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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第3章 時空の塔の姫騎士

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第16話「ブラックホール・トゥ・アビス」

 黒点が。


 ゆっくりと膨らみ始めた。


「……っ!」


 レフィーナの髪が、大きく揺れる。


 石畳の砂が浮かび。


 小石が転がり。


 帝国兵の剣が、地面を擦りながら引き寄せられていく。


 黒点は。


 ただ闇を生み出しているのではない。


 周囲にあるものすべてを。


 光さえも。


 自分の中へ引き込んでいる。


 ディートリーゼの顔色が変わった。


「レフィーナ!」


 杖を握り締める。


「離れなさいな!」


「……!」


 レフィーナは後ろへ下がろうとした。


 だが。


 足が動かない。


 先ほどまで全身を押さえつけていた重圧が。


 今度は逆に。


 身体そのものを、黒点へ引き寄せていた。


「くっ……!」


 靴底が石畳を滑る。


 レフィーナは剣を石畳へ突き立てた。


 ガキンッ!


 両手で柄を握る。


 ルミナス・エンチャントブレードの光が、刀身の中央を走った。


 金色の光が、突き立てた刃を補強する。


 剣が。


 レフィーナの身体を、その場へ繋ぎ止める。


 それでも。


 ずるり。


 足が前へ滑った。


「そんな……!」


 黒点が、さらに大きくなる。


 周囲の光が曲がった。


 石壁が軋む。


 割れた瓦礫が浮き上がる。


 空気そのものが。


 悲鳴を上げているようだった。


「やばいですわ……」


 ディートリーゼの声が震える。


 いつもの強がりも。


 高らかな笑い声もない。


「これは……どうあがいても無理ですわ!」


 暗黒の姫騎士は。


 黒点を掲げたまま、静かに告げた。


「ブラックホール・トゥ・アビス」


 瞬間。


 闇が。


 脈打った。


「――っ!」


 轟音。


 黒い重力が、レフィーナたちのいる一角を呑み込んだ。


 石畳が砕ける。


 壁が軋む。


 瓦礫が次々に浮き上がり、闇へ引きずられていく。


 ディートリーゼのローブも、闇へ向かって激しくはためく。


 彼女も足を踏ん張った。


 レフィーナの身体が大きく傾いた。


「くっ……!」


 突き立てた剣へしがみつく。


 光が強くなる。


 だが。


 黒い重力は、それすら引き剥がそうとしていた。


 剣が。


 石畳を削りながら滑っていく。


 ギギギギギ――!


 レフィーナは歯を食いしばった。


 離せば。


 終わる。


 身体ごと、あの闇へ持っていかれる。


「レフィーナ!」


 ディートリーゼが杖を振り上げた。


「止まりなさい!」


 紫色の光が広がる。


 時間を止める。


 これまで。


 何度も世界を静止させてきた力。


 だが。


「……!」


 光が。


 安定しない。


 紫の輪が現れては歪み。


 時計の紋様が浮かんでは崩れる。


 進むはずの針が逆回りし。


 次の瞬間には。


 折れたように跳ねた。


「何ですの、これは……!」


 ディートリーゼが杖を握り締める。


「時の流れまで……乱されていますの!?」


 黒点の周囲で。


 時間そのものが歪んでいる。


 一瞬が長く伸びたかと思えば。


 次の瞬間には、飛び越える。


 ディートリーゼの術式が。


 形を保てない。


「止まりなさい……!」


 砂時計の宝石が激しく明滅する。


「止まりなさいですわ……!」


 それでも。


 闇は止まらない。


 暗黒の姫騎士は。


 ただ、二人を見ていた。


 レフィーナの足が。


 また滑った。


「うっ……!」


 剣を握る指が痛む。


 皮膚が裂ける。


 掌から血が滲んだ。


 それでも。


 レフィーナは剣を離さない。


 ルミナス・エンチャントブレードの光は。


 もう細い。


 今にも消えそうだった。


「その程度で」


 暗黒の姫騎士の声が響く。


「何を守るつもりだ」


「……っ!」


 レフィーナは顔を上げた。


 仮面の奥。


 表情は見えない。


 それでも。


 その言葉だけは。


 胸の奥まで届いた。


 守れない。


 今の自分では。


 この相手に。


 何もできない。


 未来では。


 世界を滅ぼすほどの力を持っているのに。


 今は。


 自分一人すら、支えきれない。


 怖い。


 悔しい。


 苦しい。


 それでも。


「まだ……です……!」


 ディートリーゼが目を見開いた。


「レフィーナ……?」


 レフィーナは。


 剣の柄を握り直した。


 血に濡れた指で。


 もう一度。


「まだ、私は……」


 息が苦しい。


 言葉が途切れる。


 それでも。


「何も、終わらせていません……!」


 未来は。


 まだ終わっていない。


 今も。


 終わっていない。


 お姉様を、まだ助けていない。


 赤い灯火も。


 青も。


 緑も。


 黄土も。


 白も。


 まだ消えていない。


 さっきの少年だって。


 母親のもとへ辿り着けたか分からない。


 だから。


 まだ。


 終われない。


 レフィーナは。


 震える足へ力を込めた。


 一歩でも。


 闇から離れようとする。


 だが。


 暗黒の姫騎士の指が。


 わずかに動いた。


 黒点が。


 さらに深く脈打つ。


「……!」


 石畳が。


 割れた。


 剣の周囲に。


 亀裂が走る。


「レフィーナ!」


 ディートリーゼが叫んだ。


 レフィーナは剣を握る。


 必死に。


 離さない。


 けれど。


 バキンッ!


 剣を支えていた石畳が砕けた。


 刃が抜ける。


「あ――」


 支えを失った身体が。


 宙へ浮いた。


「レフィーナ!」


 ディートリーゼが手を伸ばす。


 届かない。


 暗黒の姫騎士の指が、静かに閉じた。


 黒点が。


 一瞬だけ収縮する。


 次の瞬間。


 圧縮された黒い重力が、一気に弾けた。


 レフィーナの身体が吹き飛ぶ。


 石畳へ。


 激しく叩きつけられた。


「――っ!」


 肺から。


 息が抜ける。


 視界が白く弾けた。


 音が遠くなる。


 剣が。


 手から離れた。


 石畳を滑っていく。


 刀身を走っていた金色の光が。


 一度。


 弱く瞬いた。


 そして。


 消えた。


 レフィーナは。


 そのまま動かなくなった。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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どうぞ宜しくお願い致します。

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