第1話「消えかけた赤い灯火」
マークをポートハーベンへ送り出し、出発の準備を整えた、その日の夕刻。
塔の上層観測室。
円形の部屋の中央に、大きな水晶球が浮かんでいる。
その内部で、一つの灯火が弱々しく揺れていた。
炎の姫騎士を示す、赤い灯火。
今にも消えてしまいそうな光を、レフィーナは見つめていた。
「リーザさんの居場所は分かりますか?」
「炎の国エスティアにいることまでは間違いありませんわ。ただし、その先が見えませんの」
「見えない?」
「何者かが、姫騎士とティアラの反応を覆い隠していますわ。闇の魔力か、それに類する妨害装置でしょうね」
ディートリーゼが水晶球の表面に指を触れた。
灯火の周囲に、黒い靄のようなものが浮かび上がる。
靄は炎を包み込み、外から探られることを拒んでいた。
「無理に探ろうとすれば、妨害に弾かれますの。今のままでは、正確な場所までは分かりませんわ」
「でも、エスティアへ行けば、手がかりは見つかります」
「あなた、その身体で行くつもりですの?」
ディートリーゼの視線が、レフィーナの肩へ向いた。
服の下には、まだ幾重にも包帯が巻かれている。
暗黒の姫騎士との戦いで負った傷は、わずかな休養で消えるものではなかった。
「はい」
「即答しないでくださいまし!」
ディートリーゼが扇子を広げる。
「傷は塞がり切っていませんのよ。無理をすれば、また開きますわ」
「分かっています」
「分かっている方は、そんな晴れやかな顔で出発しませんわ!」
レフィーナは困ったように笑った。
「でも、この状況は待ってくれません」
水晶球の中で、赤い灯火がまた揺れた。
「今も、リーザさんはどこかで耐えているんですよね」
「……そうですわね」
「だったら、行きます」
ディートリーゼは何か言い返そうとした。
だが、消えかけた灯火へ目を向け、その言葉を飲み込む。
「まったく……」
扇子の向こうから、長いため息が聞こえた。
「あなたは、本当に諦めが悪い方ですわね」
「ありがとうございます」
「褒めてませんわ!」
ディートリーゼは扇子を閉じると、観測室の壁へ向かった。
「まずは、炎の姫騎士を戦力として確保しますわ。帝国へ対抗するには、一人でも多くの姫騎士が必要ですもの」
「はい。リーザさんを助けましょう」
「微妙に言い換えないでくださいまし!」
ディートリーゼは、壁に刻まれた古代文字に手をかざした。
「時空の塔の固定航路には、エスティアへ通じるものもありますの」
指先に応じて、古代文字が銀色に光り始める。
ひとつ。
またひとつ。
光は大きな円を描き、その内側に星と歯車の紋様を浮かび上がらせた。
中央には、炎を象ったエスティア王家の紋章。
「この航路は、エスティア王都近郊にあるソルフレア迷宮へ繋がっていますわ」
「ソルフレア迷宮……」
「古代エスティアの遺構ですの。王都にも近い。情報を集めるには、ちょうどよい場所でしょう」
「そこへ、直接行けるんですよね」
「ええ。以前のイルファリアと同じ、装置から装置への固定航路ですわ。今回の出口が、ソルフレア迷宮に残された古代転移装置ということですの」
ディートリーゼは壁の紋様を見上げた。
扇子の柄で、紋様の中央を叩く。
カチリ。
古代文字が回り始めた。
銀色の光が壁から床へ伸びる。
その先に、細い道が生まれた。
道の周囲は、夜よりも深い暗闇に包まれている。
遠くでは、無数の時計の針が星のように流れていた。
「参りますわよ、レフィーナ」
「はい」
ディートリーゼが先に銀色の道へ足を踏み出す。
レフィーナも、その後へ続いた。
「前にも言いましたけれど、絶対にわたくしから離れないこと」
「はい」
「道の外へ出るのも禁止ですわ」
「はい」
「傷を隠して、勝手に無理をするのも禁止」
「……努力します」
「そこは『はい』と言いなさいな!」
「はい!」
二人は銀色の道を進んだ。
歩いているはずなのに、距離の感覚がおかしい。
一歩が何歩にも感じられる。
長く歩いたと思えば、振り返った時空の塔は、まだすぐ後ろにあるように見えた。
レフィーナは足元だけを見て、ディートリーゼの背中を追った。
やがて。
暗闇の先に、淡い白色の光が現れた。
「出口ですわ」
白い光が二人を包む。
* * *
熱を含んだ石の匂いがした。
レフィーナが目を開ける。
薄暗い地下。
赤黒い岩壁。
壁の割れ目から、熱い蒸気が細く漏れている。
足元には、今まで歩いてきた航路と同じ、星と歯車の古い紋様が刻まれていた。
「到着ですわ」
ディートリーゼが周囲を確認する。
古代転移装置が置かれているのは、四方を岩壁に囲まれた石室だった。
正面には、半ば崩れた石の扉。
その向こうに、暗い通路が続いている。
「ここが、ソルフレア迷宮……」
「ええ。あとは迷宮を出て、王都へ向かうだけですわ」
レフィーナは剣を抜いた。
刀身に淡い光を宿す。
暗かった石室の全体が照らし出された。
転移装置の周囲には、炎を象った古代文字が刻まれている。
だが、出口を示しているらしい文字は見当たらなかった。
二人は崩れた扉を抜ける。
その先で、通路は三つに分かれていた。
「出口は、どちらですか?」
「…………」
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