軍の側に立っていました」
「リーザさんは?」
「その時、帝国から布告が出ました。炎の姫騎士を捕らえ、炎のティアラを没収したと」
地下室の壁に、拳が叩きつけられる。
「オレが、王都を守るはずだった」
誰も口を挟まない。
「リーザは、オレなら大丈夫だと信じてくれた。なのに、オレは王都を守れなかった。リーザも守れなかった」
「それでも、あなたは逃げなかったのですね」
レフィーナの言葉に、セドリックが顔を上げる。
「帝国に占領されたあとも、ここに残った。捕らえられた人たちを助け、レジスタンスをまとめている」
「それは……」
「今も、国を守っているということではありませんか?」
セドリックは答えなかった。
兵士。
冒険者。
職人。
治癒術師。
戦う力を持たない者もいる。
それでも全員が、エスティアを諦めずにここへ残っていた。
「守れなかった責任が消えるとは思っていません」
セドリックは、静かに言った。
「それでも、リーザが帰ってくる国まで失くすわけにはいきません」
レフィーナは小さく頷いた。
「でしたら、一緒に取り戻しましょう」
「簡単に言わないでください。帝国軍の戦力は――」
「簡単ではありません」
レフィーナは、魔水晶のかけらへ手を添えた。
「それでも、リーザさんも、この国も、諦めません」
「悔いるのは自由ですけれど、今から取り戻せばいいのではなくて?」
ディートリーゼが扇子を広げる。
「お手伝い致しますわ。わたくしたちは、その為に来ましたの」
セドリックは、二人の姫騎士を見つめた。
「分かりました。あなた方に賭けます」
地図の上に、指を置く。
王都中央区。
「現在、炎のティアラは、王都地下の古代設備へ接続されています」
「古代設備?」
「元々は、炎の姫騎士の力を王都全体へ分配するための装置。防衛結界や魔導炉、鍛冶施設へ、安全に炎を送り届けるために作られました」
「それを、帝国が悪用していますのね」
「ああ。リーザの意思を無視して、ティアラから炎を吸い上げています」
セドリックの指が、地図に描かれた工場区画へ移る。
「奪った炎は、魔導装甲機や捕縛設備へ送られています。おそらく、リーザを拘束している装置にも」
「リーザさん自身の炎が、リーザさんを苦しめている……」
レフィーナの声が震えた。
「リーザが生きていることは、帝国の布告や目撃情報から確認できています。ですが、どこへ収容されているのかまでは分かりません」
セドリックは首を横へ振った。
「帝国は捕虜を何度も移送しています。情報も意図的に混乱させているようです」
「でしたら、先に炎のティアラを装置から外しますわ」
ディートリーゼが言った。
「ティアラからの強制抽出が止まれば、リーザさんの封印も弱まるかもしれません」
レフィーナは、赤い魔水晶のかけらを握る。
「そして奪還したティアラへ、このかけらを装着します」
炎のティアラを取り戻す。
そこへ魔水晶のかけらを装着し、完全な力を得た炎を、リーザへ届ける。
それが、救出の第一段階。
「決まりですわね」
「王都地下へ侵入し、炎のティアラを奪還します」
レフィーナの言葉に、セドリックも頷いた。
「問題は、地下施設への経路」
「場所は分かっているのでは?」
「地上から通じる正規の入口は、帝国軍が封鎖しています。警備も厳重で、レジスタンスが突入しても、装置へ辿り着く前に包囲されます」
セドリックは、地図に描かれていない場所を指でなぞる。
「古い整備通路があるはず。しかし、正確な経路を知っているのは、設備に携わっていた技術者たちだけです」
「その方々は、どこに?」
「帝国に拘束されています。定期的に工場区画へ移送され、開発を強制されています」
「助けに行きましょう!」
「護衛には、魔導装甲機がいます。しかも技術者たちの家族も人質にされています」
「全員助けます」
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