第14話「ルミナス・エンチャントブレード」
「開眼!――ルミナス・エンチャントブレード!」
光が、剣の芯を走った。
眩しいほどではない。
けれど。
澄んだ金色の光。
刀身の中央を走る細い金色の筋へ、ティアラから流れ込んだ光が真っ直ぐに通っていく。
振り下ろされる帝国兵の剣。
レフィーナは、逃げなかった。
少年の前に立ったまま。
剣を構える。
ガキィン――!
「なっ……!」
金色の光が弾けた。
今度は。
押し負けない。
重い帝国兵の剣を、レフィーナの細身の剣が正面から受け止めていた。
「くっ……!」
腕は痺れる。
足も沈む。
それでも。
刃は折れない。
光が、剣を支えている。
いや。
ただ強くなっただけではない。
分かる。
ティアラの光が。
剣の中にある道を通っている。
地下礼拝堂で見た魔法の本。
あれは、新しい力を与えたのではない。
教えてくれたのだ。
自分の光を。
この剣へ、どう届ければいいのか。
「このっ!」
帝国兵が力任せに押し込んでくる。
レフィーナは剣を滑らせた。
正面から押し返さない。
相手の力を横へ流す。
体勢が崩れた。
「飛燕剣・初太刀!」
踏み込む。
狙うのは。
兵士ではない。
鉄の籠手。
金色の剣閃が走った。
ガァンッ!
「ぐっ!」
先ほどは弾かれた場所。
今度は違った。
刃が籠手へ食い込む。
金属に亀裂が走り。
留め具が弾け飛んだ。
帝国兵の剣が手から離れる。
「俺の籠手が……!?」
レフィーナは止まらない。
一撃目で開いた。
なら。
その先へ。
「飛燕剣・弐の太刀!」
身体を沈める。
軌道を変えた二撃目が、胸当てへ向かう。
「ひっ――!」
兵士の顔が引きつった。
だが。
レフィーナの刃は、身体を斬らなかった。
胸当てを固定している金具。
そこだけを。
正確に断ち切る。
ガシャン!
重い胸当てが石畳へ落ちた。
帝国兵が尻餅をつく。
「……え?」
自分の身体を見る。
斬られていない。
血も出ていない。
ただ。
武装だけが壊されていた。
レフィーナは剣を向ける。
「もう、やめてください」
残る二人の兵士が、一瞬だけ怯んだ。
だが。
「な、舐めやがって!」
「二人で行くぞ!」
左右から同時に迫る。
ディートリーゼは動かなかった。
扇子の向こうから。
ただ、見ている。
先ほどまでとは違う。
レフィーナの剣。
その中央を走る金色の光。
――なるほど。
新しい何かを得たわけではない。
もともと彼女の中にあった光。
それを。
自分の意思で、剣へ通した。
そして。
その力で狙ったものは――。
* * *
一人目の剣が迫る。
レフィーナは半歩下がった。
かわす。
剣が石畳を叩く。
その腕へ。
「はっ!」
光の刃を走らせる。
鉄の籠手が弾け、剣が石畳へ落ちた。
「ぐあっ!」
もう一人が背後へ回る。
「後ろだ!」
少年が叫んだ。
レフィーナは振り返る。
間に合わない。
いや。
届く。
「飛燕斬!」
金色の剣閃が走った。
兵士が思わず剣を前へ出す。
刃と刃がぶつかる。
次の瞬間。
帝国兵の剣が。
根元から折れた。
「な……」
兵士の顔が固まる。
レフィーナは踏み込んだ。
斬らない。
剣の腹を、胸当てへ叩き込む。
「ぐっ!」
兵士が後ろへ倒れた。
その間に、先ほど籠手を失った兵士が剣を拾おうとする。
レフィーナが先に剣先を向けた。
「動かないでください」
「……っ」
三人。
誰も死んでいない。
誰も斬り伏せてはいない。
だが。
剣。
籠手。
胸当て。
帝国兵たちの武装だけが、石畳の上へ散らばっていた。
少年が呆然とレフィーナを見る。
レフィーナは、荒い息を整えた。
剣を握る手はまだ震えている。
怖くなかったわけではない。
強くなったから、迷わなくなったわけでもない。
それでも。
守れた。
未来で見た黒い力ではなく。
自分が選んだ光で。
「その子は」
レフィーナは帝国兵たちを見る。
「お母さんを助けたかっただけです」
地面には。
少年が落としたパンの包みと薬草。
「これ以上、この子を傷つけないでください」
兵士の一人が歯を食いしばった。
「くそ……」
レフィーナは剣を下ろさない。
「もう、やめましょう」
「……ふざけるな」
兵士が低く吐き捨てた。
その手が。
ゆっくりと腰へ伸びる。
ディートリーゼの目が細くなった。
「レフィーナ」
「え?」
「その男――」
兵士が笛を掴んだ。
「覚えてろよ!」
ピー――ッ!
甲高い音が。
灰色の街へ響き渡った。
「警笛……!」
レフィーナが顔色を変える。
遠くから。
複数の足音が聞こえてきた。
「増援を呼ばれましたわね」
「ご、ごめんなさい!」
「今は謝っている場合ではありませんわ!」
ディートリーゼが少年を見る。
「あなた。薬を拾いなさいな」
「え……?」
「お母様がお待ちなのでしょう?」
「は、はい!」
少年が慌てて薬草へ駆け寄る。
レフィーナも落ちたパンの包みを拾った。
「これも」
「ありがとう、お姉ちゃん……!」
少年へ渡す。
「行ってください。早く」
少年は頷いた。
だが。
走り出そうとした、その時だった。
風が。
止まった。
「……?」
笛の余韻が。
途中で消えた。
遠くから近づいていた兵士たちの足音も。
ぴたりと止まる。
レフィーナは顔を上げた。
昼のはずだった。
灰色でも。
空には、まだ光があった。
なのに。
通りの奥から。
夜が染み出してくる。
黒い霧。
石畳の割れ目を這い。
建物の影を呑み込みながら。
ゆっくりと近づいてくる。
「……何ですの」
ディートリーゼの声から。
先ほどまでの余裕が消えた。
「この気配……」
武装を失った帝国兵たちが。
突然、顔色を変えた。
「まさか……」
一人が慌てて膝をつく。
もう一人も。
そして三人目も。
先ほどまでレフィーナへ怒鳴っていた男たちが。
恐怖に震えながら頭を垂れる。
「暗黒の……姫騎士様」
黒い霧の中。
一つの影が現れた。
黒い外套。
光を吸い込むような鎧。
顔を覆う、黒い仮面。
ゆっくりと。
こちらへ歩いてくる。
足音はない。
それなのに。
一歩進むたび。
石畳へ黒い影が広がった。
レフィーナは剣を構え直した。
「暗黒の……姫騎士……?」
身体が。
先に理解していた。
強い。
帝国兵とは違う。
海魔とも。
古代の人形兵とも。
まるで違う。
そこにいるだけで。
周囲の光そのものが、押し潰されていく。
暗黒の姫騎士は。
黒い仮面の奥から。
静かに、二人を見た。
レフィーナのティアラ。
光を宿した剣。
そして。
ディートリーゼを。
ルミナス・エンチャントブレードの金色の光が、小さく震える。
黒い霧が重圧と共に広がる。
レフィーナのティアラと剣の光が、暗黒に呑まれようとしていた。
お読み頂き、ありがとうございます。
更新は週2~3回を目安に予定しています。
感想・評価・ブックマークを頂けると、今後の執筆の励みになります。
どうぞ宜しくお願い致します。




