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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第3章 時空の塔の姫騎士

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第18話「五つの灯火」

 レフィーナが目を覚ました時。


 最初に聞こえたのは、時計の音だった。


 カチ。


 カチ、カチ――。


 規則正しいはずなのに。


 どこか遠い。


 まるで、水の底から聞こえてくるようだった。


「……っ」


 まぶたを開く。


 身体が重い。


 息を吸っただけで、胸の奥が痛んだ。


 少し身じろぎすると。


 肩と背中に、鋭い痛みが走る。


「動かないでくださいまし」


 すぐそばから声がした。


「無茶をした直後ですのよ」


 レフィーナは。


 ゆっくりと顔を向けた。


 寝台の横。


 椅子に座るディートリーゼがいた。


 扇子を膝の上に置き。


 薄紫の髪は、いつもより少し乱れている。


 その瞳の下には。


 薄く疲れが残っていた。


 レフィーナには。


 すぐに分かった。


 ――眠っていない。


「ディートリーゼさん……」


 かすれた声が出る。


 そして。


 レフィーナは、少しだけ笑った。


「無事だったんですね」


「……」


 ディートリーゼが目を瞬いた。


 何か言われると思っていた。


 なぜ、あの場所へ連れて行ったのか。


 なぜ、あんな危険な目に遭わせたのか。


 そんな言葉を。


 どこかで待っていた。


 けれど。


 レフィーナが最初に気にしたのは。


 自分の傷ではなく。


 ディートリーゼのことだった。


「お、おーっほっほ!」


 ディートリーゼが慌てて扇子を広げる。


「当然ですわ! わたくしを誰だと思っていますの!」


 レフィーナは小さく頷いた。


「時の姫騎士様、です」


「……分かっていれば、よろしいですわ」


 扇子で。


 口元を隠す。


 レフィーナは、天井を見上げた。


 白い石の壁。


 窓の向こうを流れる、星のような光。


 時空の塔。


 イルファリアではない。


 灰色の空も。


 崩れた街も。


 暗黒の姫騎士の闇もない。


 そのことを理解した途端。


 記憶が、一気に戻ってきた。


 帝国兵。


 少年。


 ルミナス・エンチャントブレード。


 暗黒の姫騎士。


 振ることすらできなかった剣。


 押し潰された光。


 黒い重力。


「私……」


 レフィーナは。


 包帯の巻かれた両手を見た。


「負けたんですね」


 小さな声だった。


 ディートリーゼは答えない。


 答えなくても。


 分かっていた。


「あの人に……」


 包帯の下で、指を握る。


「何もできませんでした」


「当然ですわ」


 レフィーナが顔を上げる。


「当然……ですか?」


「ええ」


 ディートリーゼは扇子を閉じた。


「あれは、今のあなたが正面から挑んで、どうにかなる相手ではありませんの」


「……」


「あなたの光も。飛燕剣も。勇気も」


 一拍。


「全部まとめて、真正面から押し潰されましたわ」


 厳しい言葉だった。


 けれど。


 そこに嘲りはなかった。


「だからといって、あなたが何もできなかったという話にはなりませんの」


 レフィーナが目を上げる。


「でも……」


「守りましたわ」


「……え?」


「あの少年を」


 ディートリーゼは。


 まっすぐレフィーナを見る。


「あの子が逃げる時間を作ったのは、あなたですの」


 帝国兵三人を止めた。


 武装を奪った。


 少年を、暗黒の姫騎士から逃がした。


「届かなかったことと」


 ディートリーゼの声が、少しだけ柔らかくなる。


「何もしなかったことは違いますわ」


「……」


 レフィーナの瞳が揺れた。


「ディートリーゼさん……」


「勘違いしないでくださいまし!」


 ぱっと扇子が開く。


「慰めているのではありませんわ! 事実を述べただけですの!」


 レフィーナは。


 弱く笑った。


「はい」


「その『はい』は信用なりませんわね」


 けれど。


 部屋の空気は。


 少しだけ温かくなった。


     * * *


 しばらくして。


 レフィーナは、寝台から身体を起こした。


「何をしていますの!」


 ディートリーゼが立ち上がる。


「まだ寝ていなさいな!」


「確認したいんです」


「何をですの?」


 レフィーナは。


 ディートリーゼを見る。


「あの五つの灯火を」


「……」


 扇子が閉じた。


「本当に……」


 ディートリーゼはため息をつく。


「諦めが悪い方ですわね」


「すみません」


「謝るくらいなら自重なさいな」


「努力します」


「それも信用なりませんわ」


 そう言いながら。


 ディートリーゼは、レフィーナへ肩を貸した。


「ありがとうございます」


「転ばれても困るだけですの」


 レフィーナは、ゆっくりと立ち上がる。


 足元は。


 まだ少しふらついた。


 それでも。


 歩ける。


 二人は客室を出た。


     * * *


 研究室の奥。


 大きな水晶球が、淡い光を放つ。


 ディートリーゼが手をかざした。


 水晶の中に。


 五つの光が浮かび上がる。


 赤。


 青。


 緑。


 橙。


 白。


 どの灯火も。


 弱い。


 けれど。


 まだ消えてはいなかった。


 レフィーナは。


 その中でも、最も不安定な光を見る。


 赤。


 今にも消えそうに揺れる。


 炎の灯火。


 エスティアの姫騎士。


 リーザ。


「まだ……」


 レフィーナは、小さく呟いた。


「燃えています」


「ええ」


 ディートリーゼの表情が険しくなる。


「ですが、かなり弱っていますわ」


 赤い光が。


 また揺れた。


「長くは持たないかもしれませんの」


「助けに行きます」


 即答だった。


「あなた!」


 ディートリーゼが振り返る。


「自分の状態が分かっていますの!? ついさっきまで気を失っていたのですわよ!」


「分かっています」


「分かっていませんわ!」


 ディートリーゼが扇子で額を押さえる。


「しかも昨日、あれほど圧倒的に負けたばかりでしょう!」


「はい」


「そこで素直に頷かないでくださいまし!」


 レフィーナは。


 赤い灯火を見つめた。


「前にも言いました」


 静かな声。


「助けられるかどうかではありません」


 包帯の巻かれた手を。


 胸の前で握る。


「私は、リーザさんを助けたいです」


「……」


 ディートリーゼは黙った。


 あれほどの闇を見た。


 自分の光が届かない現実を知った。


 石畳へ叩きつけられ。


 意識を失った。


 それでも。


 目の前の少女は。


 何も変わっていない。


「……本当に」


 ディートリーゼが呟く。


「あれだけの目に遭っても、変わりませんのね」


 レフィーナは少し考えて。


 首を振った。


「いいえ」


「……?」


「変わりました」


 レフィーナは。


 自分の手を見る。


「今の私は、あの人には届きません」


 悔しさはある。


 怖さも。


 まだ消えていない。


「だから」


 顔を上げる。


「強くなりたいです」


 赤い灯火を見る。


 その隣に。


 青。


 緑。


 橙。


 白。


「一人では無理でも」


 レフィーナは続けた。


「みんなでなら、届くかもしれません」


 ディートリーゼは。


 五つの灯火へ目を向ける。


 炎。


 水。


 風。


 大地。


 聖。


 救うことができれば。


 大きな力になる。


 帝国へ対抗するためにも。


 あの暗黒の姫騎士へ挑むためにも。


 そして。


 未来を変える可能性としても。


 何より。


 レフィーナは。


 あの絶対の未来を知った後でも。


 暗黒の闇に叩き潰された後でも。


 まだ。


 誰かを助けようとしている。


 ディートリーゼは。


 小さく息を吐いた。


「……分かりましたわ」


「本当ですか?」


「五人の姫騎士を救い、帝国へ対抗する戦力を集める。計算上は、その方が合理的ですもの」


 レフィーナの顔が明るくなる。


「では――」


「勘違いしないでくださいまし!」


 ディートリーゼが扇子を広げる。


「あなたを信用したわけではありませんの!」


「はい」


「あなたは放っておけば、怪我をしていても、敵が強くても、どこへでも勝手に飛び込んでいくでしょう?」


「……」


「そこで黙らないでくださいまし!」


「否定できなくて……」


「まったく!」


 ディートリーゼは。


 赤い灯火へ視線を戻す。


「だから、監視しますの」


「ありがとうございます!」


「嬉しそうに言うことではありませんわ!」


 レフィーナが。


 小さく笑った。


「ですが」


 ディートリーゼが。


 もう一度、五つの灯火を見る。


「まずは、身体を休めなさいな」


「……はい」


「今度こそ、本当に寝るのですわよ」


「努力します」


「『はい』と言いなさいな!」


「はい!」


 赤い灯火が。


 弱く。


 揺れた。


 消えそうになりながら。


 それでも。


 まだ。


 確かに燃えていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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どうぞ宜しくお願い致します。

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