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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第4章 炎の姫騎士リーザ

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第3話「帝国軍検問所」

「これは、魔水晶のかけらですわ」


 ディートリーゼは、レフィーナの手の中にある水晶を見つめていた。


 透き通った内部で、炎のような魔力が静かに揺らめいている。


「魔水晶のかけら……」


「ええ。姫騎士のティアラへ装着し、その力を強めるものですの」


 ディートリーゼは祭壇の壁面に刻まれた古代文字へ目を向ける。


「この水晶には、強い炎属性の魔力が宿っていますわ。おそらく、炎のティアラのために残されたものでしょうね」


「リーザさんのティアラを、強くできるんですね」


「ティアラが手元にあれば、ですけれど」


 レフィーナは水晶を両手で包み込んだ。


 手のひらへ伝わる温もりは弱い。


 それでも、消えかけた赤い灯火とは違い、その内側には確かな炎が残っていた。


「必ず、リーザさんへ届けます」


「その前に、わたくしたちが迷宮から出なければなりませんわ」


 ディートリーゼは水晶を布で包み、レフィーナへ返した。


「なくさないよう、厳重にしまっておきなさいな」


「はい」


 二人は来た道を引き返した。


 何度か見覚えのある通路へ戻り。


 何度かディートリーゼが、計画的な経路確認だと言い張り。


 ようやく、地上へ続く石段を見つけた。


     * * *


 ソルフレア迷宮を出ると、空は薄い灰色に覆われていた。


 風に混じって、火山灰が舞っている。


 遠くには、エスティア王都の城壁が見えた。


「行きますわよ」


 ディートリーゼがローブの頭巾を深くかぶった。


「今のわたくしたちは、帝国軍から見れば不審な旅人ですの。あなたもティアラと顔を隠しなさいな」


「はい」


 レフィーナも外套を羽織り、頭巾の奥へ銀色のティアラを隠した。


 二人は王都へ続く街道を進んだ。


 しばらく歩くと、前方から怒鳴り声が聞こえてきた。


「通行許可証がない者は、通さんぞ!」


 街道の途中に、木材と鉄柵で作られた検問所が設けられている。


 帝国兵たちが、王都から逃れてきた避難民を足止めしていた。


 荷車の周囲には、袋から取り出された食料が積み上げられている。


 水の入った革袋。


 乾燥させた肉。


 わずかな小麦。


 どれも、避難民たちが持っていたものだった。


「これは帝国軍が徴収する」


「そんな……!」


 幼い子供を抱いた女性が、帝国兵へすがった。


「せめて、水だけでも返してください。この子は昨日から、ほとんど飲んでいないんです」


「黙れ!」


 兵士が女性を突き飛ばす。


「ここを通りたければ、通行税を払え。払えない者は引き返せ」


「食料も金も、全部おまえたちが奪ったんじゃ!」


 一人の老人が抗議する。


 帝国兵は、老人の腹を槍の柄で殴りつけた。


 老人が地面へ倒れる。


 レフィーナは街道へ踏み出そうとした。


「待ちなさいな」


 その外套を、ディートリーゼが掴む。


「ここで正体が知られれば、リーザの救出前に包囲されますわ」


 検問所の奥には、巨大な人型の魔導兵器が立っていた。


 金属装甲に覆われた二足歩行型。


 両腕には、手の代わりに巨大な刃が取り付けられている。


 今は動いていない。


 だが胸部の魔導炉には、炎の光が脈打っていた。


「あれまで動き出せば、負傷したあなた一人では戦い切れませんのよ」


 レフィーナは肩へ手を添えた。


 まだ傷は塞がっていない。


 戦えば、また開く。


 それでも。


 地面に倒れた老人を、子供を抱きしめる女性を、見ないふりはできなかった。


「でも、目の前で困っている人を見捨てる理由にはなりません」


「……でしょうね」


 ディートリーゼは、諦めたように息を吐いた。


「あなたなら、そう答えると思っていましたわ」


 閉じた扇子を掲げる。


 扇子の柄が伸び、先端に砂時計型の宝石を持つ杖へ変わった。


「正面から戦ってはなりませんわよ」


「はい」


「避難民を逃がすことだけ考えなさいな」


「はい!」


 レフィーナは外套の内側で剣を抜いた。


 刀身へ、光の魔力を集中させる。


「ルミナス・エンチャントブレード!」


 淡い光が、剣を包み込んだ。


 レフィーナは街道脇の岩場へ駆け上がる。


 帝国兵の一人が、その姿に気づいた。


「何者だ!」


 レフィーナは剣を振り上げた。


 刀身に集めた光を、一気に膨らませる。


 白い閃光が、帝国兵の目を眩ませる。


「うわっ!」


「目が……!」


 帝国兵たちが顔を押さえる。


 魔導装甲機の視界用魔導硝子も、突然の光を受けて白く明滅した。


「今ですわ!」


 ディートリーゼが杖を振るう。


「クロックディビエーション!」


 砂時計型の宝石から、淡い紫色の波紋が広がった。


 帝国兵たちの動きが鈍る。


 抜きかけた剣。


 こちらへ向けようとした槍。


 避難民を掴もうと伸ばした手。


 そのすべてが、一拍ずつ遅れていく。


 レフィーナは岩場から飛び降りた。


 帝国兵の間を駆け抜ける。


 剣で斬ったのは、兵士ではない。


 奪われた荷物を縛っていた縄。


 街道を塞ぐ木の柵。


 避難民の荷車へ繋がれた鎖。


「今のうちに逃げてください!」


 避難民たちは、一瞬動けなかった。


「早く!」


 レフィーナの声に押され、女性が地面の革袋を拾い上げる。


 老人へ若者たちが肩を貸す。


 奪われた食料を荷車へ戻し、一斉に街道脇の細道へ走り出した。


「逃がすな……!」


 帝国兵の一人が、遅滞した時間の中で剣を振り上げる。


 レフィーナはその懐へ踏み込み、剣の柄で手首を打った。


 武器が地面へ落ちる。


 だが、その衝撃が肩の傷へ響いた。


「っ……!」


 服の下で、傷口が開く。


 包帯へ温かいものが滲んだ。


「レフィーナ!」


「まだ、です!」


 レフィーナは痛みを押し込み、最後に残った荷車を押した。


 細道へ向かって、大きく転がす。


 その時。


 検問所の奥から、重い駆動音が響いた。


 魔導装甲機の胸部が強く光る。


 地面を揺らし、金属の脚が一歩を踏み出した。


 時間を遅らされていても、完全に停止してはいない。


 巨大な腕部ブレードが、ゆっくりと持ち上がっていく。


「長くは持ちませんわ!」


 ディートリーゼが叫ぶ。


「全員、逃げました!」


「なら、わたくしたちも退きますわよ!」


 二人は避難民たちの後を追い、街道脇の岩場へ飛び込んだ。


 直後。


 魔導装甲機の刃が振り下ろされる。


 木柵と地面が、まとめて砕けた。


     * * *


 岩山の陰まで逃げたところで、避難民たちは足を止めた。


「本当に、ありがとうございました」


 子供を抱いた女性が、レフィーナたちへ頭を下げる。


「あなたたちは……姫騎士様の仲間なのですか?」


 レフィーナは答えかけた。


 だが、ディートリーゼが小さく首を振る。


「ただの旅人ですわ」


「その割には、ずいぶん派手な旅人ですな」


 老人が、腹を押さえながら笑った。


 その表情が、すぐに真剣なものへ変わる。


「王都へ向かうつもりなら、南区にある冒険者の酒場を訪ねなされ」


「冒険者の酒場?」


「朝焼け亭という店ですじゃ」


 老人は周囲へ目を配り、声を落とした。


「店主に、こう言いなされ。――『知恵の火』と」


「知恵の火……」


「それが、エスティアを諦めていない者たちへ繋がる合言葉ですじゃ」


 ディートリーゼの目が、わずかに細くなった。


「なぜ、それをわたくしたちへ?」


「目の前で困っている人を見捨てない者なら、信じてよいと思ったからじゃ」


 老人は、レフィーナを見ていた。


「ありがとうございます。必ず訪ねます」


「どうか、お気をつけて」


 避難民たちは荷車を引き、岩山の間を抜けていった。


 女性に抱かれた子供が、何度もこちらへ手を振っている。


 レフィーナも、小さく手を振り返した。


 やがて、その姿が見えなくなる。


「行きますわよ、レフィーナ」


「はい」


 二人は人目を避け、別の街道から王都へ向かった。


 灰色の空の下。


 帝国の黒い旗が掲げられたエスティア王都が、次第に大きくなっていった。

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