第7話「魔導装甲機戦」
王都南区と工場区画を結ぶ、古い運搬路。
空が白み始める前。
レフィーナたちは、道を見下ろす岩場に身を潜めていた。
治癒術師のおかげで左肩の出血は、一応止まっている。
眼下の運搬路を横切るように、太い鎖が仕掛けられていた。
「相手は、二足歩行型の有人魔導装甲機。正面から装甲を斬ろうとしないでください。狙うなら脚部の関節か、背中の冷却器です」
「冷却器を壊せば、止められるのですか?」
「内部に熱が籠もれば、長くは動けません。そこまで近づければの話ですが」
「わたくしが時間を止めますわ」
ディートリーゼが胸を張る。
「動かない魔導装甲機など、ただの大きな鉄の置物ですの。わたくしが華麗に破壊して差し上げますわ!」
「時間を止めても、装甲が薄くなるわけじゃないですよ」
「細かいことを気にする方ですわね!」
「細かくないと思います」
「レフィーナまで何ですの!」
その時。
運搬路の先から、重い足音が響いてきた。
帝国兵が八人。
その中央を、三人の技術者が歩かされている。
両手には枷。
三人の枷は、一本の鎖で繋がれていた。
先頭に、魔導装甲機。
両腕には、手の代わりに大型のブレードが取り付けられている。
「来たぞ」
セドリックが片手を上げる。
レジスタンスたちが、仕掛けた鎖を握った。
そして、魔導装甲機の左脚が鎖の位置に来る。
「今だ!」
セドリックの合図と同時に、レジスタンスたちが鎖を引いた。
道の両側から引き上げられた鎖が、魔導装甲機の左脚へ絡みつく。
「敵襲!」
「技術者を逃がすな!」
帝国兵たちが剣を抜いた。
レフィーナは岩場から飛び降りる。
「ルミナス・エンチャントブレード!」
刀身を、淡い光が包み込む。
振り下ろされた帝国兵の剣を受け流し、その手首を剣の柄で打つ。
別の兵士が、技術者を盾にしようとした。
レフィーナは二人の間へ割って入る。
「その方たちから離れてください!」
光をまとった剣が閃く。
技術者たちを繋いでいた鎖が断ち切られた。
「走って!」
しかし。
魔導装甲機が、強引に動き出す。
左脚へ絡んだ鎖が、軋みを上げる。
「止めろ!」
セドリックが叫ぶ。
レジスタンスたちが鎖を引く。
それでも魔導装甲機は倒れない。
胸部の魔導炉が強く輝き、赤い魔力が全身を巡った。
大型ブレードが持ち上がる。
「させませんわ!」
ディートリーゼが扇子を杖へ変える。
杖から、紫色の光が広がった。
「クロノフリーズ!」
カチリ。
世界から、音が消えた。
振り下ろされようとしていた大型ブレード。
剣を構えた帝国兵。
走り出した技術者たち。
風に舞う火山灰さえ、空中で静止している。
動いているのは、ディートリーゼだけだった。
「おーっほっほ!」
静止した魔導装甲機を見上げ、高らかに笑う。
「動かなければ、こちらのものですわ!」
ディートリーゼは杖を両手で握った。
装甲の薄そうな部分を狙い、勢いよく振り下ろす。
――ガキンッ!
「っ……!」
杖が大きく弾かれた。
痺れた両手を押さえ、魔導装甲機を睨む。
「ま、まだですわ!」
腰から短剣を抜く。
今度は、装甲の継ぎ目へ刃先を突き立てた。
――ガッ!
短剣の先端すら通らない。
「なんでこんなに硬いんですの!?」
もう一度。
――ガキンッ!
「止まっても、壊れない……ですわ~!!」
誰にも聞こえない停止世界で、ディートリーゼの叫びだけが虚しく響いた。
「時間を止めても、装甲の硬度までは変わらない……」
ようやく、その事実を認める。
「セドリックの言う通りではありませんの!」
本人には聞こえていない。
ディートリーゼは短剣を収めると、魔導装甲機の周囲を見回した。
「破壊できないのでしたら、動き出した時の準備をしますわ」
まず、技術者たちを一人ずつ道の外へ移動させる。
次に、右脚の関節へ、レジスタンスが用意していた鉄の楔を挟み込む。
大型ブレードの軌道を確認し、その下からレフィーナを押し出した。
「まったく。わたくしがいなければ、すぐ無茶をするのですから」
最後に、近くへ落ちていた黒い布を拾う。
魔導装甲機へよじ登り、視界用魔導硝子を布で覆った。
布の端を固く結んで飛び降り、距離を取る。
「これで、どうですの!」
ディートリーゼが杖を掲げる。
止めていた時間を解放した。
カチリ。
音が戻る。
「うわっ!」
突然場所を移された技術者たちが、道の端へ転がった。
魔導装甲機の大型ブレードが振り下ろされる。
だが、その下にいたはずのレフィーナは、すでにいない。
巨大な刃が、誰もいない地面を砕いた。
『何だ!? 前が見えない!』
操縦席から、帝国兵の声が響く。
機体が移動しようとするが、関節へ挟まれた楔が動きを妨げた。
金属同士が擦れ合い、甲高い音を立てる。
「レフィーナ!」
その一方で、ディートリーゼは、その場に膝をついていた。
長く時間を止め続けたことで、魔力を大きく消耗していた。
「悔しいですが、あれは壊せませんでしたわ!」
「分かりました!」
視界を奪われた魔導装甲機が、闇雲に左腕を振るう。
大型ブレードが岩壁を砕いた。
破片が、周囲へ飛び散る。
「全員、機体の正面から離れろ!」
セドリックが技術者たちを庇い、岩陰へ誘導する。
その間にも、レジスタンスたちは左脚へ絡めた鎖を引き続けていた。
「三つ数えたら、一斉に引け!」
セドリックが鎖を掴む。
「一! 二! 三!」
魔導装甲機の左脚が、大きく傾いた。
巨大な機体が、片膝をつく。
「レフィーナ様! 背中だ!」
「はい!」
レフィーナが地面を蹴った。
倒れかけた魔導装甲機の肩へ飛び乗る。
機体の背部。
何本もの管に繋がれた、格子状の冷却器があった。
レフィーナは、光をまとった剣を振り上げる。
「飛燕斬!」
冷却器を断ち切り、地面に着地する。
砕けた管から、高温の蒸気が噴き出す。
『冷却器が……!』
魔導装甲機が激しく震えた。
熱が逃げ場を失い、装甲の内側へ蓄積していく。
それでも、機体は止まらない。
視界も奪われ、大型ブレードが闇雲に振り回される。
やがて、魔導装甲機の全身から黒い煙が上がり始めた。
『だ、駄目だ! 炉がもたない!』
操縦席が開き、帝国兵が、外へ飛び出した。
地面へ転がったところへ、セドリックが駆け寄る。
剣を蹴り飛ばし、その腕を背中へ捻り上げた。
「自分で出て来てくれて助かった」
操縦者を失った魔導装甲機が、完全に停止した。
* * *
残った帝国兵たちを捕らえ、レジスタンスは技術者の枷を外した。
だが、三人は喜ばなかった。
互いに顔を見合わせ、不安そうに工場区画の方角を見る。
年配の技術者が、レフィーナの前へ進み出た。
「助けてくださったことには感謝します……ですが、私たちは戻らなければなりません。家族が……帝国に捕らえられているんです」
他の技術者も、俯いた。
「私たちが逃げれば、家族が処罰されます」
「ご家族はどこに?」
レフィーナは尋ねる。
「工場区画の地下にある人質区画です。正規入口とは別に、資材搬入用の古い整備通路があり、その先が人質区画へ繋がっています。技術者の家族だけではありません。工場で働くことを拒んだ職人や、レジスタンスへの協力を疑われた市民も収容されています」
年配の技術者は、レフィーナへ頭を下げた。
「お願いします。私たちだけが逃げるわけにはいかないんです」
レフィーナは、技術者に向き合う。
「私たちは皆さんを助けに来ました」
「ですが……」
「ご家族も、捕らえられた方々も、全員助けます。だから、案内してください」
レフィーナは、はっきりと告げた。
「……分かりました」
迷いを残していた瞳に、わずかな光が宿った。
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