第2話「ソルフレア迷宮」
ディートリーゼは右を見る。
次に、左を見る。
最後に、中央の通路を見る。
「ディートリーゼさん?」
「当然、把握していますわ」
「どちらですか?」
「こちらですわ!」
ディートリーゼは迷いなく右の通路へ進んだ。
レフィーナも後に続く。
通路は緩やかに下っていた。
壁の古代文字を眺めながら、ディートリーゼは先頭を歩く。
「この程度の遺構、時の賢者であるわたくしにかかれば、庭を歩くようなものですわ」
「ソルフレア迷宮へ来たことがあるんですか?」
「ありませんわ」
「庭ではありませんよね?」
「例えですの!」
やがて通路は二つに分かれた。
ディートリーゼは左を選ぶ。
その先に三つの道。
今度は中央へ進む。
さらに奥で、長い石段を上る。
レフィーナは何度か後ろを振り返った。
似たような岩壁。
似たような亀裂。
壁に刻まれた、同じ形の古代文字。
少しずつ、元の場所へ戻る道が分からなくなっていく。
「ディートリーゼさん」
「何ですの?」
「帰り道は、分かりますか?」
「当然ですわ」
「目印をつけなくて大丈夫ですか?」
「時の賢者であるわたくしの記憶力を、甘く見ないでくださいまし!」
その直後。
二人は、大きな空洞へ出た。
空洞の中央には、巨大な人型の残骸が倒れていた。
石と鉄で作られた身体。
両腕に備えられた巨大な刃。
砕かれた胸部には、炎属性の魔導炉が埋め込まれていた痕跡がある。
その足元には、焼け焦げた魔力鎖が散らばっていた。
「古代のガーディアンでしょうか」
レフィーナが近づこうとした瞬間。
肩に鋭い痛みが走った。
「っ……」
「ほら、ご覧なさいな」
ディートリーゼがすぐに振り返る。
「傷が痛むのでしょう?」
「少しだけです」
「あなたの『少し』は信用できませんわ。触らずに進みますわよ」
「はい」
レフィーナは残骸を見つめた。
ガーディアンの装甲には、深い斬撃の跡が残っている。
胸部の周囲は、強い炎で内側まで焼き切られていた。
「誰かが、これを倒したんですね」
「そのようですわね。それも、かなり強力な炎の使い手ですわ」
「リーザさんでしょうか」
「可能性はありますわ。ですが、今は出口を探すのが先ですの」
ディートリーゼは、空洞の奥にある通路へ進んだ。
レフィーナも後を追う。
通路を曲がる。
石段を下りる。
細い岩の隙間を抜ける。
さらに二つの分かれ道を進む。
そして。
二人は、再び大きな空洞へ出た。
中央には、巨大な人型の残骸。
両腕の刃。
砕かれた胸部には、炎の魔導炉が収められていた痕跡。
足元に散らばる魔力鎖。
レフィーナは残骸を見た。
次に、ディートリーゼを見た。
「戻ってきましたね」
「…………」
「同じ場所ですよね?」
ディートリーゼは無言で扇子を広げた。
「おーっほっほ!」
高笑いが、岩壁へ響き渡る。
「古代迷宮の構造を理解するためには、一度すべての経路を確認する必要がありますの!」
「迷ったんですか?」
「迷ってなどおりませんわ!」
「でも、出口とは反対の方向へ歩いていたということですよね」
「計画的な周回調査ですわ!」
扇子の向こうで、ディートリーゼの目が泳いでいる。
レフィーナは少しだけ笑った。
時空の塔で初めて会った時のディートリーゼは、もっと冷たく、張り詰めていた。
世界の滅亡を知り、誰にも頼れず、一人で塔に閉じこもっていた。
今も、その苦しみが消えたわけではない。
それでも、こうして隣で高笑いをしている。
そのことが、レフィーナには少し嬉しかった。
「では、次はどちらを調査しますか?」
「……そうですわね」
ディートリーゼは扇子の隙間から周囲を見る。
今度は慎重に、三つの通路を見比べた。
「こちらですわ」
「さっき通った道です」
「では、こちら」
「そこから戻ってきました」
「…………」
「残るのは、あの細い通路ですね」
「わたくしも、今そう申し上げようと思っていましたの!」
二人は、空洞の端にある細い通路へ入った。
そこは、出口へ続く道には見えなかった。
足元は崩れ、天井も低い。
奥へ進むほど、空気は熱を増していく。
「これ、外へ向かっているのでしょうか」
「あなたが、残る道はここだと言ったのでしょう!」
「選んだのはディートリーゼさんです」
「細かいことを覚えている方ですわね!」
通路の先で、岩壁が途切れた。
その向こうに、小さな石室がある。
中央には、半ば崩れた祭壇。
壁面には、炎を象った古代文字が刻まれていた。
「行き止まりですわね……」
ディートリーゼは肩を落とした。
どうやら、本当に出口ではなかったらしい。
レフィーナは祭壇へ近づいた。
その時。
剣に宿していた光が、祭壇の奥で何かに反射した。
「……あれ?」
崩れた石の隙間。
灰と砂に埋もれるようにして、水晶の欠片が落ちている。
レフィーナは膝をつき、周囲の瓦礫を取り除いた。
そっと拾い上げる。
透き通った水晶だった。
けれど、ただの水晶ではない。
内部に魔力の光が流れている。
小さな炎が、水晶の奥で静かに揺らめいているようにも見えた。
手のひらへ、かすかな温もりが伝わってくる。
レフィーナは、その輝きに見覚えがあった。
額へ手を添える。
銀色の細身の冠。
その中央に嵌められた、水晶。
手の中の欠片は、その水晶とよく似ていた。
「ディートリーゼさん」
「今度は何ですの?」
「この水晶……」
ディートリーゼが祭壇へ近づく。
レフィーナの手の中を見た瞬間。
扇子の向こうで、その瞳が大きく見開かれた。
炎の魔力を秘めた水晶は、二人の間で、静かな光を放っていた。
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