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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第4章 炎の姫騎士リーザ

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第5話「国を売った男」

 エスティア王都から遠く離れた火山地帯。


 インフェルノバレー。


 赤黒い岩山に囲まれた公開広場には、帝国の黒い旗が掲げられていた。


 広場の中央に置かれているのは、太い鉄格子で作られた檻。


 その中に、一人の女が囚われている。


 炎の姫騎士リーザ。


 衣服と鎧は傷み、頬には戦いの痕が残っていた。


 首には、炎属性の魔力を封じる黒い首輪。


 そこから伸びる赤い魔力鎖が、両手両足を鉄檻へ繋いでいる。


 額にあるべき炎のティアラは、どこにもなかった。


 檻を囲むように、捕らえられたエスティアの兵士や民たちが並ばされている。


「よく見ておけ!」


 帝国兵の声が、広場へ響き渡った。


「炎の姫騎士は敗北した!」


 誰も顔を上げようとしない。


「エスティアの炎は、すでに帝国のものだ!」


 帝国兵の背後にある魔導炉が、赤い光を放っている。


 リーザから奪われた炎が、帝国の旗を照らしていた。


 その時。


 広場の奥から、重い駆動音が響いた。


 地面を揺らしながら、一機の魔導装甲機が姿を現す。


 通常型よりも一回り大きな機体。


 分厚い黒鉄の装甲。


 両腕には、巨大なブレード。


 胸部に埋め込まれた黒い魔水晶炉の内部で、赤い炎が脈打っていた。


 カストール専用の指揮官型魔導装甲機。


 機体は鉄檻の前で足を止めた。


 だが、操縦席の扉は開かない。


『久しぶりだな、リーザ』


 魔導装甲機に備えられた拡声器から、男の声が流れた。


 リーザは片膝を立てたまま、黒い機体を見上げる。


「そうね」


 乾いた唇が、わずかに笑った。


「わざわざ顔を見せに来たのかと思ったけど――相変わらず、そこから降りる気はないみたいね」


『今の俺には、これがある』


「借り物の鎧で偉そうにされてもね」


 カストールは答えなかった。


 帝国兵の一人が、檻の前へ木の盆を置く。


 水。


 硬いパン。


 傷を治療するための薬。


 どれも、鎖に繋がれたリーザの手が、わずかに届かない場所へ置かれた。


『もう何日も、ろくに食べていないそうだな』


「それが?」


『意地を張る必要はない。俺に助けを求めればいい』


 リーザの目が細くなる。


『俺が必要だと言え。そうすれば食事も水も与える。治癒術師にも診せてやる』


 短い沈黙。


 やがてリーザは、心底呆れたように息を吐いた。


「あんた、バカぁ~?」


 帝国兵たちがざわめく。


「食事と薬を人質にしなきゃ必要とされない時点で、答えは出てるでしょうが」


 カストールの機体から、低い駆動音が漏れた。


『まだ、その目をしているのか』


「どんな目よ?」


『俺を見下す目だ』


 指揮官機が、一歩だけ鉄檻へ近づいた。


『だが、もうお前は誰かに守られる側だ。俺に逆らわず、俺のそばにいればいい』


「檻に入れて、鎖で繋ぐことを、守るとは言わないわよ」


『俺なら、お前を生かしておける』


「その前に、この国を売ったのは誰だったかしら?」


『俺は、力を手に入れたんだ!』


 拡声器から流れる声が、広場へ響く。


『帝国も、この魔導装甲機も、今の俺にはある。もう、お前の後ろに隠れるだけの男じゃない!』


 リーザの表情が変わった。


『覚えているだろう。ソルフレア迷宮で、お前は言った』


 カストールの声が低くなる。


『――「セドリックなら大丈夫」と』


 リーザは何も答えない。


『お前は、王都をセドリックへ任せた。だが俺には、「あたしの後ろについて」と命令した』


 機体の両腕に備えられたブレードが、わずかに震える。


『最初から、お前は俺を見下していた。セドリックは信頼できる。だが俺は、守ってやらなければ何もできない男だと』


「違う」


『何が違う!』


 リーザは、鎖を鳴らしながら立ち上がった。


 封炎の首輪が赤黒い光を放つ。


 身体から力を奪われても、その眼差しだけは揺らいでいなかった。


「あんたが戦えないから庇ったんじゃない」


 鉄格子の向こう。


 分厚い装甲の奥にいるカストールを、真っ直ぐ見据える。


「仲間だから、死なせたくなかっただけよ」


 広場に、沈黙が落ちた。


 カストールは何も言わない。


「セドリックには、王都を任せた。あんたには、あたしのそばにいてほしかった」


 リーザの声が、わずかに柔らかくなる。


「あの時は、あんたも大切な仲間だったからよ」


『仲間……』


 カストールが、低く繰り返す。


『それだけか』


「何を言ってるの?」


『結局、お前は俺を必要としていなかった!』


 リーザの言葉は、届かなかった。


『俺は、ただの仲間でしかなかった。セドリックの代わりにもなれない。お前に守られなければ、生き残ることすらできない男だった!』


「誰も、そんなことは言ってないでしょう!」


『だったら言え!』


 カストールの声が、歪んだ。


『俺が必要だと。俺に守ってほしいと、そう言え!』


 リーザはしばらく、黒い機体を見つめていた。


 やがて、静かに首を横へ振る。


「あんたが欲しいのは、仲間じゃない」


『何だと?』


「あたしに必要とされたいんじゃない。あたしを従わせたいだけよ」


 リーザは赤い鎖を握り締めた。


「だから、あたしが何を言っても、もう聞こえないのよ」


 カストールの機体が、さらに一歩踏み出そうとした。


 その時。


『カストール様、緊急報告です!』


 指揮官機の通信魔導器から、帝国兵の声が響いた。


『王都近郊の検問所で、避難民が逃亡しました。正体不明の二人組が、帝国兵を妨害したとのことです』


『二人組?』


『はい。どちらも女です。一人は光属性の魔力を宿した剣を使用。もう一人は、周囲の兵士と魔導装甲機の動きを遅らせたと――』


 リーザの表情は変わらなかった。


 ただし。


 赤い鎖の陰で伏せられていた指が、ほんのわずかに動いた。


『光と、時間……』


 カストールが呟く。


 そして、低く笑った。


『姫騎士か』


『追撃部隊を向かわせますか?』


『いや』


 黒い指揮官機が、鉄檻の中のリーザへ向き直る。


『そいつらを殺すな。俺のところまで泳がせろ』


『よろしいのですか?』


『構わない。接触した者を監視し、協力者をすべて洗い出せ』


 カストールの声には、もう苛立ちはなかった。


 獲物を待つ者の冷たい愉悦があった。


『そして、全区画へ布告を出せ』


 広場にいた帝国兵たちが姿勢を正す。


『三日後の正午。この広場で、炎の姫騎士と反逆者たちの公開処刑を行う』


 帝国兵が通信魔導器の向こうで動揺する。


『暗黒の姫騎士様は、姫騎士を絶対に殺すな、と……』


『ええい!黙れ、黙れ!!ここでは俺が法だ!いいか、この件を本国へ報告するなよ!破った者はどうなるか、分かるな!』


 捕らわれた民たちの間に、動揺が走った。


 すすり泣く声。


 息を呑む音。


 それらを聞きながら、カストールは続ける。


『リーザを助けたい者がいるのなら、必ず姿を現す。皆殺しにしてやる』


 指揮官機が背を向ける。


 最後まで、操縦席が開くことはなかった。


 重い足音を響かせながら、黒い機体が広場を去っていく。


 リーザは、遠ざかる背中を黙って見つめていた。


 光を使う剣士。


 兵士たちの動きを遅らせた女。


 今まで、数々の姫騎士たちが囚われた悲報ばかり聞かされてきた。


 だが、残された姫騎士たちもいたらしい。


 リーザの瞳に、希望という炎が、わずかに灯った。

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