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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第4章 炎の姫騎士リーザ

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第2話「ソルフレア迷宮」

 ディートリーゼは右を見る。


 次に、左を見る。


 最後に、中央の通路を見る。


「ディートリーゼさん?」


「当然、把握していますわ」


「どちらですか?」


「こちらですわ!」


 ディートリーゼは迷いなく右の通路へ進んだ。


 レフィーナも後に続く。


 通路は緩やかに下っていた。


 壁の古代文字を眺めながら、ディートリーゼは先頭を歩く。


「この程度の遺構、時の賢者であるわたくしにかかれば、庭を歩くようなものですわ」


「ソルフレア迷宮へ来たことがあるんですか?」


「ありませんわ」


「庭ではありませんよね?」


「例えですの!」


 やがて通路は二つに分かれた。


 ディートリーゼは左を選ぶ。


 その先に三つの道。


 今度は中央へ進む。


 さらに奥で、長い石段を上る。


 レフィーナは何度か後ろを振り返った。


 似たような岩壁。


 似たような亀裂。


 壁に刻まれた、同じ形の古代文字。


 少しずつ、元の場所へ戻る道が分からなくなっていく。


「ディートリーゼさん」


「何ですの?」


「帰り道は、分かりますか?」


「当然ですわ」


「目印をつけなくて大丈夫ですか?」


「時の賢者であるわたくしの記憶力を、甘く見ないでくださいまし!」


 その直後。


 二人は、大きな空洞へ出た。


 空洞の中央には、巨大な人型の残骸が倒れていた。


 石と鉄で作られた身体。


 両腕に備えられた巨大な刃。


 砕かれた胸部には、炎属性の魔導炉が埋め込まれていた痕跡がある。


 その足元には、焼け焦げた魔力鎖が散らばっていた。


「古代のガーディアンでしょうか」


 レフィーナが近づこうとした瞬間。


 肩に鋭い痛みが走った。


「っ……」


「ほら、ご覧なさいな」


 ディートリーゼがすぐに振り返る。


「傷が痛むのでしょう?」


「少しだけです」


「あなたの『少し』は信用できませんわ。触らずに進みますわよ」


「はい」


 レフィーナは残骸を見つめた。


 ガーディアンの装甲には、深い斬撃の跡が残っている。


 胸部の周囲は、強い炎で内側まで焼き切られていた。


「誰かが、これを倒したんですね」


「そのようですわね。それも、かなり強力な炎の使い手ですわ」


「リーザさんでしょうか」


「可能性はありますわ。ですが、今は出口を探すのが先ですの」


 ディートリーゼは、空洞の奥にある通路へ進んだ。


 レフィーナも後を追う。


 通路を曲がる。


 石段を下りる。


 細い岩の隙間を抜ける。


 さらに二つの分かれ道を進む。


 そして。


 二人は、再び大きな空洞へ出た。


 中央には、巨大な人型の残骸。


 両腕の刃。


 砕かれた胸部には、炎の魔導炉が収められていた痕跡。


 足元に散らばる魔力鎖。


 レフィーナは残骸を見た。


 次に、ディートリーゼを見た。


「戻ってきましたね」


「…………」


「同じ場所ですよね?」


 ディートリーゼは無言で扇子を広げた。


「おーっほっほ!」


 高笑いが、岩壁へ響き渡る。


「古代迷宮の構造を理解するためには、一度すべての経路を確認する必要がありますの!」


「迷ったんですか?」


「迷ってなどおりませんわ!」


「でも、出口とは反対の方向へ歩いていたということですよね」


「計画的な周回調査ですわ!」


 扇子の向こうで、ディートリーゼの目が泳いでいる。


 レフィーナは少しだけ笑った。


 時空の塔で初めて会った時のディートリーゼは、もっと冷たく、張り詰めていた。


 世界の滅亡を知り、誰にも頼れず、一人で塔に閉じこもっていた。


 今も、その苦しみが消えたわけではない。


 それでも、こうして隣で高笑いをしている。


 そのことが、レフィーナには少し嬉しかった。


「では、次はどちらを調査しますか?」


「……そうですわね」


 ディートリーゼは扇子の隙間から周囲を見る。


 今度は慎重に、三つの通路を見比べた。


「こちらですわ」


「さっき通った道です」


「では、こちら」


「そこから戻ってきました」


「…………」


「残るのは、あの細い通路ですね」


「わたくしも、今そう申し上げようと思っていましたの!」


 二人は、空洞の端にある細い通路へ入った。


 そこは、出口へ続く道には見えなかった。


 足元は崩れ、天井も低い。


 奥へ進むほど、空気は熱を増していく。


「これ、外へ向かっているのでしょうか」


「あなたが、残る道はここだと言ったのでしょう!」


「選んだのはディートリーゼさんです」


「細かいことを覚えている方ですわね!」


 通路の先で、岩壁が途切れた。


 その向こうに、小さな石室がある。


 中央には、半ば崩れた祭壇。


 壁面には、炎を象った古代文字が刻まれていた。


「行き止まりですわね……」


 ディートリーゼは肩を落とした。


 どうやら、本当に出口ではなかったらしい。


 レフィーナは祭壇へ近づいた。


 その時。


 剣に宿していた光が、祭壇の奥で何かに反射した。


「……あれ?」


 崩れた石の隙間。


 灰と砂に埋もれるようにして、水晶の欠片が落ちている。


 レフィーナは膝をつき、周囲の瓦礫を取り除いた。


 そっと拾い上げる。


 透き通った水晶だった。


 けれど、ただの水晶ではない。


 内部に魔力の光が流れている。


 小さな炎が、水晶の奥で静かに揺らめいているようにも見えた。


 手のひらへ、かすかな温もりが伝わってくる。


 レフィーナは、その輝きに見覚えがあった。


 額へ手を添える。


 銀色の細身の冠。


 その中央に嵌められた、水晶。


 手の中の欠片は、その水晶とよく似ていた。


「ディートリーゼさん」


「今度は何ですの?」


「この水晶……」


 ディートリーゼが祭壇へ近づく。


 レフィーナの手の中を見た瞬間。


 扇子の向こうで、その瞳が大きく見開かれた。


 炎の魔力を秘めた水晶は、二人の間で、静かな光を放っていた。

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